創傑伝
全ての元凶とも思われていた董卓という存在を倒したところで、問題が何もかも解決したわけではない。特にトリニティの枯渇が問題視されているギエリアはその枯渇問題をどうにかしなければならなかったし、その代表でもあるブルーウィングも、より一層解決策を探していく必要があった。連日会議が開かれ話し合いが行われ緊張感が漂う中、しかしながら一つだけ進展が見られたこともあった。これはトリニティの枯渇問題とは一切関係がないことだが、ブルーウィングの代表である曹操の心境的に、大きな進展と言えた。
「曹操さん!」
「…劉備か」
曹操が劉備と呼んだ彼は、董卓を討ち滅ぼした時に共に戦った、ショクエリアのドラゴンズウォッチに所属していた青年だ。呂布との戦いの中で、珍しく曹操自身がその力を認めた存在でもあるから、彼に一目置いていたのは曹操だけではなく曹操を慕う部下たちも同じであった。劉備は今は行動を共にしていた関羽、張飛や諸葛亮と一度別れ、孫堅率いるレッドタイガーに身を寄せているらしい。それがなぜブルーウィングに姿を見せるのかと言えば、単純に曹操に強い憧れを抱いている劉備を曹操自身がブルーウィングに勧誘しているからだ。とはいってもバックにいるのはあの孫堅であるから、よくて週に一度訪れることを許されている程度だが。恐らく劉備を我が子のように可愛がっている孫堅はそれすらも嫌なのだろうが、当の本人が楽しそうにしているのだから何も言えないのだろう。
そして今日も今日とてブルーウィングを訪れた劉備は、夏侯淵や夏候惇らと少しばかりの手合わせをするとあとは曹操に連れられて二人して曹操の自室にこもってしまった。代表である曹操が一日自室に籠ってしまうと仕事が溜まっていく一方なのだが、それで何か遅れが生じただとかそういうことは今のところ一切ないし、何よりあんなにいつも思い詰めるような顔をしていた曹操が楽しそうなものだから、部下たちも誰もその時間を邪魔しなかった。
の、だが。
「……曹操様は、」
「まだ、自室から出てこられていない」
昨日は結局劉備は泊まっていったらしい。今頃カンカンに怒っているだろう孫堅の存在を頭の隅に追いやりながら、会議室に集まっている部下たちは互いに顔を見合わせた。まさかあの曹操様が会議に遅れてくるなど、誰が想像しただろう。劉備が来ているからだろうか。いやそれでも今までこんなことはなかったはずだ。あの真面目な曹操様が、もしかして一線を。各々が内心で同じようなことを思いつつも怖くて言えないでいる中、しびれを切らした夏侯淵が勢いよく立ち上がった。
「おい、夏侯淵」
「俺が見てくる!」
「は、おい!」
夏候惇が止める間もなく、夏侯淵は飛び出していってしまった。飛び出す間際に見えたその表情は『面白いものが見れそう』という好奇心。夏候惇は頭を抱え、張梁は生きて戻ってくるといいなと思考を放棄した。
「曹操様ぁ!…あ?」
「…夏侯淵か、静かにしろ」
バン、と走ってきた勢いのままに扉を開けた先では、すでに起きている曹操がベッドの脇に座っていた。大声に顔をしかめると、曹操は人差し指をそっと立て夏侯淵を咎める。その姿に咄嗟に口を閉じたものの、何故起きているのに会議に出てこないのかとか、予想していたものとは違う光景に言葉も出てこなかった。首を傾げる夏侯淵に気付いた曹操が、目線をずらす。その先を追えば、青年と呼ぶにはなんとも幼い顔で眠っている劉備がいた。その右手は、しっかりと曹操の手を握っている。
「…あー、もしかして」
「ああ、一向に離す気配がなくてな。あんまり気持ちよさそうに眠っているものだから、起こすのもしのびない」
「…それは」
手を離した程度では起きないのではないだろうか、という疑問はそっと胸の内にしまった。起こすのが可哀想だと言う曹操は自分では呆れたように言っているつもりだろうが、劉備を見つめる瞳は今まで見たことがないほどに優しい。大切な宝物を見るような、綺麗なものを見つめるような、そんな瞳。
(曹操様、自覚してねぇのか)
なんだか盛大な惚気を見せられたような気がして胸やけを起こしかけているのを感じながら、しかし夏侯淵はどこか嬉しくも感じていた。曹操がこんな風に笑っている姿を見るのはいつ以来だろう。彼はいつだって強い瞳をしていて、いつも周りを警戒して、信頼している部下に見せるのは、頼れる強い代表の顔だった。いつも気を張っていた。そんな曹操が、ようやく落ち着ける場所を見つけている。その事実が、夏侯淵は嬉しかった。自分たちがその空間を作ってやれなかったのは悔しいが、適材適所である。それに、どのみち劉備という青年を夏侯淵だって気に入っているのだ。
「…会議、適当に終わらせとくぞ」
「ああ、そうしてくれ」
いくらお調子者の夏侯淵でもこの空間を邪魔することはできなくて、来た時とは正反対に、今度は扉をゆっくりと閉めた。
「…孫堅を説得する方法を考えなきゃなんねぇなぁ、これは」
今日の会議の議題は、孫堅の説得方法に変更しよう。勝手にそう決めた夏侯淵は、軽い足取りで会議室へ戻った。
「曹操さん!」
「…劉備か」
曹操が劉備と呼んだ彼は、董卓を討ち滅ぼした時に共に戦った、ショクエリアのドラゴンズウォッチに所属していた青年だ。呂布との戦いの中で、珍しく曹操自身がその力を認めた存在でもあるから、彼に一目置いていたのは曹操だけではなく曹操を慕う部下たちも同じであった。劉備は今は行動を共にしていた関羽、張飛や諸葛亮と一度別れ、孫堅率いるレッドタイガーに身を寄せているらしい。それがなぜブルーウィングに姿を見せるのかと言えば、単純に曹操に強い憧れを抱いている劉備を曹操自身がブルーウィングに勧誘しているからだ。とはいってもバックにいるのはあの孫堅であるから、よくて週に一度訪れることを許されている程度だが。恐らく劉備を我が子のように可愛がっている孫堅はそれすらも嫌なのだろうが、当の本人が楽しそうにしているのだから何も言えないのだろう。
そして今日も今日とてブルーウィングを訪れた劉備は、夏侯淵や夏候惇らと少しばかりの手合わせをするとあとは曹操に連れられて二人して曹操の自室にこもってしまった。代表である曹操が一日自室に籠ってしまうと仕事が溜まっていく一方なのだが、それで何か遅れが生じただとかそういうことは今のところ一切ないし、何よりあんなにいつも思い詰めるような顔をしていた曹操が楽しそうなものだから、部下たちも誰もその時間を邪魔しなかった。
の、だが。
「……曹操様は、」
「まだ、自室から出てこられていない」
昨日は結局劉備は泊まっていったらしい。今頃カンカンに怒っているだろう孫堅の存在を頭の隅に追いやりながら、会議室に集まっている部下たちは互いに顔を見合わせた。まさかあの曹操様が会議に遅れてくるなど、誰が想像しただろう。劉備が来ているからだろうか。いやそれでも今までこんなことはなかったはずだ。あの真面目な曹操様が、もしかして一線を。各々が内心で同じようなことを思いつつも怖くて言えないでいる中、しびれを切らした夏侯淵が勢いよく立ち上がった。
「おい、夏侯淵」
「俺が見てくる!」
「は、おい!」
夏候惇が止める間もなく、夏侯淵は飛び出していってしまった。飛び出す間際に見えたその表情は『面白いものが見れそう』という好奇心。夏候惇は頭を抱え、張梁は生きて戻ってくるといいなと思考を放棄した。
「曹操様ぁ!…あ?」
「…夏侯淵か、静かにしろ」
バン、と走ってきた勢いのままに扉を開けた先では、すでに起きている曹操がベッドの脇に座っていた。大声に顔をしかめると、曹操は人差し指をそっと立て夏侯淵を咎める。その姿に咄嗟に口を閉じたものの、何故起きているのに会議に出てこないのかとか、予想していたものとは違う光景に言葉も出てこなかった。首を傾げる夏侯淵に気付いた曹操が、目線をずらす。その先を追えば、青年と呼ぶにはなんとも幼い顔で眠っている劉備がいた。その右手は、しっかりと曹操の手を握っている。
「…あー、もしかして」
「ああ、一向に離す気配がなくてな。あんまり気持ちよさそうに眠っているものだから、起こすのもしのびない」
「…それは」
手を離した程度では起きないのではないだろうか、という疑問はそっと胸の内にしまった。起こすのが可哀想だと言う曹操は自分では呆れたように言っているつもりだろうが、劉備を見つめる瞳は今まで見たことがないほどに優しい。大切な宝物を見るような、綺麗なものを見つめるような、そんな瞳。
(曹操様、自覚してねぇのか)
なんだか盛大な惚気を見せられたような気がして胸やけを起こしかけているのを感じながら、しかし夏侯淵はどこか嬉しくも感じていた。曹操がこんな風に笑っている姿を見るのはいつ以来だろう。彼はいつだって強い瞳をしていて、いつも周りを警戒して、信頼している部下に見せるのは、頼れる強い代表の顔だった。いつも気を張っていた。そんな曹操が、ようやく落ち着ける場所を見つけている。その事実が、夏侯淵は嬉しかった。自分たちがその空間を作ってやれなかったのは悔しいが、適材適所である。それに、どのみち劉備という青年を夏侯淵だって気に入っているのだ。
「…会議、適当に終わらせとくぞ」
「ああ、そうしてくれ」
いくらお調子者の夏侯淵でもこの空間を邪魔することはできなくて、来た時とは正反対に、今度は扉をゆっくりと閉めた。
「…孫堅を説得する方法を考えなきゃなんねぇなぁ、これは」
今日の会議の議題は、孫堅の説得方法に変更しよう。勝手にそう決めた夏侯淵は、軽い足取りで会議室へ戻った。