マシディ(仮タイトル)
始まりが何だったのか、どこから狂ってしまったのか。もう何も思い出すことができない一つの魂があった。世界の自浄機能としてこの世に生を受け、ただ生まれたその意味を、役目を果たすためだけに生きてきた存在があった。その強大な力ゆえに他の生き物たちからはあまりいい目を向けられることはなかったが、彼はそれでもよかった。周りが己をどのように見ようがどのように判断しようが、彼には関係がなかった。彼が果たすべきは世界を守護すること。ただそれのみ達成できれば、あとのことはどうだってよかったのだ。
だって彼は、それしか生きる意味を持っていなかった。
「あれはわしらの手に負える存在ではない」
そう語る他の生き物の目に、果たして彼の姿はどのように映ってきたのだろう。
***
死は救済となりえるだろうか。翼を背負った騎士は1人思案する。
彼は世界と世界の狭間をさまよっていた。もともと自分が生きてきた世界があったが、彼はもうそこには戻ることができなかった。否、戻ろうと思えば戻ることはできる。しかし、そこに彼が知っている友人らはもう存在しないし、彼が今まで生きてきた世界も、そこには存在していない。なぜなら、彼自身がその手で一度世界を終わらせてしまったから。同胞も他の守るべき生き物たちも、彼のその手で一度生を終えている。今はもう生まれ変わってまたあの世界で生きているのだろうか。もはやそれすらも確認することはできないけれど、しかし彼はそれでもいいと思った。戻ったところで、また出会ったところで、きっと向こうは彼のことを覚えていない。彼らに出会ったところで、自分のしたことが本当に正しかったのかどうかという問いへの答えは見つからない。だからいっそ、このまま死ぬ瞬間まで誰にも会わず、ただ1人でいられればいいと。
だってもう、誰一人この手にかけてしまいたくはないのだ。
『すくって』
「…?」
狭間に、小さく小さく声が響く。声を辿るように、彼はずっと閉じたままだった瞳をゆっくりと開いた。あたりを見回したところでそこに広がるのは虚無のみだ。だけれど今のが聞き間違えでもなんでもないことは、彼自身が良く分かっていた。救いを求めていた。助けてほしいと願っていた。その声は、彼がもう嫌というほどに聞いてきた言葉。耳を傾けるべきではない。そうしなければ、またこの手で誰かの命を終わらせなければならない。かつての彼にそのような役目はなかったが、今は違う。今の姿の彼に与えられた役目は、道を誤った魂の救済だ。終わらせることで救ってほしいと願う魂の救済。きっと聞こえてきた声もそう。どこかで道を誤り、自分の力ではどうにもできないから、救いを求めている。自分を終わらせてくれる誰かを求めている。
「…」
それが役目だとわかっていても、迷うのは。彼が生きているからだ。彼に心があるからだ。救済とは名ばかりに、実際はただ殺しているだけなのだと、その心が音をたてて軋むから。
しかし、それでも彼はその声を無碍にすることができない。自分の苦しみの何倍も、声の主が苦しんでいることがわかるから。だから結局、彼はその声を探すのだ。
『どうか、どうか』
翡翠色に優しく輝く瞳が、その魂の片鱗を捉えたその時。
翼の騎士は、『彼』の世界へ降り立った。
だって彼は、それしか生きる意味を持っていなかった。
「あれはわしらの手に負える存在ではない」
そう語る他の生き物の目に、果たして彼の姿はどのように映ってきたのだろう。
***
死は救済となりえるだろうか。翼を背負った騎士は1人思案する。
彼は世界と世界の狭間をさまよっていた。もともと自分が生きてきた世界があったが、彼はもうそこには戻ることができなかった。否、戻ろうと思えば戻ることはできる。しかし、そこに彼が知っている友人らはもう存在しないし、彼が今まで生きてきた世界も、そこには存在していない。なぜなら、彼自身がその手で一度世界を終わらせてしまったから。同胞も他の守るべき生き物たちも、彼のその手で一度生を終えている。今はもう生まれ変わってまたあの世界で生きているのだろうか。もはやそれすらも確認することはできないけれど、しかし彼はそれでもいいと思った。戻ったところで、また出会ったところで、きっと向こうは彼のことを覚えていない。彼らに出会ったところで、自分のしたことが本当に正しかったのかどうかという問いへの答えは見つからない。だからいっそ、このまま死ぬ瞬間まで誰にも会わず、ただ1人でいられればいいと。
だってもう、誰一人この手にかけてしまいたくはないのだ。
『すくって』
「…?」
狭間に、小さく小さく声が響く。声を辿るように、彼はずっと閉じたままだった瞳をゆっくりと開いた。あたりを見回したところでそこに広がるのは虚無のみだ。だけれど今のが聞き間違えでもなんでもないことは、彼自身が良く分かっていた。救いを求めていた。助けてほしいと願っていた。その声は、彼がもう嫌というほどに聞いてきた言葉。耳を傾けるべきではない。そうしなければ、またこの手で誰かの命を終わらせなければならない。かつての彼にそのような役目はなかったが、今は違う。今の姿の彼に与えられた役目は、道を誤った魂の救済だ。終わらせることで救ってほしいと願う魂の救済。きっと聞こえてきた声もそう。どこかで道を誤り、自分の力ではどうにもできないから、救いを求めている。自分を終わらせてくれる誰かを求めている。
「…」
それが役目だとわかっていても、迷うのは。彼が生きているからだ。彼に心があるからだ。救済とは名ばかりに、実際はただ殺しているだけなのだと、その心が音をたてて軋むから。
しかし、それでも彼はその声を無碍にすることができない。自分の苦しみの何倍も、声の主が苦しんでいることがわかるから。だから結局、彼はその声を探すのだ。
『どうか、どうか』
翡翠色に優しく輝く瞳が、その魂の片鱗を捉えたその時。
翼の騎士は、『彼』の世界へ降り立った。
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