人間CP
例えば学校が同じだとかクラスが同じだとか。家が近所であるとか。
そういう、小学生らしい繋がりが、あいつとは一切ないのだと気付いたのは、あの冒険から帰ってきてからすぐだった。
神原拓也。ともにデジタルワールドを冒険し、ともに戦い、世界を救った仲間。俺が知っている拓也は、精々それくらいの繋がりしかない。そもそもあの冒険の仲間とはだいたいそれくらいの繋がりしかなかったけれど、それでも別段それを寂しく思ったりはしなかった。連絡先は知っていたし、会えないような遠い場所に住んでいるわけでもない。会おうと思えば週末に予定を合わせて会うことくらいできる。だから何も感傷的になる必要はないはずなのに、ただ一人、拓也だけは、あいつのことを考えると、そうも言っていられなかった。
冒険の後、もうみんなとは何度か集まったりしている。公園で遊んだりどこかで昼食を食べたり、そうしてそれぞれが最近の話を報告し合ったり。話すと言ってもみんな学校が違うせいもあってそれぞれのところの友だちの話とか学校の話になるのだけど、そういう話をするとき、決まって誰よりも喋るのは拓也だった。
やれ「クラスの友だちとサッカーの試合をした」だの「1人すごい頭がいいやつがいて」だの。一度話し出すとしばらく拓也の話は止まらない。友樹や泉が相槌をうったり返事を時々して、拓也はかなり多くの友だちの話をする。そういう様子を見る限り、あいつは学校に友達が多いらしい。まぁ、あいつのあの性格を見れば、誰とでも仲良くなれるだろうなとは推測できるけれど。だけどそうやって拓也が俺の知らない友だちの話をすると、決まって俺はどうにもむずむずして、黙り込んでしまうのだ。
「それでさぁ、あとちょっとで勝てたんだけど最後の最後にあいつがいいシュート決めてさ!あと一歩だったのになぁ」
「…へぇ」
少し寒くなってきた週末。全員ではないけれど何人かの予定がそろって今日もまた集まる約束をしたのだけれど、集合時間を勘違いしていくつか早い電車に乗ってしまい、約束の時間よりかなり早くその場所に辿り着いてしまった。肩を落としながらどうせ誰もいないだろうとその場所へゆっくり足を運べば、そこにはもう拓也が待っていた。拓也は俺の姿を見つけると嬉しそうに笑顔を咲かせて大きく手を振る。「輝二!!」と大きな声で呼ばれたから、俺は驚きながら小さく手を振り返すしかなかった。
拓也もどうやら思ったより早く着いてしまったようで、暇を持て余していたのだという。ずっと一人で待っているのも退屈だったから、お前も早く来てくれてよかったよと笑って言われた。そこに会ったばかりの時のわだかまりは一切存在しない。無条件に向けられる無邪気な笑顔が、なんだか胸を熱くさせた。
が、そうやって舞い上がったのも束の間で、二人で待っている間何も話さないわけがなく、かといってあまり多く喋るタイプではない俺は、自然と拓也の話を聞くしかなく。そうなれば、俺の知らない拓也の友だちの話を聞かなければならないということで。楽し気に話す拓也への相槌は、それはもう本当に素っ気なさすぎて、返事を返すたびにそんな態度を見せたいわけではないのだと誰にするでもなく言い訳を繰り返した。
「…なぁ輝二、俺の話、つまんないなら言ってくれていいんだぞ」
「は、いや、そういうわけじゃ」
「なんだよ今更遠慮して。ケンカくらいたくさんしてきただろ」
別に俺、お前といる時は何も話さなくたってつまんなくないぜ。
続けてえらく小さい声で言われたそれに、思わず言葉を失った。その顔を凝視すれば、拓也はまるでいたずらが成功した小さな子供のように笑っている。細められた目に、心臓が一層音を立てた。
「前はさぁ、俺より輝二の方が大人っぽいなって思ってたんだけどさ」
「…俺が?そんなことないだろ」
「いーや、あったの。少なくとも俺はそう思ってたからお前がちょっと気に食わなかったの!」
「…あぁ、そういう」
「なんだよ、そんな納得!みたいな顔すんなよなー」
口をとがらせる姿は年相応で、そういえば拓也も同じ小学生だったな、なんてバカなことを思った。冒険の最初の頃はそんな印象しかもっていなかったけれど、一番新しい印象は、誰よりも先頭で戦ってみんなをその強い意志で力強い言葉で引っ張る、そんな姿だったから。だけどこうして少しからかってやれば、なるほど俺たちは所詮小学生でしかないのだ。いつも通りのやり取りに戻って、うるさかった心臓はさっきよりも少し落ち着いている。
「…けどさ、」
「なんだ、っ」
少し間を開けて、俯きがちで小さく呟く拓也の顔を覗きこもうとすれば、拓也はおもむろにかぶっていた帽子を取って、俺の顔を外から隠すように掲げる。突然暗くなった視界に何をするんだと文句を言ってやろうとすれば、頬に、やわらかい何かが軽く触れた。
「…は、」
「…やっぱ、俺の方が大人かもな」
ばっと顔を向ければ、拓也はさっきと同じ、いたずらが成功したように子供みたいに笑う。ほんの少し赤く染まっている頬は、俺の見間違いか、勘違いなのか、それとも。
自分でも今何をされたのか理解できていないのに、いや、理解はできているのだけれど、そういうことではなくて。何か言おうとして口を開いたと同時に、遠くから呼び声が響いた。
「拓也ー!!輝二ー!!」
呼ばれた声の方を向けば、泉がこちらに手を振っていた。まだ約束の時間より少し早い。すぐに返事をしようとして、けれどこの口からは何の音も出なかった。まだ、動揺している。
「泉ー!!」
俺が返事を返すより先に、拓也が大きく呼んで立ち上がった。久しぶりの再会を喜ぶように泉に駆け寄る姿は、いつも通りの拓也だ。けど、なら。さっきのは。
『俺の方が、大人かもな』
言われた言葉の意味を正しく理解しきってしまう前に、熱を逃がすように首を振る。前を見れば、泉と拓也が楽しそうに話していた。今までは何とも思わなかったのに、なぜだろう、今はその光景さえ、なんとなく見ていたくなかった。
(……まさか、な)
とっくに気付いている自分の感情を覆い隠すように、無意味に内心でそれだけ呟いて、間に割って入る様に二人に駆け寄った。
うるさい心臓の音は、まだ落ち着いてくれそうにない。
そういう、小学生らしい繋がりが、あいつとは一切ないのだと気付いたのは、あの冒険から帰ってきてからすぐだった。
神原拓也。ともにデジタルワールドを冒険し、ともに戦い、世界を救った仲間。俺が知っている拓也は、精々それくらいの繋がりしかない。そもそもあの冒険の仲間とはだいたいそれくらいの繋がりしかなかったけれど、それでも別段それを寂しく思ったりはしなかった。連絡先は知っていたし、会えないような遠い場所に住んでいるわけでもない。会おうと思えば週末に予定を合わせて会うことくらいできる。だから何も感傷的になる必要はないはずなのに、ただ一人、拓也だけは、あいつのことを考えると、そうも言っていられなかった。
冒険の後、もうみんなとは何度か集まったりしている。公園で遊んだりどこかで昼食を食べたり、そうしてそれぞれが最近の話を報告し合ったり。話すと言ってもみんな学校が違うせいもあってそれぞれのところの友だちの話とか学校の話になるのだけど、そういう話をするとき、決まって誰よりも喋るのは拓也だった。
やれ「クラスの友だちとサッカーの試合をした」だの「1人すごい頭がいいやつがいて」だの。一度話し出すとしばらく拓也の話は止まらない。友樹や泉が相槌をうったり返事を時々して、拓也はかなり多くの友だちの話をする。そういう様子を見る限り、あいつは学校に友達が多いらしい。まぁ、あいつのあの性格を見れば、誰とでも仲良くなれるだろうなとは推測できるけれど。だけどそうやって拓也が俺の知らない友だちの話をすると、決まって俺はどうにもむずむずして、黙り込んでしまうのだ。
「それでさぁ、あとちょっとで勝てたんだけど最後の最後にあいつがいいシュート決めてさ!あと一歩だったのになぁ」
「…へぇ」
少し寒くなってきた週末。全員ではないけれど何人かの予定がそろって今日もまた集まる約束をしたのだけれど、集合時間を勘違いしていくつか早い電車に乗ってしまい、約束の時間よりかなり早くその場所に辿り着いてしまった。肩を落としながらどうせ誰もいないだろうとその場所へゆっくり足を運べば、そこにはもう拓也が待っていた。拓也は俺の姿を見つけると嬉しそうに笑顔を咲かせて大きく手を振る。「輝二!!」と大きな声で呼ばれたから、俺は驚きながら小さく手を振り返すしかなかった。
拓也もどうやら思ったより早く着いてしまったようで、暇を持て余していたのだという。ずっと一人で待っているのも退屈だったから、お前も早く来てくれてよかったよと笑って言われた。そこに会ったばかりの時のわだかまりは一切存在しない。無条件に向けられる無邪気な笑顔が、なんだか胸を熱くさせた。
が、そうやって舞い上がったのも束の間で、二人で待っている間何も話さないわけがなく、かといってあまり多く喋るタイプではない俺は、自然と拓也の話を聞くしかなく。そうなれば、俺の知らない拓也の友だちの話を聞かなければならないということで。楽し気に話す拓也への相槌は、それはもう本当に素っ気なさすぎて、返事を返すたびにそんな態度を見せたいわけではないのだと誰にするでもなく言い訳を繰り返した。
「…なぁ輝二、俺の話、つまんないなら言ってくれていいんだぞ」
「は、いや、そういうわけじゃ」
「なんだよ今更遠慮して。ケンカくらいたくさんしてきただろ」
別に俺、お前といる時は何も話さなくたってつまんなくないぜ。
続けてえらく小さい声で言われたそれに、思わず言葉を失った。その顔を凝視すれば、拓也はまるでいたずらが成功した小さな子供のように笑っている。細められた目に、心臓が一層音を立てた。
「前はさぁ、俺より輝二の方が大人っぽいなって思ってたんだけどさ」
「…俺が?そんなことないだろ」
「いーや、あったの。少なくとも俺はそう思ってたからお前がちょっと気に食わなかったの!」
「…あぁ、そういう」
「なんだよ、そんな納得!みたいな顔すんなよなー」
口をとがらせる姿は年相応で、そういえば拓也も同じ小学生だったな、なんてバカなことを思った。冒険の最初の頃はそんな印象しかもっていなかったけれど、一番新しい印象は、誰よりも先頭で戦ってみんなをその強い意志で力強い言葉で引っ張る、そんな姿だったから。だけどこうして少しからかってやれば、なるほど俺たちは所詮小学生でしかないのだ。いつも通りのやり取りに戻って、うるさかった心臓はさっきよりも少し落ち着いている。
「…けどさ、」
「なんだ、っ」
少し間を開けて、俯きがちで小さく呟く拓也の顔を覗きこもうとすれば、拓也はおもむろにかぶっていた帽子を取って、俺の顔を外から隠すように掲げる。突然暗くなった視界に何をするんだと文句を言ってやろうとすれば、頬に、やわらかい何かが軽く触れた。
「…は、」
「…やっぱ、俺の方が大人かもな」
ばっと顔を向ければ、拓也はさっきと同じ、いたずらが成功したように子供みたいに笑う。ほんの少し赤く染まっている頬は、俺の見間違いか、勘違いなのか、それとも。
自分でも今何をされたのか理解できていないのに、いや、理解はできているのだけれど、そういうことではなくて。何か言おうとして口を開いたと同時に、遠くから呼び声が響いた。
「拓也ー!!輝二ー!!」
呼ばれた声の方を向けば、泉がこちらに手を振っていた。まだ約束の時間より少し早い。すぐに返事をしようとして、けれどこの口からは何の音も出なかった。まだ、動揺している。
「泉ー!!」
俺が返事を返すより先に、拓也が大きく呼んで立ち上がった。久しぶりの再会を喜ぶように泉に駆け寄る姿は、いつも通りの拓也だ。けど、なら。さっきのは。
『俺の方が、大人かもな』
言われた言葉の意味を正しく理解しきってしまう前に、熱を逃がすように首を振る。前を見れば、泉と拓也が楽しそうに話していた。今までは何とも思わなかったのに、なぜだろう、今はその光景さえ、なんとなく見ていたくなかった。
(……まさか、な)
とっくに気付いている自分の感情を覆い隠すように、無意味に内心でそれだけ呟いて、間に割って入る様に二人に駆け寄った。
うるさい心臓の音は、まだ落ち着いてくれそうにない。