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モン×モン

デジタルワールドと隣り合う違う世界、リアルワールドに住む人間は、暦の中によく記念となるような日を作りたがるらしい。結婚記念日、海の日、付き合い始めた日。その種類は多種多様だ。リアルワールドとは時間の流れが違うデジタルワールドの暦にそのような記念となる日はなく、元来本能のまま生きる、向こうで言う動物とあまり大差のないデジモンにとって、日付などというのは不必要とも言えるものだ。
けれど、と思う。デジモンは確かに本能のままに生きるが、動物と違って確かな意思疎通が可能な種族だ。相手と目を合わせ言葉を話すことができる。当たり前に笑い、時には涙する、れっきとした生き物だ。感情がないわけではない。だからこそ、人間の言う「記念日」という概念を、ほんの少し、羨ましく思うことを止められないのが変えられぬ事実だ。

前置きが随分長くなったが、リアルワールドには「キスの日」と呼ばれる日があり、一応、リアルワールドのその日がデジタルワールドの今日、正確に言えば数日間、に当たるらしい。デジタルワールドを形成するデータはリアルワールドのものが多い。だからリアルワールドの情報は少し調べようとすれば簡単にわかってしまうのだが、あちらの1日間という記念日がこちらでは数日間になってしまうのだと分かってしまうと、多少趣に欠けるなと思った。なんというか、わかりやすく言えば夢がないとでも言うのか。

「……キスの日、か」

普段と変わらず、この世界のデジモンたちはそんな記念日などつゆとも知らない。必要のない情報は、こうやって拾われないまま過ぎて行く。今回はたまたま私がその情報を拾い上げてしまったわけだが、こんなに悩むようなら耳に入れるべきではなかった。
思い返せば、イグドラシルで偶然居合わせたアルフォースブイドラモンが、思い出したように言ったのが始まりだ。


『今日はキスの日って言うらしいよ』
『…キスの日?』
『そ。まぁリアルワールドの話だから関係ないんだけどさ〜』


キス、という行為は知っている。というかその程度の情報なら成長しただいたいのデジモンが知っている。しかし本来はっきりとした性別がなく恋愛感情というものを抱くことのないデジモンにとって、キスという行為は縁がないのだ。
が、ごく一部では縁が全くないわけではなく、そして、そのごく一部のデジモンの中に、物の見事に私が、含まれていることが問題なのであって。

「……しかしなぁ」

まさか私の相手であるオメガモンがキスの日などというものを知っているとも思えず、更に嘆くべきなのはオメガモンがキスそのものに興味がなさそうということだ。奴はロイヤルナイツのリーダー格とも言えるほどしっかりしているが、その反面どこか世間知らずな節がある。それはもうこちらが心配になるほどに。そもそも奴が私の想いに応え、また同じ想いを抱いてくれているというだけで奇跡にも近い。たとえ好き合っているという事実以上のことに一切進展せずとも、現状をもっと大事にするべきだ。
わかっている。わかってはいるが、頭で理解することと気持ちがそれに従うことは全く別の話で、それ以上をどうしようもなく求めてしまう想いも私にとってはまた事実なのだ。

「…なら、尚の事滑稽だ」

ロイヤルナイツである我らが好き合うなどということをイグドラシルが黙認しているだけでもありがたいことだ。それ以上に、聖騎士型である私たちに、その行為をするものはない。私がキスの日といって悩むのは、要するに人間の真似事をしたいだけなのだ。
私ばかりが好いているとは思っていない。しかし同じだけの想いが返ってきているかと聞かれれば首を縦に振ることができない。お互いこの新しい世界において多忙であるし、それらしい行為を求める私と違って、向こうにはそういった欲求が一切存在しない。不安かと言われると、どうだろうと思う。不安、なのだろうか。それとはまた少し違うような気もする。だから、わかりやすいキスという行為にこんなにも焦がれてしまうのだ。することさえできないとわかっているのに、人間の真似をして、心の隙間を埋めようとしている。これを滑稽と言わずしてなんと言うのだろう。

「…相手はオメガモンだ、致し方あるまい」
「俺がなんだ」
「っ、…オメガモン?」

てっきりイグドラシルからの命でいないものと思っていた聞き慣れた声に大きく肩が跳ねる。振り向けば澄んだ青い瞳が私を捉え赤く染まっていた。

「アルフォースブイドラモンが、お前が俺に用があると言っていたが」
「待て、アルフォースブイドラモンだと?」

オメガモンから首を傾げつつ出てきた名前にようやく合点がいく。つまり、なんてことのないように、まるで何の意味もないかのように私にキスの日がどうのこうのと言ってきたのは、元よりこれが目的だったということか。あいつは時々本当に余計な事をする。以前黙っておいてやった任務の不始末を後でマグナモンに報告しておこう。

「用があるのではないのか」
「用があるわけでは……いや…」

私が本当に用がないと言ったところで、そう言っていたのがアルフォースブイドラモンならばオメガモンは奴がまた面白がっただけだと納得するだろう。しかし、これはチャンスとも言うべきではないか。どうせ自分だけでは悩んでいるうちはオメガモンに会いに行くことすらしなかっただろう。ならば、不本意ではあるが、アルフォースブイドラモンがせっかく寄越した機会なのだから、活用するべきではないのか。

「…デュークモン、お前は難しいことはよくわかる割に、簡単なことはすぐ理解できないらしい」
「は、どういう意味、」

一人悩んでいれば、どこか呆れを含んだオメガモンの言葉に顔を上げる。上げた、と同時に、澄んだ青色と目が合った。小さくカツン、と音が響き、青色がゆっくりと離れて行く。

「……は、おい、オメガモン、お前」
「…すまない、俺に用がないのは知っていた。アルフォースブイドラモンが言っていたというのも嘘だ」
「嘘だと?待て、どこからが嘘でどこまでが本当だ?」
「少なくとも、今お前が聞いた音は本当だ」

音、おと。
が、本当、ということは。

「……オメガモン、お前、っ!」
「キスの日、というやつなのだろう?それだけアルフォースブイドラモンから聞いた。それに、それくらい俺だって知っている」
「……知っていたのか、てっきり全く興味がないとばかり…」
「……ない、わけではない…お前が相手だ、それなりにはあ、っ!?」

咄嗟に合わせていた視線を落とし、だんだんと小声になるオメガモンの、けれどしっかりと耳に届いた言葉に堪らず飛びかかる。あまりにも突然だったからか支える間もないまま二人してそのまま地面に倒れ込んでしまった。いけない、つい抱きつきにいってしまったが、今ので怪我をしたりはしていないだろうか。

「すまない、嬉しくてついな…」
「いや、この程度大丈夫だ…多少驚きはしたが…」

瞳がほんの少し不機嫌に歪んでいるから、恐らく驚いただけではないだろう。言うと更に機嫌を損ねるため言わないが。

「ところでデュークモン」
「む、なんだ?」
「……お前からはしないのか」
「!!」

覗き見るように、これが人間が言うところの上目遣いというやつだろうか。あまりにも与えられる衝撃が強すぎやしないだろうか。全く狙ってやっているわけではないのがいっそ腹立たしい。いや、そんなことはどうでもいい。そんなことよりもだ。

「…お前が許してくれるなら、いくらでも」
「…今更だ、好きなようにしろ」




まったく、こんな日を作り出した人間というのは凄いものだ!
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