人間CP
ヤマトは意外と、というかとっくに知っているけど臆病だと、太一は思っている。太一がヤマトと付き合い始めたのは中学生も終わり高校生になろうという頃で、ヤマトから告白されて付き合い始めて、そうして今に至る。高校生の頃にひと悶着あって別れるかどうかの瀬戸際まで行ったが、結果的に太一とヤマトはすれ違う事はあっても決して別れることだけはしなかった。
中学生の頃、太一はヤマトがてっきり空のことを好きなのだと思っていた。よく一緒にいたし、そもそもその頃の太一は制服こそ女子生徒のものを着ていたがまだまだ性格は男勝りで、凡そ自分に男から好かれる女らしさなどないと自覚していた。サッカーが好きでスカートをはくよりは動きやすいズボンの方が良くて、可愛いアクセサリーもサッカーをするのに邪魔だったし、おしゃれな靴も服も窮屈で好きではなかった。それが変わったのは、それこそヤマトから告白されてからだ。好きだと面と向かって言われて、思わず泣いてしまった。言われて初めて、太一は自分がヤマトのことが好きだと自覚した。空とヤマトが一緒にいるのを見るのが苦しかったのも、ヤマトの傍が居心地がよかったのも、親友だからだと思っていた。違った、太一はずっと前から、ヤマトのことが好きだった。
「…だから頑張っておしゃれとかしてきてんのにさぁ」
付き合い始めてからの太一は変わった。ヤマトが好きそうな服を選ぶようになったし、ちょっとだけおしゃれを心がけた。ヤマトは今まで通りでいいと言ってくれていたが、太一はヤマトの隣に彼女として立つときは可愛い自分でいたかった。誰から見ても彼女だとわかるようにしていたかった。それに、今まで通りでいいと言ったヤマトも、太一がとびきり可愛い格好をすれば、わかりやすく頬を染めて褒めてくれた。それが嬉しくて、太一は猶更身だしなみを気を付けるようになった。恋をすると人は変わると言うが、太一はまさにそうで、もともと可愛らしい顔立ちだったのも相まってよくモテた。ヤマトが今まで通りでいいと言ったのもこれが原因だったのだが、太一は未だにその真相は知らない。
もう、付き合って何年だろう。太一もヤマトも、気が付けば大人になった。大きくなった。いろんなことがあって、いろんな別れがあって。だけどそのどれもを乗り越えて、二人は今ここにいる。同棲だってしている。ヤマトは特に不満はないらしいが、しかし太一は現在進行形で大きな不満を抱えていた。
「…いつまで待てばいいんだよ、あのバカ」
未だに男勝りなところは抜けないが、太一はとっくにヤマトと添い遂げるつもりでいた。そのために母親に料理など家事をたくさん教えてもらった。二人とも忙しい身分であるからなかなかその全てを活かすことはできていないが、それでも幸せな空間を作っていけていた。だというのに、ヤマトは現状で満足しているのかそれ以上を太一に望もうとしない。太一はずっと待っていた。ヤマトからの、プロポーズを、今でもずっと待っているのだ。言ってくれる気配がないことがわかっていても、いつかは言ってくれるだろうと待ってもうどれほどの時間が過ぎたことか。別にそれに不安を感じたりするほど、太一はヤマトからの愛を理解できていないわけではない。ヤマトは恐らく太一以外の女性に目を向けることは今後も一切あり得ないだろうと断言できる。だから今更不安を感じることはないのだが、太一は不満を通り越してもういっそ不機嫌だった。待つことを苦にはしない太一だったが、我慢の限界だった。
***
「これ」
「…え」
自宅に帰ったヤマトの前に突き出されたのは、小さな箱。それが何かわからないほど、ヤマトも馬鹿ではない。けれどそれを渡すのは普通男性のはずで、太一は女性のはずで。帰ったばかりのヤマトはすぐに頭が追いつかなくて、情けない声を漏らすしかなかった。
「お前がいくら待ってもなんもくれないから、待ちくたびれた」
「は、え、いや」
「言っとくけど受け取らないって選択肢はお前にはないからな」
箱ばかり見ていたが、ヤマトが顔を上げれば太一は頬を真っ赤に染めて、少し体が震えていた。どんな思いでその箱の中身を買ったのだろう。決して安くはないそれを、どんな覚悟で。
(俺が、臆病なばっかりに)
ヤマトだって、何も考えていなかったわけではなかった。ただ、いざ言い出そうとすると何度も経験してきた別れが頭を過って、覚悟を決めきれなかった。彼女を幸せにしたい、ずっと一緒にいたい。けどいつまで一緒にいられるだろう。自分よりもずっとずっと強い彼女を、果たして幸せにできるんだろうか。そんなくだらないことばかり考えて、無駄に時間を浪費した。
「…太一」
「なんだよ、言っとくけどな、お前はこれの3倍するやつくれなきゃ認めないからな」
「はは、3倍でも何倍でも、いいよ。嬉しい…ありがとう、太一」
「…ごめんって言ったら殴るところだった」
「それは勘弁してくれ」
太一からその小さな箱を受け取る。あからさまにほっとする様子を見せる彼女を、ヤマトは衝動のまま思い切り抱きしめた。
「…いたい」
「太一、太一、ありがとう、なぁ、一番、愛してる」
「…俺もだよ、愛してる、ヤマト」
ヤマトの左薬指の銀色の指輪が、光に反射してきらきらと輝いた。
中学生の頃、太一はヤマトがてっきり空のことを好きなのだと思っていた。よく一緒にいたし、そもそもその頃の太一は制服こそ女子生徒のものを着ていたがまだまだ性格は男勝りで、凡そ自分に男から好かれる女らしさなどないと自覚していた。サッカーが好きでスカートをはくよりは動きやすいズボンの方が良くて、可愛いアクセサリーもサッカーをするのに邪魔だったし、おしゃれな靴も服も窮屈で好きではなかった。それが変わったのは、それこそヤマトから告白されてからだ。好きだと面と向かって言われて、思わず泣いてしまった。言われて初めて、太一は自分がヤマトのことが好きだと自覚した。空とヤマトが一緒にいるのを見るのが苦しかったのも、ヤマトの傍が居心地がよかったのも、親友だからだと思っていた。違った、太一はずっと前から、ヤマトのことが好きだった。
「…だから頑張っておしゃれとかしてきてんのにさぁ」
付き合い始めてからの太一は変わった。ヤマトが好きそうな服を選ぶようになったし、ちょっとだけおしゃれを心がけた。ヤマトは今まで通りでいいと言ってくれていたが、太一はヤマトの隣に彼女として立つときは可愛い自分でいたかった。誰から見ても彼女だとわかるようにしていたかった。それに、今まで通りでいいと言ったヤマトも、太一がとびきり可愛い格好をすれば、わかりやすく頬を染めて褒めてくれた。それが嬉しくて、太一は猶更身だしなみを気を付けるようになった。恋をすると人は変わると言うが、太一はまさにそうで、もともと可愛らしい顔立ちだったのも相まってよくモテた。ヤマトが今まで通りでいいと言ったのもこれが原因だったのだが、太一は未だにその真相は知らない。
もう、付き合って何年だろう。太一もヤマトも、気が付けば大人になった。大きくなった。いろんなことがあって、いろんな別れがあって。だけどそのどれもを乗り越えて、二人は今ここにいる。同棲だってしている。ヤマトは特に不満はないらしいが、しかし太一は現在進行形で大きな不満を抱えていた。
「…いつまで待てばいいんだよ、あのバカ」
未だに男勝りなところは抜けないが、太一はとっくにヤマトと添い遂げるつもりでいた。そのために母親に料理など家事をたくさん教えてもらった。二人とも忙しい身分であるからなかなかその全てを活かすことはできていないが、それでも幸せな空間を作っていけていた。だというのに、ヤマトは現状で満足しているのかそれ以上を太一に望もうとしない。太一はずっと待っていた。ヤマトからの、プロポーズを、今でもずっと待っているのだ。言ってくれる気配がないことがわかっていても、いつかは言ってくれるだろうと待ってもうどれほどの時間が過ぎたことか。別にそれに不安を感じたりするほど、太一はヤマトからの愛を理解できていないわけではない。ヤマトは恐らく太一以外の女性に目を向けることは今後も一切あり得ないだろうと断言できる。だから今更不安を感じることはないのだが、太一は不満を通り越してもういっそ不機嫌だった。待つことを苦にはしない太一だったが、我慢の限界だった。
***
「これ」
「…え」
自宅に帰ったヤマトの前に突き出されたのは、小さな箱。それが何かわからないほど、ヤマトも馬鹿ではない。けれどそれを渡すのは普通男性のはずで、太一は女性のはずで。帰ったばかりのヤマトはすぐに頭が追いつかなくて、情けない声を漏らすしかなかった。
「お前がいくら待ってもなんもくれないから、待ちくたびれた」
「は、え、いや」
「言っとくけど受け取らないって選択肢はお前にはないからな」
箱ばかり見ていたが、ヤマトが顔を上げれば太一は頬を真っ赤に染めて、少し体が震えていた。どんな思いでその箱の中身を買ったのだろう。決して安くはないそれを、どんな覚悟で。
(俺が、臆病なばっかりに)
ヤマトだって、何も考えていなかったわけではなかった。ただ、いざ言い出そうとすると何度も経験してきた別れが頭を過って、覚悟を決めきれなかった。彼女を幸せにしたい、ずっと一緒にいたい。けどいつまで一緒にいられるだろう。自分よりもずっとずっと強い彼女を、果たして幸せにできるんだろうか。そんなくだらないことばかり考えて、無駄に時間を浪費した。
「…太一」
「なんだよ、言っとくけどな、お前はこれの3倍するやつくれなきゃ認めないからな」
「はは、3倍でも何倍でも、いいよ。嬉しい…ありがとう、太一」
「…ごめんって言ったら殴るところだった」
「それは勘弁してくれ」
太一からその小さな箱を受け取る。あからさまにほっとする様子を見せる彼女を、ヤマトは衝動のまま思い切り抱きしめた。
「…いたい」
「太一、太一、ありがとう、なぁ、一番、愛してる」
「…俺もだよ、愛してる、ヤマト」
ヤマトの左薬指の銀色の指輪が、光に反射してきらきらと輝いた。