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にがくてあまい、チョコレート。

「それじゃ、お邪魔しました」
「はあい!アスランくん、いつもキラがごめんなさいね」
「いえ、気にしないでください」
 カリダの言葉にそう礼儀正しく受け答えするのはキラの幼馴染であるアスラン・ザラ。どうやら今日もキラの課題を手伝ってくれていたようだ。飽きっぽくて面倒くさがりな息子が何とか落ちこぼれにならないでいるのは彼のおかげに違いない。
「あ、アスラン!帰る前に一回対戦しようよ!僕試したいコマンドあるんだけど」
「はあ?お前さっき俺が言ったこと忘れたのか?次の試験まで一日3ページワーク進める、終わるまでゲームは禁止って言っただろ!」
「わ、わかってるって!だから試験前最後の…」
「駄目だ!…明日ちゃんとやってあるか確認するからな、絶対サボるなよ」
 そうキラに念を押すとアスランはカリダに「それじゃあ」と軽く会釈をして帰っていった。ガチャ、と音を立てて閉まった扉に向かってキラが「アスランのケチ」などと文句を言っている。
「こら、そういうこと言わないの。アスランくんはあなたの為を思ってやってくれてるのよ」
「う…」
「まったく…キラ、あなたもうちょっとアスランくんに感謝とか…」
 言いかけてふと何かを思い出し、カリダは壁掛けのカレンダーを見た。今日は2月12日。その二日後は…。そうだ、いい事を思いついた。
「キラ、2月14日って何の日か知ってる?」
「え?14…って、バレンタイン?」
「そう。だからね、キラ。アスランくんにチョコ作ったら?」
「えっ…」
 突然の提案に目をまん丸にするキラ。それもそのはず、キラは今までバレンタインにチョコレートをあげたことも貰ったことも無かった。せいぜいアスランに送られてきた大量のチョコレートをアスランの代わりに消費してやるくらいだろう。
「ちょ、ちょっと待ってよ!僕チョコなんか作れないって!」
「大丈夫、こういうのは気持ちが篭っていればいいんだから。そもそもバレンタインっていうのは相手に気持ちを伝える日なのよ」
「気持ち…チョコで?」
「そうよ。だから日ごろの感謝の気持ちとか、キラのアスランくんへの想いをチョコレートに込めて渡すの」
「で、でも…」
「キラからチョコレートを貰えたらきっと喜ぶと思うわよ、アスランくん」
「えっ…アスラン、喜んでくれるの?」
 カリダのその言葉を聞いた途端、キラの瞳がきらきらと輝きだす。それはキラのアスランへの想いを物語っていて。カリダは思わずくすりと笑みを零した。
「ええ、きっと」
 そう笑顔で答えて見せると、さっきまでの困惑した表情のキラはどこへやら。
「…僕、作るよ!アスランが喜んでくれるなら、頑張る!」
 だからおいしいの作らなくっちゃ、と意気込むキラは知らぬ間にカリダの思い通りに話が進んでいるのに気づいていないのだろう。
「ふふ…本当にキラはアスランくんのこと大好きね」
 カリダは張り切る息子を微笑ましく見つめていた。



「――チョコ?」
 アスランはキラに投げかけられた問いに暫し固まった。
 今日もいつもどおり、学校へと続く通学路を二人で歩いていた。歩きながら月末に控えた試験の話やら昨日の課題の話やら、別段いつもとそう変わらないような話をしていたつもりだ。ただ一ついつもと違うのは、キラの様子。何を話しても「うん」や「ふうん」と生返事ばかり。いつもならこちらが話を振る必要が無いほどにぺちゃくちゃとテレビの話やらゲームの話を振ってくるあのキラが。これは確実に何かおかしい。そう思った矢先にようやっとキラが口を開き、「アスランってどんなチョコが好きなの?」と聞いてきた。そんなことで、話は最初に戻る訳だが…。
「チョコって…何でまたそんなこと」
 一体キラは何がしたいんだ。ずっとむっすりと黙っていたキラが、ようやく話したと思えば「どんなチョコが好き」?何の意識調査だ。そもそもどうしてずっと黙っていたんだ、心配になるだろう。
「いや、別に深い意味は無いんだけどね!えっと、ほら、チョコって言ってもたくさんあるでしょ?だからアスランは何チョコが好きなのかなあって思って。あ、でも本当に深い意味とか全然無いから!」
 そう早口で捲し立てるキラは、明らかに何かおかしい。おまけに先ほどから全くアスランと目を合わせようとしない。意識的に目を合わせようとしても、ふいと逸らされてしまう。
「…甘いのはそんなに得意じゃない。強いて言えば、ビターチョコか?」
「甘くないやつ?そっか…アスランは甘くないのが好きなんだね」
「なあ、お前何か隠して無いか?」
「えっ」
 聞いてみると、あからさまにびくっとして目を泳がせる。――これは確実に、何か隠している。
「おい、キラ…」
「あ、ああっ!僕今日日直だったかも!えと、アスランごめん!僕先に行くね!」
「なっ…おい!」
 言うが早いが、キラは脱兎の如く走り去ってしまった。
「…お前が日直なのは明日だろう」
 何か隠されている、それは確実だ。だが何を?いくら考えても、答えが出ることは無かった。
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