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人間CP

最初は俺の方が前を歩いている気になっていた。後先考えずただ行動ばかりが早いあいつのストッパーとして、冷静に周りを見て判断する。あいつは俺よりもずっと子供っぽくて、守るべきものがない奴は気楽でいいなと、そんなことを思った記憶がある。
俺にはあの冒険の時、絶対に守らなければならないタケルという存在があった。怪我一つさせないように、寂しがらせないように。俺がしっかりしていなきゃ、俺が守ってやらなきゃ。そうしなければ、あいつの無茶にタケルが巻き込まれてしまうから。太一の無鉄砲で、タケルが傷つくかもしれないから。

そんなものは、ただのエゴだった。人に執着する性格ではないと思っていたけれど、きっと俺が誰よりもタケルという存在に執着していた。それはタケルのためなんかじゃない、俺自身を、そうすることで守りたかったからだ。そうすることで、俺自身を満足させたかったからだ。太一が少しの間俺たちの前から姿を消していた時、いかに太一が俺たちをまとめていたかを痛感した。俺では駄目だった。だって俺は、タケルさえ無事ならそれでよかったから。そんな奴が人をまとめられるわけがない。太一が戻ってきてみんなが一つになって、すごい奴だと思った。多分あの時は、純粋に太一を認めることができていたと思う。
だから太一と手を取り合って並び立った時、酷く安心したのだ。いくら信頼できる仲間だとしても、矢をその体に受けるなど正気の沙汰ではない。それでも逃げずに済んだのは、隣に太一がいたからだった。きっとそう。太一も震えていたけれど、俺だって怖かった。けど太一が大丈夫だと言うのなら、大丈夫なのだ。

「…あの時、初めてお前の隣に立てたと思ったんだよ」

嬉しかった。光子郎でも空でも、ヒカリちゃんでもない。俺だけに許された場所。俺しか立つことができない場所。そう思った。太一の隣に立てるのは俺だけで、お互いに倒れないよう支え合う。俺を支えられるのは太一だけで、太一を支えられるのも俺だけ。太一はいつも俺を待っていてくれる。ピエモンの時もそう。俺は待っていてもらえる。太一の元へ駆けつけるのをただ一人、待っていてもらえる権利を手にしたのだ。どうしようもなく嬉しかった。泣いてしまいそうなほど、心から安堵し歓喜した。この先も俺は隣に立つことを太一にしか許さないし、太一だってそうだと、何故か確信していたのだ。
「…別に、間違ってないだろ」
「いや、間違ってたさ。だから俺は今、お前の背中ばっか見てるんだ」
太一らしくない小さく消え入りそうな声に、俺はどこか微笑を含めて言葉を返す。
最初は隣に立っていたはずだった。確かに隣に立っていた。一度は二人とも前線から外れたけれど、それでもまだ隣に太一はいたはずだ。いや、今となっては分からない。もしかしたらその時にはすでに俺は離脱していたのかもしれない。もしくは、立っていたこと自体、俺の勝手な思い込みだったのかもしれない。
太一は昔から強かった。強くて、それでいて弱かった。俺はずっと弱かった。俺は自分の弱さを隠せるほどの器量を持ち合わせていなかった。けれど太一は違う。太一は周りのために自分の弱さを隠せる人間だ。自分の弱さを、怖さを、誰かのために捨てることができる人間だ。だから怖い。何もかも重荷を捨てることができる人は、あまりに身軽でどんどん先へ走って行ってしまう。俺がちゃんと手を伸ばしていたら、声をかけていたら、その手を無理矢理掴んでいたら。太一は俺を待っていてくれただろうか。
(待ってくれないだろうな、もう)
名前を呼ぶのはいつも太一だった。手を掴むのはいつも太一だった。
俺の名前を呼んで、手を掴んで引いてくれるのは、いつも太一だった。俺はただの一度だって、そんなことをしてやれなかった。そうしてくれるのを、待っている方が楽だったから。
今更走り出したとて、もう二度と太一には追い付けない。追い付かせてくれない。あの時互いが逃げ出さないよう強く掴まれた手を、いつか振りほどき離すのは俺の方だと思っていた。太一から離されることなんてないと思っていた。でも違ったんだ。手を離したのは、太一からだった。
「ずっと甘えてたんだって、今になって気付いたんだよ」
与えられる甘い蜜を吸い続けて、ずっとずっと甘え続けて、押し付けて、自分だけ逃げた。だからこれは、その罰だ。手にしたはずの権利は、俺自身の手で消したのだ。
太一は何も言わない。それでいい、何も言わないでほしい。お前の歩みを止めることなど俺にはできないから。もう俺なんて待ってくれなくていいから。もし俺が何かの間違いで手を伸ばしそうになったら、俺は俺を殺してでも止めるから。

「…ヤマト、ごめん」

ぽたりと地面に落ちる雫には、気付かないふりをする。俺の返事を待つこともなく歩き出してしまった太一の背中に思わず手を伸ばしそうになって、自嘲した。殺してでも止めると、決めたくせに。弱虫、情けない。
顔を上げた先に見慣れた太一の背中が見えて、見慣れてしまいたくなんかなかったなぁと、一人唇を噛み締めた。
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