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HappyBirthday,My Alice.

「――ご馳走様でした、凄い美味しかったです」
「キィラ、敬語はいいって言っただろう」
「あ…そっか、えと…ありがとう、アスラン」 
あの後三人でバースデーパーティーを楽しみ、気づいた頃には辺りは夕焼けで赤く染まっていた。
シンは一通りお菓子を食べ終えると、「食いすぎて眠い、帰るわ」とだけ残してウサ耳をぴょこぴょこ動かしながら何処かへ去っていってしまった。
そんなことで、今この場にはキラとアスランの二人しかいない。
キラは紅茶のカップを手にしながら、内心少し緊張していた。
――アスランと何を話せばいいのか分からない。
先ほどまではシンが色々話題を振ってくれていたため何も困ることは無かったが、こうして二人きりになるとどうすればいいのか分からない。
「―そうだ、キラ」
「何?」
必死に話題を探していたところ、アスランの方から話しかけてくれた。
アスランはキラのティーカップに新しく紅茶を注ぐとキラの隣の席に腰掛け、何をするかと思うと突然キラの左手首を掴んで、その手のひらを見つめながら優しく問うた。
「この傷…新しいな、いつのだ?」
それはアスラン達に見つかる前、枝で切り付けてしまった傷だった。血は止まっているが、傷口はまだ痛々しく残っている。そういえば、自分はあの時怪我をしたのだった。
「あっ…アスラン達に会う前あそこの木の近くに居たんだけどね、その時に枝で切っちゃって…ほら、僕の声が聞こえたでしょ?それもこの傷のせいで」
「そうか…痛かっただろう」
「大丈夫だよ、今はそんな痛くないし…って、ああああすらん!?」
キラは思わず頓狂な声を上げてしまう。アスランがキラの手を自分の口元へと引き寄せ、そのままぺろ、と傷口を舐め上げたのだ。
「ひゃっ!?ちょ、何っ…」
アスランの舌先で傷口を擽られる度、言いようの無いぞくぞくとした感覚が身体中に駆け巡るようで。そのせいで妙な声を上げてしまいそうになり、キラは必死で口を引き結ぶ。
「…弱いのか」
「何がっ…や、アス…っやめ…」
もうだめ、と思った瞬間ぱっと手が離された。
はふ、と安堵の息を吐きながらちらとアスランを見ると、アスランはその瞳に悪戯っぽい色を宿して笑っていた。
「…消毒。って、よくやるんだろう?」
「はっ…!?」
「キラ、顔真っ赤だぞ」
「な…仕方ないだろ!だって、急にあんな…!」
真っ赤になって怒るキラの様子を見て、またもアスランはおかしそうにくすくす笑う。しかし今度はすぐに笑いを引っ込めて、少し険しいとも取れる顔つきでキラの頬に手をやった。そうして頬にある傷――クラスメイトに殴られた痕を、湿布の上からそっと撫でた。
「キラには傷が多いな。…誰にやられたんだ」
「え…」
キラは小さな違和感を覚えた。まるで、アスランが全てを知っている上でキラの口から聞きだそうとしているような――
「…いや、言わなくていい。すまなかった」
キラがどう返していいか分からず言いよどんでいたら、アスランは頬を撫でていた手をそのまま背中へ回し、キラをそっと抱き寄せた。
「ア…アスラン?あの…」
「いいから。こうさせてくれ」
アスランはそう言ってただキラを優しく抱きしめている。その温もりが、今のキラにはとても暖かく、優しいものに思えて何故だか涙が出そうになる。そんな泣きそうになっている自分の顔など見られたくなかったので、キラはそっとアスランの胸に顔を埋めて隠した。
――アスランは、優しい人だ。今もこうやって僕を慰めようとしてくれている。
そう、思ったときだった。


「しかし…キラの綺麗な身体に傷をつけるとはな。――殺してやりたい」
そっと、呟くような声。誰に言うでもなくただ発された、独り言のようなアスランの言葉にキラは思わずびく、と身体を震わせた。彼は今、なんと言った?
恐る恐る顔を上げてアスランを覗き見ると、アスランは変わらない、あの優しげな表情でキラを見つめていた。
「あの…アスラン」
「ん、どうした?」
自分の聞き間違いだったのだろうか。しかしどう考えても今の優しいアスランと先ほどの――殺意と憎しみが滲み出た暗い、冷たい声は結びつかない。
「…ううん、なんでもない。あの、そろそろ僕も帰らなくちゃ―」
きっと聞き間違いだ。そうに決まっている。キラはそう思ってあの冷たい声を脳内から追いやる。だが―
「―帰る?何処に帰るというんだ、お前は」
返ってきた声は、あの、暗く冷たい声だった。
「……アスラン…?」
表面上は、笑顔。優しい顔。だがその瞳は暗く、濁っている。
「帰るも何も、お前の居場所はここだろう?」
「…何、言ってるの?だって、僕も家に帰らないと…母さんが待ってるし―」
「キラを傷つけるものがあるのに?」
「っ…」
その言葉にキラは言葉を詰まらせた。確かに、アスランの言うとおりだ。あそこに戻れば、またいつも通り。クラスメイトに苛められる日々が待っている。
「…キラ」
アスランは安心させるかのようにキラの頭を優しく撫でる。その表情は穏やかだが、キラの脳裏には先の冷たい瞳をしたアスランが鮮明に描かれていて思わず身構えてしまう。
「ここにはキラを傷つけるものは何も無い。あるのは幸せだけ。ここに居れば、キラはもう辛い思いをしなくて済むんだ。…何を迷うことがある」
確かに、ここに居れば自分が傷つくことは無いかもしれない。けれどそれは、母親もあの家も全部捨てろと言っているようなもので。そんなことはキラには出来るはずもなかった。
「だって…待ってるんだ。母さんが僕の帰りを待ってて、今ももしかしたら帰ってこない僕のことを心配してるかもしれない。だから、ずっとここには居られないよ」
しかし、アスランはキラのその言葉に笑みを消した。キラの返事が気に食わなかったのか、不機嫌そうに眉根を寄せている。
「―待っている人間がいなければいいのか?」
「え…」
「キラを待っている人間がいなければ、キラは自らここに居ることを望むのか?」
「…どういうこと?」
アスランの言っていることが分からない。彼は、何をしようとしている?
「なら殺してしまおうか。お前を待つ母親を」
「っ!?」
キラは反射的にアスランを力の限り押して腕の中から逃げ出した。その拍子に腕でも当たったのか机の上のティーカップが落ちてソーサーと共に大きな音を出して割れ、その破片と中身の紅茶を盛大に地面にぶちまけてしまう。
だがそのことに気づく余裕も無く、キラは怯えを含んだ瞳で座ったままのアスランを凝視していた。
「アスランッ…」
「言っただろう、キラは俺の"アリス"なんだ。俺の下にいなければ駄目だろう?なあ?」
そう言ってアスランはクツクツ笑う。その瞳にはもう優しさの欠片も見えない。その冷たい瞳に見つめられ、キラは前に感じたのと同じ、言いようの無い恐怖が全身を駆け巡った。
「ひっ…や、嫌だ…!」
――この男の傍に居てはいけない。
身体中がそう叫んでいる。駄目だ、ここに居ては駄目だ。キラは目の前にいる男と、自分の身体に湧き出る恐怖から逃げるために無我夢中で森の外へと駆け出した。
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