人間CP
「…まずい、まずいぞこれは」
一人でいるには少し広すぎる部屋で、金髪の青年、石田ヤマトはソファに座って腕を組みながらそんなことをずっと呟いていた。テーブルにはすっかり冷めてしまったコーヒーが置かれている。しかめっ面のままそのコーヒーを睨みつけていったい何分ほどだろうか。そもそも何をそんなに悩み続けているのか、何がまずいというのか。すっとコーヒーからその横へ視線を向ける。そこには薄い茶封筒が一つ。ヤマトは震える手でその封筒に手を伸ばして、恐る恐る中身を覗き見た。入っているのは、千円札が、数枚。
「……だからこれはまずいだろ!!」
そう大声で言ってヤマトは封筒をテーブルへ叩きつけた。この場に同居人のもう一人がいれば「うるせぇ!!」と怒鳴られていただろうが、幸か不幸かここにいるのはヤマトだけだ。そもそもその茶封筒はヤマトが同居人である太一から受け取ったものである。院生のヤマトと違い、太一はすでに就活を無事に終えて立派に社会人をしている身だ。バイト漬けの日々を送っているわけでもない学生のヤマトと社会人の太一の収入面に大きな差があるのは仕方がないことで、だから家賃は半分ずつ出してはいるものの、生活にかかるお金の大半を出しているのは太一の方だ。同居を提案したのはヤマトからだった。だからヤマトは最初からそれが不服だった。まるで養われているようで納得がいかなかった。かといってバイトを増やせるかといえばそんなことができるはずもなくて、結局家事を全面的に請け負うことで妥協している。納得は相変わらずしていないけれど、それでも妥協してやってきていたのだ。
だというのに。
『ヤマト、これ』
『は?』
『家事ほとんどやってもらってる分な。俺今日多分帰れないから、なんかうまいもん買って食べろよ』
出かける前にそれだけ言って、太一はその茶封筒をヤマトに半ば強引に押し付けて出ていった。いつもは遅くなる時は前の日にあらかじめ言ってくれるのだが、恐らくそうするとお金を受け取ってくれないと踏んであえて出かける直前に言ったのだろう。受け取った当の本人はしばらく呆然としたが、我に返ってあわてて玄関を開けた時にはもう太一はいなかった。
「太一のやつ、わかっててやってるのか…」
食わせてもらっている、という自覚はある。いくら年が同じとはいえ、社会人と学生の差は大きい。ヤマトはずっと太一にそばにいてほしかった。大切な存在がそばからいなくなってしまったという、同じ傷を抱えている者同士、というのも理由の一つではあるが、単純に、一足先に大人になってしまう太一をせめて傍に置いておきたかった。太一は同居だとかシェアルームだとかそんな風に思っているのだろうが、ヤマトからしてみれな同棲のようなものだった。そう、思いたかった。しかし。
「…こういうの、なんて言うんだったかな」
知ってはいるもののなんとなくその単語を口にしたくないヤマトは、茶封筒をちらりと見てまた深く深くため息をついた。
「ヤマトのやつ怒ってるだろうなぁ」
仕事へ向かう道中で太一は苦笑いしながら誰に言うわけでもなく呟く。現金を渡すなんてこと、ヤマトがが嫌がるなんてそんなことわかっていた。別に嫌がらせのつもりで渡したわけじゃない。誰にも本当のことは決して言えないけれど。きっとヤマトは、ああいうのを渡されれば罪悪感とか責任感とかいろいろ考え込んでくれるだろう。考えていてくれるうちは、きっと離れられない。ヤマトは知らないだろうけれど、思っていることはどうせ同じなのだ。
「…いつになったら言ってくれるかなぁ」
一緒に暮らしたい、よりも。
たった一言、言ってほしい言葉を、八神太一は待っている。
一人でいるには少し広すぎる部屋で、金髪の青年、石田ヤマトはソファに座って腕を組みながらそんなことをずっと呟いていた。テーブルにはすっかり冷めてしまったコーヒーが置かれている。しかめっ面のままそのコーヒーを睨みつけていったい何分ほどだろうか。そもそも何をそんなに悩み続けているのか、何がまずいというのか。すっとコーヒーからその横へ視線を向ける。そこには薄い茶封筒が一つ。ヤマトは震える手でその封筒に手を伸ばして、恐る恐る中身を覗き見た。入っているのは、千円札が、数枚。
「……だからこれはまずいだろ!!」
そう大声で言ってヤマトは封筒をテーブルへ叩きつけた。この場に同居人のもう一人がいれば「うるせぇ!!」と怒鳴られていただろうが、幸か不幸かここにいるのはヤマトだけだ。そもそもその茶封筒はヤマトが同居人である太一から受け取ったものである。院生のヤマトと違い、太一はすでに就活を無事に終えて立派に社会人をしている身だ。バイト漬けの日々を送っているわけでもない学生のヤマトと社会人の太一の収入面に大きな差があるのは仕方がないことで、だから家賃は半分ずつ出してはいるものの、生活にかかるお金の大半を出しているのは太一の方だ。同居を提案したのはヤマトからだった。だからヤマトは最初からそれが不服だった。まるで養われているようで納得がいかなかった。かといってバイトを増やせるかといえばそんなことができるはずもなくて、結局家事を全面的に請け負うことで妥協している。納得は相変わらずしていないけれど、それでも妥協してやってきていたのだ。
だというのに。
『ヤマト、これ』
『は?』
『家事ほとんどやってもらってる分な。俺今日多分帰れないから、なんかうまいもん買って食べろよ』
出かける前にそれだけ言って、太一はその茶封筒をヤマトに半ば強引に押し付けて出ていった。いつもは遅くなる時は前の日にあらかじめ言ってくれるのだが、恐らくそうするとお金を受け取ってくれないと踏んであえて出かける直前に言ったのだろう。受け取った当の本人はしばらく呆然としたが、我に返ってあわてて玄関を開けた時にはもう太一はいなかった。
「太一のやつ、わかっててやってるのか…」
食わせてもらっている、という自覚はある。いくら年が同じとはいえ、社会人と学生の差は大きい。ヤマトはずっと太一にそばにいてほしかった。大切な存在がそばからいなくなってしまったという、同じ傷を抱えている者同士、というのも理由の一つではあるが、単純に、一足先に大人になってしまう太一をせめて傍に置いておきたかった。太一は同居だとかシェアルームだとかそんな風に思っているのだろうが、ヤマトからしてみれな同棲のようなものだった。そう、思いたかった。しかし。
「…こういうの、なんて言うんだったかな」
知ってはいるもののなんとなくその単語を口にしたくないヤマトは、茶封筒をちらりと見てまた深く深くため息をついた。
「ヤマトのやつ怒ってるだろうなぁ」
仕事へ向かう道中で太一は苦笑いしながら誰に言うわけでもなく呟く。現金を渡すなんてこと、ヤマトがが嫌がるなんてそんなことわかっていた。別に嫌がらせのつもりで渡したわけじゃない。誰にも本当のことは決して言えないけれど。きっとヤマトは、ああいうのを渡されれば罪悪感とか責任感とかいろいろ考え込んでくれるだろう。考えていてくれるうちは、きっと離れられない。ヤマトは知らないだろうけれど、思っていることはどうせ同じなのだ。
「…いつになったら言ってくれるかなぁ」
一緒に暮らしたい、よりも。
たった一言、言ってほしい言葉を、八神太一は待っている。