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モン×モン

夢、というのは、本来見る者が今まで経験してきた出来事に起因するものである。それは人間だけに限らずデジモンも同じだ。その者がまるで経験したことがないことを夢に見ることは、データで構成されているデジモンにとっては人間よりもあり得ない。デジモンが見る夢は、少なからず自身が経験してきたことが発端となっているはずなのだ。
だというのに。オメガモンは考える。しばしば見る夢は、全く身に覚えがない。そもそも夢というもの自体、オメガモンはあまり見ることがない。彼は未来を予測することはできるが、過去を顧みることをしなかった。過去の経験から学ぶことはあれど、夢に見るようなことはなかったのだ。目の前にいる自分よりも何周りか大きなデジモンは誰だろう。翼を背負い、尾を背負い。そんなデジモンを、自分は知っているだろうか。当てはまる者ならいる。同じロイヤルナイツに所属しているドゥフトモンも翼と尾を持ち合わせている。アルフォースブイドラモンも同じだ。どちらかといえば後者の方が似ているような気がするが、しかし覚えているアルフォースブイドラモンの姿はこのように大きくはなかった。
(……剣)
自分が持つグレイソードと同じように、デジ文字が剣に刻まれている。「initialize」、初期化。グレイソードとはまた違う言葉だ。知っているデジモンの中に、そんな文字が刻まれた剣を持つ者がいただろうか。思い出せない。ぼんやりとした姿しか見えないのは、オメガモン自身が忘れてしまっているからだろうか。忘れてはいけない相手なのだろうかと、漠然とした思いはある。しかし、忘れたままでいいという声も聞こえた気がした。その声は対峙しているこのデジモンからなのか、それとも自分自身が望んでいる声か。
『―――』
何か、言っている。このデジモンはいつもそうだ。夢に出てきて、その顔すらも満足に見えないのに、なぜか声だけがうっすらと聞こえてくる。オメガモンと違ってそのデジモンが口を持っていれば、もっと言っている内容もわかったのかもしれない。けれど、恐らく対峙するデジモンはオメガモンと同じだった。表情を見つめたところで何を言っているかなどいつまでたってもわかるはずもない。
正直な話、オメガモンはこの夢を見るのが好きではなかった。自分の記憶の追体験ならいい。夢とはそういうものだと納得できる。けれど全く覚えがないのだ。例えばそのデジモンと共に戦ったりだとか、共に並び飛んでいただとか。オメガモンの記憶データに、そんな思い出は欠片もなかった。そんな夢を誰が好きになれるというか。自分が自分でないような感覚、自分の中に、別の誰かがいるかのような。いや、いたかもしれないという可能性。その可能性を嫌でも思い出させるから、オメガモンはこの夢が嫌いだった。もしかしたら、と思い当たる節がないわけではない。彼という個体は、そもそもが2体のデジモンを犠牲に成り立っているものだと本人が一番よく知っている。合体して、オメガモンという新たな意識が生まれて。彼自身に、前の2体の記憶はないのだ。うっすらと既視感を感じるようなことはあっても、それは漠然とした感覚だけであって、2体が歩んできた生を見ることも理解することも、オメガモンには叶わなかった。だから怖い、全く覚えのない、この夢が。
(伝えたいことがあるならはっきりと言ってほしい、恨みも憎しみも、ぶつけられる覚悟など生まれた時からあるというのに)
分からないという事が、こんなにも怖いことを、初めて知った。
『―――オメガモン』
知らない声が、夢の中でずっと名前を呼んでいる。


***


思い出さなければいい。全部忘れたままでいればいい。だってそれは、彼の記憶ではないから。彼が見ている夢は、今の彼とは全く関係がないのだから。
中途半端に記憶の欠片だけが共有されている。その自覚はずっと前からある。今の彼が決して自らに幸福を望むことがないのも、全くと言っていいほど笑顔を見せないことも、きっと自分に起因しているのだと、わかっていた。夢に出てくる影は、自分にとっては酷く懐かしいもので、唯一愛した相手で。だけど彼にはそんな記憶がないから、だから必要以上に怖がらせてしまう。こんな夢を見続ければ、きっといつか過去の残骸に触れてしまう。そんなことしなくていい、背負わなくていい。過去の罪は過去のものであって、彼が背負うべきものではない。本来、それを背負わなければならなかったのは自分のはずだったのに、死ぬ間際に落としてしまったものを、今も背負わせてしまっている。だけどどうすることもできない。一度死んでしまった自分には、何もできない。ただ彼が何も思い出さず、思い出そうと思わず、全て忘れ去ってくれるのを祈ることしかできない。
どうすればよかったのだろう。あいつが強くなるために、世界が救われるために。自分の死は必要不可欠であったはずなのに。死ぬこと自体は、怖くはなかったのに。未来が見える力なんて、いらなかった。そんな力、持たずに生まれてきたかった。こんな力があるせいで、だって、ずっと嘘をつかなければいけなかった。嘘をつきたくなかった相手を、死ぬ瞬間までだまし続けなければならなかった。後悔はないと思っていたのに、死んだ後になって何度も考えてしまう。
(お前に、全て言うべきだっただろうか)
オメガモン、と。いつだって大きすぎるほどの信頼と期待を持った目を向けて来たあいつに、もし、話していたら。何か変わっただろうか。だけどきっとあいつに全て言っていたとしても、そうだ。仮に未来を見る力がなかったとしても、きっと自分は、俺は、あいつを救うためだというのなら命を捨てられたのだ。それほどに心を許した相手だったから。それほどに、唯一愛した相手だったから。
(…願わくば、消してほしい)
俺という存在も、今ここにある意識も。全ては過去の残骸でしかないから。思い出すことはない。忘れたままでいてほしい。

そうしていつか、背負わせてしまったもの全てを取っ払って、幸福であれる未来を生きてほしい。



過去の亡骸から、未来を継いだ君へ。
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