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人間CP

いつかその時が来ることなど、とうの昔からわかっていたことだった。だのにいざその瞬間が来て仕舞えば、こんなにも己という人間は弱く脆い。そしてそんなことでさえ、きっとわかりきっていたことだった。







「浮かない顔ですね」
「…光子郎」

太一の就職先が一足早く決まりその祝いの席が持たれた後。まだ室内で飲み明かしている仲間を傍目にベランダで涼んでいたところへ、唐突に声がかかった。最も覚えている声よりも低くなったその声は、それでも聞き馴染みのある声でちらりとその姿を確認し名前を呼ぶ。光子郎はそんな俺の様子を見て薄く笑うだけだった。
なんとなく珍しいと思った。選ばれし子供の中で、光子郎は最も欠かせない重要なメンバーと言っても過言ではない。けれどその実俺と光子郎の接点はあまりなく、どちらかといえば太一にくっついていることの多かった光子郎とは、必然的にそういう機会がなかった。だから俺が一人でいるところに光子郎から声をかけてくるというのは、緊急事態以外ではかなり珍しいことなのだ。

「太一と飲まなくていいのか?」
「人気者ですから」

それはひとえに、自分だけが取ってしまうわけにはいかないと、そう言いたいのだろうか。会が始まってからその両隣は妹のヒカリちゃんと後輩の大輔がずっと陣取って未だ譲らないわけだが。それでもずっと楽しそうに笑っているのを見れば、なるほど確かに人気者だと思わざるを得ない。だからこそ、俺は耐えられずベランダに出てきたわけだけれど。

「太一さん、就職が決まって本当に良かったです」
「卒業も危なそうだったもんな、あの時は」
「ええ、でもこれで太一さんは今度こそどんどん先に進めてしまいますね」

その言葉に、息が詰まった。
一緒に夢に悩んだあの日。パートナーと別れる前兆のようにも思えたあの時。一緒に悩んだ太一はもうどこにもいない。あんなに悩んで、卒論でさえ危うかった太一は、その後メノアたちとの騒動の後、明確にその道を見出した。それは普段の太一を知っている人間からすればまさかと思うようなもので、けれど俺達からすればまさにと思うような、そんな夢。
誰もが応援していた。かつて俺たち全員のリーダーだった太一が、デジモンたちのために、何より自分のためにその道を選んだことを手放しに喜んでいた。だけど、本当に全身全霊で背中を押したかと言われれば、きっと誰もが首を振っただろう。俺だって同じだった。

置いていかないで。俺を、俺たちを置いて、一人で進んでしまわないで。

昔から思っていたことだった。誰よりも前へ進む勇気を持っている太一を自分たちのリーダーにしておきながら、その隣に置いてほしかった。だから俺は、ほんの少し、少しだけ優越感も感じていた。あの夏の冒険の時から俺はずっと太一の隣にいた。その後の戦いでも、今回もずっと。その隣にいる権利があった。

(…けど、そうだ。光子郎の言う通りだ)

俺はもう太一の隣にはいられない。遅くなってしまったけれど、俺も俺なりの夢を見つけた。その道は確実に太一の選んだ道と違えてしまうだろう。夢を抱くきっかけは同じでも、その先の目的地はもう同じではない。俺はもう、太一についていくことができない。
けど、それは俺だけじゃない。空もタケルも、大輔だって。
そう思って、ふと光子郎が微笑んでいることに気づく。少しだけ嫌な予感がした。そして俺たち選ばれし子供の勘というのは、大抵外れることはない。

「…光子郎?」
「ふふ、ああすみませんヤマトさん。でも、僕嬉しくて」

嬉しいと笑うその表情に、遅れて気づく。俺たちは太一についていくことはできない。けど、けれど。

「…光子郎、お前」
「ええ、そうです。ヤマトさん、僕はずっとこの先だって、着いていける」

心底嬉しそうに笑うその顔があまりにも綺麗で、背筋が凍りつくような思いがした。この先の言葉を、聞いてはいけないような。

「ヤマトさん、きっと今のヤマトさんには追い討ちをかけるようで申し訳ないのですが、僕嬉しいんですよ。僕ずっと羨ましかったんです、当たり前のように太一さんの隣にいる貴方が。悔しいですか?隣を歩めなくなることが。残念ですね、さぞ悲しいでしょう。僕はずっと貴方が羨ましかったけど、今は心底同情します」

淡々と語るその内容は、聞き間違いであればどれだけよかっただろう。俺にだけ語られた光子郎の本心は、俺だけに当てはまるものじゃない。だけどそうだ。何があっても、昔からずっと太一の後ろを着いていっていた光子郎は、太一を誰より信頼していた光子郎は、俺をどう思って見ていたのだろう。考えたこともなかった。当たり前に許されたその場所が、誰かにとっては喉から手が出るほど羨ましい場所だったかもしれないこと。

「こう、しろ、」
「……すみません、僕も少し酔っているみたいですね。忘れてください」

少し微笑んで光子郎は部屋へ戻って行った。その後を追うことも呼び止めることもできず、持っていた酒の入ったグラスを取り落とさないようにすることが精一杯だった。
光子郎は会社の社長で、研究者でもある。デジモンやデジタルワールドのことには誰より詳しい。それは即ち、これから誰よりもデジタルワールドに近い場所に行くことになる太一を、最も近くで支えていけるということだ。今でも機械が不得意な太一のことだ。きっと大人になって仕事をし出しても、光子郎に思う存分頼るのだろう。それは、俺が確かに一度手にしたいと思った未来で、けれど無理だと諦めてしまった未来で。
道を違えてしまった俺には、許されていない場所。

「…そっか、光子郎は、ずっと後ろから…」

光子郎は太一の隣に行くわけじゃない。きっとこれから太一は誰もその隣に行くことを許さない。彼が隣を許すのは、いつか迎えに行くと決めているパートナーただ一人。光子郎は今まで通り、その後ろから太一を支え続けていくのだ。


「…いいなぁ」



烏滸がましくもそんなことを思うくらいは、光子郎も許してくれるのだろうか。









「いくらでも羨んでください。かつて、今まで僕が、そうしてきたように」
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