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人間CP

花なんか別に好きじゃなかった。
ヤマトは誰に言うわけでもなく、一人内心でそう零す。別に自然を愛しているだとか好きだとかそういうわけでもないし関心があるわけでもない。異性にもてたいという願望も特にあるわけではない。そんなヤマトにとって、花というものは身近にただ存在しているだけで、身近なもの、という認識はあまりなかった。
なかったはずだったのだが、と苦笑する。店先に飾られ自身をアピールする花々に足を止めている現状を思い出して、上手い言い訳も思いつかなかった。ただなんとなく、なんとなく色とりどりの花たちが視界をかすめて、脳裏に彼女の姿が思い浮かんだから。ヤマトは自分にそう言い訳をすると、店内へとその足を運んだ。
外からでもその甘い香りはしていたが、店内は一層甘ったるい香りで溢れている。自分のような男性の姿はもちろんなく、さらに言えばヤマトほど幼い客の姿も見当たらなくて、ヤマトは少しばかり軽率に店へ入ったことを後悔した。とはいえ今更何も見ずに出るわけにもいかず、なるべく目立たないようにと願いながら花を見やる。
知らないものも多いが、知っている花もいくつかあるようだ。バラ、ユリ、スズラン。その隣のオレンジ色の可愛らしい花は、見たことがある。はて、名前はなんといっただろうか。その色に、ヤマトは見知った彼女の姿を重ねた。名札を見つけて覗けばマリーゴールドと書かれており、ああそういえばと思い出す。
「贈り物ですか?」
「え、ぁ…いや」
立ち止まったヤマトに、商品を悩んでいると思ったのかふいに店員の女性が声をかける。ヤマトは驚いて思わず小さく肩が跳ねた。あまり他人に話しかけられるのは、慣れていない。
「マリーゴールド、かわいい花ですよね」
「…はい」
「でも、誰かに贈るなら私はあんまりおすすめしないかな」
手のひらを反すような言葉にヤマトが顔を上げる。店員はそれをわかっていたのか優し気な笑みを崩さない。徐に何色かあるうちのオレンジ色のマリーゴールドを手に取った。
「かわいい見た目だけど、マリーゴールドには嫉妬や絶望っていう花言葉があるんですよ」
「花言葉…」
「もちろんそれだけじゃあないけど、好きな子に贈るものとしてはあまりおすすめしませんね」
「す、ッ!?ちが、」
「ふふ、別に他人の私に誤魔化さなくたって」
店員の思わぬ言葉にヤマトは耳を赤くして否定するが、店員は笑って受け流す。簡単に流されてしまったことに釈然としないヤマトは、しかし今しがた言われた花言葉に今度は顔を青くした。
自分は先ほど、オレンジ色のマリーゴールドを見て彼女のようだと思った。しかしどうだろう、嫉妬や絶望など、彼女とは最も縁のない言葉ではないか。花言葉というものを知らなかったから当然だとは言え、無知な自分を少し恥じる。仮にこれを贈ったとして彼女はそんなことは気にしないだろうし知りもしないかもしれないが、そういう問題ではなかった。危うく一生自分を許せなくなるところだった。
「贈るんだったら、おすすめがありますよ」
そう言って店員が小さく手招く。あまり広くはない店内で何歩か歩いてついていけば、マリーゴールドと同じくらいの大きさで、今度は知っている花の前へ案内された。間違っていなければ、確かこの花は。
「…ガーベラ」
「そう!よく知ってますね。オレンジ色のガーベラには冒険心っていう意味があるんですよ」
「冒険心?」
「ええ。それ以外にも、ガーベラ全般には希望や前進という前向きな意味が多いんです」
冒険心。なんと彼女にぴったりな言葉だろう。どこへでも走って行ってしまえる足、臆さず進んでいくことのできる強い心、好奇心。ヤマトが今まで何度も見てきた彼女の姿が思い浮かぶ。加えて彼女の色をしたその小さな花が、ヤマトには特別なものに思えた。ヤマトのそんな様子から内心を察したのか、店員はあらあらと上がってしまう口角を片手で隠しながら聞いた。
「包みましょうか?」
「…お願いします」
俯きながら返された随分と小さな声に、店員は今度こそ微笑を隠せなかった。

***

「太一、これ」
「え?わっ、きれい!くれるの?」
「…あぁ」
久しぶりに顔を合わせたヤマトの手には、オレンジ色の三輪のガーベラが握られていた。本来予定にはなかった、ヤマトが先ほど買ってきたものだ。本当は花束で渡す方が格好はついただろうが、元々買うつもりではなかったためその数本が限界だった。差し出されたそれを、太一は宝物にでも触れるかのように大切に受け取る。彼女のそんな姿に、ヤマトも笑みが零れた。喜んでくれはするだろうと思っていたけれど、嬉しそうな笑顔に安堵の息が漏れる。
「似合ってるな」
「そう?えへへ、俺花とかあんまり分かんないけどさ。ヤマトに似合うって言ってもらえるの嬉しいよ」
なんとなく自分と花があまり結びつかないという自覚があるのだろう。お世辞にも女の子らしいかと言われると一概にそうではなく、どちらかといえば男の子のように活発な性格が目立つため、小さな花を見てはにかんでいる。ヤマトの言葉をお世辞だと思っているのだろうか。ヤマトはほぼ無意識に、太一の頬に右手を伸ばしてそっと触れた。
「ちゃんと似合うよ」
「えっ」
「花もそうだけど、太一も、どっちもかわいい」
「…えっ」
目を見て真っすぐ告げられた言葉に太一が一瞬固まる。しかし言われた言葉をすぐに理解して、かわいそうなくらい顔を真っ赤に染め上げて慌て始めた。ヤマトは太一の様子に不思議そうに首を傾げたが、しかしたった今自分が放った言葉を思い出して、同じように顔を赤くした。
「いや、ちがっ、ちがくはないんだが、その」
「う、うん、えっと…うん、ありがと」
その言葉を最後に、太一もヤマトも俯いて黙り込んでしまう。誰か第三者がいれば助言だの後押しだのしてくれたのだろうが、残念ながらここには太一とヤマトの二人きりしかいない。
二人の間に流れる何とも言えない気恥ずかしい空気を、けれど悪く感じるということはなく。ただ多少の気まずさを感じながら、二人はしばらく顔を赤くし俯くだけだった。



花なんか別に好きじゃなかった。
けれど今は、多分、ちょっとだけ好きになれたのかもしれない。
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