モン×モン
デュークモンは、よくその手でオメガモンに触れたがる。例えば傷つけるための道具でしかないその両腕に触れて掴んでみたり、風になびくマントを柔らかく掴んでみたり。最初の頃は、オメガモンはそういう接触に不慣れであったからかなり困惑したのだが、触れる理由を尋ねて見てもただ楽しそうに笑うだけのデュークモンにもう聞く気も失せてしまった。別に触れられたからといって害があるわけではあるまいし、理由を言いたくないならそれはそれで放っておいてもいいだろう。そう結論付けたオメガモンは、それ以来触れられても特にこれといった反応を返すことはなくなった。デュークモンは相も変わらず柔く目を細め、微笑みながらオメガモンに触れる。
触れるだけで、いいのだろうかと。
ふと思ったそんな感想に、他でもないオメガモン自身が首を傾げた。だけ、とは。オメガモンが知り得る限りで、触れる以上のことに関する知識はない。そもそもデュークモンが触れる理由も分かっていないのに、一体その先に何があると言うのか。ただ、触れられるとなんとなく、居心地がいいのだ。触れられたところがほんのりと温かく感じて、装甲に覆われているからそんな熱を感じることはあり得ないのだけれど、酷く落ち着かせてくれる。彼の纏う色が、真紅の赤だからだろうか。わからないけれど、とにかくそこに不快感を一切抱いたことがないからこそ、オメガモンは好きにさせてきた。彼自身に自覚はないかもしれないが、要するにデュークモンに触れられるのが、好きだった。多分言ったところで彼は認めないだろうし理解もできないだろうけれど。
しかしデュークモンは、それこそオメガモン以上にわかりやすくその好意を公に見せるくせに、触れる以上のことは望まなかった。正直なところ、ただ好いた相手に触れられる、触れることを許される場所にいられる。その現状だけで満足してしまっている節があった。だけれどそんな思いなどオメガモンは知らないので、だからこそほんの少しだけ不安にも思う。触れるという行為すら、一時の気まぐれだったら。できることなら、やめないでほしい。しかしそれを伝える勇気もなければ、そんな感情にも気づいていないのだから意味がない。今までこのような純粋な好意を向けられたことがないからこそ、それが一時ではないのだという確信が持てなかった。傍から見ればどう考えても疑う余地などないのに、デュークモンからの好意がこの先も続くことを、いまいち信じきることもできなかった。
「触れるだけでいいのか」
ただ一言、そう聞けばいいだけなのだけれど。たった一言そう聞けば、きっとデュークモンは目を見開いて驚いて、ひとしきり慌てた後、望むようにするだろう。その先に望まれるものがどんなことなのかわからなくても、オメガモンはとっくにそれくらい受け入れる準備ができていた。そのきっかけが、作り出せないだけで。
(同じだけのものを、返せる気がしない)
そこだった。オメガモンが自信を持てない原因は、それでもあった。彼自身が触れる以上のことをされるのを望んでいるくせに、オメガモンはその触れるという事すらデュークモンに返すことができないのだ。傷つけずに触れるための手など持っていない。傷つけるための両腕しか、彼は持ち合わせていない。おまけにデュークモンのような素直さだってないし、感情を伝える言葉だって満足に吐き出せない。もし、同じだけのものを求められたらどうすればいいだろう。返せないことがわかっているからこそ、求められることが不安だった。
「せめて、触れられる両手が欲しかった」
小さく呟いたところで、穴が開くほど自身の両手を見つめたところで、目の前の事実は何一つ変わりはしないけれど。
溜息を一つ、吐いたところで腕を引かれた。
「誰に触れるための手だ」
「デュークモン…?」
オメガモンが驚いて振り返れば、真剣な面持ちをしたデュークモンがいた。いつもは腫れ物のように柔らかく触れてくる手が、強く腕を掴んでいる。怒っている、ように見えた。少なくともオメガモンには、そう見えた。いつもよりも声が少しだけ低い。問い詰めるように、まるで獲物を逃がさないかのような強い瞳が真っすぐオメガモンを見つめている。そんな彼を今まで見たことがなくて、オメガモンはほんの少し体を強張らせた。普段の彼は到底ウイルス種とは思えないが、なるほど今の姿は紛れもなくウイルス種だ。
「触れたいと、そう願う相手がいるのか?」
「そ、れは」
なぜ責めるような目で見られなければならないのだろう。そもそもオメガモンはずっとずっとこのデュークモンに触れたいと願っていて、それを満足に表に出せない自分に苛立って、こうしてどうにもならないことを悩んでいるのに。きっと触れること以上に望んでいることがあるはずなのに、それを微塵も感じさせないデュークモンに不安を募らせていたというのに。誰のため、など。デュークモンにだけは聞かれたくなかった。彼以上にオメガモンが心を許す相手がまずいないのに、こいつはいったい誰と勘違いしているのか。ぐだぐだと悩んでいたのがなぜか馬鹿らしく思えてくる。強く掴まれた腕が微妙に痛くて、いっそ腹立たしかった。
「お前以外にいると思うか?」
「…は?」
オメガモンが小さく呟いたその言葉に、今度はデュークモンが驚く番だった。さっきまで怒っていたのは自分であったはずなのに、デュークモンはここにきてようやくオメガモンが不機嫌になっていることに気が付いた。
「何も返せない俺にも非があるのはわかる、それはお前には悪いと思っている。しかし俺自身にどうしようもないことだから仕方ないだろう。そもそもお前は触れる分にはこっちの都合などまるで気にしないくせになぜそこで終わるんだ」
「お、オメガモン?」
今までずっと我慢してきたものが耐えきれず溢れたのだろう。オメガモンにしては珍しく早口で長く言葉を並べるものだから、デュークモンは言われている内容を噛み砕くのに必死だった。噛み砕いて、おや、と思う。てっきり嫌がられているのかと、その不平不満をぶつけられているのかと思ったが、内容から察するにどうやらそうではないらしい。行きついた一つの可能性に、デュークモンは自身のコアの温度が上がるのを感じた。
「誰に触れるためかだと?今まで俺がお前以外にここまで触れられるようなところを見たことがあるのか?あるというなら是非聞かせてほしいものだな。俺にはそんな覚えはないが、お前にはあるんだろう」
「いや、そういう意味で聞いたわけでは」
「うるさい、黙って聞け」
ぴしゃりと遮られてしまえば、デュークモンはもう黙るしかなかった。
「だいたい、お前はどうして俺に触れたがるんだ。聞いても一向に答える気配もない。別に構わないから放ってきたが、理由はあるんだろう。いつもそうだ。俺も人のことは言えないが、お前は言葉にする努力をしろ。全部汲み取ってやれるわけじゃない。言われなきゃわからないことの方が多いんだ。ちゃんと言ってくれ、そうでなければ、俺が怖いんだ」
「俺もお前に触れたいのだと、怖いから、言えないんだ」
がしゃりと鈍い音が響く。俯きながら言い切ったオメガモンを、デュークモンはただ衝動に任せて抱き寄せその腕に閉じ込めてしまった。強く抱きしめれば、装甲どうしがぶつかり合って嫌な音を立てる。
「…痛い」
「すまない、いや、今だけじゃない。今までのこともだな。お前がそこまで思ってくれているなど気づかなかった」
「…言っていないからだろう」
「言われなくてもわかりたかったのだ。お前のことは誰より知っていたかったし、知っているつもりだった。察せ」
痛い、などと不平を漏らしても、オメガモンは一切抵抗しない。受け入れられている、その事実がどうしようもなく嬉しくて、デュークモンはまだ彼を放してやれそうになかった。
「別にお前に触れられなくとも、私は構わない」
「俺が構うと言っているんだ、聞いてなかったのか」
「そう思ってくれるだけでいいんだ。それだけで十分すぎるほど嬉しい」
抱きしめ返される感覚がしないのは、その両腕がデュークモンを傷つけるのを避けるためだろうか。ひとしきり抱きしめて、ようやくデュークモンがオメガモンを離す。俯く彼と目を合わせるように覗き込んだ。
「どうしても気にすると言うなら、今から私が言う言葉と同じものを、返してくれないか」
「…内容による、言ってみろ」
それは暗に返してやると言っているようなもので、デュークモンが一層嬉しそうに笑う。
「愛している」
数秒間を置いてデュークモンに返ってきたのは、同じ言葉だった。
触れるだけで、いいのだろうかと。
ふと思ったそんな感想に、他でもないオメガモン自身が首を傾げた。だけ、とは。オメガモンが知り得る限りで、触れる以上のことに関する知識はない。そもそもデュークモンが触れる理由も分かっていないのに、一体その先に何があると言うのか。ただ、触れられるとなんとなく、居心地がいいのだ。触れられたところがほんのりと温かく感じて、装甲に覆われているからそんな熱を感じることはあり得ないのだけれど、酷く落ち着かせてくれる。彼の纏う色が、真紅の赤だからだろうか。わからないけれど、とにかくそこに不快感を一切抱いたことがないからこそ、オメガモンは好きにさせてきた。彼自身に自覚はないかもしれないが、要するにデュークモンに触れられるのが、好きだった。多分言ったところで彼は認めないだろうし理解もできないだろうけれど。
しかしデュークモンは、それこそオメガモン以上にわかりやすくその好意を公に見せるくせに、触れる以上のことは望まなかった。正直なところ、ただ好いた相手に触れられる、触れることを許される場所にいられる。その現状だけで満足してしまっている節があった。だけれどそんな思いなどオメガモンは知らないので、だからこそほんの少しだけ不安にも思う。触れるという行為すら、一時の気まぐれだったら。できることなら、やめないでほしい。しかしそれを伝える勇気もなければ、そんな感情にも気づいていないのだから意味がない。今までこのような純粋な好意を向けられたことがないからこそ、それが一時ではないのだという確信が持てなかった。傍から見ればどう考えても疑う余地などないのに、デュークモンからの好意がこの先も続くことを、いまいち信じきることもできなかった。
「触れるだけでいいのか」
ただ一言、そう聞けばいいだけなのだけれど。たった一言そう聞けば、きっとデュークモンは目を見開いて驚いて、ひとしきり慌てた後、望むようにするだろう。その先に望まれるものがどんなことなのかわからなくても、オメガモンはとっくにそれくらい受け入れる準備ができていた。そのきっかけが、作り出せないだけで。
(同じだけのものを、返せる気がしない)
そこだった。オメガモンが自信を持てない原因は、それでもあった。彼自身が触れる以上のことをされるのを望んでいるくせに、オメガモンはその触れるという事すらデュークモンに返すことができないのだ。傷つけずに触れるための手など持っていない。傷つけるための両腕しか、彼は持ち合わせていない。おまけにデュークモンのような素直さだってないし、感情を伝える言葉だって満足に吐き出せない。もし、同じだけのものを求められたらどうすればいいだろう。返せないことがわかっているからこそ、求められることが不安だった。
「せめて、触れられる両手が欲しかった」
小さく呟いたところで、穴が開くほど自身の両手を見つめたところで、目の前の事実は何一つ変わりはしないけれど。
溜息を一つ、吐いたところで腕を引かれた。
「誰に触れるための手だ」
「デュークモン…?」
オメガモンが驚いて振り返れば、真剣な面持ちをしたデュークモンがいた。いつもは腫れ物のように柔らかく触れてくる手が、強く腕を掴んでいる。怒っている、ように見えた。少なくともオメガモンには、そう見えた。いつもよりも声が少しだけ低い。問い詰めるように、まるで獲物を逃がさないかのような強い瞳が真っすぐオメガモンを見つめている。そんな彼を今まで見たことがなくて、オメガモンはほんの少し体を強張らせた。普段の彼は到底ウイルス種とは思えないが、なるほど今の姿は紛れもなくウイルス種だ。
「触れたいと、そう願う相手がいるのか?」
「そ、れは」
なぜ責めるような目で見られなければならないのだろう。そもそもオメガモンはずっとずっとこのデュークモンに触れたいと願っていて、それを満足に表に出せない自分に苛立って、こうしてどうにもならないことを悩んでいるのに。きっと触れること以上に望んでいることがあるはずなのに、それを微塵も感じさせないデュークモンに不安を募らせていたというのに。誰のため、など。デュークモンにだけは聞かれたくなかった。彼以上にオメガモンが心を許す相手がまずいないのに、こいつはいったい誰と勘違いしているのか。ぐだぐだと悩んでいたのがなぜか馬鹿らしく思えてくる。強く掴まれた腕が微妙に痛くて、いっそ腹立たしかった。
「お前以外にいると思うか?」
「…は?」
オメガモンが小さく呟いたその言葉に、今度はデュークモンが驚く番だった。さっきまで怒っていたのは自分であったはずなのに、デュークモンはここにきてようやくオメガモンが不機嫌になっていることに気が付いた。
「何も返せない俺にも非があるのはわかる、それはお前には悪いと思っている。しかし俺自身にどうしようもないことだから仕方ないだろう。そもそもお前は触れる分にはこっちの都合などまるで気にしないくせになぜそこで終わるんだ」
「お、オメガモン?」
今までずっと我慢してきたものが耐えきれず溢れたのだろう。オメガモンにしては珍しく早口で長く言葉を並べるものだから、デュークモンは言われている内容を噛み砕くのに必死だった。噛み砕いて、おや、と思う。てっきり嫌がられているのかと、その不平不満をぶつけられているのかと思ったが、内容から察するにどうやらそうではないらしい。行きついた一つの可能性に、デュークモンは自身のコアの温度が上がるのを感じた。
「誰に触れるためかだと?今まで俺がお前以外にここまで触れられるようなところを見たことがあるのか?あるというなら是非聞かせてほしいものだな。俺にはそんな覚えはないが、お前にはあるんだろう」
「いや、そういう意味で聞いたわけでは」
「うるさい、黙って聞け」
ぴしゃりと遮られてしまえば、デュークモンはもう黙るしかなかった。
「だいたい、お前はどうして俺に触れたがるんだ。聞いても一向に答える気配もない。別に構わないから放ってきたが、理由はあるんだろう。いつもそうだ。俺も人のことは言えないが、お前は言葉にする努力をしろ。全部汲み取ってやれるわけじゃない。言われなきゃわからないことの方が多いんだ。ちゃんと言ってくれ、そうでなければ、俺が怖いんだ」
「俺もお前に触れたいのだと、怖いから、言えないんだ」
がしゃりと鈍い音が響く。俯きながら言い切ったオメガモンを、デュークモンはただ衝動に任せて抱き寄せその腕に閉じ込めてしまった。強く抱きしめれば、装甲どうしがぶつかり合って嫌な音を立てる。
「…痛い」
「すまない、いや、今だけじゃない。今までのこともだな。お前がそこまで思ってくれているなど気づかなかった」
「…言っていないからだろう」
「言われなくてもわかりたかったのだ。お前のことは誰より知っていたかったし、知っているつもりだった。察せ」
痛い、などと不平を漏らしても、オメガモンは一切抵抗しない。受け入れられている、その事実がどうしようもなく嬉しくて、デュークモンはまだ彼を放してやれそうになかった。
「別にお前に触れられなくとも、私は構わない」
「俺が構うと言っているんだ、聞いてなかったのか」
「そう思ってくれるだけでいいんだ。それだけで十分すぎるほど嬉しい」
抱きしめ返される感覚がしないのは、その両腕がデュークモンを傷つけるのを避けるためだろうか。ひとしきり抱きしめて、ようやくデュークモンがオメガモンを離す。俯く彼と目を合わせるように覗き込んだ。
「どうしても気にすると言うなら、今から私が言う言葉と同じものを、返してくれないか」
「…内容による、言ってみろ」
それは暗に返してやると言っているようなもので、デュークモンが一層嬉しそうに笑う。
「愛している」
数秒間を置いてデュークモンに返ってきたのは、同じ言葉だった。