俳優パロ
彼女に初めて会ったのは、確か高校生の時だった。その頃にはもう彼女は顔も名前も世間に広く知られていて、学校でも名前を聞かない日はないほどだった。僕はドラマとか映画とかそういうのには興味があまりなくて、どちらかというとバラエティ番組やアニメを見ることの方が多かったから、彼女のことも詳しくは知らなかった。ただ、テレビで見たことある子だな、くらいにしか思っていなかった。
それがたまたま同じクラスになって、隣の席になった。僕が少し緊張しながらもよろしくと声をかければ、彼女も少し微笑んでよろしくと返してくれた。その時初めて真正面から彼女を見たけれど、白銀の髪はさらさらと揺れていて、青みがかった瞳は海か空のようで。彼女が有名になるのも納得がいった。それくらい、彼女はその時からずば抜けて綺麗だった。結局彼女は仕事が忙しいのかほとんど学校に姿を見せることはなくて、来ても午後には帰ってしまったりなど滅多に話す機会もなかった。あんなので学生の本分である勉強は大丈夫なのだろうかと思ったが、テストがあるたびに成績上位に食い込んでいるのを思い出して相当な努力家なんだろうと、別に友達でもないのに僕の中ではかなりいい印象だけが残っていった。
彼女ともっと距離が近くなったのは、席が隣になってから初めてのテストの少し前。テスト前はさすがに授業を優先しているのか彼女は珍しく毎日最後まで学校にいて、必死に隣でノートを取っていた。それでいて休憩時間には台本らしきものを取り出してそれを読み込んでいて、なんだか大変そうだなと思った。だから、本当にただの気まぐれだった。僕はそれなりにちゃんと勉強していてノートも真面目にとっていて、成績だって平均よりは上に行けるくらいだったから、自分のノートをコピーして、彼女にあげたのだ。
『…これ』
『ほとんど授業出てないし、あったほうが楽になるかなって…ごめん、迷惑だったら全然捨てていいから』
『そんなことない…仕事と重なって少し大変だったから、助かる。ありがとう』
そう言って、ふわりと笑って礼を言う彼女に、ほんの少しだけ見惚れて。ああ、この子、別に特別でもなんでもなくて、僕と同じなんだなって思った。その後席替えで彼女と席が離れてからも、よく喋るようになったし、テストのたびに僕は自分のノートのコピーを彼女に渡していた。そうやってよく彼女と一緒にいたせいもあって、あいつとも高校生の頃に出会った。最初は狂犬みたいにあからさまに睨まれて、なんだこいつとも思ったけど、それが彼女を思っての行動だと気づいてからは別に気にならなかった。確かに彼女は誰よりも綺麗だけど、僕にとってはただの大切な友人で、そこにそれ以上の感情は湧かなかったから。あいつも少ししてそれに気づいてからは随分馴れ馴れしくなって、さすがにちょっと引いたけど。潔すぎてあからさますぎてちょっと君が悪いのは、今でも変わらない。
いよいよ高校生も終わるという時には、僕は全然進路も何も決めれなくて一人でずっと悩んでいた。特にこれといってしたいことがあるわけでもなくて、なら大学にとりあえず行っておけばいいんだろうけど、じゃあ今度はどこを受けるんだって別の問題が出てきて。周りがさっさと受験勉強を始めたり就職に向けて動き出すのを眺めながら、彼女はどうするんだろうって思った。小さいころから今の仕事をしているから、高校を卒業したらそっちに専念するんだろうか。それとも大学に行って世界を広げるんだろうか。自分のことだって決めていないのに、それだけが気になった。
(大学、行くなら…同じとこ行けばまたノート見せたりできるのかな)
なんだかんだで、彼女とのそういう関係が酷く居心地が良かったのだ。彼女は決して嘘は言わなくて、いつだって本心で相手と向かってくれる。僕は昔から友達は多い方だったけれど、器用貧乏というか、なんだかいつも笑ってなきゃいけなくて、だからそうしなくてもいい彼女との会話は、とても楽だった。せっかく築けた関係をさっぱり捨てられるほど、僕は強くもなんともなかった。
そんな時だったのだ。あいつから、話を貰ったのは。
『お前はあいつに恋愛感情とか変な気起こさないだろ。だからちょうどいい』
『ちょうどいいって何が…』
『…あいつ、今まで相性いいやつと当たらなくてさ。全部自分でやるんだよ』
何を、とは聞かなかった。彼女の多忙さが少しおかしいんじゃないかというのは、僕もうっすらと気付いていたから。その業界の仕組みなんて僕が知るわけもないけど、多分いろいろあるんだろう。今でもあんまりよくわかってない。僕は細かいことを気にするのは得意じゃない。
『お前、どうするか全然決めてないんだろ。だったらあいつのマネージャー、やれ』
今思うと僕には拒否権なんてなかったんだろうなと思う。やってくれ、じゃなくて、あいつはただやれと言った。その時点で僕が選ぶ道なんて一つしか残っていなかった。でも、僕も僕で、迷うことなくそれに承諾したのだから、あいつだけ責めるのはおかしいかな。
そうして、何も知らず、何もわからないまま、僕は彼女の、オメガのマネージャーになった。
(…最初はどうなることかと思ったけど)
目の前でオメガの世話を焼く二人を見ながら思い出す。マネージャーが何をするべきか、教えてくれたのはなぜかオメガ本人だった。僕がマネージャーをやるって告げた時、彼女はアルファを責めていたけれど、選んだのは僕だったから間に入って止めた。僕じゃ役不足かと聞いて、彼女は少しだけ言葉を詰まらせた後、そんなことはないと小さく呟いて。後から聞いた話だが、彼女はあれでも気心知れた僕がマネージャーになってくれて酷く安心したらしい。アルファから忌々しそうに言われて、ちょっと勝った気分になった。
彼女のマネージャーをするのは、本当に忙しくて大変で、苦労することだって多い。だけどそのどれもがいずれは彼女に還元されるのだと思うと、自然と僕は、どこまでも頑張ろうと思えるのだ。
「…だからそれは僕の仕事だってば!!!」
当然のように仕事を横取りしてくる二人にそう怒鳴れば、彼女が楽しそうに笑った。
それがたまたま同じクラスになって、隣の席になった。僕が少し緊張しながらもよろしくと声をかければ、彼女も少し微笑んでよろしくと返してくれた。その時初めて真正面から彼女を見たけれど、白銀の髪はさらさらと揺れていて、青みがかった瞳は海か空のようで。彼女が有名になるのも納得がいった。それくらい、彼女はその時からずば抜けて綺麗だった。結局彼女は仕事が忙しいのかほとんど学校に姿を見せることはなくて、来ても午後には帰ってしまったりなど滅多に話す機会もなかった。あんなので学生の本分である勉強は大丈夫なのだろうかと思ったが、テストがあるたびに成績上位に食い込んでいるのを思い出して相当な努力家なんだろうと、別に友達でもないのに僕の中ではかなりいい印象だけが残っていった。
彼女ともっと距離が近くなったのは、席が隣になってから初めてのテストの少し前。テスト前はさすがに授業を優先しているのか彼女は珍しく毎日最後まで学校にいて、必死に隣でノートを取っていた。それでいて休憩時間には台本らしきものを取り出してそれを読み込んでいて、なんだか大変そうだなと思った。だから、本当にただの気まぐれだった。僕はそれなりにちゃんと勉強していてノートも真面目にとっていて、成績だって平均よりは上に行けるくらいだったから、自分のノートをコピーして、彼女にあげたのだ。
『…これ』
『ほとんど授業出てないし、あったほうが楽になるかなって…ごめん、迷惑だったら全然捨てていいから』
『そんなことない…仕事と重なって少し大変だったから、助かる。ありがとう』
そう言って、ふわりと笑って礼を言う彼女に、ほんの少しだけ見惚れて。ああ、この子、別に特別でもなんでもなくて、僕と同じなんだなって思った。その後席替えで彼女と席が離れてからも、よく喋るようになったし、テストのたびに僕は自分のノートのコピーを彼女に渡していた。そうやってよく彼女と一緒にいたせいもあって、あいつとも高校生の頃に出会った。最初は狂犬みたいにあからさまに睨まれて、なんだこいつとも思ったけど、それが彼女を思っての行動だと気づいてからは別に気にならなかった。確かに彼女は誰よりも綺麗だけど、僕にとってはただの大切な友人で、そこにそれ以上の感情は湧かなかったから。あいつも少ししてそれに気づいてからは随分馴れ馴れしくなって、さすがにちょっと引いたけど。潔すぎてあからさますぎてちょっと君が悪いのは、今でも変わらない。
いよいよ高校生も終わるという時には、僕は全然進路も何も決めれなくて一人でずっと悩んでいた。特にこれといってしたいことがあるわけでもなくて、なら大学にとりあえず行っておけばいいんだろうけど、じゃあ今度はどこを受けるんだって別の問題が出てきて。周りがさっさと受験勉強を始めたり就職に向けて動き出すのを眺めながら、彼女はどうするんだろうって思った。小さいころから今の仕事をしているから、高校を卒業したらそっちに専念するんだろうか。それとも大学に行って世界を広げるんだろうか。自分のことだって決めていないのに、それだけが気になった。
(大学、行くなら…同じとこ行けばまたノート見せたりできるのかな)
なんだかんだで、彼女とのそういう関係が酷く居心地が良かったのだ。彼女は決して嘘は言わなくて、いつだって本心で相手と向かってくれる。僕は昔から友達は多い方だったけれど、器用貧乏というか、なんだかいつも笑ってなきゃいけなくて、だからそうしなくてもいい彼女との会話は、とても楽だった。せっかく築けた関係をさっぱり捨てられるほど、僕は強くもなんともなかった。
そんな時だったのだ。あいつから、話を貰ったのは。
『お前はあいつに恋愛感情とか変な気起こさないだろ。だからちょうどいい』
『ちょうどいいって何が…』
『…あいつ、今まで相性いいやつと当たらなくてさ。全部自分でやるんだよ』
何を、とは聞かなかった。彼女の多忙さが少しおかしいんじゃないかというのは、僕もうっすらと気付いていたから。その業界の仕組みなんて僕が知るわけもないけど、多分いろいろあるんだろう。今でもあんまりよくわかってない。僕は細かいことを気にするのは得意じゃない。
『お前、どうするか全然決めてないんだろ。だったらあいつのマネージャー、やれ』
今思うと僕には拒否権なんてなかったんだろうなと思う。やってくれ、じゃなくて、あいつはただやれと言った。その時点で僕が選ぶ道なんて一つしか残っていなかった。でも、僕も僕で、迷うことなくそれに承諾したのだから、あいつだけ責めるのはおかしいかな。
そうして、何も知らず、何もわからないまま、僕は彼女の、オメガのマネージャーになった。
(…最初はどうなることかと思ったけど)
目の前でオメガの世話を焼く二人を見ながら思い出す。マネージャーが何をするべきか、教えてくれたのはなぜかオメガ本人だった。僕がマネージャーをやるって告げた時、彼女はアルファを責めていたけれど、選んだのは僕だったから間に入って止めた。僕じゃ役不足かと聞いて、彼女は少しだけ言葉を詰まらせた後、そんなことはないと小さく呟いて。後から聞いた話だが、彼女はあれでも気心知れた僕がマネージャーになってくれて酷く安心したらしい。アルファから忌々しそうに言われて、ちょっと勝った気分になった。
彼女のマネージャーをするのは、本当に忙しくて大変で、苦労することだって多い。だけどそのどれもがいずれは彼女に還元されるのだと思うと、自然と僕は、どこまでも頑張ろうと思えるのだ。
「…だからそれは僕の仕事だってば!!!」
当然のように仕事を横取りしてくる二人にそう怒鳴れば、彼女が楽しそうに笑った。