人間CP
初めて言われたのは果たしていつだっただろうか。太一は一人思案する。目の前で項垂れる親友のつむじをぼんやり眺めながら、憎たらしいほどに綺麗な金色だなとどうでもいいことを思った。
突然だった。何の前兆もなく、親友であるヤマトは、今にも死にそうな顔をして太一に言った。
「俺と一緒に死んでくれないか」
言われた時は、遂に気でも触れたのかと思った。もしくは驚かせようとでもしているのかと。けれど一向に合わせようとしない瞳を無理矢理に覗き込めば、光を一切宿さない青があるばかりで、これは冗談などではないのだとさすがの太一だってそれくらいは理解できた。ヤマトは今、本当に、本気で死を持ちかけてきている。
それに気づいたとき、太一は人知れず安堵した。別にヤマトのことを死んで欲しいと思うほど嫌っているわけではない。決してそういう意味合いで安心を覚えたのではなく、ただ、独りではなかったのだなと、そう思った。
放っておけば本当に死んでしまいそうな顔を見せるヤマトに、太一は少し間を置いて無感情に言い放つ。
「なんで俺が死ななきゃいけないんだよ。そんなに死にたいなら一人で死ねば」
きっとそこに太一とヤマト以外の誰かがいたなら、その言葉を酷く紛糾したのだろう。相談に乗ってやれないのかと、そんな突き放すようなこと言うなと。優しい彼らの仲間なら、皆きっと怒りを露わにするのだろう。そうしてヤマトに寄り添うのだ。たっぷりの同情で、ヤマトの傷を深く深く抉るのだ。それが容易に想像できて、太一は一人笑った。
人間は弱い。弱いから時々どうしようもなく不安になって押し潰されて、そうしてふと思うのだ。いっそのこと死んでしまいたいと。死んで楽になりたいと。それがたとえ本心であってもなくても、思ってしまうことをやめられないのだ。人はいつだって、弱い心で死に向かって歩いているのだから。ヤマトもそう、きっと様々なことが偶然重なってどうしようもなくなって、こうして助けを求めている。可哀想だと同情して欲しいのか、慰めてその手を取って欲しいのか。
(違う)
太一はそう断言できた。ヤマトが欲しいのは、気休め程度の同情などではない。大丈夫かと心配する声など、この男は求めていない。こいつはただ、ただ本当に、言葉にしてしまっただけなのだ。
ヤマトだって、本当はそんな言葉を言うつもりはなかった。そう思っていたとして、誰にも打ち明けるつもりはなかった。だけど太一の目を見た時、パキンと何かが壊れる音がして、気付けば心中紛いの言葉を持ちかけた。不思議と後悔や焦りはなかったが、それでも太一の目を見返すことができなくてただうな垂れた。何か言ってくれないかと少しだけ待てば、聞こえてきたのはどこまでもヤマトを突き放すようなそんな言葉で、ヤマトは一瞬だけ目を見開いて、そうして少しだけ、安心した。
「…ひっでぇな、親友に向かって」
「その親友に一緒に死ねとか言ってきたのお前だかんな」
「……悪い」
「思ってもない謝罪なんかいらねぇよ。満足したならもういいか?邪魔」
「容赦ねぇなぁ…」
だけどその辛辣さが、ヤマトをどうしようもなく救ってくれた。さっきまで感じていた息苦しさが気付けば消え去っていて、ヤマトはもう一度だけ軽く謝ると、太一に道を開けた。一度も振り返ることなくさっさと帰ってしまう太一の背中に、ヤマトは唯一度だけ、苦笑を漏らした。
それ以来、ヤマトは限界を迎えるたびに太一に死を持ちかける。言われるたび、太一はいつもいっそ清々しいほどの暴言でもって追い返す。それは二人だけが知っている、二人だけの心中未遂だった。太一は項垂れているヤマトを煩わしそうに眺める。けれどヤマトがいつもいつもこうして一緒に死んでくれと言ってくることが、太一にとっては救いでもあった。
きっとその重荷は二人にしかわからない。周りが勝手に築き上げてきた理想像と本来の姿とのギャップに耐えきれないのは、ヤマトだけじゃない。それだけだとは言わないが太一も同じように、ふとした瞬間に思うのだ。死んでしまいたいなと。いっそ本当に自殺でも何でもしてやろうかと何度も思った。だけどその度に、タイミングを見計らったかのようにヤマトが一緒に死にたいなどと言ってくるものだから、太一は何だか死にたがっている自分が馬鹿らしくなって、何もかもどうでもよくなってしまう。心中なんて真っ平であるし、何よりヤマトの願いを素直に叶えてやるのも腹立たしい。どうせ本当に死ぬ勇気もないくせに。ああ、それは自分もか。
だから太一は今日だって、変わらずにその頭に吐き捨てるのだ。
「嫌に決まってんだろ。勝手に一人で死ね」
「はは、ほんと、辛辣」
「思ってねーくせによく言うわ。なぁそれより飯奢って、財布忘れた」
「絶対奢らねぇ」
ありがと、太一。
消え入りそうなほど小さなその言葉は、聞こえなかったふりをした。
突然だった。何の前兆もなく、親友であるヤマトは、今にも死にそうな顔をして太一に言った。
「俺と一緒に死んでくれないか」
言われた時は、遂に気でも触れたのかと思った。もしくは驚かせようとでもしているのかと。けれど一向に合わせようとしない瞳を無理矢理に覗き込めば、光を一切宿さない青があるばかりで、これは冗談などではないのだとさすがの太一だってそれくらいは理解できた。ヤマトは今、本当に、本気で死を持ちかけてきている。
それに気づいたとき、太一は人知れず安堵した。別にヤマトのことを死んで欲しいと思うほど嫌っているわけではない。決してそういう意味合いで安心を覚えたのではなく、ただ、独りではなかったのだなと、そう思った。
放っておけば本当に死んでしまいそうな顔を見せるヤマトに、太一は少し間を置いて無感情に言い放つ。
「なんで俺が死ななきゃいけないんだよ。そんなに死にたいなら一人で死ねば」
きっとそこに太一とヤマト以外の誰かがいたなら、その言葉を酷く紛糾したのだろう。相談に乗ってやれないのかと、そんな突き放すようなこと言うなと。優しい彼らの仲間なら、皆きっと怒りを露わにするのだろう。そうしてヤマトに寄り添うのだ。たっぷりの同情で、ヤマトの傷を深く深く抉るのだ。それが容易に想像できて、太一は一人笑った。
人間は弱い。弱いから時々どうしようもなく不安になって押し潰されて、そうしてふと思うのだ。いっそのこと死んでしまいたいと。死んで楽になりたいと。それがたとえ本心であってもなくても、思ってしまうことをやめられないのだ。人はいつだって、弱い心で死に向かって歩いているのだから。ヤマトもそう、きっと様々なことが偶然重なってどうしようもなくなって、こうして助けを求めている。可哀想だと同情して欲しいのか、慰めてその手を取って欲しいのか。
(違う)
太一はそう断言できた。ヤマトが欲しいのは、気休め程度の同情などではない。大丈夫かと心配する声など、この男は求めていない。こいつはただ、ただ本当に、言葉にしてしまっただけなのだ。
ヤマトだって、本当はそんな言葉を言うつもりはなかった。そう思っていたとして、誰にも打ち明けるつもりはなかった。だけど太一の目を見た時、パキンと何かが壊れる音がして、気付けば心中紛いの言葉を持ちかけた。不思議と後悔や焦りはなかったが、それでも太一の目を見返すことができなくてただうな垂れた。何か言ってくれないかと少しだけ待てば、聞こえてきたのはどこまでもヤマトを突き放すようなそんな言葉で、ヤマトは一瞬だけ目を見開いて、そうして少しだけ、安心した。
「…ひっでぇな、親友に向かって」
「その親友に一緒に死ねとか言ってきたのお前だかんな」
「……悪い」
「思ってもない謝罪なんかいらねぇよ。満足したならもういいか?邪魔」
「容赦ねぇなぁ…」
だけどその辛辣さが、ヤマトをどうしようもなく救ってくれた。さっきまで感じていた息苦しさが気付けば消え去っていて、ヤマトはもう一度だけ軽く謝ると、太一に道を開けた。一度も振り返ることなくさっさと帰ってしまう太一の背中に、ヤマトは唯一度だけ、苦笑を漏らした。
それ以来、ヤマトは限界を迎えるたびに太一に死を持ちかける。言われるたび、太一はいつもいっそ清々しいほどの暴言でもって追い返す。それは二人だけが知っている、二人だけの心中未遂だった。太一は項垂れているヤマトを煩わしそうに眺める。けれどヤマトがいつもいつもこうして一緒に死んでくれと言ってくることが、太一にとっては救いでもあった。
きっとその重荷は二人にしかわからない。周りが勝手に築き上げてきた理想像と本来の姿とのギャップに耐えきれないのは、ヤマトだけじゃない。それだけだとは言わないが太一も同じように、ふとした瞬間に思うのだ。死んでしまいたいなと。いっそ本当に自殺でも何でもしてやろうかと何度も思った。だけどその度に、タイミングを見計らったかのようにヤマトが一緒に死にたいなどと言ってくるものだから、太一は何だか死にたがっている自分が馬鹿らしくなって、何もかもどうでもよくなってしまう。心中なんて真っ平であるし、何よりヤマトの願いを素直に叶えてやるのも腹立たしい。どうせ本当に死ぬ勇気もないくせに。ああ、それは自分もか。
だから太一は今日だって、変わらずにその頭に吐き捨てるのだ。
「嫌に決まってんだろ。勝手に一人で死ね」
「はは、ほんと、辛辣」
「思ってねーくせによく言うわ。なぁそれより飯奢って、財布忘れた」
「絶対奢らねぇ」
ありがと、太一。
消え入りそうなほど小さなその言葉は、聞こえなかったふりをした。