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人間CP

ヤマトという少年には、誰にも言っていないけれど一目惚れした相手がいる。親の転勤で幼いころから住んでいた場所を離れ、引っ越した先で出会った、お隣さん。片親で一人でいることの多かったヤマトに、ずっとずっと優しくしてくれた年上のお姉さん。名を、八神太一という。
男っぽい名前、ヤマトにとって彼女の第一印象はそれだった。けれどそれを補って余りあるほど、彼女は可愛らしい顔立ちをしていた。綺麗というよりは、そう、可愛い。年上に抱くにしては少し失礼かもしれない感情を、ヤマトは出会ってすぐに抱いた。あまり年上の女性と接したことがなく緊張してうまく言葉が出てこなかったヤマトに、太一は目線を合わせるようにしゃがんで、安心させるような優しい笑みで名を告げてその手を差し出すから、ヤマトは恐る恐る手を握り返して、その手の平の温かさに安堵したのを覚えている。よろしくな、と屈託なく笑う笑顔に、ヤマトは幼いながらに、好きだと、思ったのだ。

「太一」
「お、ヤマト!ただいま~」
小学校での授業を終えたヤマトが帰ってくるのは、彼の自宅ではなく隣の太一の自宅であることが多い。ヤマトの父は遅い時間まで仕事で家に戻ってこない。一度ヤマトが自宅の鍵を忘れて玄関の前で宿題をやりながら一人待っていたことがあったのだが、たまたま早い時間に返って来た太一がそれを見つけて以来、あまりにも危なすぎるという彼女の強い言い分によって、父が帰ってくるまでは太一の家がヤマトの帰る場所になった。最初は恥ずかしさと申し訳なさでヤマトは拒否していたのだが、途端に太一が目線を合わせて、俺の家はやだ?なんて少し寂しそうに聞いてくるので、断るほどの勇気などあるはずもなく。今ではすっかり慣れて、ヤマトは当然のように太一の家へ入って「ただいま」なんて言うようになった。そして太一も当然のように家にいるヤマトへ「ただいま」と言う。
ヤマトとしては、建前こそ断ったものの願ってもないことだった。ヤマトと違い太一は帰ってくる時間が日によって違うので運が良ければ長く一緒にいることができるし、どれほど遅く帰って来たとしても、ヤマトの父よりは十分早い。父が仕事でいない時は必然的に太一と共にいることができるため、ヤマトが父に遅く帰ってきていいと言ったことは太一には内緒である。
「お、ちゃんと宿題やってるんだ。えらいなぁ」
「…そんな難しくないから」
元々口数が多い方ではないため、返す言葉も短い。本当は太一ともっと話したいのだけれど、まだまだ幼いヤマトには少し難しかった。それでも、太一は気を悪くすることもなくにこにこと楽しそうにヤマトに笑って見せる。荷物を置くのもそこそこに、自分の部屋に戻ることもなく太一はヤマトの隣に座って、頬杖をつきながら楽しそうにヤマトを眺め始めた。
(…また)
太一のこの行動は、今に始まったものじゃない。最初は親の帰りが遅いヤマトが寂しがらないように、なんて気遣いかとも思ったが、そうではないことにヤマトは早い段階で気付いた。話しかけるわけでもなく、何かヤマトが言うのを待つわけでもなく。ただ単に、ヤマトのことを眺めている。嬉しいとも思うけれど、やはり好きな相手にじっと見つめられるのは恥ずかしい。簡単な宿題のはずなのに、太一が帰ってくるだけで物凄く難しいものに見えてくる。何か用、と、たった一言でも聞けたら何か変わるのだろうけれど、小学生のヤマトはただその視線に耐えるのに精いっぱいで、話しかけるのもましてや太一の方を見ることもできやしなかった。顔を向けて、目が合ってしまえば、きっと自分はその顔をめいっぱい赤く染めてしまうのだろう。そんな自覚があったから、ヤマトは一生懸命、太一の気が逸れるまで、すぐに終わるはずの宿題を睨み付けるしかない。すぐに終わってしまうと困るので、もちろん鉛筆の進みは途端に遅くなる。嬉しいような、やめてほしいような。ヤマトの心中なんて何も知らないんだろう太一の行動に、ヤマトはどうしようもなく頭を抱えたかった。

(…かわいいなぁ)
だからもっと、年が近かったらいいのになぁ、と。ヤマトは太一の方を見ないから気が付いていないけれど、太一はヤマトを可愛がるのは決して弟のようだから、なんて可愛らしい理由ではなかった。太一は純粋に、自分を慕うヤマトを、そういう意味で好いていた。誰にも言わない、けど周りには気付かせるつもりでいる、そんな想い。だから太一はヤマトの横顔を眺める。自分に見つめられてどうしたらいいか分からず戸惑いながら宿題と戦うヤマトを、ああ、かわいいなあ、好きだなあと思いながら。気付いてほしいわけではない。だけど年下だからといって好きなのをやめてあげられるほど、太一だって大人ではない。ふとその金色の髪に触れたくなって手を伸ばしかけて、すぐにやめる。邪魔をしたいわけではないのだ。宿題が終わるまではそっとしておいてあげよう。今日もヤマトのお父さんが遅く遅く帰ってきますように。ひそかにそんなことを願う。付き合いたいわけではない、好いてほしいわけではない。この重く綺麗で不純な感情を、太一はまだまだ抱えて生きていきたかった。一方的な好意でいいから。返ってくる必要はないから。ただ好きでいるのが、こんなにも楽しいから。
(ねぇヤマト、好き、大好き)
決して言葉に紡がずとも、その想いは向けられるヤマト本人だけが気付かないところで、静かに、大きく、育まれていく。



「付き合ってるの?」
「付き合ってないけど」
「え」
もう少し成長した先でそんな一悶着があるのは、まだまだずっと、後の話。
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