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健全CP無し物

俺は別に英雄になりたかったわけじゃない。世界を救うヒーローになりたかったわけでもない。ただ、たまたま選ばれて、たまたま力を貸して、たまたまどうにかしてきただけ。俺は自分のことをヒーローだなんて思ったことはないし、思われなくたって構わない。世界を救ったなんてのは俺が成し遂げたかったことの延長線上に偶然繋がっていただけに過ぎない。俺はただ、俺のパートナーを、俺の半身を、助けたかっただけ。
俺にデジ文字は読めない。光子郎なら自分で解読でも何でもして読んでしまうのだろうけれど、俺はそんなものに興味はないし、それがわからなくたってアグモンと会話はいくらでもできるから、わからなくてもいいと思っている。だけど、もし文字がわかったら。あの時の救難信号がどう書かれていたのか、わかったのだろうか。

デジタルワールドを救った小学生の時の冒険からもう何年か過ぎて、俺もヤマトたちもあっという間に中学生になった。時々向こうに呼ばれたり、こっちの世界に危険な奴が現れたりして一緒に戦ったりしたけれど、それっきりだ。前みたいにパートナーと当たり前に一緒にいることができない。当たり前に会話することができない。手を取ることも笑い合うことも、簡単にできていた全てが難しくなった。だけどそれでもいいと思っていた。俺たちが呼ばれないということは、つまり向こうの世界が平和だってことだ。俺たちが救いたかったパートナーたちの世界は、今でも平穏を保っているという事だ。会えない寂しさはその代償。そう思えば、これくらいの寂しさは耐えなきゃいけないと思った。あの冒険の時だったら、流れる時間の速さが違うから、もっと焦っていたかもしれない。俺にとっては1日でも、アグモンにとっては何年も経ってるかもしれない。その間に、もしアグモンが俺のことを忘れてしまったら。もし、もう、存在していなかったら。だけど今は違う。アポカリモンとの戦いの後、こっちの世界とあっちの世界の時間の流れは同じになった。俺とアグモンは、たとえ会えなくても同じ時間を生きていける。そう思えば、なんだか会えない間も乗り越えていける気がして。それに、寂しさを感じれば感じただけ、次に会えたときの喜びは大きいのだろうと思って。
あの時。今まで何も反応してこなかったデジヴァイスが本当に久しぶりに何かの信号を受け取った時。画面には4文字のデジ文字が浮かんでいた。俺はそれを読むことはできなかったけど、呼ばれているとすぐにわかった。アグモンが呼んでいる。俺を必要としている。あの世界が、また、俺を。デジタルゲートの開け方なんてはっきりとわかっているわけではなかったけれど、それでも何もかも投げ出してあの世界に向かった。迷いは一切なかった。半身が俺を呼んでいるのに、行かないわけがない。それに、呼ばれたという事は、またあの世界に危機が迫っているという事だ。俺の力が、俺が、あの世界にまた必要とされている。
いくらでも力になるつもりだった。英雄になったつもりはなかったけれど、あの世界に必要とされることが嬉しかった。思えば初めてデジモンと出会ったあの幼少期の瞬間から、俺はとっくにあの世界にとらわれていた。あの世界が誰よりも好きだった。あの世界といつまでも繋がっていたかった。
「太一先輩!!」

なんで、どうして?
だってアグモンは俺のことを呼んだんじゃないか。新たな危機に、この世界は俺を必要としてゲートを開いてくれたんじゃないか。なのに、なんなんだ。俺が触れたそれから飛び出していった光は、俺の後輩の手に収まって、世界が、その後輩たちのために、ゲートを開いて。力を授けて。俺は何のために呼ばれたんだ。こいつらに、次の世代に、繋げるためだけに呼ばれたとでもいうのか。
(違う、違う!だってアグモンが呼んだのは俺だった!アグモンが呼んだのは、あいつらじゃない!!)
もはやそれは子供の癇癪にも近い感情で。そんなものを表に出すわけにはいかなくて、だから、何もできないまま、ただ後輩の活躍を見守るしかできなくて。歯痒くて、辛くて、いっそここで死んでしまいたくて。何の力も持たない俺に、一体どんな価値があると言うのだろう。戦えない俺に、この世界にいる意味はあるのだろうか。
唐突に気づく。俺は世界を救った英雄になりたかったんじゃない。俺はただ、パートナーを救いたくて、パートナーの世界を守りたくて、そうだ、俺は、ただ。
(この世界に、必要とされたかっただけなんだ)
それはいっそ笑ってしまうほど醜いエゴの塊でしかなかった。そんな汚い感情を、そんな醜い感情を抱いていることなど気づきたくなかった。だけどもう遅い。この世界はもう俺を必要としていない。俺の力では何もできないから、俺には何の力もないから、だから新しい力を選んだ。俺に、選ばせた。今この世界に、俺は必要とされていない。

(…じゃあ、どうして俺を呼んだの)

新しい力が欲しかったなら、どうしてそのきっかけを俺に与えさせたんだ。どうして俺がデジメンタルに触れたその瞬間に、新しいデジヴァイスが生まれてしまったんだ。選ばないのなら、どうして一度、俺を呼んだんだ。

(あの時俺を呼んだのは、)

あの時、俺を呼んだその信号は。
いったいなんと書かれていたと言うのだろう。
(そんなことすらわからないから、俺は一番大切なものを簡単に見落とせてしまったんだ)
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