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創傑伝

少年はあの日、泣いても大切な人は戻ってこないことを知った。
青年はその日、泣いても大切な人は戻ってこないことを思い出した。




1人で生きてきた青年は、あの日からずっと、泣き方を忘れたままだ。




【涙の流し方】




「俺の船に来いよ。ちょっとくらい顔出してけ」


ブルーウィングとレッドタイガー、加えてドラゴンズウォッチの3つのチームが組んで洛陽の董卓を討ち取り作戦の成功を劉備が張飛や関羽らと喜ぶ中、その正面からレッドタイガーの代表である孫堅が近づいてきたことに気付き劉備は顔を上げる。張飛と関羽はまだ事情を知らないが、劉備と孫堅はこれが初対面ではない。まだ戦う事すらできないもっとずっと幼かった頃、今の劉備の原点とも言えるあの日。それほど昔に、彼らはすでに一度出会っている。孫堅の劉備を見るその表情は、我が子を見つめるそれと変わらない。何も知らない張飛や関羽は孫堅のそんな表情に首を傾げるしかなかったが、当の劉備と言えば、あんまり優しい目をされるものだからなんとなくこそばゆく感じていた。
劉備たちが孫堅の名前を呼ぶよりも先に、孫堅はにかりと笑って、彼らを自身の船へと誘う。聞けば、せっかく作戦が成功したのだから、ちょっとした打ち上げを開くらしい。都合がいいなら、それにぜひとも参加していけということだった。

「俺たちも行っていいのか?」
「おうよ。お前は呂布倒した功労者だし、そっちの二人は董卓の野郎を引き留めてくれてたからな。遠慮すんな」
「ありがとう、孫堅のおっちゃん」

親し気に劉備と話す孫堅は、まるでそれが当然のことかのように張飛が支えていた劉備を代わりにその腕で支える。まさかそんなことをされるとは思っていなかった張飛は、突然逃げてしまった重さに軽く姿勢を崩した。それらをまるで気にしていない孫堅は、自身の後ろで待っていた息子や部下たちに大きく声をかける。

「船に戻るぞ!!」


結局、劉備が思い出したように諸葛亮の名を出して彼が合流するまで、劉備のことを支えていたのは孫堅のままだった。



***



「しっかし、ちょっと見ない間に本当に大きくなったもんだなぁ」
「そりゃ、何年も経ってるんだから俺だってちょっとは成長するよ」
「ちょっとはぁ?だいぶ成長してるだろう。なんてったってあの呂布を倒したんだからな!」

レッドタイガーとドラゴンズウォッチのメンバーが各々好きに食べて飲んで騒ぐ中、劉備はずっと孫堅の隣にいた。二人の事情を知っている孫策らが、積もる話もあるだろうと配慮した結果だ。未だに関係性を把握できていない関羽らはずっとそれを不思議そうに見つめるばかりだが、孫策あたりは、まぁこうなるだろうなとわかっていたのかもはや諦めたように傍観するのみである。関羽らも聞こう聞こうとは思っているのだが、どうも劉備が今まで見たことのないほどに嬉しそうに笑って話しているものだから、すっかりタイミングをなくしてしまったようだ。

「そういえば、劉備はずっとショクエリアにいたんだってな。ドラゴンズウォッチだったか?」
「ああ、俺も誰かを守れるようになりたいって思って、自警団が一番いいなって思ってさ」
「お前らしいじゃねぇか。それで?なんで洛陽に来ようと思ったんだ。ドラゴンズウォッチはよかったのか?」

孫堅と劉備の会話に、それまでただ聞いているだけだった張飛と関羽が分かりやすく反応する。彼らが出会ったのは、二人がショクエリアに来る道中大量のバグに追われていた時だ。その時のことを思い出したくないなどとは決して思わないが、良いばかりの出会いではなかった。劉備は否定したが、あの日、確かに追われていた彼らを助けに来たことで、劉備と共にドラゴンズウォッチに所属していた趙雲という男が死んだのだ、彼らの、劉備の目の前で。そんなことを、劉備の口から語らせるべきではないと思った。大切な仲間を失った話など、こんな楽しいはずの席でさせたくはなかった。そう思って、関羽が口を開きかけたのと同時に、他でもない劉備が、すぐさま答える。

「仲間が死んだんだ」
「…なに?」

それまでずっと笑顔だった孫堅も、途端に怪訝そうに顔を歪める。傍観を決め込んでいた孫策も、動きを止めた。

「バグに殺された。その時二人に会って、守っているだけじゃ駄目だと思って。だから洛陽に来たんだ」

泣き出しそうな声色では決してなかった。むしろその顔には微笑すら湛えていた。劉備は、あの出来事を決して忘れたわけでも、悲しくないわけでもない。関羽らを助けに行ったことで趙雲はその命を散らしたが、それは誰が悪いとかそんなものじゃないと、劉備はよく知っていた。自分から進んで語りたいとは全く思わないが、それでも聞かれれば普通に答えられる程度には、劉備の中ではもう折り合いがついていた。

「…劉備」
「え、なに、ちょっと、おっちゃん!?」
「いいから来い」

そんな劉備の様子をしばらく見つめた孫堅は、その腕を掴み強引に部屋から連れ出す。何事かと慌てた劉備も孫堅の真剣な声にそれ以上何も言えず、ただついて行くことしかできなかった。
まだ騒がしいその部屋に残された関羽らは、孫堅の突然の行動に首を傾げている。ただ、孫堅の行動の意味をなんとなく察した孫策だけが、小さくため息を吐いた。

「…親父と劉備がいつ出会ったのか、教えておこう」
「…劉備との?」


そう言って、孫策は数年前のあの日、彼らが小さな龍に出会った日を思い出した。




良い出会いではなかった。村人から頼まれた人探しをしていた先で、たまたま倒れ伏す親子を見つけただけだった。本当なら、そこで終わるはずだった。まだ今のように黄化ウイルスが知られていなかった頃だ。何も知らない村人たちは、突然のウイルスの蔓延になすすべもなかった。それは孫堅たちも同じだった。まだ何も知らず、ただ、劉備の母親だけが、あの時はそれを知っていた。


「何もできないまま、村のほとんどが感染した。逃げ切るまであと少しのところで、まだ幼かった劉備が転び、母親がすぐに駆け付けた」


「…そして、劉備を庇い、母親はウイルスに感染した」


誰かが息を呑んだ。そんな話は、ただの一度も聞いたことがなかった。今までずっと興味がなさげにしていた諸葛亮も、さすがにこれには顔を上げる。


「結局、最後に劉備の母親は一瞬だが自我を取り戻したらしくてな。自ら吊り橋を落として、劉備や親父たちを守って、死んだ」

あれは、親としての子供への愛だったのだろうか。それは孫策にも、そして孫堅にもわかっていない。ただ、戦う力を持つ自分たちがいたにもかかわらず、劉備が目の前で母親を失うことになってしまった事実だけがそこにあった。情報がなかっただとか、力が及ばなかったからだとか、そんな話ではなかった。だからこそ、劉備と別れる時、孫堅はあんなにも渋ったのだ。孫策に咎められるほどに、なんとか劉備を連れていけないかと説得しようとした。結局劉備は一人で生きることを選び、それ以来出会うことはなかったけれど。孫堅はずっと気にしていた。ずっと劉備がどうしているか心配していた。それこそ我が子のように。孫策はそれらをすべて知っているから、父の突然の行動にも何も言わなかったのだ。

「仲間が死んだと言っていたな」
「え、あ、あぁ」
「その時、劉備は泣いていたか?」

言われて、張飛も関羽も、そんな姿を見なかったと思い出す。彼が泣いているところは、一度も見ていない。誰よりもまだ、若いのに。

「…まぁ、あとは親父に任せておけばいい。悪いようにはしないだろう。もし何かしたとしたら俺から言っておくから安心しろ」

どうにもその一角だけ打ち上げを続ける雰囲気ではなくなってしまったことを確認した孫策は、やはり父を止めるべきだったかもしれないとさっそく後悔し、今頃まるで本当の父親のような顔を劉備に見せているだろう孫堅に、内心で文句を垂れるのだった。












「劉備、我慢はするな」
「なに、どうしたんだよ急に。我慢って」

孫堅は劉備をその船の自室に連れてきていた。大きなソファの上に無理矢理座らせ向かい合う。その顔にはただ困惑が見て取れたが、孫堅はそんなことはどうでもよかった。ただ、あの日彼の意思を尊重し置いて行った身として、何より子供を持つ父親として、劉備にさせなければならないことがあった。

「いいか、これまでお前はきっと言った通り一人で生きてきたんだろう。本当なら親に甘えてもいいくらいの時から、そんなこともせず、生きてきただろう」
「孫堅のおっちゃん…?」
「劉備、今ここには俺しかいない。わかるか?この船にいるほとんどが、お前より年上のやつらばっかだ」


「なぁ劉備、一度くらい、普通に泣いたっていいんだ」


少年はあの日、泣いても大切な人は戻ってこないことを知った。
それからずっと、大切な人を思い出して泣くことはしなかった。だってそれは、意味がないことだから。泣いたところで帰っては来ないのだから。それに、言ったのだ。強く生きると。一人でも、誰かを守れるくらい強く生きるのだと。だって、それが母の遺言だったから。だから劉備は、強く生きるしかなかった。そうしなければ、見えない何かに押しつぶされそうだった。本当は、ほんの少し、連れていってほしいと思ったのだ。決して言わないけれど、別れることを寂しく思ったのだ。
青年はその日、泣いても大切な人は戻ってこないことを思い出した。
亡くすなんて思ってもみなかった。また自分の力が及ばないせいで、目の前で大切な人の命が散る。一人で行かせるべきではなかったのに、すぐにでも駆け付ければ、もしかしたら、間に合っていたかもしれないのに。だけど泣けなかった。散った命は、泣いても戻っては来ない。劉備はそれを痛いほどに知っていた。


だめだよ、俺、もう泣かないって、決めたんだよ。
おっちゃん、だめなんだ。そんな、そんなことを、言われてしまったら。


「……あ、れ…?なんで、おれ、っ」

気付いたら、次々に涙が溢れた。慌てて止めようとしても、それはまったく止まってくれる気配はない。孫堅の前で、泣きたくはなかったのに。一人で生きていくと決めたのは自分なのに。だから、この人の前では泣かないのだと、思っていたのに。
溢れる涙を止めようとする劉備を、孫堅は数秒黙って見つめ、それから、無理矢理手を引き自分の腕の中へ閉じ込めた。引く力が強すぎたのか、がちゃんと、壊れるような音が響く。壊れたのは鎧だったのだろうか。
それとも、壊れてもよかった、壁だっただろうか。

「えらいなぁお前は。ほんとに一人で、こんなに大きくなりやがって」
「っ、だ、って、おれ、強く、ならなきゃ、って、っ」
「強くなったさ。曹操といっしょにとはいえ、あの呂布を倒したんだ。お前は強い」
「ぅっ、おっちゃん、っ」
「止まるまで泣いとけ。安心しろ、誰も来ねぇよ」
「ぅん、ッ、」




1人で生きてきた青年は、その日、温かく強い力に抱きしめられながら、ようやく泣き方を思い出した。
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