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創傑伝

劉備と名乗る幼い少年がその街にやってきたのはあまりにも突然だった。
友達だというハロを抱えてその街を訪れた劉備は、聞けば母親を亡くし一人で生きていかなければならないのだと言う。しかし一人で生きることを決心したものの住む場所もお金も何も持っておらず、唯一手にしているのは父親から譲り受けたデヴァイスだけだった劉備にできることは少ない。だから幼い少年は、自分の決意から逸れてしまうんじゃないかと悩みに悩んだ結果、最終的に街の大人を頼ることにしたのだ。
劉備を一等可愛がってくれたのは、黄忠と名乗る男だった。彼は面倒見がよく子供の相手もお手の物であったから、街の子どもたちによく囲まれていた。それに加え戦闘能力も秀でるものがあった。特にライフルなどの銃を使わせればその街で右に出るものがいないほど。劉備も街の人達をよく観察すれば黄忠が最も頼りになる存在だろうということくらいは理解できたから、他の子どもたちがいなくなって黄忠が一人になったところに、ようやく訪ねた。その時のことを、劉備はよく思い出せる。
『…あの』
『ん?おお、お前は確か…劉備っつったか。どうした?』
初めて話しかけた時、黄忠はすでに劉備の名前を知っていた。噂になっていたことは知っていた。まだ親に守られていなければならない子供が突然一人で街にやってきたのだから、噂くらいにはなるだろう。けれど街の人達から特別扱いをされたこともなければあくまで普通の子どもと同じように接してくれていたから、劉備もすっかり自分の立場を忘れていたのだ。黄忠が当たり前に自分の名前を呼ぶから、ようやく思い出した。だけどそんなことよりも、劉備は生きるために黄忠を頼らなければならなかった。今の劉備は、ただ生き延びるための必要最低限のものしか持っていないから。
『…たすけて、ほしくて』
聞き逃してしまいそうなほどに小さな声のその救難信号は、しかし黄忠の耳にはしっかりと届き、結果として、劉備の身の回りはようやく人間らしい生活を送れるようになるまで改善された。
劉備と黄忠の関係は、そういったところから始まっている。そして、その頃から黄忠に一番懐いていた(懐いていたというと少し語弊があるが)趙雲と馬超と出会うのも、自然な流れだった。子供は新しいものに強く興味を抱く。中でも最も幼かった馬超はその傾向が圧倒的に強く、よく見慣れない劉備につきまとって困らせたものだった。しかし最初こそ戸惑っていた劉備もいずれ二人の存在に慣れていき、気づけば3人はいつも一緒で、いつも黄忠のところへ遊びに行った。一人で生きる決心をした劉備の周りには、いつも誰かがいてくれた。だから寂しくなかった。毎日が楽しくて、毎日力をつけていることを実感して、普通に生きて。忘れていたわけではない。忘れることなんてできるわけがない。だけど一時、本当に少しの間だけだけど、劉備は寂しいと感じることを忘れていた。
そんな、ある日の夢だった。
温かい手が幼い劉備の手を握ってくれていた。温かい声が劉備の名前を呼んでいた。幸せなかつての思い出。幸福が溢れていた、昔の思い出。だけど長くは続かなかった。視界が黒く染まる。暗闇の中に黄色い目玉がぼうっと光っていた。握ってくれていた温かい手はだんだんと冷たくなって、誰の声かわからなくなった。寒気がして、体が震えた。知っている、これは夢じゃない。いつも通りの生活が一変したあの日。覚えている、違う、忘れてなんかいない。忘れるわけがない。でも、だけど。あの時確かに感じていた寂しさは、今の、自分には。
「ッ…!!!」
がばりと飛び起きる。劉備の体は汗だくで、その顔色は酷く青褪めていた。母の夢だった。手を握ってくれていたのは、劉備の母だった。今はもう決して会う事のない、大切な。自分を庇い散ってしまった、優しい母の夢。劉備は急に自分が怖くなった。もしかして自分は、幸せの代わりに母を忘れようとしているのではないか。自分の体を抱きしめるように丸くなる。結局、その日はそれから一睡もできなくて、その上この夢はまるで劉備を責め立てるかのようにしばらく続いた。

***


「りゅうび!きょうは3人でいっしょにねよう!」
「…へ」

それは馬超からの突然の提案だった。いつものように趙雲と馬超のところへやってきた劉備に、馬超はいきなりその手をとってそう言った。その後ろでは趙雲が少し呆れたように笑っていた。劉備はそれに首を傾げながらも、なんだか一人で寝るのが少し怖くて、恐る恐る頷く。そうして、今は黄忠が貸してくれた部屋で、3人で川の字になって眠っていた。ちなみに劉備は強制的に真ん中に寝かせられやはり首を傾げた。
「なぁなぁりゅうび、あったかい?」
「あったかいよ」
「へへ、そっかぁ」
せっかく黄忠が3人分の布団を敷いてくれているのに、馬超は自分のところから抜け出てぴったりと劉備にくっついている。趙雲も馬超ほどではないけれど劉備の布団に半分くらい入り込んでいた。誰かと一緒に寝るのは久しぶりかもしれないなと、劉備は少し懐かしく思う。昔は寄ってこられるんじゃなくて、劉備が寄っていく方だったけれど。
「…ねぇりゅうび、さいきん眠れてないだろ?」
「え、」
「そーだぞ、いっつも元気ないもんな」
「…きづいてた?」
「きづくよ、だっていっつもいっしょにいるんだもん」
そう言って趙雲がそっと劉備の手に触れる。夢と同じ感触に、劉備はほんの少し肩を揺らした。
「こわいゆめ、見た?」
「…こわい、のかな…わかんないや」
「自分のゆめなのにわかんないの?へんなのー」
「こら、ばちょう」
からかうように笑う馬超は、けれどぴったりと劉備にくっついて離れない。何かから守る様に、ぎゅうぎゅうと自分の体を押し付ける。劉備はそれがちょっとだけ痛くて、でも嬉しかった。
「りゅうび、おれもときどきこわいゆめ見るよ。そういうときはね、だれかといっしょにねるといいんだって、おっちゃんが言ってた」
「おっちゃんが?」
「うん、おれもきのう、ちょっとこわいゆめ見ちゃった。だから今日2人といっしょにねれてうれしい」
趙雲のそれが嘘だということは、馬超だけが知っている。二人ともずっと心配していた。日に日に顔色を悪くさせていく劉備をずっと助けたかった。だから黄忠に素直に相談すれば、三人で一緒に寝てみればいいのだと教えてくれた。一人で眠るのはとても寂しいから。怖い夢を追い払ってくれる誰かが傍にいないから。黄忠も劉備のことが気がかりだったのだろう、快く部屋を貸してくれたし布団だって用意してくれた。みんな、劉備に元気になってほしかった。
「…こわいゆめ、だったかもしれない」
「やっぱりそうなの?」
「…でも、今日はたぶん、こわくない」
握ってくれる手は温かくて、くっついているところから温かい体温が伝わる。それはきっと、二人の優しさの証。
「おやすみ、ちょううん、ばちょう」


その日劉備が見たのは、どこまでも温かく自分を包んでくれる、笑顔の母の夢だった。
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