このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

モン×モン

リアルワールドでは、女性が好きな異性にチョコレートや花を贈る日をバレンタインと言うらしい。らしいと言うのは、ここがリアルワールドではなくデジタルワールドだからで、更に言えば、今まで彼には、デュークモンには一切縁のない出来事だったからだ。そもそもリアルワールドの暦はデジタルワールドの基準とは合わないのでバレンタインも何もないのだが、そこは気持ちの持ちようなので割愛する。
チョコレート、チョコか…と一人孤独に悩んで幾日か。デュークモンの頭はそのバレンタインのことでいっぱいだった。そのせいで幾分か任務が疎かになりだいぶかなり相当他のロイヤルナイツへ迷惑をかけることとなったが、とうの本人はどこ吹く風である。何せバレンタインのことしか頭にないのだから仕方がない。
好きな異性に送るというのであれば、デュークモンにとって相手とはオメガモンだ。が、デジモンに性別がないとはいえ喋り方や声、一人称を聞く限りどちらとも男性であるし、これは言えば本人に怒られるだろうが彼女という立場はデュークモンではなくオメガモンの方である。であるからこそ余計考えずにはいられない。とてもじゃないがオメガモンがそういったイベントごとを気にするとは思えないし、そもそも多分彼は知りもしないだろう。頼めば何かしらはしてくれるかもしれないが、それはそれで我儘のようで気に入らない。(よう、ではなくそれはただの我儘である)情けない自信があるためデュークモンは結局オメガモンには何も言わず、しかし気付いたらその手にはチョコレートがあり驚いた。記憶にない。デュークモンは頭を抱え、しかし用意してしまったものはしょうがないので、当日まで大事に取っておいた。

そして当日、更に頭を抱える。
(ど、どうやって渡せば…!!)
肝心のことを忘れていた。用意したところでどうやって渡せばいいのか分からないのである。デュークモンはもっと情けなくなって少し泣いた。
ただ渡せばいいだけだ。バレンタインだと言ってそのまま本人に渡してしまえばそれで済む話だ。だが、オメガモンがどのような反応をするのかが分からない。首を傾げられるだけならいい、苦笑されるのならまだマシだ。もし引かれたり拒否されたら立ち直れる自信がない。そう、要するに怖いのだ。他ならぬオメガモンに拒否されることは例えどんなことであっても耐えられない。今でもちょっと泣いてるのに本格的に泣いてしまう。
「お、美味しそうな匂い!いいもん持ってるじゃんデュークモン!」
「ぉあッッッ!?!?!?!?」
「は?何その声」
突然背後から聞こえた声にデュークモンは飛び上がった。電脳核が逸るのを必死に抑えながら振り返れば、そこにはアルフォースブイドラモンの姿。アルフォースブイドラモンはデュークモンの聞いたことのない声に首を傾げたが、その手に持ってるものをもう一度確認すると目を輝かせる。
「チョコだ!!」
「駄目だ!!!!!」
「まだなんも言ってないけど!?」
一拍も置かず大声で返って来た声にアルフォースブイドラモンも即座に言い返す。あまりに早くて驚いた。そしてその速さに思い当たることはたった一つ。デュークモンがこのように過剰に反応することといえば、オメガモンに関することだけだ。何も知らなかったとはいえ面倒なことに首を突っ込んだなと思いつつ、何故チョコレートなのかと考える。再び思い当たることが一つ。アルフォースブイドラモンはことイベントごとに関しては誰より知識があった。ロイヤルナイツとして任務に明け暮れる日々、楽しみの一つや二つないとやってられないのである。であるからして、今の時期にチョコレートといえば、一つしかない。
「…え、デュークモンが渡すの?逆じゃない?」
「煩いなお前は!!!」
「ああ…まぁオメガモンってこういうの興味なさそうだもんね」
「きょ…ッ!」
アルフォースブイドラモンの何気ない一言にデュークモンの精神はもっとボロボロになった。そうとは知らずアルフォースブイドラモンは、あれ僕何かまずいこと言ったかなと首を傾げる。そこでオメガモンはこういうの知らなそうだもんね、とでも言っておけばまだデュークモンの心も無事だったかもしれないが、既に手遅れだった。
「あー…まぁなんか知らないけど、渡せるといいね?」
「……」
もう一言も話せなかった。


***

結局デュークモンは用意したチョコレートをオメガモンに渡せないまま、イグドラシルから与えられた任務を3つも終えてしまった。もちろんチョコレートに傷をつけるわけにはいかないため自身のデジタルスペースで大事に保管し、イグドラシル内にいる時だけはいつでもオメガモンに渡せるように持ってはいたが。どのみち今の今まで渡せていないので結果は同じだとは、彼の沽券に関わるので黙っておくこととする。
共有スペース(決してそういう名前ではないが、その空間に他の呼称がないためここではそう呼ぶ)にいくつかある椅子に座り込んで、デュークモンは大きく溜息を吐いた。今日の内に渡せるだろうと高を括っていたが、まさか自分がここまで臆病だとは思わなかった。しかしそれも、オメガモンに対してだけだ。何度も言うようだが彼に拒絶されれば生きていける自信がない。裏を返せば、デュークモンがそれだけオメガモンを好いているとうことだ。良い言い方をすればの話だけれど。
「隣いいか」
「え゛ぁ!?!?」
「…すまない、そんなに驚くとは」
「へ!?いや!大丈夫だ!!問題ない!!!!隣か!いいぞ!」
既視感のある事態に再び飛び上がる。が、今度後ろから聞こえて来たのは慣れ親しんだ、デュークモンの大好きな声だった。慌てて振り返れば視界が白く染まる。瞳を少し柔らかく細めたオメガモンは、ゆっくりとデュークモンの隣へ腰を下ろした。
「…なんだ、用があったわけじゃないのか?」
「…ぇ」
「今日は随分と視線を感じたから、何か用があるのかと思ったが。違ったならいい」
そう言ってオメガモンは目を閉じた。チョコレートを渡す絶好の機会だったが、デュークモンが我に返るよりも先にオメガモンが話を切り上げてしまったため何も言えなくなってしまった。
座り込んだままオメガモンはそれから一言も喋らない。デュークモンはそわそわと落ち着かなかったが、オメガモンは対照的に酷く落ち着いていた。彼はデュークモンの隣にいるうちは普段よりもずっと楽に息ができる。だからここに来た。
「…ふぅ」
「…疲れているのか?」
「ん?ああ、任務で少しな」
いつものオメガモンであれば一言二言は話すしデュークモンの隣で溜息を吐くこともないのだが、彼の様子にデュークモンはおずおずと尋ねる。顔色などというものがあるわけではないが、どことなく目に力がないことが伺えた。オメガモンはそれ以上を語ろうとはしない。ロイヤルナイツの中で最もイグドラシルから与えられる任務が多いのはオメガモンだ。多忙には慣れているはずの彼がここまで疲れているのだから、余程大変な任務だったのだろう。オメガモンを心配し、けれどデュークモンはふとあることを思いついた。
「…オメガモン、疲れているなら甘いものでも食べるか?」
「甘いもの?」
「あ、あぁ。任務で向かった先でもらってな。私はもう食べたし、残りはお前が食べるといい」
この口は一体何をぺらぺらと喋っているのか。自分の口が発している言葉だろうに、そのどれもこれもが嘘出鱈目で驚いてしまう。嘘は嫌いな性分だったはずなのにこの体たらくだ。本当にこの頭は、オメガモンのこととなると嫌な方向へばかり働くから堪ったものではない。
バレやしないかと内心焦りながら返答を待てば、オメガモンは数度瞬きして笑って言った。
「なら、いただこう」
身をかがめ体を寄せるので、デュークモンはオメガモンの口元へチョコレートを運んでやる。実際に咀嚼するための口は彼らには存在しない。しかし生きている以上エネルギーは補給しなければならない。彼らのような究極体は、対象の食べ物のデータを分解することで摂取する。もちろん味と言うデータも摂取しているので味は分かる。今回も同じだ。且つオメガモンには細かい作業のできるような手がないため、こうしてデュークモンの手から摂取することが多いのだ。デュークモンとしては大変役得である。
運ばれたチョコレートは、オメガモンの口元で僅かなノイズと共に静かに消えた。味の感想を待つ。
「…うまいか?」
「ああ、ありがとうデュークモン」
大分予定とは変わったが、無事渡せたことでデュークモンはようやく一安心する。バレンタインというものを教えることはできなかったが、まあこの結果も良しとしようとデュークモンが安堵したその瞬間。

「あれ、ちゃんと渡せたんだねデュークモン」

聞こえて来た声にデュークモンはぴしりと固まった。任務から戻って来たのだろう、寄ってきたのはつい今朝バレンタインの話をしたアルフォースブイドラモンだ。二人して振り向く。隣でオメガモンが彼の名を呼んだ。
「アルフォースブイドラモン、終わったのか」
「すっごい疲れたけどね。あ~ぁ、僕もデュークモンみたいにバレンタインのチョコを用意してくれるような相手がいたらなぁ」
「…バレ、なんだって?」
「バレンタインだって。デュークモン朝から悩んでたみたいだけど、ちゃんと渡せたんだね!よかったじゃぅッわあぶなッッッ!!!!!!なに!?!?」
暢気に今朝がたの話をしていたアルフォースブイドラモンが、突然の攻撃に飛び退く。驚いてオメガモンが隣を見たら、デュークモンがついさっきまでなかったはずのグラムを構えていた。先端が薄っすらと光っている。まさか技でも放つつもりじゃないだろうなとオメガモンは密かに身構えた。
「頭を出せ。強く打てばその記憶も消えるだろう。安心しろ一発で済ませる」
「何に安心しろって!?!?記憶消すべきなのってこの場合僕じゃなくてオメガモンじゃない!?」
「黙れ!!!!!逃がさん!!!!!!!」
「うっそでしょやだーー!!!!!!!」
若干涙目になっているアルフォースブイドラモンを心なしかいつもより赤くなっているデュークモンがグラム片手に追いかける。声をかける間もないまま、オメガモンを置き去りに二人の姿はすぐに小さくなってしまった。まだ残っているチョコレートの甘味を味わいながら、一人きりになったオメガモンは小さく呟く。

「…まったく、しょうのない奴」



その後、怒り心頭のデュークモンをなんとか撒いてオメガモンの後ろへ逃げて来たアルフォースブイドラモンは、今度こそ本当に泣いていてオメガモンは同情した。息が上がっている。気の毒に。
「怖すぎなんだけど!!!ほんっとオメガモンが絡んだ時のデュークモン僕嫌い!!!!」
「そうか?可愛いじゃないか。ああでもしないとチョコレート一つ渡せないんだからな」
「あれが可愛いとか正気か????……ん?ちょっと待って、ねぇ、もしかして僕これ巻き込まれただけじゃない!?」
オメガモンの含みのある言い方になんとなく全てを察したのか、アルフォースブイドラモンはもう二度とこの二人の恋愛イベントには首を突っ込まないと心に強く誓いを立てたのだった。
6/6ページ
スキ