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Call

「…おい、ルナ!どこ行くんだよ!」
「隊長の執務室よ。っていうかあんた、やる気になったの?」
「ちげえよ!ルナが突然どっか行くからだろ!」
シンは諦めたとばかりにため息をついた。
「ってか、本当にやるつもりなのか?」
「当たり前じゃない。今グッドタイミングでアスランがこっちに来てるからアスランにかけさせようとも思ったんだけど…いや、でもやっぱり隊長ね」
「…なんで?隊長の方が話通じそうだから?」
「夫が妻に、っていうのを考えるとアスランにかけさせるのがいいっていうのは凄く分かってるのよ」
「は?」
夫だとか妻だとか、お前は何を言っているんだ。そもそもあの二人にそんなものはないだろう。そんな言葉が口から出そうになったが、それを言ったらまたあの変な目で見られるのがオチだ。「突っ込んだら負け」というやつなのかも知れない。
「でもあの真面目な雰囲気のアスランがどういう反応するのかってすっごい気にならない?なるわよね?」
「はあ…」
どういう反応も何も、二人はただの幼馴染だ。さっきの意味深な言葉と言い、今日のルナマリアは本当に分からない。
「隊長もどんな顔して電話かけるのかしら…やっぱり真っ赤になりながら…ああもうすっごい気になる!」
そう言うとルナマリアはまたもさっさと執務室の方へ歩いていってしまう。
こういうときのルナマリアは本当に行動が早い。シンは一つ大きなため息をつき、早歩きでルナマリアについていった。



キラが執務室で作業をしていると、ピピッ、と入室許可のランプが点灯した。
「あれ、シンとルナ?」
なにかトラブルでもあったのかな、首を傾げながらも許可をしてドアを開くとえらく楽しそうなルナマリアと変に疲れた様子のシンが現れた。
「隊長、お疲れ様です」
「お疲れ様っス」
綺麗なザフト式の敬礼をする二人に、キラは軽く微笑んで返す。
「うん。お疲れ、二人とも。それでどうしたの?何かトラブル?」
「あ、いや、そういうんじゃなくて…」
あー、とかうー、とか、今日は偉く歯切れが悪いシンだ。いつも自分の言いたいことをド直球に投げかけてくるだけに、物凄く違和感がある。それに痺れを切らしたのかルナマリアがずい、と前に出てきた。
「隊長、私たちの職務時間ってもう終わってますよね?」
「え?ええと…うん、終わったばっかだね」
シン達の職務時間は20時までで、今は20時5分。五分前に終わったばかりだ。
「隊長も同じですよね?」
「うん、まあ。…残ってるのがあるから、まだちょっとやりたいなって思ってたところだけど」
「なら大丈夫ですね!」
「…何が?」
「隊長、アスランに電話してくれませんか?」
「え?いいけど…何か連絡?」
「自分のことどう思ってるか、アスランに聞いてみてください」
「…へっ?」
アスランに自分のことをどう思ってるか聞く?何故?そもそもそれをどうしてルナマリアが?
突然のことに固まってるキラに、シンは「えーっとですね、」と補足説明をくれた。


「…つまり、テレビの企画を僕たちでやってみようってこと?」
「そういうこと…っすね」
シンの言葉にいつもの覇気が無い。ルナマリアに押し切られたのが容易に想像できる。
「えっと…あの番組でしょ。人間観察バラエティだっけ」
「そうです、それです!」
「あれは僕もたまに見るよ。面白いよね。…でもさ、そのシリーズって確か夫婦がやるやつじゃあ…」
「だからお二人にやって頂きたいんです!」
ルナマリアの謎の迫力に思わず苦笑が漏れる。
「いや、でも、今仕事中で」
「もう職務時間は過ぎてます」
「……」
ちら、とシンに困ったような表情で視線を投げかけて助けを求めてみるも、すまなそうな顔が返ってくるだけで。ああ、逃げられそうに無いな、とキラは悟った。
「隊長、アスランからのまっすぐな気持ちが聞けるんですよ?聞きたくありません?」
「いや、そりゃあまあ…でもアスラン、昼間は言ってくれないから」
「…昼間は?」
「えっ!?あっ、なんでもない。あはは…」
無意識に零れ落ちてしまった言葉をシンに拾われ、内心どきりとする。
しかしその言葉のとおり変に真面目なのか、アスランは夜の、所謂事中にしかその類の甘い言葉を言ってくれない。昼間は仕事場だろうと家だろうと全くと言っていいほど淡白なアスランだ。それを寂しいと思うことは確かに少しあるが…
「…隊長?」
はっと思考の沼から抜け出すと、ルナマリアが困惑したようにこちらを見つめていた。
「あ、ごめん。…わかった、かけてみるよ」
「本当ですか!」
「うん。その代わりどんな結果になっても怒んないでね?」
キラは自分のプライベート用の端末を取り出し、アスランの番号を呼び出した。
ただ自分のことを聞くだけだ。たったそれだけ。それなのに変に緊張する。
「…よし」
キラは意を決したようにボタンを押した。コール音が一回、二回。いつもならなんでもないような時間が妙に長く感じられた。
そして、四回目でとうとうコール音が途切れた。
『…キラ?』
聞こえてきたのは、心地よい、キラが一番好きな声。
「アスラン。えっと、今大丈夫?」
『ああ、後は帰るだけだから』
「あ、そうなんだ」
『…キラ?何かあったのか?』
「いや、ええと、その…」
…意を決したつもりだったが、これは駄目だ。物凄く恥ずかしい。いっそ「なんでもない」とか何とか言って切ってしまおうか。ちらと横を見ると、期待に満ちた顔のルナマリア。前からはシンの視線を感じる。どう考えても切れる雰囲気ではない。
「えっ…とね、アスラン。あの、聞きたいことがあって」
『何だ?』
早く言ってしまおう。言ってさっさと切ってしまおう。
「…僕、のこと、どう思ってる?」
言ってしまった。隣でルナマリアの小さい悲鳴が聞こえたような気もしたが、そっちに構っている余裕を今のキラは持ち合わせていなかった。それよりも言ってしまったことへの羞恥が耐え切れない。もういい。アスランが何か言う前に切ろう。そうだ、それがいい。
「ご、ごめんね変なこと言って!忘れて!無かったことにして!ほんとごめん!あの、僕残業あるから先寝てて!ね!じゃあおやす…」
『愛してるよ』
「……え」
『キラの髪や目。ちょっと抜けてるところに、優しいところ。キラを構築する全てが好きだ。愛してる』
「……え、あ…」
平時には全くと言っていいほど言われなかった言葉。その言葉が、今電話越しにキラの耳へ伝わってくる。
『――キラは?』
「…え?」
『キラは、俺のことどう思ってる?』
先程のキラと同じ問い。ああ、何か言わないと。言葉にしないと。そう思っても何故か頭が上手く働いてくれない。そんな自分にもどかしさを感じながらも、キラはアスランに伝えようと、ゆっくり、心を込めて声を発する。
「…僕も、好きだよ。大好き。外見も性格も、アスランのことなら全部好き」
本当は「好き」なんて言葉では表しきれないけれど。それでも、少しでもいい。少しでもこの気持ちがアスランに伝わればいい。
『―そうか』
電話の向こうではきっととても柔らかい表情をしているのだろう。優しげな声色からありありと伝わってくる。
『…なあキラ。お前、この後もまだ予定あるのか?』
「へ…うん。残ってる仕事、片付けちゃおうと思って…」
『それ、どうせ明日でも間に合うやつなんだろう?今日はこのまますぐ帰って来い』
「え、」
どうして、と続けようとした言葉はアスランのどこか甘さを漂わせた声に遮られてしまった。
『お前の顔、見たくなった。今すぐ会いたいんだ。いいだろう?…家で待ってるから』
――そんな声で頼まれてしまったら断れないじゃないか!
キラはカラカラに乾いた喉を無理やり動かして「わかった」と小さく呟き、通話終了ボタンを押した。



「…やだ!どうしよう、あたし今とんでもない瞬間に立ち会っちゃった!」
通話が終了してから少しの間をおいて、ルナマリアは爆発でもしたかのようにきゃあきゃあと話し始めた。
「お二人の関係がとっても良好だっていうのは雰囲気からして分かってましたけど…!」
「…なっ…な…」
「…シン?」
ふとルナマリアが後ろを見ると、さっきまで黙っていたシンがわなわなと肩を震わせていた。その顔には驚愕と混乱が広がっている。
「ふ、普通の、幼馴染だって…」
シンは搾り出したような声で今一番頭を占めているであろう問いを口にした。本当に何も知らないのかこいつは。まさかあの二人を「普通の幼馴染」と思っていたとは思わなかった。ルナマリアはわざとらしく大きな溜息をつく。
「あんた、本当に何も知らないのね。アスランと隊長が恋人同士だってことくらい雰囲気で分からない?ザフトでこのこと知らなかったの、きっとシンくらいよ」
そう言った瞬間シンはあまりのことに脳がオーバーヒートしたのか、ピシリと石のように固まってしまった。
「何よ、大げさなんだから…。あ、隊長!私のお願い聞いてくれてありがとうございました!なんかもうこっちまでドキドキしちゃって…って、隊長?」
どういうわけか全く反応が無いことに違和感を感じ、ルナマリアがキラへ向き直ってみるとそこには。


――端末を握ったまま固まっているキラの姿があった。
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