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創傑伝

「いい加減に諦めて譲ったらどうなんだ」
「そいつはこっちのセリフだ!てめぇこそさっさと諦めやがれ!」

レッドタイガーの母艦の一室で、大声が響き渡る。そこに居合わせた他の面々も、今更とっくに見慣れてしまったその光景にため息を吐く他なかった。






レッドタイガー、ブルーウィング、ドラゴンズウォッチの三つのチームが揃ってラクヨウの董卓を打ち倒し、三国にはつかの間の平穏が戻ってきた。とは言っても、董卓を倒したところで未だトリニティの供給が不足しているという事態は改善されておらず、三国共々、解決していかなければならない課題は残したままとなったが、それでも不当に支配する董卓という悪が一つ消えたのは大きな進歩と言えるだろう。また各国の代表とも言える者たちが肩を並べ戦ったという情報は、国の民たちに大きな希望を残していった。
が、しかし。ここまでは誰もが無事に終わったと思っていた。曹操と孫堅が同盟関係を結び、一つの勢力を滅ぼした。そのまま平穏に事は終わるはずだった。ただ一つ、新たな確執が、増えなければ。

『結局劉備とはどう知り合ったんだ』
『ああ、あいつがまだちいせぇ時に会ったんだ。今でもまだほんとうの息子みたいに思ってるぜ』
『ほう』
『あんなに強くなってなぁ…』
『………ほしいな』
『おう曹操てめぇもっぺん言ってみろ董卓の次はてめぇだ』

始まりはただ互いを労わり合っていただけだった。曹操がたまたま視界に入った劉備のことを、思い出したように孫堅に尋ねただけだった。孫堅が過去の話を伝える前に、やたらと目を輝かせた劉備によって遮られ結局聞けなかったから。そして、曹操は二人の関係を聞くと、孫堅から遠くの劉備へと視線をずらし、本当に小さい声で、それこそ隣にいる孫堅にだって聞こえるかどうかくらいの声で、一言呟いただけだった。

たったそれだけの会話で、こんなにも大きな溝ができるなどと誰が予測できただろう。今や曹操と孫堅の睨み合い言い合いは、ほぼ日常と化している。



董卓を倒して以来、曹操がレッドタイガーの母艦を訪れる機会は格段に増えた。それはそこに劉備たち一行が身を寄せているという理由からで、むしろそれ以外の理由などない。レッドタイガーの面々からしてみれば困惑するというか何というか、まぁ率直に言えば迷惑なのであるが、まさかそんなことを曹操に言える者などいるはずもなく。さらに言えば、唯一それを言えるであろう孫堅が追い返しつつも二度と来るなと言えないのは、我が子のように可愛がっている劉備が、曹操の来訪に嬉しそうに笑うからだ。本当のことを言うと、先述した会話から分かる通り孫堅は一番曹操と劉備を会わせたくないのだが、そんな風に笑顔を見せられると、強く言う事も出来なかった。だからこうして、今日も今日とて母艦において曹操と孫堅の壮大な戦いが行われているのである。

「曹操てめぇ、マジでいい加減諦めろっつってんだろ、聞こえてんのか?」
「聞こえているに決まっているだろう。いいから隠してないで早くよこせ」
「物じゃねぇ!!やらん!!!」
「往生際の悪い!あいつは会いたがっているのだから口を出してくるな!!」

曹操が言えば、孫堅は怒り心頭で言葉を返す。しまいには曹操も声を荒げるので、こうなるともうだれにも止められない。というかもういつも同じ会話を繰り返しておいて飽きないのだろうかというのは、それを見守る周りの総意だ。レッドタイガーのみならず、ついてきたブルーウィングの夏侯淵や夏候惇も最近ではそんなことを思っている。最初は応援していたのだ。曹操が誰か一人にここまで固執するのは初めてで、それに加えその相手である劉備を、彼らも気に入っていたから。曹操が劉備を連れてブルーウィングに戻ってくれば、それ以上のことはないと思っていたから。だが現実はどうだろう。その思いが本物とはいえ、あんな風に声を荒げるというか孫堅と言い争う曹操様は正直見たくなかったかもしれないな、というか。今まで築き上げてきた曹操様のイメージが、というか。部下の心上司知らずである。
ちなみに当の本人はというと、心から信頼できる仲間の手によって綺麗に曹操から隠されている。大声が聞こえるから何事かと覗こうとするたび、見事に張飛や関羽の手によって連れ戻される。なので、劉備は未だに、まさか命の恩人である孫堅と尊敬してやまない曹操が、自分を巡って喧嘩しているなどとは全く知らないのである。

「だいたいてめぇ劉備の何を知ってやがる、あいつの過去も何も知らねぇくせに欲しいなんざ許せるわけねぇだろ」
「そんなものは本人に聞く。お前にとやかく言われる筋合いはない」
「あいつが全部語るとは限らねぇだろうが」
「だからあいつが自分から言い出せるようにしていくと言っているのにわからない男だな」
「てめぇみたいなやつに劉備を任せられるか!」

そして言い合いの内容はまた冒頭に戻る。もうこれを何度繰り返したことか。そもそも孫堅は確かに劉備を我が子のように可愛がってはいるが、別に我が子でもなんでもないことはいつになったら誰が気付いてくれるのだろう。これは孫策談である。親父も変わったなぁ、というのは孫権の思うところだ。

「なぁなぁ、孫堅のおっちゃんも曹操さんも、いっつも何言い争ってんだ?」
「あぁ、それはお前のこ……劉備!?」
「へへ、張飛と関羽の壁をようやく突破してきたぜ!」

二人の言い争いを遠巻きに眺めていた孫策に唐突に尋ねたのは、他でもない劉備本人。思わず飛び上がって驚くのをなんとか抑えた孫策は、得意げに笑う劉備にまさか真実をそのまま伝えることもできず、言いよどんだ。今頃関羽と張飛が大慌てで劉備を探しているに違いない。何をやっているんだドラゴンズウォッチは!と一瞬思わなくもなかったが、よく考えれば別に彼らは何一つ悪くないなと思い出して孫策は大きくため息を吐いた。そして、何か言い訳を、と口を開きかけたと同時に。

「お前なんざに劉備はやらん!!」
「だいたい貴様は劉備の父親でもなんでもないだろうが!!!」

曹操と孫堅の大声が響き渡った。

(親父…!!)

耐えきれず孫策は頭を抱えた。ばっちりと劉備にも聞こえたことだろう。今まで必死に隠し通してきたのに、これで努力は全て水の泡だ。仮にも代表なのだから周りにもう少し目を配ってほしい。目の前の天敵を追い返すよりも、まずもっと周りを見てほしい。孫策はそこまで考えて、もうそれ以上思案するのをやめた。思考停止、きっとそれが最善策である。劉備に何か言うべきだろうが、もう知ったことか。孫策に否は一切ない。

「孫権のおっちゃん」
「なんだ劉備、今忙しいから待って…は!?」

そして劉備と言えば、自分の名前を大声で叫ばれてまさか気にしないわけもなく。とてて、と孫堅と曹操のもとへ駆け寄ると、控えめに孫堅の肩を叩く。孫堅もまさか劉備がここにいるとは思っておらず、驚きの声を上げた。声を出さなかっただけで、曹操も相当驚いているが。
劉備は孫堅を呼ぶと、何か言おうとして、何が気恥ずかしいのか俯いたり顔を上げたりを数度繰り返して、意を決したように口を開いた。

「あの、さ、俺、おっちゃんのこと、その…父ちゃんみたいだって、思ってるよ」
「…!?」

少し小さい声で紡がれたその言葉に、孫堅は完全に言葉を失う。ついでに動きも止めた。手が震えている。劉備はそんな孫堅の様子に気付かないのか、本心を伝えるだけで伝えると嬉しそうにはにかんだ。

(かわいい…!!!)

そう、大声で、いや内心でそう叫んだ孫堅は、きっと何も間違っていない。泣きそうになったのをぐっと堪える。孫堅の父性が溢れた。もうとっくに親離れしている孫策や孫権に今更父性を溢れさせること等あり得ないが、ずっとずっと心配してきた相手である劉備から、勝手に父親代わりの気分でいたくせにまさか「父ちゃんみたいだと思っている」などと言われる日が来るなど。ああ今すぐこの可愛い子供を抱きしめてやりたい!という衝動を、さすがに公衆の面前であるので孫堅は押し殺した。正直死にそうである。

「あ、あのさ、曹操さん」
「…なんだ」
「俺、曹操さんのとこは行けないけど、曹操さんのことも大好きだぜ!」
「ぐッ…!!」

そして劉備は何を思ったのか曹操の方を見つめると、にっこりと笑ってそう言った。曹操もそれまでの二人の会話を目の前で聞かされてもうこれ以上聞いてられるかと思っていたが、まさか自分にも矛先は向くとは思っておらず、心の準備ができないまま善意の塊をくらってしまい言葉を失った。片手で胸のあたりを堪えるように押さえる。倒れ付さなかった自分を褒めてやりたい。劉備は満足そうにニコニコ笑っている。笑っているが、そばの二人が瀕死になっていることにも少しくらい目を向けてあげてほしい。

「??…二人ともどうしたんだ??」

純真無垢な子供が心底不思議そうに首を傾げるので、瀕死の大人二人は、震える声でなんでもないと答えるしかなかった。




勝者、劉備。
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