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怪獣

どれだけの長い時を生きようと、どれだけの悠久の時を生きようと、彼らも同じ生き物であることに変わりはない。命に決して永遠はなく、番を作り、子を成し、次代へと血を残す。一部例外を除いて、彼らのサイクルは人間のそれと大して大きな違いはない。ただその時間の尺度が、人間とは比べ物にならないほど長いだけだ。そしてそれは、王であろうと、同じなのだ。

エイペックスが極秘に開発を進めていたメカゴジラを発端に起きた香港での壮絶な戦いは、未だその爪痕を色濃く残している。市民らの避難が行われなかったわけでは決してないが、避難がゴジラの襲撃と同時進行で行われ、初動が遅れたこともありその被害の数は甚大だった。まだ見つからない者も多く、街は瓦礫に包まれたままだ。
ゴジラの襲撃がエイペックスが開発したメカゴジラのせいであるという事実は、一応は広く報じられている。しかしゴジラを始め、怪獣たちへの世間からの風当たりは強いままだ。何も知らない一般市民にとって、エイペックスが何を開発していようが関係がない。ただ自分たちの生活圏に怪獣が現れ、生活を根こそぎ奪っていった。ただそれだけが、市民にとっての事実だ。ゴジラを救世主、味方だと言う者もいるが、ゴジラによって身内を潰され焼かれた者にとってはその限りではない。件のマークラッセルもまた、かつてはその一人だった。
けれどもモナーク職員らの働きもあり、エイペックスが原因だという事実はしっかりと伝えられたため、そちらへ非難を向ける声も多く上がっている。トップがいなくなった以上、この世論ではエイペックスが立ち行かなくなるのも時間の問題だろう。そうなれば、もしかしたら社員らはゴジラを恨むかもしれないが。
しかしと、マディソンラッセルは思う。
(私たちが怪獣に家族を、生活を奪われたように、私たちは彼らの生活を奪ってる)
かつてのギドラとの戦いから、ゴジラが人間を大々的に襲うような事件は起きていなかった。もちろん彼ら怪獣はそこに現れるだけで人間にとっては災害と同じなため、まったく何もなかったとは言えないが、それでも彼自らが人間に牙をむくことは数少なかった。この星の調和を乱さなければ、彼は基本的には大人しいのだ。それは彼がこの星の長であり王であり、大地は彼自身でもあったから。だからどこかで調和が乱れれば、星は彼を通じてその調和を戻そうとする。モナークが追って来たゴジラの行動は、今までその程度だった。
「…奪ってばっかり」
マディソンは、ゴジラを人類の味方だと信じてやまない。かつて母が犯した罪を、ゴジラが粛清してくれた。ギドラを倒し、母が乱した調和を取り戻した。彼が、人間を救ってくれた。今回だってまた、人間が犯そうとした過ちを事前に察知し、止めに来た。マディソンはずっと、ゴジラを救世主だと信じている。たとえその思想が母と同じものだったとしても、たとえ父に苦い顔をされようとも。だからこそ、だからこそ思うのだ。彼は人間を何度だって救ってくれているのに、人間は彼から奪ってばっかりだ。
安息を奪った。人間の醜い争いの果てに、彼の眠りを妨げた。
彼の命を一度奪った。彼の王座を奪った。
彼の家を奪った。
彼の、唯一を、奪った。
モナークの研究成果もあり、女王の卵はもう見つかっている。未だ生まれる様子はないけれど、死んではいない。ゴジラは何度か卵の様子を見に来たが、孵る様子がないと分かるとほとんど姿を見せなくなった。当たり前だ、彼は王なのだ。調和を保つためにやらなければならないことは山ほどある。きっとそれらも、人間が何もしなければ必要なかったのだろうけれど。
思い出せば思い出すほど、人間はゴジラから奪ってばかりだ。ずっとずっと、恩を仇で返し続けている。マディソンには、それが悲しい。
「…ママ、ママのしたことは、間違ってたかもしれないけど、きっと今の私たちだって、間違ってるよね」
半身を失う痛みを、マディソンは知っている。大切な人がいなくなる悲しみを、マディソンは知っている。彼らが本能に生きる怪獣だったとしても、マディソンは知っているのだ。かつてモスラを失った時、ゴジラが泣いたことを。彼ら怪獣にも、感情はあるのだと、マディソンは知ってしまっている。
しかしだからこそ、マディソンはメカゴジラを相手にゴジラと共に戦ったコングの姿に僅かな希望を見出した。ゴジラとコングがこれまでどのような関係だったかなんてマディソンは分からないし、きっと本当のところはいくら調べたところで人間にだって分からない。けれど確かに彼らはい一度共闘し、そしてゴジラもコングを認めて去っていった。
王は王一人で成るのではない。その下に仕える者がいて初めて王は王足り得る。コングは決してゴジラに仕える者ではないけれど、モスラを失って以降たった一人でこの星を守ってきたゴジラにとっては、モスラとはまた違った意味で唯一同じ土俵に立っているのがコングなのだ。ゴジラは地上を、コングは地下空洞を王座として。
きっとこの先、彼らが自ら相まみえることは、余程のことが起きない限りはないのだろう。彼らにとってもそれが一番いいはずだ。だから、どうか王がまた孤独にならなければいい。どうか王がもうこれ以上何も失わなければいい。どうか、どうか。
「…どうかこの先、彼が敵にならなければいい」
平穏な時の中で、人間がつけた傷をゆっくりと癒してほしい。そうしてこの先、女王が再び目覚める時までは、独りになってしまわなければいいと、切に願う。
マディソンにとってゴジラは、どうしようもなく、彼女にとっての救世主なのだ。
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