【悲報】嘘だと言ってよ【スキャンダル】
「ほんっとにごめん!」
深々と頭を下げ続けてずっと謝る目の前の姿に、オメガは呆れて溜息を吐く。もう今朝から今まで彼の口から謝罪の言葉を何度聞いただろうか。いい加減聞き飽きてきた。
「…ブイ、もういいから」
ブイ、と呼ばれた彼は、心底申し訳なさそうな、そして今にも泣き出しそうな顔を上げた。
彼の名前や顔は、オメガが関わって来た人たちならよく知っている。金色がかった瞳、オメガの幼馴染であるアルファと同じくらい高い背丈、ブイ。彼はオメガの正式なマネージャーだった。けれど今の彼の姿は、彼を知っている人たちにもあまり馴染のないものだ。
光に当たると綺麗に反射する、空の水色。ブイは黒髪だと周りの人々は思っているが、彼の元々の地毛の色は空の水色だった。
本当は、こんな大事になるつもりではなかったのだ。
その日はたまたまオメガがオフだというのもあってブイもスケジュールを大方調整すると何もなかったのだが、急遽次のドラマの話が入りオメガの自宅へ向かっていた。いつもであれば、髪を黒く染め直していた。けれどその日はどうせ夜また染めるだろうし、とフードを被って出かけたのだ。そうして自宅へ向かう道中でたまたま買い物に出ていたオメガ本人と会って、一緒に部屋へ歩いていた。
『今日は染めていないんだな』
『ああ、夜染めるし、ちょっと出るだけだからいいかなって』
『ふふ、水色、久しぶりに見たな。私はこっちの方が好きなんだが』
そう言われながら、そっとフードを取られる。あんまり優しく笑いながらオメガがそんなことを言うものだから、ブイも少し照れ臭くなって、それを隠すようにはにかんでもう一度フードを被り直した。たった少しだったはずだ、フードを取っていたのは。確かに水色の髪なんて珍しいから目立つだろうが、それでもたった数秒しかその水色は晒さなかったわけで。
だから、まさかあの時写真を撮られていたなんて、思いもしなかったのだ。
ブイは朝起きてトレンドを見た時本当にびっくりしたのだ。トレンドだけでなく、テレビや週刊誌、新聞、ありとあらゆるものがオメガの話でもちきりだった。しかも、晒された写真に写るのは間違いなく昨日の自分だ。ブイはオメガのマネージャーとして、彼女に迷惑をかけることを絶対に良しとしないし、今まで覚えてる中では大きな迷惑をかけたことはなかったはずだ。その写真は、ブイにとって人生最大の失態だった。
慌てて黒く髪を染め直し、俊足を生かしてすぐにオメガの自宅へ向かった。彼女はブイが来るだろうことが分かっていたようで、誰にも見られないようブイを招き入れるとすぐさま扉を閉めて鍵をかけてしまった。そうして冒頭にいたる。
オメガとしては、別に今回のことでブイを責めるつもりなど一切なかったので、そう何度も謝られても困るのだ。悪いのは全面的に勝手に写真を載せたメディアであって、ブイではない。だいたいオメガが仮に誰かと付き合っていたとして何だと言うのか。他人にとやかく言われる筋合いなどない。オメガは、自分のテリトリーに土足で踏み入られることを何より嫌っていた。
「ブイ、とりあえずもう謝るのはやめてくれないか」
「う…でも、」
「すまない、言い方を変えよう。これ以上怒らせないでくれ」
「えっ」
ブイはそこで初めてオメガの顔を見て震えあがった。どう見ても、怒っていらっしゃる。それはもう、ブイも見たことがないまでに、相当。自然と背中が伸びた。
「ああ、別にブイに怒っているわけじゃないんだ。ただ、好き勝手に私やブイを消費されているのが我慢ならなくてな」
「あ、はは…オメガ、目が笑ってないよ……」
薄く微笑んではいるが、その目は一切笑っていない。
オメガは怒っていた。SNSなどで何を言われているかは詳しくないので知らないが、気を付けていてもテレビからの言葉は耳に入ってしまう。オメガはブイの空のような水色の髪を一等気に入っているが、テレビはそんな綺麗に消費してはくれないものだ。
『こんな髪色の男性と付き合ってるともなれば、些か残念な気もしますがね』
思わずテレビをたたき割るところだった。にやにやと笑いながらそんなことを言うどこの者とも知れぬ評論家やらコメンテーターに、オメガは怒りを隠そうともしなかった。オメガにとってブイはかけがえのない友人で、大切なマネージャーだ。友人を勝手に貶されて何も思わないほどオメガは非情ではない。
「だいたい、私はずっと染めなくてもいいと言ってきただろう」
「いや、それは嬉しいけど…僕は別に目立ちたいわけじゃないから」
ブイが頑なに髪を黒く染めようとする理由はそこにあった。ブイの水色は世間一般的には珍しく、そのままで出歩けば人目を惹く。実際幼い頃はただ外に出ているだけで誰からも見られたし、本当に地毛かどうかもよく疑われたものだ。だからオメガのマネージャーになると決めた時、彼女の隣や後ろに立つ者として、一切の個性を捨てようと決めた。自分はあくまでサポートに徹するのが仕事であり、目立つことが仕事ではない。自分に向く目は、全てオメガに向けられるものであるべきだ。だからオメガに何度そのままでいいと言われてもずっと染めてきた。ただの一度気を抜いただけで、こんなことになるとは思っていなかったけれど。
「お前のその髪色が隣にあると私の姿が霞むとでも?」
「は、いやそういうわけじゃなくて!そんなことあり得るわけないだろ!」
「ならいいじゃないか。今後染めることは許さないからな」
「うぇ、あ、ぐぬ…」
思わずブイが言い返せば、その答えを待っていたとばかりにオメガはそう言って得意げに笑った。そんなことを言われてしまえば、ブイはもう何も言い返せない。オメガは一度こうと決めたら絶対に譲らない。今度染めてきたら、きっと怒られる。ブイはオメガに怒られたことなど数えるほどもないが、その怖さはアルファから聞いているため、お目にかかることは極力したくなかった。
けれど、嬉しいとも、思うのだ。自分の髪が嫌いなわけではない。実際従兄弟にも同じような色をした者はいるし、それなりに気に入ってはいる。けれど奇怪な目で見られることは好きではなかった。綺麗だと言われるならまだしも、何かおかしなものを見るような目を向けられることは、ブイにとって酷くストレスだった。だから、誰より尊敬して、誰より側にいるオメガに、この色を真正面から受け入れられることは、何より嬉しいことだった。自分自身を肯定されているようで。
複雑そうな顔で俯くブイに、オメガはばれないよう小さくまた溜息を吐く。ブイは基本的に楽観的ではあるが、ことオメガのことであったり自分がオメガに与える影響であったりすることに関しては時々急に消極的になることがあるのは悪い癖だった。まぁ、それだけオメガのことをしっかり考えてくれていると言うことではあるのだけれど。
(…あんな奴らに、奪われてたまるものか)
オメガはブイが自分のマネージャーになったことを運命とさえ思っている。それだけ心を許している。たとえ周りが何と言おうと、譲れない。メディアがどれだけ騒ぎ立てようと、聞く耳はないし、黙らせる手段だってあるのだ。オメガは自分の内側へあるものを奪われる行為に、何より嫌悪を抱いていた。それは過去の経験からか、それとも。
「…でも、もしテレビが収まらなかったら?」
「ふむ…ブイ、お前英語はどれくらいできる?」
「え、英語?さぁ…日常会話くらいは今でもできると思うけど…」
「そうか。覚えようと思えば通訳もできるな?覚えるのは早いだろう」
「え、え、待って。オメガ、それって」
目を見開くブイに、オメガは楽しそうに笑った。
「別にここで女優を続けることにこだわりはない。ここが駄目なら海外に行くまでだ」
「かいがい…」
「言っておくがお前にもついてきてもらうぞ。拒否権はないからな」
「は、はは…大きく出たなぁ」
「当然だ」
「私はオメガ。伝説を謳う女優だぞ」
そう笑う顔があまりにも綺麗で、ブイはぞくりと震える。あまりにも、眩しい。
そうだ、オメガはそういう人だった。ブイもよく知っている。彼女は自分の目指すものに対して一切の妥協を許さない。一切手を抜かない。彼女が海外に出ると言うのなら、きっとそこでも今のように伝説の名をほしいままにする。ブイもそう、確信できる。そしてその時、マネージャーとして彼女の後ろに立ち支えるのは、自分以外にいないのだ。その場所を、他の誰かに盗られるわけにはいかない。絶対、誰にも立たせない。
ブイの瞳が先程までよりも落ち着いたのを見て、オメガはそっと腕を広げる。
「ストレス発散にはハグがいいらしいぞ、しとくか?」
「…する!」
嬉しそうに抱き着いてくる大きな背中に、オメガも優しく手をまわした。
ちなみにその後も収まりを見せないテレビにさすがのオメガもぶち切れ急遽記者会見を開くことになったのだが、ブイはその即断即決の姿を見て自分は絶対にオメガを怒らせないと誓った。
深々と頭を下げ続けてずっと謝る目の前の姿に、オメガは呆れて溜息を吐く。もう今朝から今まで彼の口から謝罪の言葉を何度聞いただろうか。いい加減聞き飽きてきた。
「…ブイ、もういいから」
ブイ、と呼ばれた彼は、心底申し訳なさそうな、そして今にも泣き出しそうな顔を上げた。
彼の名前や顔は、オメガが関わって来た人たちならよく知っている。金色がかった瞳、オメガの幼馴染であるアルファと同じくらい高い背丈、ブイ。彼はオメガの正式なマネージャーだった。けれど今の彼の姿は、彼を知っている人たちにもあまり馴染のないものだ。
光に当たると綺麗に反射する、空の水色。ブイは黒髪だと周りの人々は思っているが、彼の元々の地毛の色は空の水色だった。
本当は、こんな大事になるつもりではなかったのだ。
その日はたまたまオメガがオフだというのもあってブイもスケジュールを大方調整すると何もなかったのだが、急遽次のドラマの話が入りオメガの自宅へ向かっていた。いつもであれば、髪を黒く染め直していた。けれどその日はどうせ夜また染めるだろうし、とフードを被って出かけたのだ。そうして自宅へ向かう道中でたまたま買い物に出ていたオメガ本人と会って、一緒に部屋へ歩いていた。
『今日は染めていないんだな』
『ああ、夜染めるし、ちょっと出るだけだからいいかなって』
『ふふ、水色、久しぶりに見たな。私はこっちの方が好きなんだが』
そう言われながら、そっとフードを取られる。あんまり優しく笑いながらオメガがそんなことを言うものだから、ブイも少し照れ臭くなって、それを隠すようにはにかんでもう一度フードを被り直した。たった少しだったはずだ、フードを取っていたのは。確かに水色の髪なんて珍しいから目立つだろうが、それでもたった数秒しかその水色は晒さなかったわけで。
だから、まさかあの時写真を撮られていたなんて、思いもしなかったのだ。
ブイは朝起きてトレンドを見た時本当にびっくりしたのだ。トレンドだけでなく、テレビや週刊誌、新聞、ありとあらゆるものがオメガの話でもちきりだった。しかも、晒された写真に写るのは間違いなく昨日の自分だ。ブイはオメガのマネージャーとして、彼女に迷惑をかけることを絶対に良しとしないし、今まで覚えてる中では大きな迷惑をかけたことはなかったはずだ。その写真は、ブイにとって人生最大の失態だった。
慌てて黒く髪を染め直し、俊足を生かしてすぐにオメガの自宅へ向かった。彼女はブイが来るだろうことが分かっていたようで、誰にも見られないようブイを招き入れるとすぐさま扉を閉めて鍵をかけてしまった。そうして冒頭にいたる。
オメガとしては、別に今回のことでブイを責めるつもりなど一切なかったので、そう何度も謝られても困るのだ。悪いのは全面的に勝手に写真を載せたメディアであって、ブイではない。だいたいオメガが仮に誰かと付き合っていたとして何だと言うのか。他人にとやかく言われる筋合いなどない。オメガは、自分のテリトリーに土足で踏み入られることを何より嫌っていた。
「ブイ、とりあえずもう謝るのはやめてくれないか」
「う…でも、」
「すまない、言い方を変えよう。これ以上怒らせないでくれ」
「えっ」
ブイはそこで初めてオメガの顔を見て震えあがった。どう見ても、怒っていらっしゃる。それはもう、ブイも見たことがないまでに、相当。自然と背中が伸びた。
「ああ、別にブイに怒っているわけじゃないんだ。ただ、好き勝手に私やブイを消費されているのが我慢ならなくてな」
「あ、はは…オメガ、目が笑ってないよ……」
薄く微笑んではいるが、その目は一切笑っていない。
オメガは怒っていた。SNSなどで何を言われているかは詳しくないので知らないが、気を付けていてもテレビからの言葉は耳に入ってしまう。オメガはブイの空のような水色の髪を一等気に入っているが、テレビはそんな綺麗に消費してはくれないものだ。
『こんな髪色の男性と付き合ってるともなれば、些か残念な気もしますがね』
思わずテレビをたたき割るところだった。にやにやと笑いながらそんなことを言うどこの者とも知れぬ評論家やらコメンテーターに、オメガは怒りを隠そうともしなかった。オメガにとってブイはかけがえのない友人で、大切なマネージャーだ。友人を勝手に貶されて何も思わないほどオメガは非情ではない。
「だいたい、私はずっと染めなくてもいいと言ってきただろう」
「いや、それは嬉しいけど…僕は別に目立ちたいわけじゃないから」
ブイが頑なに髪を黒く染めようとする理由はそこにあった。ブイの水色は世間一般的には珍しく、そのままで出歩けば人目を惹く。実際幼い頃はただ外に出ているだけで誰からも見られたし、本当に地毛かどうかもよく疑われたものだ。だからオメガのマネージャーになると決めた時、彼女の隣や後ろに立つ者として、一切の個性を捨てようと決めた。自分はあくまでサポートに徹するのが仕事であり、目立つことが仕事ではない。自分に向く目は、全てオメガに向けられるものであるべきだ。だからオメガに何度そのままでいいと言われてもずっと染めてきた。ただの一度気を抜いただけで、こんなことになるとは思っていなかったけれど。
「お前のその髪色が隣にあると私の姿が霞むとでも?」
「は、いやそういうわけじゃなくて!そんなことあり得るわけないだろ!」
「ならいいじゃないか。今後染めることは許さないからな」
「うぇ、あ、ぐぬ…」
思わずブイが言い返せば、その答えを待っていたとばかりにオメガはそう言って得意げに笑った。そんなことを言われてしまえば、ブイはもう何も言い返せない。オメガは一度こうと決めたら絶対に譲らない。今度染めてきたら、きっと怒られる。ブイはオメガに怒られたことなど数えるほどもないが、その怖さはアルファから聞いているため、お目にかかることは極力したくなかった。
けれど、嬉しいとも、思うのだ。自分の髪が嫌いなわけではない。実際従兄弟にも同じような色をした者はいるし、それなりに気に入ってはいる。けれど奇怪な目で見られることは好きではなかった。綺麗だと言われるならまだしも、何かおかしなものを見るような目を向けられることは、ブイにとって酷くストレスだった。だから、誰より尊敬して、誰より側にいるオメガに、この色を真正面から受け入れられることは、何より嬉しいことだった。自分自身を肯定されているようで。
複雑そうな顔で俯くブイに、オメガはばれないよう小さくまた溜息を吐く。ブイは基本的に楽観的ではあるが、ことオメガのことであったり自分がオメガに与える影響であったりすることに関しては時々急に消極的になることがあるのは悪い癖だった。まぁ、それだけオメガのことをしっかり考えてくれていると言うことではあるのだけれど。
(…あんな奴らに、奪われてたまるものか)
オメガはブイが自分のマネージャーになったことを運命とさえ思っている。それだけ心を許している。たとえ周りが何と言おうと、譲れない。メディアがどれだけ騒ぎ立てようと、聞く耳はないし、黙らせる手段だってあるのだ。オメガは自分の内側へあるものを奪われる行為に、何より嫌悪を抱いていた。それは過去の経験からか、それとも。
「…でも、もしテレビが収まらなかったら?」
「ふむ…ブイ、お前英語はどれくらいできる?」
「え、英語?さぁ…日常会話くらいは今でもできると思うけど…」
「そうか。覚えようと思えば通訳もできるな?覚えるのは早いだろう」
「え、え、待って。オメガ、それって」
目を見開くブイに、オメガは楽しそうに笑った。
「別にここで女優を続けることにこだわりはない。ここが駄目なら海外に行くまでだ」
「かいがい…」
「言っておくがお前にもついてきてもらうぞ。拒否権はないからな」
「は、はは…大きく出たなぁ」
「当然だ」
「私はオメガ。伝説を謳う女優だぞ」
そう笑う顔があまりにも綺麗で、ブイはぞくりと震える。あまりにも、眩しい。
そうだ、オメガはそういう人だった。ブイもよく知っている。彼女は自分の目指すものに対して一切の妥協を許さない。一切手を抜かない。彼女が海外に出ると言うのなら、きっとそこでも今のように伝説の名をほしいままにする。ブイもそう、確信できる。そしてその時、マネージャーとして彼女の後ろに立ち支えるのは、自分以外にいないのだ。その場所を、他の誰かに盗られるわけにはいかない。絶対、誰にも立たせない。
ブイの瞳が先程までよりも落ち着いたのを見て、オメガはそっと腕を広げる。
「ストレス発散にはハグがいいらしいぞ、しとくか?」
「…する!」
嬉しそうに抱き着いてくる大きな背中に、オメガも優しく手をまわした。
ちなみにその後も収まりを見せないテレビにさすがのオメガもぶち切れ急遽記者会見を開くことになったのだが、ブイはその即断即決の姿を見て自分は絶対にオメガを怒らせないと誓った。