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人間CP

僕にももっと勇気があればなと、いつもそう思う。あの人のように何処にでも何処までも走って行けて、前に進むそんな勇気が、僕にももう少しあれば。僕はこんなに長い間辛い思いをしてこなくてよかったのかもしれないし、あの人を傷つけることもなかったんじゃないかと、そう思うのだ。







「光子郎はほんっと俺のこと好きだな」
「…またその話ですか?」

なんてことないいつも通りの放課後。デジタルワールドのことで、ゲートのことで話したいことがあると自室に太一さんを読んだのは僕だ。ちょうど放課後のサッカー部も顧問がいないためなかったらしく、二つ返事で了解しついてきてくれた。
こちらの世界とデジタルワールドを繋ぐゲートのことで話したいことがある、そう言いはしたが、実のところ発見したデータはまだよくわかっていないことの方が多く、何もかもが不確実であるため本当は誰にも言うつもりはなかった。ただ放課後、帰り道にたまたま太一さんの背中を見つけて、つい声をかけてしまったのだ。我ながら衝動で動くにもほどがあると呆れる。太一さんが相手となるといつもこうだ。衝動で動いて、後で後悔する。
わかっている。自分が太一さんに並々ならぬ思いを抱いていること。だから知らせる必要もないことでも太一さんに声をかけて、一緒にいる時間を作って、わざわざ自分で自分の傷を抉るのだ。こんな思い、報われるはずもないのに、どうかと願ってしまうことをやめられない。あまりにも不毛で、滑稽だ。

一通りわかっていることとまだほとんどのことが分かっていないことを伝え終わると、太一さんは薄っすらと笑って僕を見つめていた。
意味深な表情になんですかと聞けば、太一さんは微笑んだまま僕に問う。どうしてこのことを俺に知らせたのかと。何か大きな発見があったならともかく、まだほとんどわかっていないような情報を、なぜ機械に疎い俺に話したのかと。さすがだなと思った。太一さんは、こういった相手の微妙な変化や違和感を見逃してくれない。それがかつての冒険の仲間なら尚更だ。
まさか本当のことを言えるわけもなく、僕は少し間をおいて「太一さんですから」とだけ答えた。そうして冒頭の会話に戻る。

「太一さん、最近よくそう言いますよね」
「んー?だってさぁ」

確かに最近、太一さんと2人でいることは多い。だけどその都度こんなことを聞かれれば、さすがにこちらも気が滅入ってしまう。ただでさえ本心を隠すことで精一杯で、2人きりになってもその喜びを表に出すまいと必死なのに。そんな僕の思いなどまるで無視するかのように、太一さんはいつも僕に言うのだ。「俺のこと好きなんだなぁ」と。これではまるで拷問のようだった。だから今日も僕は苦虫を噛み潰したような顔をして、またか、なんて言うしかないのだ。

「なぁ光子郎、ほんとのこと言えよ」
「……は?」
「ずっとさぁ、お前が苦しそうな顔すっからなんも言わなかったけどさ。ほんとのこと、言えよ」

そう行って笑う太一さんの顔はどこまでも優しい。そんな優しく笑いながら、僕に死刑宣告を下すというのか。

「ぁ、僕は……、」
「……言えねぇの?じゃあさ、俺、光子郎のこと好きだよ」
「……え?」
「どっちの意味だと思う?」

笑う、笑う。太一さんの表情は変わらない。僕を追い詰めるの口で、好きだと言う。そしてその言葉の真意はどちらにあるかと問う。僕は、試されているのだろうか。太一さんは気づいていたのだろうか。何を、どこまで。隠し通してきたつもりだった。それこそが間違いだったのだろうか。知られていたとしたら、いったいどこで。

「たい、ちさん、」
「なぁ、どっちだと思う?どっちでもいいよ、光子郎が思う方を言ってくれればいい。なぁ、どっちだと思うか、言ってくれよ」
「……太一さん?」

微笑んでいたその顔をだんだんとうつむかせていく。よく見れば小さく肩が震えていた。その姿を、僕は知っていた。怯えて震えるその姿は、ついさっきまでの僕自身だ。こんな思いなど抱かなければ。だけどどうか伝わってくれないだろうか。伝えれば壊れてしまうだろうか。このままでいたい。このままじゃ我慢できない。そんな矛盾ばかりを抱えてじっと堪えていた僕そのものだ。その表情を覗き込むように体を寄せれば、太一さんは勢いよく顔を上げて、そのまま僕の胸ぐらを掴み押し倒した。強く押され床に頭をぶつける。痛みに顔を歪め、恐る恐る太一さんの表情を伺えば、その目元がきらりと光った。

「……太一さん、泣いて」
「お前、はさぁ……知識の紋章の持ち主だろ…、俺の、好きの意味だとか、俺のっ、想いとか…!知りたいって、思わないのかよ…!」

太一さんが、きっとずっと溜めてきた感情の渦。それが濁流のように僕を襲う。耐えきれなくなった涙がポタポタと僕の頬に落ちて伝っていった。
知識の紋章。そう言われて、嗚呼と思う。僕は、そうだ。知りたがる心の持ち主だ。誰よりも強い、知りたがる気持ち。僕はきっと怖がって怯えて、その心を封じ込んでしまっていた。こんな想い報われるはずがないと勝手に思い込んで、何も知ろうとしなかった。僕ばかり我慢していると思っていた。そんなことはなかったのだ。

「お前が全然、言うつもりがなさそうだからッ、俺が言ってやる…!俺はお前が、好きなんだよ…!」
「……太一さん」
「俺はッ、俺、お前が、いいよ…!!」

僕の胸に額を押し付けて泣きじゃくる太一さんに、ほんの少し、少しだけ優越感が湧いた。この優越感は、あの冒険の時、ヒカリさんが熱を出して薬を探し回った先で見た太一さんの涙以来だ。きっと僕にしか見せない姿だ。他の誰にも見せない。
もう、言ってもいいだろうか。僕のこの汚い感情を、思いを、もう全て曝け出してしまってもいいだろうか。


もう、報われても、報いてあげても、いいかなぁ。


「…太一さん、すみません。僕、何も知ろうとしなかった。怖くて、決めつけてた。本当に、ごめんなさい……太一さん、僕からも、言っていいですか?」
「……くだらねぇことだったら許さねぇぞ」
「太一さん、僕、貴方が好きです」
「……ばか、ほんと、ばかだ」

そう言って太一さんが微かに笑ったような気がして、僕はいつもよりずっと小さく思えてしまうその体を力一杯抱きしめた。
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