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にがくてあまい、チョコレート。

 その日アスラン・ザラはとんでもなく不機嫌だった。
 結局昨日学校で何度キラに話しかけようとしてもさりげなく避けられてしまい、挙句の果てにキラはアスランから逃げるようにさっさと一人で下校してしまった。今日の朝だってキラの家に迎えに行くとカリダに申し訳無さそうに「ごめんなさいね、今日は日直だからって今さっき出ていったばかりで…」と謝られてしまった。そのてこでもアスランに会おうとしないキラの行動に流石に腹が立ち、その後はもうアスランもキラに話しかけようとはしなかった。
 そんなことでアスランの心中は朝から荒れに荒れていた。自ら凶暴な熊の檻に手を突っ込む馬鹿はいないのか、アスランは今日一日誰にも話しかけられなかった。否、話しかけようとする猛者は居た。特に女子生徒。しかしアスランの殺気に近い超不機嫌オーラに怖気づいてしまい、結局全員諦めてしまったのだ。
「…では、これでホームルームを終わります。起立、礼」
 さようなら、と統一感無くバラバラと言われるそれ。そうしてすぐざわざわと騒がしくなったクラス内。ちら、と隣のキラの席を見やると向こうもこちらを見ていたのか、ぱちっと目が合った。どうせまた逸らすんだろうと思いきや、キラは意を決したような表情でアスランに向き直った。
「あのね、アス…」
「ザラくん!」
 キラの声を掻き消すかのような甘く、高い声。振り向くとほんのり顔を赤くしたクラスメイトの女子が立っていた。
「ザラくん、少しいい?渡したいものがあるの」
「え…」
 今キラが何か言いかけていたんだが。少し困ったようにキラを見ると、キラはまるで何かを堪えるようにぐっと下を向いていた。
 どうしてお前がそんな表情をするんだ。思わずキラに手を伸ばそうとしたが、「ザラくん?」と女子生徒の急かすような声に阻まれてしまう。
「あ…いや、分かった」
 キラのことが気になったが、女子生徒の焦れた声につい頷いてしまった。
――そもそもキラは昨日からずっと自分のことを無視していたのだ。少しお灸を据えてやってもいいだろう。ちくりと痛んだ胸には目を瞑り、アスランはキラを無視して女子生徒と共に教室を出て行った。


「…アスラン」
まるで泣くのを堪えているようなキラの声は、アスランには届かなかった。



 校舎裏に連れ出され、無言でずいと目の前に差し出されたのは可愛らしくラッピングされた箱。
「…これは?」
「チョコレート、私の手作りなの。受け取ってくれる?」
 そう答える女子生徒の顔は真っ赤で、よく見ると手も少し震えている。
――ああそうか、今日は14日か。
 2月14日、バレンタインデー。今年は去年とは打って変わって一つもチョコレートは貰っていなかったし、何よりキラとのことがあってすっかり忘れていた。そういえばキラも昨日チョコレートがどうとか…。チョコレート?

『アスランってどんなチョコが好きなの?』
『…甘いのはそんなに得意じゃない。強いて言えば、ビターチョコか?』
『甘くないやつ?そっか…アスランは甘くないのが好きなんだね』

『なあ、お前何か隠して無いか?』
『あ、ああっ!僕今日日直だったかも!えと、アスランごめん!僕先に行くね!』

 あの質問に、あの態度。もしかして、キラは。
 アスランはその考えにはっと息を呑んだ。
 だとしたら、一刻も早くキラの元に行かなくては。
 アスランは自分がいつまでたっても受け取らないことにきょとんとしている女子生徒に向き直った。

「すまないが――」



 あれから急いで教室に戻った。しかしそこには既にキラの姿は無く。
 慌てて校舎を出ると、たった今校門を出たキラの後姿が見えた。
「キラ!」
 名前を叫ぶと、ぴたりとキラが止まる。しかしこちらを振り返ることは無い。
 ひとまず止まってくれたことに安堵しながら、アスランはキラの元へ駆け寄った。
「キラ、お前…」
「貰ったの?」
「…は?」
「さっきの。チョコ渡されたんでしょ?貰ったの?」
 いつもの明るいキラとは違う、淡々とした冷たい口調。
「何を…」
 言いかけた瞬間、キラがこちらに振り向いた。
「――アスランの馬鹿ッ!」
 そう叫ぶと、キラは地面を蹴って勢いよく走って行ってしまった。振り向いたキラの顔は、涙で濡れていた。
 追おうとしたが、追って何を言えばいいか、どうすればいいのか、アスランには分からなかった。キラが走って行った先の空は、どんよりとした灰色の雲で覆われていた。
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