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ガンダムビルドファイターズSEED

「どうしようどうしよう…絶対無理だ…」
 キラはソファに座り込み、何度言ったか分からない言葉をまたも発していた。
 あのラクスの模型部存続の条件を聞いてからこの部室に戻るまでの記憶が無い。それほどまでにあの条件は衝撃的なものだった。
 ガンプラバトル選手権――それは5年前から始まった全世界で開催されるガンプラ最大規模の大会だ。ガンプラを嗜む者なら一度は憧れるだろうその大会は毎年何億という人が参加する。それゆえ予選は区画毎に細かく分かれているが、それでも一つ一つの予選参加人数は膨大で、幾度もの予選を勝ちあがらなければ優勝できない、というハードなものになっている。ラクスはこの予選大会に参加しろと言っていたが、それは勿論「優勝して、世界へ行け」と言う事なのだろう。確かに学園の宣伝にはこれ以上ないほどの舞台ではあるが。
 しかし、キラには自信が無かった。もしこれが単純にガンプラの出来を競うものであれば張り切って大会に臨んだのだが――
 キラはガンプラバトルが大の苦手だった。恐らくセンスが無いのだろう。いくら練習しようがキラのバトルの腕は一向に上がらず、いつしかバトルは諦めていた。それから自分は作る側――ビルダーとしてガンプラと付き合っていくと決めたのだ。
 そして今回の条件が「ガンプラバトル選手権への出場」。はっきり言って、無理だ。ガンプラバトルは機体とパイロット――ファイターの腕があって始めて勝利することができるものであり、どちらかだけが優れていても駄目なのだ。それがこの選手権であればなおさらのこと。
――はっきり言って、やりたくない。わざわざガンプラを壊すために行くようなものだ。それも優勝しろなんて、冗談にもほどがある。
「おい……ラ…」
――だが模型部の廃部が懸かっているのもまた事実。ここで出場しなければこの最高の空間が綺麗さっぱり消えうせてしまう。
「キ……いて…か?」
――けれども自分の腕ではどう考えても優勝は不可能だ。今からでも生徒会室に戻って少しでも廃部までの期間を延ばしてもらえるよう頼みに行った方が良いのでは…
「…おい、キラ!」
「うへあっ!?…って、アスラン?」
 ぐるぐると思考に嵌っていたキラは、その声と頭に感じた軽い衝撃に現実へと引き戻された。見ればそこには模型部二人目の部員――幼馴染でもあるアスラン・ザラが呆れたような表情で立っていた。片手は軽く拳の形に握られている。恐らくこれで頭を小突かれたのだろう。
「全くお前は…何度も呼びかけてるのに、何で気づかないんだ」
「あ、えと、ちょっと考えごとしてて…ってかアスラン、いつから来てたの?」
「はぁ?キラお前、俺が来てたことにも気づいてなかったのか?」
「いや、その…ごめん」
 アスランはしょうがないな、と諦めたようにため息を一つつき、キラの隣に腰を下ろした。
「――ついさっきだよ。来てから何回も呼びかけてるって言うのに、キラはずっと一人で何かをブツブツ呟いて…」
「うっ…ごめんなさい」
 叱られた子供のように身体を縮こまらせてキラが謝ると、アスランはくすりと微笑んだ。
「冗談だよ。キラは集中すると周りが見えないから。子供の頃からそうだったよな」
「…だからごめんって」
「そんなに怒るなよ」
 ごめんごめん、とアスランはキラの頭をくしゃくしゃと軽く撫でてくる。昔からの癖みたいなものだ。キラが不機嫌になると、アスランは決まってキラの頭を撫でてくる。きっとアスラン自身が母親にされていたことなのだろう。キラはアスランに撫でられるのが好きだった。なんだか心地よくて、ふわふわして、幸せな気持ちになるのだ。ただ最近、撫でられたときに少し鼓動が跳ねるようになるのは何故だろうか?
「…キラ?」
「あ…」
 いけない。少しぼーっとしてしまったようだ。なんだか妙な恥ずかしさがあって、キラは少しだけアスランから身を引いた。
「ご、ごめん!なんか、ぼーっとしちゃって…」
 あはは、と笑って誤魔化す。しかしそのアスランの翠緑色の瞳がふわ、と楽しそうに細められたのを見て、キラはまたもどきっとした。最近はいつもこうだ。アスランのふとした表情や仕草にいちいち反応してしまう。いったいどうしたのだろう。少し前まではこんなこと無かったのに。
「それで?さっきの考え事って、何なんだ?」
「へっ?あっ、うん!それなんだけど…」
 そうだ、大切なことを忘れていた。アスランの言葉に気を取り直したキラは、先ほど生徒会室で話したことを掻い摘んでアスランに話し始めた。


「――ふうん、廃部か」
「…あんま驚かないんだね」
「そりゃあ、こんな大会すら出てない上活動が目立たない部活、今まで残ってたのが奇跡だろう」
「うぐっ…それ、生徒会長にも言われた」
「事実だからな」
 アスランの容赦の無い言葉がぐさぐさと胸に刺さる。確かに事実なのでどうしようもないが。
「それで?出るのか?」
「出る…って」
「選手権。条件なんだろ?」
 その言葉にキラは一瞬うっと詰まった。今一番の問題。選手権をどうするかだ。
「そのことなんだけど…僕がガンプラバトルできないの、知ってるでしょ?」
「ああ、壊滅的だったな」
「そこまで言わなくても…いや、そのとおりなんだけど。でさ、アスラン。ちょっと聞きたいんだけど」
「ん?」
「君、ガンプラバトルできたり…」
「無理だ」
「だよねぇ…」
 それもそのはず。アスランはキラが必死にせがんだからこの部にいるのであって、ガンプラが好きな訳ではない。というかそもそもアスランはここに入るまでガンプラに触ったことが無いらしい。彼の家が厳しいというのもあるのだろうが、アスラン自身そういった娯楽にあまり興味が無い。
「はぁ…どうしよう、このままじゃ確実に廃部だ…」
「…なぁ、キラ」
「ん?」
「選手権に出場するとしてお前、ガンプラはあるのか?」
「え?あ、うん、勿論!ずっと前から作ってたのが…」
 まさかアスランにガンプラの話を振られるとは思わなかったので少しだけ戸惑ったが、それよりも自分の機体について誰かに話したいという気持ちがあったのでちょうどいい機会だと思い、製作台に乗せてあったガンプラを今自分たちの目の前にある机に置いてみせた。
「昨日完成したんだよ、『フリーダムガンダム2.0』!SEEDのフリーダムベースで作ったんだ。僕としては大胆に改造して全く違う機体にするより原作のイメージを変えずに改良するのが好きだから、外見はほとんど…ってか全く同じかも。でもスペックはオリジナルのフリーダムより何倍も高いんだ!特にハイマット・フルバースト時の出力はオリジナルの約8倍!ここまで上げるのに苦労したんだよ、あんまり大きくするとオーバーヒートするし、チャージ時間のことも考えて…って大変だったんだから!でもこのフリーダムだったら、きっとヤキン・ドゥーエのプロヴィデンス戦、大破しないで勝てるんじゃないかな!それくらい凄いんだよ、このフリーダム!他にも移動速度とか、耐久力とかも上げてるよ!あ、そうそう、それとこの…」
「…ごめんキラ、何言ってるか全然分からない」
 困ったようなアスランの声が聞こえて、キラはようやく自分の世界に入っていたことに気づいた。――またやってしまった。いつもこうだ。ガンプラの話になるとヒートアップしてついつい一人でまくし立ててしまう。気をつけようとは思っているのだが、無意識になってしまうのでどうしようもないのが現状だ。キラはいたたまれなくてこほん、と小さく咳払いをした。
「…とにかく、凄い強い機体なんだよ。僕の最高傑作!」
「それは凄い伝わったよ。キラの目、凄く輝いてたから」
 そう言ってくすくすとアスランが笑う。なんだかばつが悪くなってキラは少し俯いた。
「でも、そんな強い機体ならキラが動かしても十分戦えるんじゃないか?」
「ううん。この機体、性能が高いからそれ相応の操縦技術がないと扱いきれないんだ。自分で作っといて言うのもおかしいけど、僕じゃ全然こいつの力を引き出せなくて」
 話しながら自分が情けなくなってしまった。自分で作ったガンプラも自由に動かせない。どうして自分はこんなにも操縦が下手なのだろう。自己嫌悪に陥りそうになり、キラはふう、と大きなため息をついた。
「ファイター、見つけないとなあ。でもフリーダムを操れる人なんて…」
 キラがひとりごちていると、最終下校のチャイムが響いた。時計をふと見ると先ほどよりかなり時間が進んでしまっていて軽く驚いた。自分たちはかなり話し込んでしまっていたようだ。

 早く帰ろう、そう言おうと口を開いたら――突然ガラガラッ、と部室のドアが乱暴に開いた。その先にあまり会いたくない人物が我が物顔で立っているのが見えてしまった。
「あ、いたいた。…よお、ヤマト」
「し…シャニ、君…なんで…」
 ニタニタと人の悪い笑みを浮かべている訪問者は、最近キラが何かと目を付けられているシャニ・アンドラスだった。
「キラ、あいつは…」
「聞いたぜ、模型部廃部になるんだってな」
 アスランがキラに問いかけようとしたが、それをシャニがさえぎって話す。そのシャニの行動にアスランが眉を顰めた。
「えっ…!?どうして君が…」
「んなことどうだっていいだろ。それより、お前選手権出るんだって?」
 どうしてそのことまで。まさか生徒会室で立ち聞きでもしていたのか。キラが答えないでいるとそれを肯定ととったのかシャニは言葉を続ける。
「俺も出るんだよ。だからお前の、貰いに来たんだ」
「え…?」
「だからさ、お前のガンプラ俺に寄越せよ。出来上がってんだろ?俺が上手く扱ってやるから」
「なっ…!」
 あまりにも横暴な物言いに、キラは言葉が出なかった。それでも何とか言葉を紡ぐ。
「…悪いけど、君には渡せない。あれは僕の全てを注いだ最高の機体なんだ。譲るならちゃんと信頼できる人に譲りたい」
「なんだよ、俺の腕を知らないわけじゃないだろ?」
「…っ、君の戦い方は乱暴すぎるんだ!」
――確かに、シャニは強い。この学園で一番強いかもしれない。だが、その戦い方をキラは到底受け入れられなかった。執拗に相手のガンプラに攻撃を加え、修復不可能になるまで攻撃を止めない。それがシャニの戦い方だった。シャニとのバトルが原因でガンプラを離れた人だって少なくない。そんな人に自分のフリーダムは絶対に渡したくない。
「…まあ、話しただけで渡すとは思ってなかったから別にいいけど」
「え…」
「お前もガンプラやってんだから、面倒くさいことはバトルで決めようぜ、俺が勝ったらお前のガンプラは俺が貰う。お前が勝ったら俺は諦める。んでもってお前に二度とちょっかいかけないでやるよ。悪い取引じゃないだろ」
「そんな…」
 シャニの言葉は、どこか余裕を孕んでいた。自分が負けるはずが無いという絶対の自信があるのだろう。ましてや相手がキラならば尚のこと。キラはそれが悔しくて下を向いてしまった。いや、本当に悔しいのは勝負を受ける勇気が出ない自分自身に対してだ。負けてしまったらどうしよう、と怖気づいている自分が悔しくてたまらない。
「キラ」
 不意に隣にいたアスランから声をかけられた。ゆるゆるとアスランの方に顔を向けるとくしゃ、と軽く頭を撫でられる。
「え…アスラン?」
 突然のことに訳が分からずキラがただアスランをじっと見つめていると、アスランは幼子を安心させるような優しい笑みを浮かべ、言葉を選ぶようにゆっくりとキラに語りかけた。
「自分に自信を持て、キラ。後で後悔するのは自分なんだ。…キラならできる。大丈夫だから」
 『大丈夫』。その言葉は幼い頃、アスランがキラを勇気付けるためによく言葉にしていたものだった。アスランにそう励まされると本当に大丈夫に思えてきて、キラはその言葉に何度も助けられたのだった。キラはそれを思い出し、思わずくすりと笑みを零した。
――やっぱり、アスランはすごいや。
 自分の中に渦巻いていた黒くてどろどろしたものが一気に晴れた気がした。さっきまであんなに怖気づいていたのが嘘のようだ。
「――ありがとう、アスラン」
 そう微笑んで言うキラの表情は、とても晴れやかなものだった。
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