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フレンド

これはいったいどういう冗談なのだろう。現実逃避しそうになる思考をなんとか押し留め、目の前に佇むその姿をもう一度見る。どれだけ目を擦ろうとも何度見直そうとも、目の前には彼がいて、そして彼は、どう考えても季節外れの衣装を纏っていた。

「…グーフィー?」
「…久しぶりだなミッキー」

ジーザス!やっぱりいつかの海賊の長じゃないか!


『刷り込み作用』





いったいどうして彼が昔のハロウィンのショーの時のようにゴーストに取り憑かれているのか皆目見当がつかない。けれど漂う雰囲気も喋り方も、それは紛れもなく長のものだ。グーフィーのものじゃない。

(なんだって今日なんだ…!)

僕もグーフィーもずっと仕事が忙しくて、お互いの時間が全く取れなかったここ最近。けれどようやく少し無理を押し通してグーフィーと休みを1日だけ貰ったんだ。それが今日。久しぶりに2人で過ごそうと思って、仕事も忘れて2人でのんびりと、所謂デート、というものをしようと約束していたのに。だのにいざ待ち合わせの場所で待っていたら現れたのはグーフィーではあるけどグーフィー本人ではないなんて、そういう冗談は仕事の時だけにしてほしい。どうして今日出なければいけないのだろう。

「…え、っと」
「…」
「わ、え、なに」

ジト、と睨むように見られて、グーフィーだったら絶対にしないだろう目をするものだから、一歩後退る。長は僕を見つめたまま徐に近づくと、しゃがみこんで両手で僕の頬を覆った。突然の行動に困惑する。何より、触れているのは確かにグーフィーの手なのに、驚くほどその手は冷たかった。少し、怖い。

「なんでだろうな」
「え?」
「初めてお前を見た時からずっと思っていたんだ、触れたいと。これはなんなんだ?」

目を見開く。長の発したその言葉は、ともすればまるで恋を自覚していない者のようなそれだ。僕はこのゴーストと特別親しくなったわけではない。ハロウィンのたった一夜限りしか出会っていないし、まともな会話もしていなかったはずだ。それなら、なぜ長はそんな気持ちを抱いたのだろう。いや、わかっている。考えられる原因なんて、一つしかない。長が取り憑いたのは、グーフィーだ。たったそれだけだが、それが全ての答えだ。

「……さぁ?僕にはわからないけど」
「……へぇ、お前は嘘がつけるのか」
「っ!?」

答えがわかったところで長に教えてやる義理などないのだからと、わからないと嘘をつけば長はすぐに嘘を見抜いて徐に僕を抱き上げる。さっきから思っているが、なんでこうも突然の行動が多いのだろう。本当にびっくりするからやめてほしい。

「こいつはお前は嘘をつかない奴だと思ってるようだが、なんだ、嘘はつくじゃないか」
「…だって僕は、グーフィーには嘘はつかないもの」
「…なるほど?」

長がニヤリと笑うその表情に、ぞくりとした。グーフィーは、そんな表情は見せない。だけどその顔は紛れもなくグーフィーのものだ。ダメだ、本当に、変な気分になってしまう。本当なら今頃のんびりとデートしていたはずなのにどうして僕は長に怯えながらグーフィーを助け出す方法を探しているのだろう。なんだか馬鹿らしくなってくる。

「き、みは、僕に、何か用なの」
「……いや、」
「なら、グーフィーを…返してくれないかな?」

それと早く僕を下ろして欲しい。いつまで抱き上げているつもりなんだ。

「…撤回する。用はある」
「っ、」
「でーととやらを、俺としろ」
「……は?」

遂に耳がおかしくなったかと。待ってほしい。今聞こえた言葉は、僕の耳が正しければ、間違っていなければ、確かに「でーと」と、そう言ったか。長が、僕に?ますますわからない。別に分かりたくもないけど、何を考えてるんだ。それに僕はあくまでグーフィーとデートがしたいのであって、グーフィーの体なら誰でもいいわけではないのだ。

「今日だけでいい、そうしたらちゃんと返す。ダメか?」
「う、」

ずるい、ずるい!グーフィーの顔でグーフィーの声でそんなことを言われたら、そんな表情をされたら、どう足掻いても僕はそれを断る術を持たないのだ。絶対にわかってやっている。長は、僕が絶対に断れないのを分かった上で、そんな顔をして見せるのだ。そうに違いない。

「……ちゃんと返してくれるのなら」
「!」

長は少し驚いて目を見開くと、すぐ嬉しそうに微笑んだ。

(あれ、)

そんな顔を見せるなら、さっき見せたあの表情は、もしかして。





果たしてそれは、意図的か無意識か。
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