人間CP
彼は「違わない」と言った。けれど、頑なに名前を訂正した。それは、酷く矛盾しているんじゃないだろうか。
ベッドに寝転びながら、宙は思い出して考える。ガンマモンとグルスガンマモンが違わず同じだというのなら、別に名前なんてどちらでもいいんじゃないか。違わないと言ったのに彼はどうしてあんなにも正しい名前を呼ばせようとしたのだろう。考えても宙にはよく分からない。
確かに何の躊躇もなくシールズドラモンを殺してしまった姿に一切の恐怖を抱かなかったと言えば嘘になる。怖いとは思った。人間にとって命を奪うという行為は一般的ではないのだ。けど彼は「食うか食われるか」だと言った。デジモンたちが暮らす世界の事情は知らないし分からないが、彼は恐らく間違ったことを言ったわけではないのだろうと漠然と思う。たった数分程度しか姿を見ていないし、言葉もほとんど交わしていない。彼はずっと一緒にいたと言うが、宙にとってはあの時が初めての対面だった。向こうが知っていたとしても、宙は何も知らない。だから話がしたいと思った。まぁ、思ったところで希望通り会えるというわけではないことは分かっているけれど。
「…グルス、ガンマモンか」
他のみんなは良しとしないだろうけれど、近いうちにまた会うことができたなら、今度こそ話がしたい。
宙はそう思いながら静かに瞳を閉じ眠りに落ちた。
(ごめん、るり、先輩)
確かに静かに眠ったはずだった。やり切れない思いと望みを抱きながら、ちゃんと自分の部屋のベッドで寝たはずだった。
だのにこれはどういうことか。目の前はただただ真っ暗な空間が続くだけで他には何もない。夢だろうか。聞いたことがある、夢を夢と自覚するものを明晰夢だとか言うのだったか。経験したことはなかったが多分そうだろう。いや、クロックモンの時に一度だけ同じような経験をしたか?そんなことは今はどうでもいい。何もない、とは言ったが、一つだけ訂正する。何もないけど、何かはいる。それは眠る前にもう一度会いたいと思ったその存在に間違いなく、驚く宙を興味深そうに見つめていた。
「…ガンマモン?」
「…グルスガンマモンだっつったろ、ヒロォ」
名前を呼べば、じろりと睨まれる。宙は一歩後ずさったが、どうにもグルスガンマモンに敵意がない様子を見て踏み止まった。怖がるべきではない。だって彼はガンマモンだから。
「なぁんでこんなとこにいんだぁ?ヒロ、他のデジモンにやられでもしたか?」
「いや、違うけど…寝たら、ここに…」
「…あぁ、じゃあ、ここにいる俺の方が夢ってことか」
そう言ってグルスガンマモンは宙から視線を外す。その姿に、宙はおや?と首を傾げた。まさか視線を外されるとは思っていなかったのだ。宙が知っているグルスガンマモンはひたすら自分の名前を宙に呼ばせようとし、宙が技を言うのを拒めば顔を顰め、宙が前線に飛び出して来たらどけと言う、割と宙に対しては分かりやすく好意のようなものを向けてくれていたはずなのだが。自分で言うのもあれだが、今ここには宙とグルスガンマモンしかいない。つまり彼にとって邪魔ものがいないということだ。そんな絶好の機会に、どうして目を逸らされている?
「…グルスガンマモン」
「、…」
あ、反応した。宙は暢気に観察する。ここが宙の夢だと言うのなら、彼は何もしてこないだろうし、きっと安全だろう。ここに別の誰かがいればあまりにも楽観的過ぎると非難しただろうが、生憎ここには二人以外誰もいないのだ。そしてグルスガンマモン自体ももし宙が望んだように夢としてそこにいるのなら、これも本当の彼ではない。じゃあ好きにやったっていいだろうと、宙は勝手に結論付けた。
「なぁグルスガンマモン」
ぴくりと反応する体。ちょっと面白いなと宙は笑う。初めて会った時には驚きと怖さが勝ってしまって気付かなかったが、もしかしてこいつやっぱりガンマモンとそんなに変わらないんじゃないだろうかとさえ思えて来た。ガンマモンは進化すると少し成長したような喋り方をするが、グルスガンマモンの時のそれは他の進化の比ではない。成長したというか、こういうのを何と言うのだったか。
(……反抗期の子供か)
思いついて、腑に落ちる。思いついて見ると確かに似ている。思い通りにならない周りにすぐにイライラする様子も、けど名前を呼んで欲しがる姿勢も、どこか子供っぽさが抜けていない。彼はガンマモンと自分は違わないと言ったが、そういう面を見ればあながち言う通りだ。
夢の中だと分かっているので、宙は強かった。そして底抜けに危機感がなかった。
「よしよし、返事くらいしてくれよ、寂しいじゃないか」
「…あ!?」
「うわっ」
途端にかわいく思えてきた宙は徐にグルスガンマモンの頭を撫でる。するとずっと顔を逸らしていたグルスガンマモンは驚いたように宙を見て飛び退いた。逃げられた、と宙はちょっと落ち込む。と同時に既視感。これはあれだ、異物に驚き飛び上がる猫ちゃんだ。動画で見た。多分宙が思っているそんなことを知ったらグルスガンマモンは怒り上げただろうが、幸い伝わることはない。
「なん、急になにしやがる!!」
「何って、撫でただけだろ」
「そういうことを聞いてんじゃねぇ!!」
何をそんなに怒ってるのだろう。前回構ってほしそうだったから望み通り構ってやったと言うのに。感謝される覚えはあれど怒られる覚えはない。宙は首を傾げて、しかしグルスガンマモンの顔を見て気付いた。
ほんの少しだけ、赤い。
「……もしかして照れてる?」
「!?」
問えばグルスガンマモンがまた逃げようとしたので、宙はぐっと距離を縮めてその青いマントを掴んだ。当然逃げようとしたグルスガンマモンの首はしまった。うぐ、と小さな呻き声が漏れる。
困惑しているのはグルスガンマモンの方だ。現実で会った時はあんなに狼狽していたくせに、どうして宙はこんなに自分に近付いてくるのか。名前を呼ばれたことも撫でられたこともまったく嬉しくないわけではないしむしろ望んでいたことでもあるが、急に態度が変われば誰だって疑問に思うだろう。まだ少し赤い顔のまま信じられないような目で宙を見る。目線が合えば、宙は口角を挙げながら「どうした?」と首を傾げた。正気かこいつ、グルスガンマモンは素直にそう思った。
「話したいと思ってたんだ。せっかく夢なんだから、話ししよう、グルスガンマモン」
笑って名前を呼ぶ。宙が名前を呼ぶたび、グルスガンマモンはくすぐったくて仕方なかった。もしかして宙はグルスガンマモンのことも夢の中で自分が作り出した偶像だと思っているのだろうか。そりゃあ強気に出られるわけである。何せ危害を加えられないと確信してしまっているので。そこまで信頼されてしまうと、グルスガンマモンもまさかただの夢の存在じゃないとか、そんな野暮なことは言えなくなってしまった。さっきからゆらゆらと揺れている尻尾が鬱陶しくて敵わない。残念ながら何を言ったところで体は正直である。
「グルスガンマモンのことちゃんと知りたいんだ。な、いいだろ」
「お、れは」
「お前とガンマモンが同じなら、グルスガンマモンだって俺の弟なんだからさ」
にっこりと笑いながら宙はグルスガンマモンの手を握る。温かい人間の手。さっき自分の頭を撫でた手。いつもガンマモンを撫でてくれる手。グルスガンマモンの、大好きな―――。
「さ…」
「さ?」
「さっさと起きろッッッ!!!!!!!」
キャパオーバーを起こしたグルスガンマモンはそのまま宙に頭突きをかます。その衝撃で宙は夢から覚め、なぜか痛む額に再び首を傾げるのであった。
ちなみに頭突きの衝撃で夢の内容が吹っ飛んでしまったため宙の中からグルスガンマモンとの二度目の邂逅の記憶は消え、グルスガンマモンだけがただの照れ損に終わったことは、まだ本人は知らない。
ベッドに寝転びながら、宙は思い出して考える。ガンマモンとグルスガンマモンが違わず同じだというのなら、別に名前なんてどちらでもいいんじゃないか。違わないと言ったのに彼はどうしてあんなにも正しい名前を呼ばせようとしたのだろう。考えても宙にはよく分からない。
確かに何の躊躇もなくシールズドラモンを殺してしまった姿に一切の恐怖を抱かなかったと言えば嘘になる。怖いとは思った。人間にとって命を奪うという行為は一般的ではないのだ。けど彼は「食うか食われるか」だと言った。デジモンたちが暮らす世界の事情は知らないし分からないが、彼は恐らく間違ったことを言ったわけではないのだろうと漠然と思う。たった数分程度しか姿を見ていないし、言葉もほとんど交わしていない。彼はずっと一緒にいたと言うが、宙にとってはあの時が初めての対面だった。向こうが知っていたとしても、宙は何も知らない。だから話がしたいと思った。まぁ、思ったところで希望通り会えるというわけではないことは分かっているけれど。
「…グルス、ガンマモンか」
他のみんなは良しとしないだろうけれど、近いうちにまた会うことができたなら、今度こそ話がしたい。
宙はそう思いながら静かに瞳を閉じ眠りに落ちた。
(ごめん、るり、先輩)
確かに静かに眠ったはずだった。やり切れない思いと望みを抱きながら、ちゃんと自分の部屋のベッドで寝たはずだった。
だのにこれはどういうことか。目の前はただただ真っ暗な空間が続くだけで他には何もない。夢だろうか。聞いたことがある、夢を夢と自覚するものを明晰夢だとか言うのだったか。経験したことはなかったが多分そうだろう。いや、クロックモンの時に一度だけ同じような経験をしたか?そんなことは今はどうでもいい。何もない、とは言ったが、一つだけ訂正する。何もないけど、何かはいる。それは眠る前にもう一度会いたいと思ったその存在に間違いなく、驚く宙を興味深そうに見つめていた。
「…ガンマモン?」
「…グルスガンマモンだっつったろ、ヒロォ」
名前を呼べば、じろりと睨まれる。宙は一歩後ずさったが、どうにもグルスガンマモンに敵意がない様子を見て踏み止まった。怖がるべきではない。だって彼はガンマモンだから。
「なぁんでこんなとこにいんだぁ?ヒロ、他のデジモンにやられでもしたか?」
「いや、違うけど…寝たら、ここに…」
「…あぁ、じゃあ、ここにいる俺の方が夢ってことか」
そう言ってグルスガンマモンは宙から視線を外す。その姿に、宙はおや?と首を傾げた。まさか視線を外されるとは思っていなかったのだ。宙が知っているグルスガンマモンはひたすら自分の名前を宙に呼ばせようとし、宙が技を言うのを拒めば顔を顰め、宙が前線に飛び出して来たらどけと言う、割と宙に対しては分かりやすく好意のようなものを向けてくれていたはずなのだが。自分で言うのもあれだが、今ここには宙とグルスガンマモンしかいない。つまり彼にとって邪魔ものがいないということだ。そんな絶好の機会に、どうして目を逸らされている?
「…グルスガンマモン」
「、…」
あ、反応した。宙は暢気に観察する。ここが宙の夢だと言うのなら、彼は何もしてこないだろうし、きっと安全だろう。ここに別の誰かがいればあまりにも楽観的過ぎると非難しただろうが、生憎ここには二人以外誰もいないのだ。そしてグルスガンマモン自体ももし宙が望んだように夢としてそこにいるのなら、これも本当の彼ではない。じゃあ好きにやったっていいだろうと、宙は勝手に結論付けた。
「なぁグルスガンマモン」
ぴくりと反応する体。ちょっと面白いなと宙は笑う。初めて会った時には驚きと怖さが勝ってしまって気付かなかったが、もしかしてこいつやっぱりガンマモンとそんなに変わらないんじゃないだろうかとさえ思えて来た。ガンマモンは進化すると少し成長したような喋り方をするが、グルスガンマモンの時のそれは他の進化の比ではない。成長したというか、こういうのを何と言うのだったか。
(……反抗期の子供か)
思いついて、腑に落ちる。思いついて見ると確かに似ている。思い通りにならない周りにすぐにイライラする様子も、けど名前を呼んで欲しがる姿勢も、どこか子供っぽさが抜けていない。彼はガンマモンと自分は違わないと言ったが、そういう面を見ればあながち言う通りだ。
夢の中だと分かっているので、宙は強かった。そして底抜けに危機感がなかった。
「よしよし、返事くらいしてくれよ、寂しいじゃないか」
「…あ!?」
「うわっ」
途端にかわいく思えてきた宙は徐にグルスガンマモンの頭を撫でる。するとずっと顔を逸らしていたグルスガンマモンは驚いたように宙を見て飛び退いた。逃げられた、と宙はちょっと落ち込む。と同時に既視感。これはあれだ、異物に驚き飛び上がる猫ちゃんだ。動画で見た。多分宙が思っているそんなことを知ったらグルスガンマモンは怒り上げただろうが、幸い伝わることはない。
「なん、急になにしやがる!!」
「何って、撫でただけだろ」
「そういうことを聞いてんじゃねぇ!!」
何をそんなに怒ってるのだろう。前回構ってほしそうだったから望み通り構ってやったと言うのに。感謝される覚えはあれど怒られる覚えはない。宙は首を傾げて、しかしグルスガンマモンの顔を見て気付いた。
ほんの少しだけ、赤い。
「……もしかして照れてる?」
「!?」
問えばグルスガンマモンがまた逃げようとしたので、宙はぐっと距離を縮めてその青いマントを掴んだ。当然逃げようとしたグルスガンマモンの首はしまった。うぐ、と小さな呻き声が漏れる。
困惑しているのはグルスガンマモンの方だ。現実で会った時はあんなに狼狽していたくせに、どうして宙はこんなに自分に近付いてくるのか。名前を呼ばれたことも撫でられたこともまったく嬉しくないわけではないしむしろ望んでいたことでもあるが、急に態度が変われば誰だって疑問に思うだろう。まだ少し赤い顔のまま信じられないような目で宙を見る。目線が合えば、宙は口角を挙げながら「どうした?」と首を傾げた。正気かこいつ、グルスガンマモンは素直にそう思った。
「話したいと思ってたんだ。せっかく夢なんだから、話ししよう、グルスガンマモン」
笑って名前を呼ぶ。宙が名前を呼ぶたび、グルスガンマモンはくすぐったくて仕方なかった。もしかして宙はグルスガンマモンのことも夢の中で自分が作り出した偶像だと思っているのだろうか。そりゃあ強気に出られるわけである。何せ危害を加えられないと確信してしまっているので。そこまで信頼されてしまうと、グルスガンマモンもまさかただの夢の存在じゃないとか、そんな野暮なことは言えなくなってしまった。さっきからゆらゆらと揺れている尻尾が鬱陶しくて敵わない。残念ながら何を言ったところで体は正直である。
「グルスガンマモンのことちゃんと知りたいんだ。な、いいだろ」
「お、れは」
「お前とガンマモンが同じなら、グルスガンマモンだって俺の弟なんだからさ」
にっこりと笑いながら宙はグルスガンマモンの手を握る。温かい人間の手。さっき自分の頭を撫でた手。いつもガンマモンを撫でてくれる手。グルスガンマモンの、大好きな―――。
「さ…」
「さ?」
「さっさと起きろッッッ!!!!!!!」
キャパオーバーを起こしたグルスガンマモンはそのまま宙に頭突きをかます。その衝撃で宙は夢から覚め、なぜか痛む額に再び首を傾げるのであった。
ちなみに頭突きの衝撃で夢の内容が吹っ飛んでしまったため宙の中からグルスガンマモンとの二度目の邂逅の記憶は消え、グルスガンマモンだけがただの照れ損に終わったことは、まだ本人は知らない。
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