HappyBirthday,My Alice.
「―はぁっ、ふ…っ」
これは一体どういうことだ。
あの広場から逃げ出してきてもう長いこと走っている。なのに、一向に森の出口が現れないのだ。何処へ走っても木、木、木…真っ暗闇をがむしゃらに走り続けているせいもあり、今自分が森のどの辺りにいるのか、どの方角を向いているのか全く分からない。
「あっ…そうだ、携帯っ…!」
携帯ならば方角が分かるんじゃないか。それに、繋がるか分からないけれどもしかしたら警察に連絡することだって―そう思ってキラは近くの木の根元に座り込み、ポケットから携帯を取り出した。周りが静かなため自分の乱れた息の音がよく聞こえて、それがまたキラの不安と恐怖を増大させる。
「……圏外」
画面の右上に出る「圏外」の表示。けれどこちらは駄目もとだったので仕方が無い。キラは急いで方位磁針のアプリを呼び出す。しかし、画面に映し出されたのは北、南、北、東、西…と一向に定まらない狂った方角だった。
「っ…何なんだよ、これ!」
キラは思わず悪態をつき、乱暴に携帯の電源を切る。
おかしい、狂っている。この場所も、あの男も、何もかも全て。
一縷の望みも打ち砕かれ、体力も限界。これからどうすればいい?何処に逃げたらいい?キラは平常とは言えない頭で必死に考えた。どうすればあの男から逃げられる?どうすれば自分が居たあの場所へ帰ることができる?―そのときだった。
「こんなところに居たのか。探したよ」
何故、何故今まで気づかなかった。
自分の前方――目の前にある木の向こうから、今一番聞きたくない声が聞こえた。瞬間、キラは身体が一気に冷えていくのを感じた。ゆっくりと、しかし確実にこちらへ近づいてくる足音。駄目だ、逃げなければ。キラは自分の体力が底を尽いているのも忘れて走り出した。否、走り出そうとした。
「っえ…あれ…?」
立ち上がろうと力を入れたはずの足は言うことを聞かず、そのままぺたんと地面に座り込んでしまう。キラ自身は必死に走ろうとしているのに、それに反し足は自分の役割を忘れてしまったかのように少しも動いてくれない。足だけではない。身体中から力が抜けてしまい、キラはもうそこから一歩も動くことができなくなってしまった。
そうしているうちに、足音はどんどん近づいてくる。気づけば目の前に上質な黒い靴が見える。キラは力が入らない身体に無理やり力を込め、ゆっくりと緩慢な動作で上を見上げた。
――燕尾服にシルクハット。手にはステッキを持っていて、深い海の色をした髪とエメラルドのような瞳を有している。その男が、にこやかな表情をしてそこに立っていた。
「鬼ごっこは楽しかったか?まったく、あまり手間をかけさせないでくれ」
その男―アスランはキラを見て楽しそうに笑う。まるでネズミを見つけた猫のように。
「アスラン…っ!僕に、何したの…!?」
「ん?…ああ、それか。――これも魔法のうちに入るのか?」
アスランはキラの混乱など知ったことじゃない、といった様子でのんびりと何か考え事をするような素振りをする。
「…っ、アスラン!」
「悪かった、そんなに怒るな。…ここ、さっき俺が"消毒"しただろう?」
そう言ってアスランはキラの左手を掴み、手のひらの傷を撫でる。
「そうだな、どう説明するか…俺の唾液や血には毒のようなものが混じっていて、それを取り込んだ奴の身体を支配することが出来るんだよ。まあ、あの程度の量だとこうして身体機能を制限するくらいしか出来ないが…他にも手はあったけど、一番手っ取り早いのがこれだったんだ」
「…な、…え…?」
――なんだ、それは。そんな力、まるで悪魔のようではないか。
「…"消毒"と言ったのに毒を入れたとするのはおかしいか?だが"毒をもって毒を制す"と言うだろう。それと同じだ。…使い方が合ってるかは知らないが」
「ふっ…ふざけないでよ!そんな、悪魔みたいな…!」
「へえ…前も思ったけれど、キラは本当に察しがいいんだな」
アスランはまた、くくっと笑う。
「そもそも、キラがもっと素直に俺の言うことを聞いていればこんな手は使わなかった。これはもしもの保険だったんだぞ?まさか使うことになるなんて」
アスランはそうぼやきながらキラの頬を撫でる。力が入らないせいでキラはその手を叩き落とすことも振り払うことも出来ない。
「…僕を、元居た場所に返して」
身体を動かせないキラに出来る、唯一の抵抗。アスランをぎっと強く睨み付け、自分の願いを口に出す。
しかしアスランはやれやれ、と言ったように溜息をつくだけで取り合ってくれない。
「お前はそればかりだな。アリスは思ったより強情だった。…ならもういい、仕方が無い。あまり脳を引っ掻き回すのは好きじゃないんだが、こうでもしないとお前はすぐ俺の下から逃げてしまいそうだ」
「…?何を――っ、ん…!?」
アスランの訳の分からない言葉に眉を顰め、聞き返そうと口を開いたときだった。
顎を掴まれ、深く口付けられる。
キスされている、と自覚したときにはもう遅かった。
「っんう、ふ…っ、ん、ん…っ!」
アスランの舌が逃げようとするキラのそれを強引に絡めとり、甘く吸い上げる。その度にじん、と痺れるような感覚が身体に湧き出て、キラが意識せずとも鼻にかかった甘い声が漏れてしまう。
「んぁ、は…っン、ぅ…」
少し空気を吸わされて、また唇を塞がれる。そうしているうちどちらのものとも知れない唾液がキラの口腔に満ちていく。それを飲み込むたびに頭の奥が霞んで脳が溶けるようで、けれども同時に感じたことの無い甘い快感に襲われ、キラの理性を蝕んでいく。
駄目だ、いけない。このままだと取り返しのつかないことになる。そう頭では分かっていても、波のように押し寄せる快楽にはなすすべも無く。
「はぁっ…あすら…っふ、ぁ…」
「キラ…」
気づけばキラの理性は強い快感の前に融けきっていて、アスランから与えられる甘い刺激を従順に受け止めるだけになっていた。アスランに弱いところを攻められる度ぴく、と跳ねる身体と快楽に陥落してとろとろに融け切った甘い表情には、もう抵抗する意思は見られなかった。
そうして唇が離されると、キラはそのままくたりとアスランの腕の中へ落ちていく。朦朧とした意識の中、アスランが自分を抱きしめる腕に何故だかとても安心して、キラはゆっくりと目を閉じた。
「…おやすみ、キラ」
そう耳元で囁かれたと同時に、キラの意識は完全に闇へと堕ちた。
これは一体どういうことだ。
あの広場から逃げ出してきてもう長いこと走っている。なのに、一向に森の出口が現れないのだ。何処へ走っても木、木、木…真っ暗闇をがむしゃらに走り続けているせいもあり、今自分が森のどの辺りにいるのか、どの方角を向いているのか全く分からない。
「あっ…そうだ、携帯っ…!」
携帯ならば方角が分かるんじゃないか。それに、繋がるか分からないけれどもしかしたら警察に連絡することだって―そう思ってキラは近くの木の根元に座り込み、ポケットから携帯を取り出した。周りが静かなため自分の乱れた息の音がよく聞こえて、それがまたキラの不安と恐怖を増大させる。
「……圏外」
画面の右上に出る「圏外」の表示。けれどこちらは駄目もとだったので仕方が無い。キラは急いで方位磁針のアプリを呼び出す。しかし、画面に映し出されたのは北、南、北、東、西…と一向に定まらない狂った方角だった。
「っ…何なんだよ、これ!」
キラは思わず悪態をつき、乱暴に携帯の電源を切る。
おかしい、狂っている。この場所も、あの男も、何もかも全て。
一縷の望みも打ち砕かれ、体力も限界。これからどうすればいい?何処に逃げたらいい?キラは平常とは言えない頭で必死に考えた。どうすればあの男から逃げられる?どうすれば自分が居たあの場所へ帰ることができる?―そのときだった。
「こんなところに居たのか。探したよ」
何故、何故今まで気づかなかった。
自分の前方――目の前にある木の向こうから、今一番聞きたくない声が聞こえた。瞬間、キラは身体が一気に冷えていくのを感じた。ゆっくりと、しかし確実にこちらへ近づいてくる足音。駄目だ、逃げなければ。キラは自分の体力が底を尽いているのも忘れて走り出した。否、走り出そうとした。
「っえ…あれ…?」
立ち上がろうと力を入れたはずの足は言うことを聞かず、そのままぺたんと地面に座り込んでしまう。キラ自身は必死に走ろうとしているのに、それに反し足は自分の役割を忘れてしまったかのように少しも動いてくれない。足だけではない。身体中から力が抜けてしまい、キラはもうそこから一歩も動くことができなくなってしまった。
そうしているうちに、足音はどんどん近づいてくる。気づけば目の前に上質な黒い靴が見える。キラは力が入らない身体に無理やり力を込め、ゆっくりと緩慢な動作で上を見上げた。
――燕尾服にシルクハット。手にはステッキを持っていて、深い海の色をした髪とエメラルドのような瞳を有している。その男が、にこやかな表情をしてそこに立っていた。
「鬼ごっこは楽しかったか?まったく、あまり手間をかけさせないでくれ」
その男―アスランはキラを見て楽しそうに笑う。まるでネズミを見つけた猫のように。
「アスラン…っ!僕に、何したの…!?」
「ん?…ああ、それか。――これも魔法のうちに入るのか?」
アスランはキラの混乱など知ったことじゃない、といった様子でのんびりと何か考え事をするような素振りをする。
「…っ、アスラン!」
「悪かった、そんなに怒るな。…ここ、さっき俺が"消毒"しただろう?」
そう言ってアスランはキラの左手を掴み、手のひらの傷を撫でる。
「そうだな、どう説明するか…俺の唾液や血には毒のようなものが混じっていて、それを取り込んだ奴の身体を支配することが出来るんだよ。まあ、あの程度の量だとこうして身体機能を制限するくらいしか出来ないが…他にも手はあったけど、一番手っ取り早いのがこれだったんだ」
「…な、…え…?」
――なんだ、それは。そんな力、まるで悪魔のようではないか。
「…"消毒"と言ったのに毒を入れたとするのはおかしいか?だが"毒をもって毒を制す"と言うだろう。それと同じだ。…使い方が合ってるかは知らないが」
「ふっ…ふざけないでよ!そんな、悪魔みたいな…!」
「へえ…前も思ったけれど、キラは本当に察しがいいんだな」
アスランはまた、くくっと笑う。
「そもそも、キラがもっと素直に俺の言うことを聞いていればこんな手は使わなかった。これはもしもの保険だったんだぞ?まさか使うことになるなんて」
アスランはそうぼやきながらキラの頬を撫でる。力が入らないせいでキラはその手を叩き落とすことも振り払うことも出来ない。
「…僕を、元居た場所に返して」
身体を動かせないキラに出来る、唯一の抵抗。アスランをぎっと強く睨み付け、自分の願いを口に出す。
しかしアスランはやれやれ、と言ったように溜息をつくだけで取り合ってくれない。
「お前はそればかりだな。アリスは思ったより強情だった。…ならもういい、仕方が無い。あまり脳を引っ掻き回すのは好きじゃないんだが、こうでもしないとお前はすぐ俺の下から逃げてしまいそうだ」
「…?何を――っ、ん…!?」
アスランの訳の分からない言葉に眉を顰め、聞き返そうと口を開いたときだった。
顎を掴まれ、深く口付けられる。
キスされている、と自覚したときにはもう遅かった。
「っんう、ふ…っ、ん、ん…っ!」
アスランの舌が逃げようとするキラのそれを強引に絡めとり、甘く吸い上げる。その度にじん、と痺れるような感覚が身体に湧き出て、キラが意識せずとも鼻にかかった甘い声が漏れてしまう。
「んぁ、は…っン、ぅ…」
少し空気を吸わされて、また唇を塞がれる。そうしているうちどちらのものとも知れない唾液がキラの口腔に満ちていく。それを飲み込むたびに頭の奥が霞んで脳が溶けるようで、けれども同時に感じたことの無い甘い快感に襲われ、キラの理性を蝕んでいく。
駄目だ、いけない。このままだと取り返しのつかないことになる。そう頭では分かっていても、波のように押し寄せる快楽にはなすすべも無く。
「はぁっ…あすら…っふ、ぁ…」
「キラ…」
気づけばキラの理性は強い快感の前に融けきっていて、アスランから与えられる甘い刺激を従順に受け止めるだけになっていた。アスランに弱いところを攻められる度ぴく、と跳ねる身体と快楽に陥落してとろとろに融け切った甘い表情には、もう抵抗する意思は見られなかった。
そうして唇が離されると、キラはそのままくたりとアスランの腕の中へ落ちていく。朦朧とした意識の中、アスランが自分を抱きしめる腕に何故だかとても安心して、キラはゆっくりと目を閉じた。
「…おやすみ、キラ」
そう耳元で囁かれたと同時に、キラの意識は完全に闇へと堕ちた。