にがくてあまい、チョコレート。
キラは一人ぽつんと公園のブランコに腰掛けていた。頭には、先ほどのアスランとの出来事。
あんなこと、言うつもりじゃなかった。
あの時アスランが走って自分の元に来てくれて、凄く嬉しかった。なのに、口から出たのは逆の感情。女の子と一緒にアスランが居るのが何故だか凄く嫌で、気づいたらアスランに酷い言葉をかけてしまった。
自分の態度が悪かったのは分かっている。全部自分が悪い。本当はあの時、すぐ謝るべきだったのだ。
「…っ」
思い返せば思い返すほど後悔ばかりが押し寄せてくる。どうして自分は肝心なときに素直になれないのだろう。
キラは自分の鞄の奥に入れていた物をそっと取り出した。シンプルにラッピングされた小さな箱。昨日、自分が夜遅くまで作っていたビターチョコレート。
ぽたりと箱に一滴の雫が落ちる。ぐい、と服の袖で目を擦ってもそれは止まらず、ぽろぽろとキラの頬を伝って箱に点々と染みを作る。すると、まるでタイミングを見計らったかのようにぽつ、とキラの肩を濡らすものが降ってきた。それはどんどんと強くなり、あっという間にキラの体を濡らしつくしてしまう。それはキラの心情そのもので。
――アスランは、僕のこと嫌いになっちゃったかな。もう、勉強教えてくれないのかな、遊んでくれないのかな。…もう、僕は友達じゃないのかな。
そこまで考えて、キラはびくりと震えた。嫌だ。アスランに嫌われたくない。
「…謝らなきゃ」
キラはゆっくりとブランコから立ち上がり、歩き出した。
ざあざあと雨の音が部屋を支配している。
アスランは家に帰ってからずっと部屋に篭っていた。だからと言って勉強をしているわけでもない。何もやる気が起きないのだ。唯一考えていることと言えば、キラのこと。考えているというよりか、勝手に頭に浮かんでくると言った方が正しいか。
明日、どんな顔をしてキラに会えばいいんだ。それ以前にキラは自分と距離を置きたがっているんじゃないか。そんな不安がずっと頭をぐるぐると回っている。
そんなもやもやする思いを吐き出すかのようにはあ、と重い溜息をつき、ふと窓の外を見た。
「…?」
おや、とアスランは内心首を傾げた。玄関の前に何かがいるのが見えたのだ。だがいくら立ってもインターホンを押す気配は無い。不審に思い、アスランはその人影をまじまじと見つめた。暗くて分かりづらいが、小さい背格好だ。いや、待て。あれは…
「キラか!?」
慌てて部屋を飛び出し階段を駆け下り、乱暴に扉を開ける。そこには案の定、キラが所在無さげに佇んでいた。
「え…アス…」
「キラ、お前っ…びしょぬれじゃないか、何してるんだ!」
一体どれほどの時間この雨の中にいたのだろう。キラは頭から足先まで水浸しになっていた。手を握ると、びっくりするほど冷たくなっている。
「アスラン、僕…」
「とりあえず中入れ、今タオル持ってくるから」
そう言ってキラを引っ張って無理やり家に押し込む。しかしキラがあまりにも濡れているので室内へ入れるわけにもいかず、ひとまず玄関に、だが。
キラはアスランが何をそんなに慌てているのか分からない、といった風にぽかんとしていた。
持ってきたタオルでキラの髪を拭いてやる。キラは一瞬身を引こうとしたがアスランに視線で制され、大人しくアスランのされるがままになっていた。
キラが立っている場所には既に水溜りが出来ている。本当にこいつは何をしているんだ。アスランは思わず眉を顰めた。
「…ごめん、なさい」
「え?」
ぽつりとキラが呟いた。
「僕、アスラン、に…いっぱい、酷いことしちゃっ…」
紫水晶がゆら、と揺れた。ああ、泣いてしまう。そう思ったのは既に遅く、キラの瞳からはぽろぽろと涙が零れだしていた。
「ほんとは、アス、に…っふ、…チョコ、あげたくて…」
やっぱり。キラのあの妙な態度も全部それか。その瞬間、アスランはふっと力が抜けた感覚がした。気が楽になった、とでも言うのだろうか。
よく見ると、キラの手には何か握られている。箱、だろうか?
「ねえ、キラ。これ…」
アスランがその箱が握られた手に触れると、キラはびくりと震えて手を後ろに隠してしまう。
「それ…チョコレートだろう?」
多分、俺宛の。
図星だったようで、キラはアスランから目を逸らしてふるふると首を振る。
「やっ…だめ、こんなの…渡せない」
「俺の為に用意してくれたんだろ?くれよ」
「でも…!」
「キラ」
名前を呼べば、キラはぐっと俯いてしまう。それから、おずおずとアスランにチョコレートを差し出した。
雨に濡れたため、酷くぐしゃぐしゃになっているその箱。しかし開けてみれば幸い中身は無事だった。ちょっと、いや、かなり不恰好なチョコレート。
「キラ、これ…もしかして手作り?」
そう聞くと、キラは小さくこくりと頷いた。見ると、キラの耳がほんのりと赤く染まっている。その姿が可愛らしくてアスランはくすりと笑んだ。
いくつか入っている中の一つを手に取り、口に運ぶ。口に広がるカカオの味と苦味。ビターチョコレートだ。
「美味しいよ」
「…!」
キラがほう、と安堵の溜息をついた。さっきよりか表情も柔らかくなっている。
「でも、キラ。どうして手作りなんか…お前普段料理なんてしないだろう」
どうして、なんてそんなものはキラの反応でなんとなく分かってしまうけれど。どうしてもキラの口から聞きたかった。
キラはびく、と一瞬固まったが、意を決したように、ゆっくりと口を開いた。
「……バレンタインは、手作りのチョコで気持ちを伝える日だって母さんが…」
「うん」
「それで、僕、アスランにいつもありがとうって気持ちと…」
キラの頬が赤く染まる。
「…大好きって気持ち、伝えたくて…っ」
そう言うと、またぽろりと涙を一つ零した。
「…キラ」
名前を呼ぶ声に、甘さが混ざる。ずっと、ずっと自分はキラとこうなれることを望んでいた。まさかキラの方から言ってくれるなんて。
「…俺も、キラのこと大好きだよ。」
キラの頬に手をやり、軽く上を向かせる。戯れに耳を少し弄ってやれば擽ったそうに身を竦ませる。そうして、キラのふっくらとした唇に自分のそれを重ねる。初めて触れたキラの唇は、雨のせいか少し冷たかった。
「キラの『好き』はこういう『好き』、だよな?」
確信を持った問い。キラは何も答えなかった。が、アスランの首元に顔を埋め、ぎゅうっと抱きついてくる。
これほどまでに満たされた気持ちになったのは初めてだ。アスランは自分の腕の中にいる存在を愛おしそうに見つめた。
「…キラ」
そう耳元で囁けば、キラはゆっくりとその潤んだ瞳をこちらに向けてくる。たまらずアスランはまたもキラにキスを落とした。先ほどよりも、深く。
「ん…ん、ぅ」
キラの甘い声が心地いい。キラの薄く開いた口に舌をねじ込むと、キラは驚いたように舌を引っ込めてしまう。それを強引に絡めとり、くちゅ、とわざと音を立てる。
「ん、ん…!ふ、ぅ…っん」
初めて味わったキラの口内はびっくりするほど熱くて、甘い。
逃がさない、とでも言うようにキラの後頭部に手をやり、貪るようにキラを味わう。その度にぴくりと身体を跳ねさせ、甘ったるい声を漏らすキラがたまらなく愛おしい。
そうしてたっぷりと味わってからちゅ、と音を立てて唇を離すと、キラは力が抜けてしまったのかそのままくたりとこちらに身を委ねてきた。その表情はとろんとしていて、とても甘い。
アスランはキラを優しく抱きしめ、もう一度「キラ」と甘く囁いた。
甘いのは得意じゃない。けれど――これは、悪くない。
あんなこと、言うつもりじゃなかった。
あの時アスランが走って自分の元に来てくれて、凄く嬉しかった。なのに、口から出たのは逆の感情。女の子と一緒にアスランが居るのが何故だか凄く嫌で、気づいたらアスランに酷い言葉をかけてしまった。
自分の態度が悪かったのは分かっている。全部自分が悪い。本当はあの時、すぐ謝るべきだったのだ。
「…っ」
思い返せば思い返すほど後悔ばかりが押し寄せてくる。どうして自分は肝心なときに素直になれないのだろう。
キラは自分の鞄の奥に入れていた物をそっと取り出した。シンプルにラッピングされた小さな箱。昨日、自分が夜遅くまで作っていたビターチョコレート。
ぽたりと箱に一滴の雫が落ちる。ぐい、と服の袖で目を擦ってもそれは止まらず、ぽろぽろとキラの頬を伝って箱に点々と染みを作る。すると、まるでタイミングを見計らったかのようにぽつ、とキラの肩を濡らすものが降ってきた。それはどんどんと強くなり、あっという間にキラの体を濡らしつくしてしまう。それはキラの心情そのもので。
――アスランは、僕のこと嫌いになっちゃったかな。もう、勉強教えてくれないのかな、遊んでくれないのかな。…もう、僕は友達じゃないのかな。
そこまで考えて、キラはびくりと震えた。嫌だ。アスランに嫌われたくない。
「…謝らなきゃ」
キラはゆっくりとブランコから立ち上がり、歩き出した。
ざあざあと雨の音が部屋を支配している。
アスランは家に帰ってからずっと部屋に篭っていた。だからと言って勉強をしているわけでもない。何もやる気が起きないのだ。唯一考えていることと言えば、キラのこと。考えているというよりか、勝手に頭に浮かんでくると言った方が正しいか。
明日、どんな顔をしてキラに会えばいいんだ。それ以前にキラは自分と距離を置きたがっているんじゃないか。そんな不安がずっと頭をぐるぐると回っている。
そんなもやもやする思いを吐き出すかのようにはあ、と重い溜息をつき、ふと窓の外を見た。
「…?」
おや、とアスランは内心首を傾げた。玄関の前に何かがいるのが見えたのだ。だがいくら立ってもインターホンを押す気配は無い。不審に思い、アスランはその人影をまじまじと見つめた。暗くて分かりづらいが、小さい背格好だ。いや、待て。あれは…
「キラか!?」
慌てて部屋を飛び出し階段を駆け下り、乱暴に扉を開ける。そこには案の定、キラが所在無さげに佇んでいた。
「え…アス…」
「キラ、お前っ…びしょぬれじゃないか、何してるんだ!」
一体どれほどの時間この雨の中にいたのだろう。キラは頭から足先まで水浸しになっていた。手を握ると、びっくりするほど冷たくなっている。
「アスラン、僕…」
「とりあえず中入れ、今タオル持ってくるから」
そう言ってキラを引っ張って無理やり家に押し込む。しかしキラがあまりにも濡れているので室内へ入れるわけにもいかず、ひとまず玄関に、だが。
キラはアスランが何をそんなに慌てているのか分からない、といった風にぽかんとしていた。
持ってきたタオルでキラの髪を拭いてやる。キラは一瞬身を引こうとしたがアスランに視線で制され、大人しくアスランのされるがままになっていた。
キラが立っている場所には既に水溜りが出来ている。本当にこいつは何をしているんだ。アスランは思わず眉を顰めた。
「…ごめん、なさい」
「え?」
ぽつりとキラが呟いた。
「僕、アスラン、に…いっぱい、酷いことしちゃっ…」
紫水晶がゆら、と揺れた。ああ、泣いてしまう。そう思ったのは既に遅く、キラの瞳からはぽろぽろと涙が零れだしていた。
「ほんとは、アス、に…っふ、…チョコ、あげたくて…」
やっぱり。キラのあの妙な態度も全部それか。その瞬間、アスランはふっと力が抜けた感覚がした。気が楽になった、とでも言うのだろうか。
よく見ると、キラの手には何か握られている。箱、だろうか?
「ねえ、キラ。これ…」
アスランがその箱が握られた手に触れると、キラはびくりと震えて手を後ろに隠してしまう。
「それ…チョコレートだろう?」
多分、俺宛の。
図星だったようで、キラはアスランから目を逸らしてふるふると首を振る。
「やっ…だめ、こんなの…渡せない」
「俺の為に用意してくれたんだろ?くれよ」
「でも…!」
「キラ」
名前を呼べば、キラはぐっと俯いてしまう。それから、おずおずとアスランにチョコレートを差し出した。
雨に濡れたため、酷くぐしゃぐしゃになっているその箱。しかし開けてみれば幸い中身は無事だった。ちょっと、いや、かなり不恰好なチョコレート。
「キラ、これ…もしかして手作り?」
そう聞くと、キラは小さくこくりと頷いた。見ると、キラの耳がほんのりと赤く染まっている。その姿が可愛らしくてアスランはくすりと笑んだ。
いくつか入っている中の一つを手に取り、口に運ぶ。口に広がるカカオの味と苦味。ビターチョコレートだ。
「美味しいよ」
「…!」
キラがほう、と安堵の溜息をついた。さっきよりか表情も柔らかくなっている。
「でも、キラ。どうして手作りなんか…お前普段料理なんてしないだろう」
どうして、なんてそんなものはキラの反応でなんとなく分かってしまうけれど。どうしてもキラの口から聞きたかった。
キラはびく、と一瞬固まったが、意を決したように、ゆっくりと口を開いた。
「……バレンタインは、手作りのチョコで気持ちを伝える日だって母さんが…」
「うん」
「それで、僕、アスランにいつもありがとうって気持ちと…」
キラの頬が赤く染まる。
「…大好きって気持ち、伝えたくて…っ」
そう言うと、またぽろりと涙を一つ零した。
「…キラ」
名前を呼ぶ声に、甘さが混ざる。ずっと、ずっと自分はキラとこうなれることを望んでいた。まさかキラの方から言ってくれるなんて。
「…俺も、キラのこと大好きだよ。」
キラの頬に手をやり、軽く上を向かせる。戯れに耳を少し弄ってやれば擽ったそうに身を竦ませる。そうして、キラのふっくらとした唇に自分のそれを重ねる。初めて触れたキラの唇は、雨のせいか少し冷たかった。
「キラの『好き』はこういう『好き』、だよな?」
確信を持った問い。キラは何も答えなかった。が、アスランの首元に顔を埋め、ぎゅうっと抱きついてくる。
これほどまでに満たされた気持ちになったのは初めてだ。アスランは自分の腕の中にいる存在を愛おしそうに見つめた。
「…キラ」
そう耳元で囁けば、キラはゆっくりとその潤んだ瞳をこちらに向けてくる。たまらずアスランはまたもキラにキスを落とした。先ほどよりも、深く。
「ん…ん、ぅ」
キラの甘い声が心地いい。キラの薄く開いた口に舌をねじ込むと、キラは驚いたように舌を引っ込めてしまう。それを強引に絡めとり、くちゅ、とわざと音を立てる。
「ん、ん…!ふ、ぅ…っん」
初めて味わったキラの口内はびっくりするほど熱くて、甘い。
逃がさない、とでも言うようにキラの後頭部に手をやり、貪るようにキラを味わう。その度にぴくりと身体を跳ねさせ、甘ったるい声を漏らすキラがたまらなく愛おしい。
そうしてたっぷりと味わってからちゅ、と音を立てて唇を離すと、キラは力が抜けてしまったのかそのままくたりとこちらに身を委ねてきた。その表情はとろんとしていて、とても甘い。
アスランはキラを優しく抱きしめ、もう一度「キラ」と甘く囁いた。
甘いのは得意じゃない。けれど――これは、悪くない。
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