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誰がための世界

聞き覚えのある声と同時に、力強く腕を引かれる。突然のそれに一切の抵抗もできないまま、恐らくその声の持ち主である誰かに、強く、強く抱きしめられた。俺の白髪とは違う、白銀の髪が一つにまとめられて揺れている。俺の知人に、こんな髪色の人間はいないはずだ。いや、というか。

「おいッ、!突然なんだ!離せ!!」
「見つけた、ようやく、オメガモン…!」
「は!?」

オメガモン、とは。俺の名前はそんな名前ではない。そもそもそれは絶対に人間の名前ではないだろう。鬱陶しさに無理矢理引き剥がせば、そいつは何故か瞳を潤ませて俺を見ていた。白銀の髪、金色の瞳。どれも見覚えのないものだ。ここまで異質な色を持っていたら、一度会ったことがあるなら覚えているはずだ。だというのに、初対面でいきなりあの名前で呼ばれ、いきなり抱きしめられれば、それなりに警戒もしてしまう。そこまで思考を巡らせて、そういえばこの場にいたのが俺とそいつだけではないことを思い出す。ハッとして見やれば、どこか驚いたように、けれど安心したように笑っていた。

「あー、俺はいない方がいいかな。じゃあ後はお二人で」
「は、おい!」
「すまない、そうしてくれると私としては助かる」
「勝手に話を進めるな!というかお前たちは知り合いか何かか!?」
「…会ったことはなかったけど、知ってはいるかなぁ」

初めて会ったような雰囲気ではない二人を交互に見れば、何とも言えないような顔をされた。会ったことはないのに、知っているとはどういう意味だ。何を隠している?それとも、俺が、わからないだけなのか。

「絶対に苦しませるな、それだけは誓ってくれ」
「…言われなくとも」

最後にたったそれだけ会話すると、俺がもう一度話しかける間もなく去ってしまった。会っていきなり抱き着いてくるようなやつと二人きりにされても、俺だってどうすればいい。見つけた、と言っていた。ずっと俺を探していたという事か。探される理由が見当たらない。いや、一つ、たった一つだけ、思い当たることはある。だが、そんなことが、はたしてあり得るだろうか。はっきりと聞こえた、あの声は、それなら。

「…いきなり悪かった。ようやく見つけて、つい舞い上がってしまった」
「…お前は」
「…デュークモン、と。かつてのように、呼んでほしい、オメガモン」
「さっきからその名前は何なんだ、今の俺の名前は、」

自分で言って、唐突に気づく。はっきりと、自分で『今の俺』と言った。知っている。その名前を。こいつを見たのは初めてだが、その白銀には見覚えがある。腕の赤いリストバンド、そこに刻まれた模様。一つの黒い三角形を、三つの三角形と円が囲む、その模様を。デュークモン。初めて呼ぶ名前のはずなのに、その響きはどこか懐かしい。
ずっと自分は周りと違うと思っていた。自分ではない誰かの記憶をずっと夢に見続けていた。その声に求められているのは、過去の俺だと思っていた。あの声は、今の俺を欲しているわけではないのだと。ずっと過去の記憶を今の自分のものでもあるのだと受け入れられなかった。それを受け入れた瞬間、俺は本当に誰とも分かり合えない存在になってしまうのではないかと、たった独りきりになってしまうのではないかと、そう思ったから。声の主に会いたいのに、会えなかった時、その事実に押しつぶされて死んでしまいそうだったから。夢に見る死は怖くなかった。ただ、全て思い出してしまった時、彼に会えないことが、たまらなく、怖かった。

「…デュークモン?」
「っ!」

最期を覚えている。復元できないほどにデータを損傷していた。心臓部であるコアが、もう壊れていた。徐々に消えていく体に、恐怖は感じなかった。生き物はいつか死ぬ、その時が少し早まっただけだった。薄れる意識の最後に、名前を呼ばれ、抱き上げられた。もうその顔すら、ちゃんと見えなかった。辛うじて聞こえた声は、泣いていたのではなかったか。何度も何度も、必死に名前を呼ばれていた。返事もできなくて、ただ一言、「もう一度」と。その先に、俺はいったい何を伝えたかったのだろう。今となってはもうわからない。だけどもし、もう一度、その顔が見たいのだと、そう思ったのなら。

「は、おい、オメガモン!?どうした、腕を強く掴み過ぎたか!?」

蘇る記憶に、どうしようもなく涙が溢れた。人間というのは、どうにも感情が制御しにくい。加減もせず掴まれた腕は痛いし、みっともなく涙は止まらないし、何もいいことがない。そんなこと、初めて思った。人間としてしか生きてこなかったから、当然なのだけれど。
探して、くれた。見つけ出してくれた。忘れていたのに、思い出さないようにしていたのに。それでも見つけて、会いに来てくれた。どれほどの奇跡だろう。この広い世界で、同じ時に生きて、もう一度出会うのは。

「…探して、くれたのだな」
「…お前が死ぬ前に、そう誓ったからな」
「誓った…?そうだったか?」
「…いや、私が勝手に誓っただけなのだ。お前が知らないのも無理はない」

デュークモンは、そう言って一度視線を下げて笑った。そうか、俺は一度、彼の目の前で死んだのだった。

「なぁ、オメガモン」
「…なんだ」
「もう一度、抱きしめさせてはくれないか。前の体より、よほどそういうことがしやすい」
「……お前、性格変わったか?」
「そうか?お前も相当変わったと思うぞ」
「…あぁ、ふふ、そうだな。俺も人のことは言えないな」

流れる涙は、きっと止めなくてもいい。だってこの世界では、かつてのロイヤルナイツ、だなんて肩書は存在しない。普通に生きる、普通の人間同士なのだから。



もう一度、今度はあんまり優しく抱きしめてきた体は柔らかくて暖かい。前世では感じることができなかったその温かさにまた泣き出してしまいそうになりながら、同じようにその背に両腕を回した。
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