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人間CP

彼の背中に、淡いオレンジ色の翼が見えるようになったのは果たしていつからだっただろうか。初めて出会った時には、その背中にそんなものは存在しなかったと、ヤマトは記憶している。とはいえ、ネット空間で初めて会った時はまだ彼のことを信頼しているわけではなく、東京がなくなってしまうかどうかの瀬戸際であったから、本当になかったかどうかは定かではないけれど。
デジタルワールドで合流したときも、その背中に翼はまだなかった、と思う。ただ、その青色の服の下に小さな小さな翼があったとしたら、それはヤマトが見落としているだけだったのだろうが。太一本人にその翼は何なのかと聞くことなんてできず、ましてや気付いていなさそうな他の仲間に聞くこともできなかった。唯一聞けそうなパートナーのガブモンにそれとなく聞いたことはあるが、よく分かっていない様子だったから、きっとあの翼が見えているのはヤマトだけなのだろう。アグモンは太一のパートナーだからひょっとすると何かを知っているかもしれないが、それを聞くほどの勇気をヤマトは持ち合わせていなかった。その翼は、綺麗さとは裏腹に、ヤマトに嫌な予感を植え付けるから。
そんな嫌な予感が本当になったのは、ダンデビモンと対峙した時。あの時何が起きたのかをヤマトはうまく説明はできないが、恐らく太一はあの時確かに一度死んだのだ。人間としての死ではなかったかもしれない。しかしデジタルワールドにいる間は太一たちの体もデータでできている。データの消滅は、すなわち死と同義だ。結局その時はタケルやパタモン、アグモンらによって太一のデータは救い出されたが、その背中の翼がより一層大きく見えるようになったのは、それからだった。
(…傷つけば傷つくほど、大きくなっている?)
ヤマトが辿り着いたその答えが、確かかどうかは分からない。けれどそれから瘴気に触れたり大きな傷を負うたび、翼は大きく成長していった。今はもう、広げれば太一の体を包み込んでしまえそうなほど成長している。ヤマトはぞっとした。
驚くほどに綺麗な輝く翼。天使のような、人ではないそれは、いつか太一の体を持っていってしまうのではないか。いつかその翼が成長しきった時、そのまま太一を連れて行ってしまうのではないか。そんな気さえした。できることなら、今すぐにでも根元から千切ってしまいたかった。その羽を毟り取ってしまいたかった。
連れて行くな、持っていこうとするな。空に上げようとしないでくれ。
太一が危機に瀕するたび、翼は意思を持ったかのように羽ばたこうとする。ともすれば、そのまま空へ太一を連れて行こうとするように。ヤマトの思い込みかもしれない。ヤマトの勘違いかもしれない。けれど死と隣り合わせのこの世界で冒険をする中で、ヤマトのそういう直感は悲しいほどに当たってしまうようになった。
あれが、大きくなってしまう前に。早く早く、この冒険を終わらせなければ。早く、太一をあの翼から解放しなければ。彼が負うべき傷くらい、代わってやれるから。彼が死へ向かっていくなら、その手を掴んで引き留めるし、できないのなら、隣に並んで一緒に向かうから。自分から、太一を連れ去ってしまおうとしないでくれと。
「太一!お前一人置き去りにしろと、!?」
どうしてこうもままならないのだろう。世界を救わなければならない。ミレニアモンは必ず倒さなければならない。だけどこんなのは、あんまりじゃないか。
どうして彼ばかりが死に向かって走っていかなければならない?
どうして彼ばかりが誰より傷つかなければならない?
どうして、どうして彼だけが、いつも、いつもいつも、そうやって。
「…みんなを頼む」
子供らしからぬ、固い意志の声だった。ヤマトは嫌と言うほど知っている。そういう声をする時、太一はどうせ何を言ったって意志を曲げないことを。できることなら、一緒に残りたい。できることなら、共に戦いたい。けれどそうすれば、他の仲間たちが無事では済まない。要は太一を取るかそれ以外の仲間を取るかの違いだ。世界の命運がかかっている以上、そして太一自身が決めた以上、ヤマトは後者を取るしか、道は残されていなかった。
大きく翼が羽ばたく。一瞬、太一の体がふわりと浮かんだような気がして、けれどそんな考えを振り払うかのようにきつく目を閉じた。まだ戦いは終わっていない。まだ諸悪の根源を叩けていない。最後のその場所に、お前がいないなどあり得ない。あってはならない。
「…必ず、無事に戻ってこい」
そうしてヤマトは、太一を死地へ送り出す。最後の最後に、その背中を押してしまう。翼が一回りほど大きくなった。もう今すぐにでも、太一を空へ上げてしまいそうだった。唇を噛み締める。無事を祈り約束させることしかできない自分が、ヤマトは心底嫌いだった。

勇気の背中には大きな翼が生えている。
それはいつか成長して、きっと太一を自分たちから連れ去ってしまうのだ。

大きな爆発が一つ。爆風の中、ヤマトは淡いオレンジ色の翼が舞い散るのを見た。
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