健全CP無し物
即興二次創作
お題→刹那の痛み
制限時間→1時間
使用時間→35分
成長するとは何だろう。諦めるとは何だろう。道を選ぶとは、どういうことなのだろう。
例えば成長するにつれ、自分で道を選ぶと言うことは、それは一方で選ばなかった道を捨てると言うことと同義だろうか。ならば、捨てられてしまった先にいるはずだった俺は、どこへ行くのだろう。
じくりじくり、左腕が痛みで悲鳴を上げる。この痛みの正体を、俺は知っていた。
「太一先輩?」
その頭にゴーグルを受け継いだ可愛い後輩が太一の名前を呼ぶ。無意識に左肩を押さえていた太一はその声にはっと我に返って、何もなかったように左肩から手を離した。大輔がその様子に不思議そうに首を傾げる。少しばかり誤魔化し方が下手だっただろうか。太一は苦笑を漏らすと、なんでもないと言うかのように大輔の頭を乱暴に撫でた。大輔は太一の突然の行動に驚いたがそれも一瞬で、憧れの先輩に大人しくそのまま可愛がられて、だからふと感じた違和感も、すっかり忘れてしまった。
あの戦いから、太一はよく左肩を押さえることがある。そのことに気が付いているのは、果たして何人いるだろうか。恐らく太一と一番長く時を過ごす光子郎は気が付いている。太一も彼には気付かれているだろうなとは思っていたが、まるで何も言うかとでもいうような態度をするから、彼がそれについて言及することはなかった。
忘れもしない、まだ小学生だった時に人知れず起きた大きな事件。ディアボロモンとの、世界を懸けた戦い。その先で見た、綺麗な綺麗な一つの奇跡の集合体。太一はその姿を忘れない。あの絶対的なまでの力を持つパートナーの姿を、太一は一等愛していた。平和を象徴するような、真っ白な姿。終焉をその身に宿す、奇跡。誰にもけがされたくなかった、そんな思い出。
そう、誰にも汚されたくなかった。誰にも触れられたくなかった。きっとあの力があれば、もう何者にも負けないとさえ思っていた。だけど違った、違ったのだ。
アーマゲモン。太一はその名前を聞くだけで憎悪すら抱く。恐らく太一とヤマトを排除するためだけの、そして彼らのパートナーを排除するためだけに進化した、それもまた一つの奇跡の証。現れてほしくなど、なかったけれど。
消える瞳の輝きも、動かなくなった体も、そして無残に落ちてしまった、両腕も。太一は忘れない、忘れるものか。あんな、パートナーを。パートナーの言葉さえ、太一は鮮明に思い出せる。君たちはあきらめなかった。パートナーが紡いだその言葉が脳裏から離れない。きっとパートナーには、そんなつもりはなかったのだろう。だけどその言葉が示す意味を、太一は正しく理解できてしまった。
あの時、太一はきっと諦めた。あのアーマゲモンに勝つことを、太一はきっとあの時、無意識に諦めていた。だから負けた、パートナーたちは、自分たちのせいで負けたのだ。
「…治んねぇなぁ」
あの戦いから、太一は時折酷く左肩が痛むようになった。原因を断定することはできないけれど、想定することはできた。落ちた両腕、諦めた自分、負けたパートナー。これは最後まで戦おうとしなかった罰だ。勇気の象徴として諦めてはいけなかったのに諦めた、その罪の証だ。じくりじくりと痛みが増す。思い出せば思い出すほど、太一を責めるように痛みは増していく。太一は誰にも言おうとしなかった。あの時一緒に戦ったヤマトにさえ、言わなかった。迷ったことはあった、だから太一はヤマトをよく観察していた。けれど太一がいつ見ても、ヤマトが自分と同じような素振りをすることはなかった。まるで支えるように隣に立っている、その存在が痛みを中和しているようで、太一は少し泣きそうになった。ヤマトに言えないことなら、太一はもう誰にも言えない。特にパートナーにだけは、絶対に。
後輩と別れ、家に帰って、部屋に一人籠る。左肩がもう、悲鳴を上げていた。痛みだけはあるのに、押さえてももう感覚すら残っていなかった。きっと太一自身がその罪を許してしまえたら、痛みも消えてしまうのだろう。太一自身が自分を許すことができたなら、罪の証は消えるのだろう。太一は直感的にそれが分かっていた。だからこそ、太一は決して自分を許そうとはしなかった。
どうして許すことができる?諦めたのは自分なのに、勝手に失望したのは自分なのに、どうしてそんな自分を許せるというのか。
「…許したら、忘れちまう、全部、ぜんぶ」
そんなの、それだけは、嫌だ。
何も忘れたくない。勝った喜びも安堵も、負けた悔しさも失望も、何もかも、忘れたくない。
痛みがあれば、太一はいつだって思い出せる。かつて自分は一度諦めたのだと、忘れずにいられる。諦めた自分を、いつまでも覚えていられる。もう二度と諦めてなどやるものか。もう二度と、俺は。
痛みは彼に諦める弱さを捨てさせた。痛みは彼に自分を許す弱さを捨てさせた。勇気は勇気らしくあれるように、あらゆる弱さを捨てた。誰もが持っているはずの、誰もが持っていていい弱さ。それは同等に、強さでもあったのに。きっと相棒とも呼べるヤマトが何かに気付いていたら、それを咎めることができたのだろう。光子郎が彼に言及する強さを持っていれば、止めることができたのだろう。だけど誰も気付かなかった。誰も咎められなかった。だって太一は、どうしようもなく、皆にとってのリーダーで、太陽だったから。
諦めなかった先にいた太一は、太一自身が諦めることで殺してしまった。その道は、太一自身が潰してしまった。一度潰れてしまった道はもう戻らないし、一度死んだ自分だってもう二度と戻らない。だから太一は進むしかない。諦めた先の道を、歩いていくしかない。その痛みを抱えて、その後悔を背負って、重い足取りで、太一はたった一人で進んでいく。
痛みを訴える左肩を強く強く抑える。
耐えるように噛み締めた唇から、微かに血が滲んでいた。
お題→刹那の痛み
制限時間→1時間
使用時間→35分
成長するとは何だろう。諦めるとは何だろう。道を選ぶとは、どういうことなのだろう。
例えば成長するにつれ、自分で道を選ぶと言うことは、それは一方で選ばなかった道を捨てると言うことと同義だろうか。ならば、捨てられてしまった先にいるはずだった俺は、どこへ行くのだろう。
じくりじくり、左腕が痛みで悲鳴を上げる。この痛みの正体を、俺は知っていた。
「太一先輩?」
その頭にゴーグルを受け継いだ可愛い後輩が太一の名前を呼ぶ。無意識に左肩を押さえていた太一はその声にはっと我に返って、何もなかったように左肩から手を離した。大輔がその様子に不思議そうに首を傾げる。少しばかり誤魔化し方が下手だっただろうか。太一は苦笑を漏らすと、なんでもないと言うかのように大輔の頭を乱暴に撫でた。大輔は太一の突然の行動に驚いたがそれも一瞬で、憧れの先輩に大人しくそのまま可愛がられて、だからふと感じた違和感も、すっかり忘れてしまった。
あの戦いから、太一はよく左肩を押さえることがある。そのことに気が付いているのは、果たして何人いるだろうか。恐らく太一と一番長く時を過ごす光子郎は気が付いている。太一も彼には気付かれているだろうなとは思っていたが、まるで何も言うかとでもいうような態度をするから、彼がそれについて言及することはなかった。
忘れもしない、まだ小学生だった時に人知れず起きた大きな事件。ディアボロモンとの、世界を懸けた戦い。その先で見た、綺麗な綺麗な一つの奇跡の集合体。太一はその姿を忘れない。あの絶対的なまでの力を持つパートナーの姿を、太一は一等愛していた。平和を象徴するような、真っ白な姿。終焉をその身に宿す、奇跡。誰にもけがされたくなかった、そんな思い出。
そう、誰にも汚されたくなかった。誰にも触れられたくなかった。きっとあの力があれば、もう何者にも負けないとさえ思っていた。だけど違った、違ったのだ。
アーマゲモン。太一はその名前を聞くだけで憎悪すら抱く。恐らく太一とヤマトを排除するためだけの、そして彼らのパートナーを排除するためだけに進化した、それもまた一つの奇跡の証。現れてほしくなど、なかったけれど。
消える瞳の輝きも、動かなくなった体も、そして無残に落ちてしまった、両腕も。太一は忘れない、忘れるものか。あんな、パートナーを。パートナーの言葉さえ、太一は鮮明に思い出せる。君たちはあきらめなかった。パートナーが紡いだその言葉が脳裏から離れない。きっとパートナーには、そんなつもりはなかったのだろう。だけどその言葉が示す意味を、太一は正しく理解できてしまった。
あの時、太一はきっと諦めた。あのアーマゲモンに勝つことを、太一はきっとあの時、無意識に諦めていた。だから負けた、パートナーたちは、自分たちのせいで負けたのだ。
「…治んねぇなぁ」
あの戦いから、太一は時折酷く左肩が痛むようになった。原因を断定することはできないけれど、想定することはできた。落ちた両腕、諦めた自分、負けたパートナー。これは最後まで戦おうとしなかった罰だ。勇気の象徴として諦めてはいけなかったのに諦めた、その罪の証だ。じくりじくりと痛みが増す。思い出せば思い出すほど、太一を責めるように痛みは増していく。太一は誰にも言おうとしなかった。あの時一緒に戦ったヤマトにさえ、言わなかった。迷ったことはあった、だから太一はヤマトをよく観察していた。けれど太一がいつ見ても、ヤマトが自分と同じような素振りをすることはなかった。まるで支えるように隣に立っている、その存在が痛みを中和しているようで、太一は少し泣きそうになった。ヤマトに言えないことなら、太一はもう誰にも言えない。特にパートナーにだけは、絶対に。
後輩と別れ、家に帰って、部屋に一人籠る。左肩がもう、悲鳴を上げていた。痛みだけはあるのに、押さえてももう感覚すら残っていなかった。きっと太一自身がその罪を許してしまえたら、痛みも消えてしまうのだろう。太一自身が自分を許すことができたなら、罪の証は消えるのだろう。太一は直感的にそれが分かっていた。だからこそ、太一は決して自分を許そうとはしなかった。
どうして許すことができる?諦めたのは自分なのに、勝手に失望したのは自分なのに、どうしてそんな自分を許せるというのか。
「…許したら、忘れちまう、全部、ぜんぶ」
そんなの、それだけは、嫌だ。
何も忘れたくない。勝った喜びも安堵も、負けた悔しさも失望も、何もかも、忘れたくない。
痛みがあれば、太一はいつだって思い出せる。かつて自分は一度諦めたのだと、忘れずにいられる。諦めた自分を、いつまでも覚えていられる。もう二度と諦めてなどやるものか。もう二度と、俺は。
痛みは彼に諦める弱さを捨てさせた。痛みは彼に自分を許す弱さを捨てさせた。勇気は勇気らしくあれるように、あらゆる弱さを捨てた。誰もが持っているはずの、誰もが持っていていい弱さ。それは同等に、強さでもあったのに。きっと相棒とも呼べるヤマトが何かに気付いていたら、それを咎めることができたのだろう。光子郎が彼に言及する強さを持っていれば、止めることができたのだろう。だけど誰も気付かなかった。誰も咎められなかった。だって太一は、どうしようもなく、皆にとってのリーダーで、太陽だったから。
諦めなかった先にいた太一は、太一自身が諦めることで殺してしまった。その道は、太一自身が潰してしまった。一度潰れてしまった道はもう戻らないし、一度死んだ自分だってもう二度と戻らない。だから太一は進むしかない。諦めた先の道を、歩いていくしかない。その痛みを抱えて、その後悔を背負って、重い足取りで、太一はたった一人で進んでいく。
痛みを訴える左肩を強く強く抑える。
耐えるように噛み締めた唇から、微かに血が滲んでいた。