人間CP
『…僕は、空のようだと思います』
それを聞いた時、俺はやっぱりこいつのことが少し苦手だなと思った。
今まであいつに出会ったほとんどの人は、あいつのことを太陽のようだと言う。明るくて、元気があって、みんなを引っ張って前を向いて歩いていける人間。あいつの周りには自然と人が集まって、いっしょにいると楽しくて暖かくなるやつ。それが周りが言うあいつの一般的な評価だ。俺もそれらを否定はしないし、そうだろうと思う。あいつの持つ紋章こそがその証だ。誰が見てもわかる、太陽をモチーフとしたもの。オレンジ色に輝く勇気の印。まさに太陽だ、あいつそのものが。だけど思うのだ、俺は。
(あいつは、海だ)
太陽は常に輝いている。俺たちには見えていない間も、太陽はいつだって自身を焼きながら輝く。だけどあいつは、それとは少し違うように思う。いつもいつも、光り輝いているわけではない。別にそれは悪い意味で言っているわけではなくて、俺はあいつとぶつかることが多かったからこそ、そう思うのだ。あいつは俺と同じ、その年齢らしく、小学生らしく感情を抑えたりしない。納得いかないことには絶対に頷かないし、だから俺ともよく衝突した。それに、あいつはちゃんと待ってくれる。太陽みたいに勝手にどこかへ消えてしまったりしないのだ。
俺が迷いを捨てきれず、コンプレックスを抱えて一人でみんなのもとから去ってしまった時。あの時の太一との衝突は、今でもずっと忘れられない。パートナーまで巻き込んでしまったあの戦闘。喧嘩と呼ぶにはあまりにも非道だった。俺への怒りを迷いなくぶつけてくる太一の、あの微かな涙も。そして、それだけのことがあっても、最後、太一はそれでも、俺を待っていてくれた。
だから俺は、太一のことを太陽みたいだと思う反面、海のようだとも思っている。
いつだってそこに存在して、待っていてくれる。手の届かな場所にいるんじゃなくて、ちゃんと手の届く場所で、俺を、俺たちを待っていてくれる。時によって波を打ち、時間によって色を変え、命を育む。夕焼け色の波の色。月を反射して輝く波。よく表情を変えるあいつと同じだ。
だけど、海は優しいだけじゃない。楽しいだけじゃない。それは時に包み込むように優しく暖かいくせに、牙をむく。誰もが知っている。海は優しく美しいものだけれど、それと同時に、恐ろしいものでもあるのだ。綺麗なだけの面を持っているわけじゃない。それに、泳げない人間にとって海ほど恐ろしい場所はないだろう。その海の中は、穏やかなだけじゃないのだ。人間がいないそこは、いわば弱肉強食の世界で、極端に言えば、デジタルワールドと同じなのだ。いつだって生死の境目に立っているような、死が隣に付きまとうような場所。
「…太一は、空じゃあ、ないなぁ」
あいつは、太一の後ろに常にくっついているあいつは、太一のことを空だと言う。その気持ちが全く分からないわけじゃない。いつでも見守ってくれている空。その一面も、太一のようだと思う。だけど太一は、手の届かない場所にいるわけじゃない。当たり前にそこにあるくせに、俺たちの手が全く届かない場所へ、俺たちを待たずに行ってしまうような奴じゃない。だって太一は、俺たちを、俺を、最後まで待ってくれていたのだから。
太一の後ろにいつもいるのに、どうしてあいつは太一を空だと言うのだろう。例えばそれがヒカリちゃんだとか、タケルが言うなら、俺もここまで疑問に思ったりしないだろう。だけど家族でもなく、同じクラブの後輩でもあるあいつが、どうして。
わかってはいるのだ。太一と一番ぶつかることが多い、正反対ともいえる俺と、太一を絶対的に信頼しているあいつが同じ意見を持つはずがないことくらい、さすがに俺にだってわかる。だけど、ほんの少しだけ羨ましいと思うのだ。だって太一は、当たり前にあいつを、光子郎を頼りにしている。俺は、確かに隣には立っているけれど、それでも太一が一番最初に頼りにするのは光子郎なのだ。俺だって、太一に一番信頼されるような場所にいたかった。だけど、それはきっと俺ではだめだ。俺の立つべき場所は、俺の役目はそれじゃない。だからこんな嫉妬じみた感情は早々に捨ててしまおうとしていたのに、他でもないお前がそんなことを言うなら。
「…俺だって、振り向いてほしかった。お前みたいに、あいつを空みたいだって言いたかった」
俺は絶対に太一を空だと言うことはできないだろう。他でもない俺が、それを俺に許さない。
「…広いな」
目前に広がる海を見つめる。穏やかな波が続く、真っ青な。そこに、飲み込むような凶暴さは見えない。
俺は、きっと太一がいなかったら光子郎とは一生わかりあえなかったのだろう。友達になることもなかった。光子郎のような人間と、かかわりを持つことはなかったはずだ。太一こそが、俺と光子郎を繋げてくれた。そして、デジタルワールドという共有の世界が、今でも俺たちを繋げている。光子郎は知っているだろうか。いや、俺が気付いているのに、あいつがわかっていないはずがない。だからこそ、光子郎は俺にだけああ言ったのだ。太一は空だと。俺がそれに頷けないことを知っていて、それでも言ったのだ。
俺は、あいつに真っ先に頼られるような人間にはなれない。あいつを全身全霊で慕うことはできない。当たり前にその後ろをついて行き、その背中を見ることはできない。でも、だからこそ俺はあいつを絶対に独りにはしない。俺は、あいつにとってそういう場所でいい。それはきっと、俺にしかできない。
だから、悔しいけれど、その後ろにいてくれていいから。倒れそうになった体を、俺が必ず受け止めるから。お前はそこで、いつだって、太一が振り向いた時、太一が必要としたとき、そこにいてやってくれ。
「太一を、空だと言うなら」
その空から、決して目を逸らすようなことだけは。
風が頬を撫でる。見つめた先の海はどこまでも青く透き通っている。夏の色、あいつの色。いつでもそこに波打って、俺たちを包んでくれて、時折激情をぶつけてくる。そこに海が広がる様に、俺には、その存在が、当たり前に隣にある。それでいい。光子郎を理解してやれないことは、俺にはどうしようもできない。あいつもわかっている。だけどお互いに思っていることは同じなのだ。どれだけ否定したって、俺たちは皆、あいつのことが大切で、特別なのだ。その事実がわかっていれば、俺はお前の言葉を否定することなんてできないから。
「…海だけじゃない、きっと、空でもある」
あいつこそが、海と空が出会う場所だ。
(俺たちを繋げてくれる、唯一の)
それを聞いた時、俺はやっぱりこいつのことが少し苦手だなと思った。
今まであいつに出会ったほとんどの人は、あいつのことを太陽のようだと言う。明るくて、元気があって、みんなを引っ張って前を向いて歩いていける人間。あいつの周りには自然と人が集まって、いっしょにいると楽しくて暖かくなるやつ。それが周りが言うあいつの一般的な評価だ。俺もそれらを否定はしないし、そうだろうと思う。あいつの持つ紋章こそがその証だ。誰が見てもわかる、太陽をモチーフとしたもの。オレンジ色に輝く勇気の印。まさに太陽だ、あいつそのものが。だけど思うのだ、俺は。
(あいつは、海だ)
太陽は常に輝いている。俺たちには見えていない間も、太陽はいつだって自身を焼きながら輝く。だけどあいつは、それとは少し違うように思う。いつもいつも、光り輝いているわけではない。別にそれは悪い意味で言っているわけではなくて、俺はあいつとぶつかることが多かったからこそ、そう思うのだ。あいつは俺と同じ、その年齢らしく、小学生らしく感情を抑えたりしない。納得いかないことには絶対に頷かないし、だから俺ともよく衝突した。それに、あいつはちゃんと待ってくれる。太陽みたいに勝手にどこかへ消えてしまったりしないのだ。
俺が迷いを捨てきれず、コンプレックスを抱えて一人でみんなのもとから去ってしまった時。あの時の太一との衝突は、今でもずっと忘れられない。パートナーまで巻き込んでしまったあの戦闘。喧嘩と呼ぶにはあまりにも非道だった。俺への怒りを迷いなくぶつけてくる太一の、あの微かな涙も。そして、それだけのことがあっても、最後、太一はそれでも、俺を待っていてくれた。
だから俺は、太一のことを太陽みたいだと思う反面、海のようだとも思っている。
いつだってそこに存在して、待っていてくれる。手の届かな場所にいるんじゃなくて、ちゃんと手の届く場所で、俺を、俺たちを待っていてくれる。時によって波を打ち、時間によって色を変え、命を育む。夕焼け色の波の色。月を反射して輝く波。よく表情を変えるあいつと同じだ。
だけど、海は優しいだけじゃない。楽しいだけじゃない。それは時に包み込むように優しく暖かいくせに、牙をむく。誰もが知っている。海は優しく美しいものだけれど、それと同時に、恐ろしいものでもあるのだ。綺麗なだけの面を持っているわけじゃない。それに、泳げない人間にとって海ほど恐ろしい場所はないだろう。その海の中は、穏やかなだけじゃないのだ。人間がいないそこは、いわば弱肉強食の世界で、極端に言えば、デジタルワールドと同じなのだ。いつだって生死の境目に立っているような、死が隣に付きまとうような場所。
「…太一は、空じゃあ、ないなぁ」
あいつは、太一の後ろに常にくっついているあいつは、太一のことを空だと言う。その気持ちが全く分からないわけじゃない。いつでも見守ってくれている空。その一面も、太一のようだと思う。だけど太一は、手の届かない場所にいるわけじゃない。当たり前にそこにあるくせに、俺たちの手が全く届かない場所へ、俺たちを待たずに行ってしまうような奴じゃない。だって太一は、俺たちを、俺を、最後まで待ってくれていたのだから。
太一の後ろにいつもいるのに、どうしてあいつは太一を空だと言うのだろう。例えばそれがヒカリちゃんだとか、タケルが言うなら、俺もここまで疑問に思ったりしないだろう。だけど家族でもなく、同じクラブの後輩でもあるあいつが、どうして。
わかってはいるのだ。太一と一番ぶつかることが多い、正反対ともいえる俺と、太一を絶対的に信頼しているあいつが同じ意見を持つはずがないことくらい、さすがに俺にだってわかる。だけど、ほんの少しだけ羨ましいと思うのだ。だって太一は、当たり前にあいつを、光子郎を頼りにしている。俺は、確かに隣には立っているけれど、それでも太一が一番最初に頼りにするのは光子郎なのだ。俺だって、太一に一番信頼されるような場所にいたかった。だけど、それはきっと俺ではだめだ。俺の立つべき場所は、俺の役目はそれじゃない。だからこんな嫉妬じみた感情は早々に捨ててしまおうとしていたのに、他でもないお前がそんなことを言うなら。
「…俺だって、振り向いてほしかった。お前みたいに、あいつを空みたいだって言いたかった」
俺は絶対に太一を空だと言うことはできないだろう。他でもない俺が、それを俺に許さない。
「…広いな」
目前に広がる海を見つめる。穏やかな波が続く、真っ青な。そこに、飲み込むような凶暴さは見えない。
俺は、きっと太一がいなかったら光子郎とは一生わかりあえなかったのだろう。友達になることもなかった。光子郎のような人間と、かかわりを持つことはなかったはずだ。太一こそが、俺と光子郎を繋げてくれた。そして、デジタルワールドという共有の世界が、今でも俺たちを繋げている。光子郎は知っているだろうか。いや、俺が気付いているのに、あいつがわかっていないはずがない。だからこそ、光子郎は俺にだけああ言ったのだ。太一は空だと。俺がそれに頷けないことを知っていて、それでも言ったのだ。
俺は、あいつに真っ先に頼られるような人間にはなれない。あいつを全身全霊で慕うことはできない。当たり前にその後ろをついて行き、その背中を見ることはできない。でも、だからこそ俺はあいつを絶対に独りにはしない。俺は、あいつにとってそういう場所でいい。それはきっと、俺にしかできない。
だから、悔しいけれど、その後ろにいてくれていいから。倒れそうになった体を、俺が必ず受け止めるから。お前はそこで、いつだって、太一が振り向いた時、太一が必要としたとき、そこにいてやってくれ。
「太一を、空だと言うなら」
その空から、決して目を逸らすようなことだけは。
風が頬を撫でる。見つめた先の海はどこまでも青く透き通っている。夏の色、あいつの色。いつでもそこに波打って、俺たちを包んでくれて、時折激情をぶつけてくる。そこに海が広がる様に、俺には、その存在が、当たり前に隣にある。それでいい。光子郎を理解してやれないことは、俺にはどうしようもできない。あいつもわかっている。だけどお互いに思っていることは同じなのだ。どれだけ否定したって、俺たちは皆、あいつのことが大切で、特別なのだ。その事実がわかっていれば、俺はお前の言葉を否定することなんてできないから。
「…海だけじゃない、きっと、空でもある」
あいつこそが、海と空が出会う場所だ。
(俺たちを繋げてくれる、唯一の)