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俳優パロ

初めて彼女を見た時の、その衝撃を忘れたことは一度もない。
いつから俳優を目指したかと聞かれると、実はかなり遅かったりする。恐らく高校生が終わる頃だっただろうか。その頃はまだ実家を継ぐことしか考えていなくて、大学も専門学校に行くつもりだった。
私の実家はベーカリーを営んでいて、私も小さいころから手伝いを良くしていたし、高校生からはバイト代ももらっていた。手伝いなのだからそんなものはいらないと言っていたが、両親は手伝いだろうが息子だろうが働いているのだから賃金を払うのは当然だと言ってきかなかったから、最後には私が折れて大人しくバイト代をもらっていた。とはいえ部活も特定の部には入っていなくて時々運動部から助っ人を頼まれた時にする程度だったから、お金をもらったとしてあまり使い道もなく困ったのだけれど。そんな調子で、物心ついた時には将来はこのベーカリーを継ぐのだとずっと思って生きてきたから、大学を選ぶときだって何一つ困らなかったのだ。
だけどそんな私の人生設計は、いとも簡単に崩れた。

「……すごい」

きっかけは学校の友人だった。普段ドラマを滅多に見ない私に、これだけは絶対に見ておいた方がいいとやたらと念を押されたものだから、気乗りしないながらもテレビをつけていた。まさか、それが自分の人生を大きく変えることになるとも気づかずに。
初めてだ。初めて、ただのドラマで心を揺さぶられた。まるで自分もその世界に生きる当事者のようにさえ思えた。終わる頃には放心状態で、ただずっと、ドラマの彼女が脳裏に焼き付いて離れなかった。滅多に見ない白銀の髪。青みがかった澄んだ瞳。どこまでも強く、真っすぐ前を見据える目だった。その瞬間、テレビの中の彼女を見たその瞬間に、もう私は実家を継ぐという昔から決めていた将来を、捨てたのだ。
てっきり店を継いでくれるとずっと思っていた息子が、突然何の前触れもなく俳優になりたいなどと言えば、両親も酷く驚くだろう。実際父も母も目を見開いて驚いていた。反対されるか、激怒されるか。拳が飛んでくるくらいは覚悟して話した。それに構えて強く目をつぶっていたが、しかしいくら待てども衝撃は飛んでこなかった。恐る恐る目を開けば、両親は何故か嬉しそうだった。
『ちゃんと自分の夢を見つけたんだなぁ』
『この店のことは気にしなくていいのよ。十分すぎるほど手伝ってくれたじゃない』
ずっと、ずっと心配だったと言われた。小さいころから当然のように家を継ごうと決めた息子が心配だった。だってそれは、その夢は果たして自分が決めた夢だと言えるだろうか。たまたま親が店をやっていたから、その夢を抱いただけなんじゃないか。本当にやりたいことを、見つけられるのだろうか。
両親は、本当にいい人たちだった。叶うかどうかもわからない夢を、最初から応援してくれた。温かく見守って、背中を押してくれた。だから絶対に叶えるのだと誓った。両親の期待を裏切らないために、喜んでもらうために。

(そしていつか、彼女に並び立つ)

あの時の誓いは今、ちゃんと果たされている。元々容量はいい方であったし、今まで気が付かなかったが才能は少なからずあったのだろう。持ち前の運動神経を惜し気なく活かせば、話題はすぐについてきた。とにかくあの頃は必死だったから、なるべく広く印象に残る様にと独特な帽子を被っていたのも功を成した。彼女の隣に並び立つにはまだまだだと思いながら、それでも懸命に、決してあきらめることはなく、前を見た。ドラマの中の彼女も、まっすぐ前を見ていたから。だから私も彼女に誇れる自分であれるよう、ただ前だけを見つめ続けた。そうすれば、きっといつか、叶うと信じて。

「そうして、見つけてくれた」

決して迷惑だけはかけないようにと、バラエティ番組に出るようになっても彼女の名前は出さなかった。別に自慢することはしないが、自分の容姿は客観的に評価できるし、おかげで女性のファンが多いことも知っていたから。だけどどこからか情報が漏れたのか、サプライズと称して彼女からのメッセージを見せられて思わず椅子から落ちたのは苦い思い出だ。まさか彼女に認識されているとは思っていなくて、嬉しかったし、驚いた。それからはもう隠すことはなかった。というより彼女について聞かれることが増えてしまったから、素直にそれに答えていっただけなのだけれど。
だから初めて共演することになった時は、ようやく夢が叶ったのだと、家でほんの少しだけ泣いた。今でこそ友人のように気安く接しているが、当時は本当に、雲の上の存在だったのだ。

「なぁオメガ、これいらないか?」
「…これお前のブランドのものじゃないか?わざわざくれなくてもちゃんと買うぞ」
「いや、あのブランドはメンズ限定だからな。それに、もらってほしいだけだ」
「…まぁ、そう言うならありがたくもらうが」

自分のブランドのマークが入ったベルト。メンズ限定と言ったのは嘘ではないが、彼女に渡すものはどれも専用にオーダーして作ってもらったものだ。自分が抱く感情を、正しく理解している。別に我慢しようとは思わないし、かといって打ち明けようとも思わない。私の夢は彼女に並び立つことで、今はまだ、それ以上を願うほどの余裕はないのだ。

(だからもう少し、)


ようやく掴み取ったこの夢を、この場所を、私はまだ、大切にしたい。
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