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人間CP

「俺、結婚するんだ。光子郎」



僕はずっと、太一さんのことが好きだ。好きだった、なんて過去形ではない。僕は今でも、太一さんのことが好きだ。だけど今、大人になった僕の隣にいるのは太一さんではない。僕を隣で支えてくれるのは、太一さんではない、太一さんよりも僕を大事に思ってくれる、別の僕の大切な人。だから、僕のこの思いは、その人を裏切るものだ。その人のことを、深く傷つけてしまうものだ。わかっている。そんなこと、言われなくても僕が一番わかっているのだ。だけど、わかっていてもこの思いをどうしても捨てることができなかった。どうしても、殺してしまえなかった。何度も何度もこんな感情はいらないのだと言い聞かせて、何度も失敗してきた。僕のことを好きだと言ってくれた相手にも、そのことは包み隠さず打ち明けている。その人は、それでもいいと言ってくれた。

自分を一番に思ってくれなくてもいい、二番目でもいい。だけど私が貴方のことを好きなのだけは、分かっていてほしい。

だから僕は、その人を一番に置けなくても、それでもこの人を幸せにしたいと思って、今一緒にいるのだ。
結婚すると言った時、誰よりも太一さんが喜んでくれた。太一さんは、僕が彼を好いていることを知らない。一度だって言ったことがないから。今まで絶対に悟られないよう厳重に隠してきたから。だからあの人は、何も知らない。それでも太一さんが僕の結婚を喜んでくれた時、僕は確かに自分の心が軋む音を聞いた。満面の笑みで僕たちを祝福してくれる太一さんを、その場で押し倒しでもして、嫌でもわからせてやろうかと、一瞬だけど思ってしまった。その笑顔を恐怖で引きつらせて、涙でぐちゃぐちゃにして、組み敷いて、何もかもぶち壊してやろうかと思った。

『…、ありがとうございます』

僕にできたのは、泣きそうになるのを必死にこらえて、笑い返すだけだった。太一さんと別れてから、一人きりのオフィスで、僕はこれ以上ないくらいに泣いた。

僕と太一さんが、選ばれし子どもじゃなかったら、いっしょにいられたのだろうか。
僕も太一さんも、好き勝手に動くにはあまりにも名前が知られ過ぎてしまっていた。太一さんに関しては名前だけじゃない。もうすでに、その顔を世界中の人が知っている。彼の一挙手一投足を、世界が見ている。だから好き勝手な行動は許されない。まぁ、太一さんはそんなこと知るかと言うかのように動くこともあるけれど。彼の場合はその生まれ持っての才能で結果を出してしまえるから、周りも何も言えないだろう。僕だって、世界中の選ばれし子どもと連絡をとったりなんてしているものだから、とっくに大人には顔が知られてしまっているのだ。
デジモンという存在は、その全てを肯定されてはいない。なぜなら彼らが現実世界にもたらす影響は、良いものばかりではないからだ。誰かのパートナーや人間に友好的なデジモンがいれば、存在するだけで被害の及ぶものもいる。それはデジモンへの理解が乏しい人間からすれば脅威でしかない。だから、デジモンたちへの理解を求める僕たちに、弱みを持つことは許されない。どんな人間が、大人が、僕たちを利用しようと考えているかわからない。だから、僕と太一さんは、例え好意を持っていたとして、いっしょになることは許されないのだ。だって、デメリットの方が、大きいから。
選ばれし子どもじゃなかったら。もしくは、選ばれし子どもであっても、あの最初の8人でなかったら。もしかしたら僕は、太一さんに本心を打ち明けることができて、そして運が良ければ、太一さんと共に歩むことを、許されたのだろうか。たらればの話ほど無意味なものはない。それに、太一さんには一切の非はないのだ。僕が勝手に好きになって、そして僕が勝手に、その感情を持つことを罪としたんだ。知っているのは、今隣にいてくれる人だけだ。

彼女を大事にしたい。大切に思っている。だから一緒にいることを選んだ。だけど、どうしても忘れられない。捨てきることができない。存在すらしていない希望を抱いてしまうことをやめられない。それをひた隠して、太一さんをその後ろからサポートしてきた。いつか来るだろうと思っていた未来はそんなすぐには来なくて、デジタルワールドやデジモンたちのために奔走する太一さんを、僕が一番近くで支えてきた。
だけど。

『結婚するんだ』

少し恥ずかしそうにはにかみながら僕にそう言った太一さんは、誰よりも幸せそうだった。僕に一番に打ち明けたらしい。選ばれし子どもでもなんでもない、ただの普通の女性。聞いた時、だろうなとは思った。太一さんと結婚しようと思ったら、きっとともに冒険した仲間ではだめだ。そして、恐らく選ばれし子どもでも駄目だった。何の変哲もない、普通の人でしか、きっと一緒にはなれないだろうとみんなわかっていた。太一さんはきっと、誰も一番愛しはしない。太一さんが最も愛しているのはあの世界だ。普通の人にはわからなくても、僕たちはそれが痛いほどわかってしまう。自分を一番に愛してくれないとわかっていて、どうして結婚できるというのだろう。
それでも、やっぱり、痛いものは痛かった。太一さんが何も知らないと分かっていても、僕では駄目だとわかっていても、その信頼が心底苦しかった。痛かった。辛かった。あれだけ自分に言い聞かせて、大切だと思っている彼女まで巻き込んで、勝手に痛がっていただけなのに。いざそんな風に嬉しそうに結婚の話をすると、どうしようもなく殴りかかってしまいたかった。

「太一さん、知ってますか。太一さんの目の前にいる僕は、貴方のことが今でもずっと、好きなんですよ」

なんて、言えたらどれだけよかっただろう。どれだけ楽だっただろう。だけど無理だ。無理なのだ。だってこんなにも苦しくても、太一さんが幸せそうに笑っているだけで、どこか満足してしまうのだ。その隣に僕以外がいても、僕では太一さんを幸せにできなくても。ずっと僕を、僕たちを引っ張ってきてくれた貴方が、そんなにも幸せそうに笑うから。

「…おめでとうございます、太一さん」

だから僕は、とびきりの笑顔で、貴方たちを祝福してしまうのだ。
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