人間CP
人は誰しも、その心に怪物を飼っている。それは様々な形で心に巣食い、時に気まぐれに姿を見せ、満足すれば消えていく。人はそれを欲求と呼び、それらは決して、確固とした形をもって表に出てくることはない。例えば承認欲求だとか、独占欲だとか、人それぞれ違う姿で人間を一時支配する。けれど、それが物理的に害をなすことはあり得ない。目に見えない傷を生むことはあっても、決して外傷を与えることはない。それが普通で、それが当たり前だ。しかし、その欲求が、そんな怪物が、目に見える形で存在していたなら。
それらが与える傷跡は、いかほどのものだろうか。
「たいちさん」
ああまたか。聞こえた声に太一は内心溜息を吐きながらそう思った。飽きるほどに聞き慣れた声は、彼の参謀ともいえる光子郎のもので、しかしそこにいつもの温かさはない。普段の光子郎は、分かりやすいほどに優しく嬉しそうな声で太一の名前を呼ぶ。こんな風に、冷たい声でその名前を呼ぶことはない。だけれど、太一はその声色を聞くのが初めてではなかった。もう今までに何度も聞いてきた声だった。普段と様子の違う光子郎に、太一と共にいた彼の親友ヤマトは少し驚き警戒するも、呼ばれた当の本人である太一はまったく驚くこともなく光子郎を向き、その姿を確認する。太一はそこに、黒い何かを見た。
(あーあ、また今日は一段とでかいなぁ)
光子郎、正確に言えばその光子郎にまとわりつく何かを見て、太一は呑気にそんなことを思う。太一が見ているのは光子郎ではない。光子郎に蔦のようにまとわりつく、黒い怪物だ。まとわりつく、というよりは、それは光子郎から出ているようにも見えた。黒い塊から無数に小さな手のようなものが飛び出し、まるで何かを引きずり込むように、何かに縋りつくように無尽蔵に揺らめき動く。黒い体の中心には、何を映しているのかわからないような白い瞳がぼうっと光っていた。それは、太一の目にしか見えていない。ヤマトの瞳にそれは映っていない。光子郎は何事かを小さく呟きながら、少しずつ太一に近付いていく。ヤマトがその異様な雰囲気に光子郎から太一を引き離そうと太一の腕をつかむが、太一は大丈夫だとでも言うかのようにその手に触れてゆっくりと離した。
黒い怪物は、光子郎が一歩太一に近づくたび、その小さな無数の腕を伸ばし太一に触れる。頬を撫で、髪を掴み、眼球を抉り出すように瞳に触れ、首を絞めつける。苦しくないわけではないだろうに、太一はそれを振り払おうとはしない。
太一は、それがなんなのか、知っている。それは光子郎の中に巣食う「欲」だ。太一に向ける無条件の信頼、参謀という立場にいる優越感、しかし隣には立つことができないが故に生まれた独占欲とも言うべき欲求そのものだ。だからその怪物は、その名の通りまるで太一を己の中に飲み込むかのように、そして他者に触れさせないかのように太一にその手を伸ばすのだ。誰にも渡さない、これは自分のものだと、怪物が、光子郎が泣くから。だから太一はその手を振り払わない。その欲求が目視できなくなる程度に落ち着くまで、太一は己の体の一切をその怪物に委ねる。
「た、いち、さん」
「こうしろう、こうしろう」
「……たいちさん?」
「うん」
「僕、の、たいちさん」
「そうだよ、お前の太一だよ」
存在を確認するかのように、光子郎の手が太一に触れる。怪物は白い目を幾度か瞬きさせ、乱暴に伸ばした無数の手は、今度は腫れ物に触るかのように太一に触れ直した。光子郎から出てくる言葉に、決して否定は返さない。お前のではないと言えば、その途端にその怪物が太一の首を絞めてしまうから。太一はそれでもいいと思っているけれど、光子郎が正気に戻った時、自分を殺したという事実など抱えてほしくはないから。だから太一は否定せず、ただ言われた言葉を肯定し続けるしかない。それが余計に光子郎を深く深く沈めてしまうことになると分かっていても、それしか方法がないのだから。
ぶつぶつと太一の名を口ずさんでいた光子郎は、しかしある程度太一の姿を確認すると、その手を止めた。黒い怪物が、心なしか先ほどよりも小さく見える。不気味なそれも、見慣れてしまえば案外可愛いものだと太一は内心で笑った。
やがて太一の目を見つめていた光子郎は、ゆっくりと一度瞬きすると満足したのかその瞳を閉じた。それと同時に、光子郎から生み出されていた怪物が少しずつ小さく消えていく。太一が名残惜しそうに最後に怪物に触れようとすれば、怪物はその手から逃れるように消え去った。
「…太一さん?」
「おー、光子郎。なんともない?」
「は?なんですか?」
「はは、なんともないならそれでいいよ。あんま我慢しすぎんなよ」
「はぁ……あ、すいません、僕この後用事が」
「おう、遅れないよう早く行けよ」
「というか僕なんで…まぁいいか。すみません、失礼します」
光子郎がそれ以上の疑問を抱く前に、太一は光子郎を見送った。あれに気付かせるわけにはいかなかった。己の溜まりに溜まった欲が暴走し具現化するなど、本人が知ればきっと絶望してしまう。ただでさえ欲を制御しきれていないのに、そうなってしまえばきっと太一にもどうにもできないだろう。だからこれでいいのだ。一生気付かないまま、また耐えられなくなった時はいつだって来ればいい。
太一がそんなことを思いながら光子郎の背が見えなくなるまで見送れば、今度は背後から突き刺すような視線を感じた。やっぱりこうなったか、と太一は今度こそわかりやすくため息を吐く。誰かの欲は、他の誰かの欲を刺激してしまうことがある。似通ったものならなおさらだ。太一の目に映る具現化された欲の塊は、何も光子郎だけが持つものではない。光子郎が来る前までは普通に話していたその男も、また拗らせた欲をその身に秘めていた。たった今光子郎の欲求をどうにかしたばかりだというのに、と多少面倒に思いつつも、太一は背後を振り返る。まぁ光子郎がいなくなるまで耐えただけでも及第点だろう。そこには光子郎が抱えていた怪物よよく似た、しかし全く違う怪物を抱えたヤマトがいた。
「…ヤマト」
光子郎の怪物と同じように無数の手を伸ばすそれは、しかし不気味なほどに多数の眼球を持っている。白い両の目の周りに、青い瞳がいくつも浮かんでいた。ぎょろりと動くそれは、それぞれが違う場所を向いていたが、太一の声が聞こえるとその全てを太一へと向けた。いくつもの瞳に見つめられるその恐怖はいかほどのものだろう。だが太一がこれを目にするのは、光子郎のものと同様に初めてなどではない。今でも微かに恐怖を覚えるものの、慣れたように太一はヤマトへ近づいた。
「たいち、たいち、タ、イチ」
「ヤマト、ちゃんと俺を見ろ。その全部で俺を見ろ」
「み、る…?たいち…?」
両手でヤマトの顔を掴み、その目を自分の目と合わせる。ヤマトのそれは、承認欲求だ。己の存在を太一ただ一人に認められ見つめられ認識されていたいという、存在証明の欲。その目に自分だけを映せと言わんばかりに、無数の手は太一を離さず、視線を微塵も動かさない。もし太一がそれを拒否するように顔を背ければ、恐怖に負けて視線をずらせば、その手は太一の首をへし折ってでもヤマトの方を向かせるのだろう。引っ張られる髪が痛い。光子郎のそれと違い、ヤマトのこれは加減を知らない。苦しい、ではなく、ただただ痛い。
ヤマトがその欲を制御しきれなくなることはあまりない。太一とともにいることが多いからか、あまり姿を見せることはない。しかし、恐らく光子郎の独占欲と共鳴してしまったのだろう。何の前触れもなくここまで肥大したのは初めてだ。
「ヤマト、よく見ろ。俺の目に、誰が映ってる?」
「…おれ」
「ああそうだ。ヤマト、大丈夫だよ。俺はちゃんとお前を見てる」
「…た、いち」
「だからお前も俺の事だけ見てろ、いいな?」
太一がじっとヤマトの瞳を見つめそう諭すように言えば、無数の手は太一からそっと離れ、ぎょろりとした瞳たちは、ゆっくりと閉じられ姿を消した。太一はそのままヤマトを抱きしめる。黒い怪物は徐々に薄くなり、そしてその姿を消した。
「……太一?」
「…おー」
正気を取り戻したのか、ヤマトは自身を抱きしめる太一に首を傾げる。こちらも、悟らせるわけにはいかない。太一は自分の顔を見られないようにさらに抱きしめる腕に力を入れた。
「いった!おい!痛い!」
「うっせー」
「なんなんだよ!!」
強すぎる力にヤマトは抗議するも、その体を無理に引き離そうとはしなかった。太一の体が、微かに震えていると気付いたから。何か怖いことがあったのだろうか。先ほどの異様な雰囲気の光子郎に怯えているのだろうか。そう解釈したヤマトは、だからそれ以上何も言わず、ただ太一の体を弱く抱きしめ返した。
(ああ、ああ!)
なんて可愛くて愛おしいのだろう!!
太一は恐怖で震えていたのではない。その顔に見えるのは、喜びだけだ。太一は笑っていた。その笑みはどこか不気味で、狂っているようにも見て取れる。
光子郎もヤマトも、あんなバケモノを抱えて、俺にだけにあんなバケモノを見せて。彼らは俺がいないと生きていけないのだ。俺がその都度彼らに独占させてやり、見つめ返してやらなければ、ただその欲を暴走させてしまうのだ。
なんとも愛おしいではないか。自分がいなければとっくに狂ってしまっているなど、そんな感情を己に無自覚に向けて生きている。何も知らず、何も気づかず、少しずつ俺に堕ちていく。これを喜ばずして、一体どうすることができようか!
(だいじょーぶ、俺がずぅっと、いてやるからな)
人は誰しもその心に怪物を飼っている。
人は、それを「欲」と呼ぶのだ。
とっくに狂っていたのは、誰だろう。
それらが与える傷跡は、いかほどのものだろうか。
「たいちさん」
ああまたか。聞こえた声に太一は内心溜息を吐きながらそう思った。飽きるほどに聞き慣れた声は、彼の参謀ともいえる光子郎のもので、しかしそこにいつもの温かさはない。普段の光子郎は、分かりやすいほどに優しく嬉しそうな声で太一の名前を呼ぶ。こんな風に、冷たい声でその名前を呼ぶことはない。だけれど、太一はその声色を聞くのが初めてではなかった。もう今までに何度も聞いてきた声だった。普段と様子の違う光子郎に、太一と共にいた彼の親友ヤマトは少し驚き警戒するも、呼ばれた当の本人である太一はまったく驚くこともなく光子郎を向き、その姿を確認する。太一はそこに、黒い何かを見た。
(あーあ、また今日は一段とでかいなぁ)
光子郎、正確に言えばその光子郎にまとわりつく何かを見て、太一は呑気にそんなことを思う。太一が見ているのは光子郎ではない。光子郎に蔦のようにまとわりつく、黒い怪物だ。まとわりつく、というよりは、それは光子郎から出ているようにも見えた。黒い塊から無数に小さな手のようなものが飛び出し、まるで何かを引きずり込むように、何かに縋りつくように無尽蔵に揺らめき動く。黒い体の中心には、何を映しているのかわからないような白い瞳がぼうっと光っていた。それは、太一の目にしか見えていない。ヤマトの瞳にそれは映っていない。光子郎は何事かを小さく呟きながら、少しずつ太一に近付いていく。ヤマトがその異様な雰囲気に光子郎から太一を引き離そうと太一の腕をつかむが、太一は大丈夫だとでも言うかのようにその手に触れてゆっくりと離した。
黒い怪物は、光子郎が一歩太一に近づくたび、その小さな無数の腕を伸ばし太一に触れる。頬を撫で、髪を掴み、眼球を抉り出すように瞳に触れ、首を絞めつける。苦しくないわけではないだろうに、太一はそれを振り払おうとはしない。
太一は、それがなんなのか、知っている。それは光子郎の中に巣食う「欲」だ。太一に向ける無条件の信頼、参謀という立場にいる優越感、しかし隣には立つことができないが故に生まれた独占欲とも言うべき欲求そのものだ。だからその怪物は、その名の通りまるで太一を己の中に飲み込むかのように、そして他者に触れさせないかのように太一にその手を伸ばすのだ。誰にも渡さない、これは自分のものだと、怪物が、光子郎が泣くから。だから太一はその手を振り払わない。その欲求が目視できなくなる程度に落ち着くまで、太一は己の体の一切をその怪物に委ねる。
「た、いち、さん」
「こうしろう、こうしろう」
「……たいちさん?」
「うん」
「僕、の、たいちさん」
「そうだよ、お前の太一だよ」
存在を確認するかのように、光子郎の手が太一に触れる。怪物は白い目を幾度か瞬きさせ、乱暴に伸ばした無数の手は、今度は腫れ物に触るかのように太一に触れ直した。光子郎から出てくる言葉に、決して否定は返さない。お前のではないと言えば、その途端にその怪物が太一の首を絞めてしまうから。太一はそれでもいいと思っているけれど、光子郎が正気に戻った時、自分を殺したという事実など抱えてほしくはないから。だから太一は否定せず、ただ言われた言葉を肯定し続けるしかない。それが余計に光子郎を深く深く沈めてしまうことになると分かっていても、それしか方法がないのだから。
ぶつぶつと太一の名を口ずさんでいた光子郎は、しかしある程度太一の姿を確認すると、その手を止めた。黒い怪物が、心なしか先ほどよりも小さく見える。不気味なそれも、見慣れてしまえば案外可愛いものだと太一は内心で笑った。
やがて太一の目を見つめていた光子郎は、ゆっくりと一度瞬きすると満足したのかその瞳を閉じた。それと同時に、光子郎から生み出されていた怪物が少しずつ小さく消えていく。太一が名残惜しそうに最後に怪物に触れようとすれば、怪物はその手から逃れるように消え去った。
「…太一さん?」
「おー、光子郎。なんともない?」
「は?なんですか?」
「はは、なんともないならそれでいいよ。あんま我慢しすぎんなよ」
「はぁ……あ、すいません、僕この後用事が」
「おう、遅れないよう早く行けよ」
「というか僕なんで…まぁいいか。すみません、失礼します」
光子郎がそれ以上の疑問を抱く前に、太一は光子郎を見送った。あれに気付かせるわけにはいかなかった。己の溜まりに溜まった欲が暴走し具現化するなど、本人が知ればきっと絶望してしまう。ただでさえ欲を制御しきれていないのに、そうなってしまえばきっと太一にもどうにもできないだろう。だからこれでいいのだ。一生気付かないまま、また耐えられなくなった時はいつだって来ればいい。
太一がそんなことを思いながら光子郎の背が見えなくなるまで見送れば、今度は背後から突き刺すような視線を感じた。やっぱりこうなったか、と太一は今度こそわかりやすくため息を吐く。誰かの欲は、他の誰かの欲を刺激してしまうことがある。似通ったものならなおさらだ。太一の目に映る具現化された欲の塊は、何も光子郎だけが持つものではない。光子郎が来る前までは普通に話していたその男も、また拗らせた欲をその身に秘めていた。たった今光子郎の欲求をどうにかしたばかりだというのに、と多少面倒に思いつつも、太一は背後を振り返る。まぁ光子郎がいなくなるまで耐えただけでも及第点だろう。そこには光子郎が抱えていた怪物よよく似た、しかし全く違う怪物を抱えたヤマトがいた。
「…ヤマト」
光子郎の怪物と同じように無数の手を伸ばすそれは、しかし不気味なほどに多数の眼球を持っている。白い両の目の周りに、青い瞳がいくつも浮かんでいた。ぎょろりと動くそれは、それぞれが違う場所を向いていたが、太一の声が聞こえるとその全てを太一へと向けた。いくつもの瞳に見つめられるその恐怖はいかほどのものだろう。だが太一がこれを目にするのは、光子郎のものと同様に初めてなどではない。今でも微かに恐怖を覚えるものの、慣れたように太一はヤマトへ近づいた。
「たいち、たいち、タ、イチ」
「ヤマト、ちゃんと俺を見ろ。その全部で俺を見ろ」
「み、る…?たいち…?」
両手でヤマトの顔を掴み、その目を自分の目と合わせる。ヤマトのそれは、承認欲求だ。己の存在を太一ただ一人に認められ見つめられ認識されていたいという、存在証明の欲。その目に自分だけを映せと言わんばかりに、無数の手は太一を離さず、視線を微塵も動かさない。もし太一がそれを拒否するように顔を背ければ、恐怖に負けて視線をずらせば、その手は太一の首をへし折ってでもヤマトの方を向かせるのだろう。引っ張られる髪が痛い。光子郎のそれと違い、ヤマトのこれは加減を知らない。苦しい、ではなく、ただただ痛い。
ヤマトがその欲を制御しきれなくなることはあまりない。太一とともにいることが多いからか、あまり姿を見せることはない。しかし、恐らく光子郎の独占欲と共鳴してしまったのだろう。何の前触れもなくここまで肥大したのは初めてだ。
「ヤマト、よく見ろ。俺の目に、誰が映ってる?」
「…おれ」
「ああそうだ。ヤマト、大丈夫だよ。俺はちゃんとお前を見てる」
「…た、いち」
「だからお前も俺の事だけ見てろ、いいな?」
太一がじっとヤマトの瞳を見つめそう諭すように言えば、無数の手は太一からそっと離れ、ぎょろりとした瞳たちは、ゆっくりと閉じられ姿を消した。太一はそのままヤマトを抱きしめる。黒い怪物は徐々に薄くなり、そしてその姿を消した。
「……太一?」
「…おー」
正気を取り戻したのか、ヤマトは自身を抱きしめる太一に首を傾げる。こちらも、悟らせるわけにはいかない。太一は自分の顔を見られないようにさらに抱きしめる腕に力を入れた。
「いった!おい!痛い!」
「うっせー」
「なんなんだよ!!」
強すぎる力にヤマトは抗議するも、その体を無理に引き離そうとはしなかった。太一の体が、微かに震えていると気付いたから。何か怖いことがあったのだろうか。先ほどの異様な雰囲気の光子郎に怯えているのだろうか。そう解釈したヤマトは、だからそれ以上何も言わず、ただ太一の体を弱く抱きしめ返した。
(ああ、ああ!)
なんて可愛くて愛おしいのだろう!!
太一は恐怖で震えていたのではない。その顔に見えるのは、喜びだけだ。太一は笑っていた。その笑みはどこか不気味で、狂っているようにも見て取れる。
光子郎もヤマトも、あんなバケモノを抱えて、俺にだけにあんなバケモノを見せて。彼らは俺がいないと生きていけないのだ。俺がその都度彼らに独占させてやり、見つめ返してやらなければ、ただその欲を暴走させてしまうのだ。
なんとも愛おしいではないか。自分がいなければとっくに狂ってしまっているなど、そんな感情を己に無自覚に向けて生きている。何も知らず、何も気づかず、少しずつ俺に堕ちていく。これを喜ばずして、一体どうすることができようか!
(だいじょーぶ、俺がずぅっと、いてやるからな)
人は誰しもその心に怪物を飼っている。
人は、それを「欲」と呼ぶのだ。
とっくに狂っていたのは、誰だろう。