人間CP
太一が目を覚ますとき、横にあるはずのぬくもりはないことの方が多い。ほんの数時間、たったそれだけでも深く深く繋がっていたぬくもりがないことに、けれど太一は今更寂しさを感じたりすることはない。扉越しに聞こえてくるキッチンの音が、彼の存在を証明してくれる。きっと少しだけ待っていればそのうち戻ってくるだろう。太一は全身にだるさを覚えながら、のそりのそりとベッドで起き上がる。はらりと落ちたシーツの下で、太一はようやく自分が何も着ていないことに気が付いた。嫌でも夜のことを思い出してしまって、自然と顔に熱が集まる。繋がること自体は別に恥ずかしくもないし、そこには多幸感しかないのだけれど、どうしても自身の醜態までいっしょに思い出してしまうから、太一はヤマトと致した次の日の朝があまり好きではなかった。酷い痛みを訴える腰に顔をしかめる。
「…いたい」
お互いに少し忙しい日が続いて、昨日は久しぶりにヤマトの部屋に泊まった。泊ってくか?なんて疑問形ではなく、泊ってくだろ、なんて聞かれるから、相当余裕がないのだろうと太一は二つ返事でうなずいてしまったけれど。やはりその場の空気に流されるのはよくない。あらかじめ太一はヤマトに痛いのはいやだと言って、優しくすると言質だって取ったのに、結局それが守られたのは最初の数刻だけだった。まあ、太一としても、本当に嫌な時は股間を蹴り上げてでも止めるつもりなので、別にいいと言えば、いいのだけれど。でも腰の痛みは何度経験しても慣れない。目を覚ますたびに次は絶対に許さないと決意するのに、その時になれば許してしまうのだからどうしようもない。
「…あ゛」
近くに置いてあった携帯を手に取って、その暗い画面に反射して映り込んだ自分の姿に、太一は苦い声を上げる。確認するように携帯のカメラを起動させてセルフィに切り替えれば、首筋に小さな赤い花がいくつも咲いていた。長い髪を上げてよくよく見れば、うなじにもいくつか。太一は震える。あんなにいやだと言ったのに。
太一はヤマトのそれも、あまり好きではなかった。ヤマトは太一を抱く時、いつもキスマークをたくさんつけたがる節がある。太一が本当に困ることは避けたいため人目に付く場所にはつけないけれど、服を着てぎりぎり隠れるかどうかの位置に、いくつも口を寄せる。そういう時、太一は大抵意識がそちらへなかったり飛ばしていたりするので止めることもできないから、抵抗がないのをいいことにヤマトは毎回その印をつけるのだ。そうして朝目が覚めて、それに気付いて赤くなる太一を楽しそうに笑って見つめるのである。本当に本当に、恥ずかしいからその顔だけでもやめてほしかった。そもそも抵抗できない相手に向かって酷い仕打ちではないだろうか。
「太一、起きたのか」
「…やまとぉ」
「ふは、なんだよその顔」
水の入ったコップを片手に部屋へ戻って来たヤマトを、太一はわざとらしく睨み付ける。その表情すら可愛らしくて、ヤマトは笑って見せた。起きたばかりの舌足らずな声も可愛らしい。コップを渡せば、太一は一気に水を飲みほして空になったコップをヤマトへ突き返した。
「…きすまーく、おれやだって言ったのに」
どうせそのことだろうなと分かっていたヤマトは、太一のその言葉に苦笑を返すしかない。太一がキスマークを嫌がるのを、もちろんヤマトは知っている。生理的に嫌がっているとか、そういうわけではなくて、単純に太一が恥ずかしいからやめてほしがっているということも分かっているため、非難されても痛くも痒くもない。本当に嫌なことをされた時太一が何をするかなんて、他でもないヤマトが身をもって知っているので。恥ずかしがる太一も可愛くて、どれだけ非難され文句を言われても、ヤマトはやめる気などないのだけれど。太一もいい加減諦めればいいのになとは、口には出さない。
「いいだろ、見えるとこじゃないし」
「そういうことじゃないの!」
ばし、と少し強めに肩を叩かれる。起きたばかりだからか、あまり力は入っていなかった。ヤマトは徐にその柔い頬へ手を伸ばし、腫れ物に触れるかのようにそっと手を添える。太一がびくりと体を揺らした。
「…優しくしたってゆるさねぇからな」
「そういうつもりじゃないけど」
「…ちょっとは我慢しろよ」
つんと口を尖らせて、むくれる。少しずつ視線が下へ落ちていって、そんな姿に堪らない愛おしさを覚えた。昔からヤマトは太一のことが好きだったけれど、こうして付き合って、体を重ねて。飽きることもなく、むしろどんどん好きになっていく。最初は劣等感しかなかったけれど、人は変わるものだなと自嘲した。視線を合わせるように無理やり上を向かせて、驚くその唇にそっと触れた。
「ん…」
「…なぁ太一、我慢しろなんて、言わないでくれ」
太一の瞳に、酷く優しく微笑むヤマトの姿が映る。とろけるような、なんと甘い顔をするのだろう。太一はヤマトのこの顔にめっぽう弱かった。ヤマトだって、何の意味もなくキスマークをつけたがるわけではない。太一は誰からも慕われている。ヤマトの弟のタケルも、太一の後輩の大輔も、そこに恋愛感情がなくとも、憧れ以上の感情があるのは明白だ。名前も知らない相手から向けられる視線だって、ヤマトは知っている。だから、証が欲しいのだ。太一がヤマトのことを本当に好きでいてくれていることは他でもないヤマトが一番知っている。だけど、目に見えない感情だけではなく、目に見える証拠が、どうしても欲しかった。だからヤマトは太一を抱くたびに、その体に何度も口づける。この体に触れていいのは自分だけなのだと。触れられるのは、それを許されるのは、自分だけなのだと。誰に言うわけでもなく、自己満足でしかないが。それでもよかった。その首筋に残る印をなぞるように触れる。指先にあたる長い髪が少しだけくすぐったくて、愛おしい。ああ、だめだな。まるで底のない海に沈んでいくような感覚だ。けど、悪くない。どこまでもどこまでも、彼女の海だと言うなら、沈んだままでいい。だから。
「全部、俺のだっていう証なんだ」
どれだけお前が嫌がっても、到底やめてなんてやれないんだ。
そう言って笑うヤマトに、太一はもはや何も言い返せなかった。
「…いたい」
お互いに少し忙しい日が続いて、昨日は久しぶりにヤマトの部屋に泊まった。泊ってくか?なんて疑問形ではなく、泊ってくだろ、なんて聞かれるから、相当余裕がないのだろうと太一は二つ返事でうなずいてしまったけれど。やはりその場の空気に流されるのはよくない。あらかじめ太一はヤマトに痛いのはいやだと言って、優しくすると言質だって取ったのに、結局それが守られたのは最初の数刻だけだった。まあ、太一としても、本当に嫌な時は股間を蹴り上げてでも止めるつもりなので、別にいいと言えば、いいのだけれど。でも腰の痛みは何度経験しても慣れない。目を覚ますたびに次は絶対に許さないと決意するのに、その時になれば許してしまうのだからどうしようもない。
「…あ゛」
近くに置いてあった携帯を手に取って、その暗い画面に反射して映り込んだ自分の姿に、太一は苦い声を上げる。確認するように携帯のカメラを起動させてセルフィに切り替えれば、首筋に小さな赤い花がいくつも咲いていた。長い髪を上げてよくよく見れば、うなじにもいくつか。太一は震える。あんなにいやだと言ったのに。
太一はヤマトのそれも、あまり好きではなかった。ヤマトは太一を抱く時、いつもキスマークをたくさんつけたがる節がある。太一が本当に困ることは避けたいため人目に付く場所にはつけないけれど、服を着てぎりぎり隠れるかどうかの位置に、いくつも口を寄せる。そういう時、太一は大抵意識がそちらへなかったり飛ばしていたりするので止めることもできないから、抵抗がないのをいいことにヤマトは毎回その印をつけるのだ。そうして朝目が覚めて、それに気付いて赤くなる太一を楽しそうに笑って見つめるのである。本当に本当に、恥ずかしいからその顔だけでもやめてほしかった。そもそも抵抗できない相手に向かって酷い仕打ちではないだろうか。
「太一、起きたのか」
「…やまとぉ」
「ふは、なんだよその顔」
水の入ったコップを片手に部屋へ戻って来たヤマトを、太一はわざとらしく睨み付ける。その表情すら可愛らしくて、ヤマトは笑って見せた。起きたばかりの舌足らずな声も可愛らしい。コップを渡せば、太一は一気に水を飲みほして空になったコップをヤマトへ突き返した。
「…きすまーく、おれやだって言ったのに」
どうせそのことだろうなと分かっていたヤマトは、太一のその言葉に苦笑を返すしかない。太一がキスマークを嫌がるのを、もちろんヤマトは知っている。生理的に嫌がっているとか、そういうわけではなくて、単純に太一が恥ずかしいからやめてほしがっているということも分かっているため、非難されても痛くも痒くもない。本当に嫌なことをされた時太一が何をするかなんて、他でもないヤマトが身をもって知っているので。恥ずかしがる太一も可愛くて、どれだけ非難され文句を言われても、ヤマトはやめる気などないのだけれど。太一もいい加減諦めればいいのになとは、口には出さない。
「いいだろ、見えるとこじゃないし」
「そういうことじゃないの!」
ばし、と少し強めに肩を叩かれる。起きたばかりだからか、あまり力は入っていなかった。ヤマトは徐にその柔い頬へ手を伸ばし、腫れ物に触れるかのようにそっと手を添える。太一がびくりと体を揺らした。
「…優しくしたってゆるさねぇからな」
「そういうつもりじゃないけど」
「…ちょっとは我慢しろよ」
つんと口を尖らせて、むくれる。少しずつ視線が下へ落ちていって、そんな姿に堪らない愛おしさを覚えた。昔からヤマトは太一のことが好きだったけれど、こうして付き合って、体を重ねて。飽きることもなく、むしろどんどん好きになっていく。最初は劣等感しかなかったけれど、人は変わるものだなと自嘲した。視線を合わせるように無理やり上を向かせて、驚くその唇にそっと触れた。
「ん…」
「…なぁ太一、我慢しろなんて、言わないでくれ」
太一の瞳に、酷く優しく微笑むヤマトの姿が映る。とろけるような、なんと甘い顔をするのだろう。太一はヤマトのこの顔にめっぽう弱かった。ヤマトだって、何の意味もなくキスマークをつけたがるわけではない。太一は誰からも慕われている。ヤマトの弟のタケルも、太一の後輩の大輔も、そこに恋愛感情がなくとも、憧れ以上の感情があるのは明白だ。名前も知らない相手から向けられる視線だって、ヤマトは知っている。だから、証が欲しいのだ。太一がヤマトのことを本当に好きでいてくれていることは他でもないヤマトが一番知っている。だけど、目に見えない感情だけではなく、目に見える証拠が、どうしても欲しかった。だからヤマトは太一を抱くたびに、その体に何度も口づける。この体に触れていいのは自分だけなのだと。触れられるのは、それを許されるのは、自分だけなのだと。誰に言うわけでもなく、自己満足でしかないが。それでもよかった。その首筋に残る印をなぞるように触れる。指先にあたる長い髪が少しだけくすぐったくて、愛おしい。ああ、だめだな。まるで底のない海に沈んでいくような感覚だ。けど、悪くない。どこまでもどこまでも、彼女の海だと言うなら、沈んだままでいい。だから。
「全部、俺のだっていう証なんだ」
どれだけお前が嫌がっても、到底やめてなんてやれないんだ。
そう言って笑うヤマトに、太一はもはや何も言い返せなかった。