フレンド
ゲストが全員帰り、静けさが広がるパーク。その一角、アメリカンウォーターフロントで、唐突にエンジン音が響き渡る。燃えるような赤色に、綺麗なラインの車体がセイリングデイブッフェの前で止まると、ライトの先に大きな青い毛並みが映った。
「やぁサリバン、待たせちゃったかな」
「よぉマックィーン。いいや、俺たちも今来たところだよ」
俺たち、と言ったところで、サリバンーーサリーが右の手のひらをマックィーンへと向ける。その上にはカウボーイハットを被った小さなおもちゃが一つ。
「やぁウッディ、遅れちゃってごめんね」
「気にすんな。俺なんかサリーに運んでもらわなきゃまだ着いてないぜ」
ウッディはそう言ってカウボーイハットを被り直す。2人とも全く気にしていない様子にマックィーンは体の力を抜いた。今日がここでのレース最終日ということもあり、メーターがなかなか離してくれなかったのだ。急ごうにもパーク内でレースカーが本来のスピードなど出してしまえば事故を起こしてしまうから、マックィーンは焦る気持ちを抑えほんの少しだけ急いでここへ来たのだった。
「最後のレースお疲れさま」
「ありがとう、2人も最後のショーお疲れさま」
最後なのはなにもマックィーンだけではない。プレイタイムという期間限定のイベントは、今日が最終日だ。イベントに合わせたスペシャルショーも今日最後の公演を終えた。ウッディとサリーも、最後の公演を終えたのだ。
「まぁ俺はずっといるんだけどなぁ」
「はは、俺も向こうではずっといるしな」
「いいよねぇ2人とも。僕もアトラクションとかエリアとかあったらいいんだけど」
それぞれに自身のアトラクションを持つウッディやサリーと違い、マックィーンはこの地にアトラクションを持たない。幸いにも新しいレースの企画が出ているが、それまではしばらくここから離れなければいけない。マックィーンも久し振りに故郷へと帰りゆっくりしたいとは思うが、この気の合う友人達と離れるのは少し寂しかった。
この3人がこうして閉園した後のパークで集まるようになったのは、マックィーンが初めてここでのレースが決まってからだ。プレイタイムのイベントが決まり、マックィーンが来日して数日後、ウッディがそこへやって来たところから始まる。初めて会った時はウッディがあんまり小さいものだからマックィーンはその姿をすぐに見つけることができず、ウッディがマックィーンのボンネットによじ登って、そこで話をしていた。そして後に、そこにサリーが加わり、今ではサリーの右の手のひらはすっかりウッディの定位置だ。
ちなみに他の仲間も何度か来たのだが、レミーはサリーとマックィーンが誤って潰しかけその度にリングイニがパニックになるので今はあまり来ていない。ニモはだいたい夜まで起きていないし、マーリンはニモの側を離れることはしないから、ニモが来ない限りは会わない。ヒーローたちは家族で過ごすことの方が多い。だから集まるのは、ウッディとサリー、そしてマックィーンの3人であることが一番多かった。
「ま、僕もまたすぐ戻ってくるけどね!」
「ああ、そしたらまたこうして集まろう」
「そうだな、マックィーンの故郷の話とかレースの話、またいっぱい聞かせてくれよ!俺もバズたちの話持ってくるからさ」
「任せといて!」
笑う2人に、マックィーンは次また会うときまでにとびきりの思い出を作っておこうと一人心に決める。
そうやって3人でしばらく談笑していると、ふとウッディがパークを見渡した。残りの2人もつられてパークを見渡す。プレイタイムの装飾に、それから、35周年の祝祭の影も見て取れた。
「…終わったんだなぁ」
ウッディはあまりイベント事の終わる瞬間が好きではなかった。終わりという事実に、どうしようもなく胸に刻まれている古い傷が顔を見せるから。それにウッディは、今回の祝祭を一等気に入っていたのだ。夢と魔法の国も、冒険とイマジネーションの海も、全てが一つになって全員でこの祝祭を祝っている姿が、ウッディは好きだった。
そしてそれは、かのスーパースターとて同じ気持ちだ。
「ここからまた、始まるんだよ」
3人の後ろから、聞きなれた声が響く。驚いて振り向けば、そこにはまだ祝祭の衣装を纏ったミッキーが立っていた。
「やぁウッディ、サリー、それにマックィーン」
「ミッキー、どうしたんだ?」
「今ね、この1年いっしょに35周年をお祝いしてくれたみんなのところを回ってるんだ。たった今イースターのグローリアのところに行ってきたところ」
そしたらちょうど3人の姿が見えたから。ミッキーはそう言うと徐に帽子を取る。祝祭の青い帽子は、1年ずっと大事にされてきたのだろう、目立った汚れも糸のほつれなども見えない。
「プレイタイムも今日までだったね。3人とも、ありがとう」
「こちらこそいっぱい楽しませてもらったぜ。それに俺たちのは、なんていうかちょっと別だしな」
「ううん、そんなことないよ。だってウッディ、君一度オンザシーを見に来てたんだろう?」
「え、そうなの?」
ミッキーの言葉にサリーとマックィーンが驚いてウッディを見れば、当の本人はまさかバレていると思っていなかったのか同じように驚いた表情だ。
「なん、なんで知って」
「ハロウィンの時にエイトフットのジョーから聞いたよ。君に一度だけ人に気づかれないようにする魔法をかけたって」
「あー…うん、そう」
ばつが悪そうに、ウッディは少しずつうつむいていく。ミッキーの言っていることは全部事実だった。ウッディはどうしても、一度だけでもいいから祝祭のショーを見たくて、ハロウィンの時に自分のエリアのすぐ隣のハイタワーホテルを訪れ、ジョーに「ショーの間だけでいいから人間になれないか」と頼みに行ったのだ。ちょうどその時は、ジョーの従兄弟のオーシャンもいた。
『お前…俺は別に構わねぇけどよ、代償とか、わかってんのか?俺のマスターはアースラ様だぞ?』
『えー!ジョーお代とるの?ショーの間だけって、たった30分くらいじゃん!それくらいなんとかしてあげなよー』
『他人事だと思って……はぁ、まあいいか。お代はいらねぇよ。その代わり俺の魔力じゃ人間にはできねぇから、人間に気づかれないようにしてやる。それでいいか?』
『ジョーってアースラの手下のくせに優しいよね』
『うるせーぞオーシャン!ていうか帰れよ!!』
おそらく相当無理を言っただろうことはウッディも理解していた。それでもああやって望みを無償で叶えてくれたのだから、オーシャンの言う通り彼は根はとても優しいのだろう。まあ、小さい上に気づかれないせいで、数度潰されかけたが。
「…ダメだったか?」
「え?ハハッ、全然!むしろ嬉しいよ!」
ミッキーが笑って許すから、ウッディも少し力を抜く。相談くらいはすればよかったなと今更に思った。
「けど、やっぱり見てよかったよ。凄かった」
「ありがとう、ウッディ」
そう、凄かった。ウッディは心からそう思ったし、ウッディが知り得る限りの言葉では、これより適切な言葉が見つかりそうになかった。
ウッディはショーを“見せる”側しかやったことがない。一番記憶に新しいのは確か30周年の時のパレードのはずだ。ウッディはそこからたくさんの人の笑顔を見た。たくさんの子供達の笑顔を見た。だから一度、それを外から見てみたかったのだ。そして何より、その笑顔の先にいる、先頭のミッキーたちを、見てみたかったのだ。見る前から知ってはいたけれど、ちゃんとその目で見て確信する。ミッキーの周りには、いつも笑顔が溢れている。そしてそれは、彼自身が笑顔だからに他ならない。こうやって会話しているのが不思議なくらいだった。
彼はどこまでもこの世界のスーパースターだった。
「その衣装も、俺はすごい好きだったなぁ」
「リボンがモチーフだったっけ?」
「うん、そうだよ」
「今日はずっと着てるのか?」
「えへへ、もう最後だからね。日付が変わる瞬間までは、着ててもいいかなって」
言いながら、ミッキーは手に持つ帽子を愛おしそうに撫でる。一年間の思い出が全て詰まった帽子。それだけじゃない、これまでの35年全ての思い出を詰めた、そんな大切で掛け替えのない帽子。本当はまだずっと被っていたいけれど、どんな夢も魔法も、この時間も。いつか終わりは来てしまうものだから。だから35周年の祝祭の夢や魔法、そして冒険もイマジネーションも、今日で終わりだ。そして、ここからまた、新しい夢が始まっていく。
「おぉ〜い、ミッキー!」
「グーフィ?」
「探したんだよぉ。みんなで最後に写真を撮ろうって!みんな待ってるよ」
「わかった、今行くよ。それじゃあ3人とも、またね!」
グーフィに連れられ、ミッキーはハイタワーの方へと走っていった。きっとその先で、その衣装を纏う最後の写真を撮るのだろう。もしかしたらまだ最後ではないかもしれないけれど。
「いいなぁ、僕も1回でいいから見たかったー!」
「それにしても、よく頼めたな。ヴィランの手下だろう?」
「んー、でも優しかったぜ。本人に言ったら怒りそうだけどさ」
ウッディはすぐ耳元で、「俺は優しくねぇ!」なんて怒鳴る声が聞こえたような気がした。
「…ここから始まる、か」
ウッディが小さく呟くと、それを聞いたサリーとマックィーンも、一度お互いに顔を見合わせて、笑って空を見上げた。
マックィーンは知っている。たとえ終わったとしても、そこから次の世代へと繋がっていくことを。
サリーは知っている。何かが終わっても、自分たちの力で次の道を見つけていけることを。
ウッディも、知っているのだ。たとえ終わったとしても、生きている限り、そこはゴールではないことを。新しい出会い、新しい道の始まりなのだということを。
「はは、本当に、ミッキーの言う通りだ!」
ここからまた、始まるのだ。
「さて、それじゃあ俺たちも行こうか」
「ミッキーが来た時はバレるんじゃないかってヒヤヒヤしちゃったよ僕」
「急いだ方がいいんじゃないか?」
「ああ、さぁ!行こうぜ!」
**
「ねぇミッキー、みんなのところを回るの、今日中には無理なんじゃない?」
「うーん…やっぱりそうかなぁ。ここを回ったら今度はパーティグラとかの方も行きたいんだけど」
みんなが待つ方へと足を進めながらミッキーは少し頭を抱える。この小さな体で2つのパークを回るなど到底無理な話だということはミッキー自身がよくわかっていた。それでも、この特別な祝祭の最後に、全員に感謝を伝えたかった。
「明日になっちゃうねぇ」
「そうだね…」
「うん、だからねミッキー、みんなで集まればいいんじゃないかなぁって」
寂しそうに俯くミッキーにグーフィはそう言うと一度立ち止まる。
「グーフィ?」
「あのね、ミッキーがみんなにありがとうって言いたいように、みんなも君に、ありがとうって言いたいんだよ」
だからみんな集まった。
こんなに遅い時間、明日に支障が出るかもしれない者もいるだろう。けれどグーフィやドナルド、ミニーたちの提案に反対した者も不参加の者もいなかった。
だって、この1年誰よりもたくさん頑張ったその姿を、みんな知っているから。
「グーフィ、それって」
「ほら、早く行こう!みんなシンデレラ城の前で待ってるよ!」
早く、とグーフィがミッキーを抱えて走り出す。突然のことに一瞬体を硬ばらせるが、ミッキーはなんだかどうしようもなく胸が熱くなっていくのを感じて、熱が集まっているだろう頬を隠すように帽子を深くかぶった。
「ハピエスト、ウィッシュ、イズ、ヒア」
その呟きはあまりにも小さくて、耳元で聞こえるはずだろうグーフィも気づかない。ミッキーは1人笑みを隠しきれず微笑んで、ゆっくりと瞳を閉じこの35年間の思い出たちに想いを馳せた。
最高の幸せも、願いも、ここにあるよ。
ここは夢と魔法の国、そして冒険とイマジネーションの海。夢は終わらない、願いはずっと輝き続ける。
だからこれは終わりなんかじゃない。彼の夢も彼女の夢も、みんな、ここからまた、始まり続いていくのだ。
「だって夢は、どこまでも僕たちを連れて行ってくれるから」
「やぁサリバン、待たせちゃったかな」
「よぉマックィーン。いいや、俺たちも今来たところだよ」
俺たち、と言ったところで、サリバンーーサリーが右の手のひらをマックィーンへと向ける。その上にはカウボーイハットを被った小さなおもちゃが一つ。
「やぁウッディ、遅れちゃってごめんね」
「気にすんな。俺なんかサリーに運んでもらわなきゃまだ着いてないぜ」
ウッディはそう言ってカウボーイハットを被り直す。2人とも全く気にしていない様子にマックィーンは体の力を抜いた。今日がここでのレース最終日ということもあり、メーターがなかなか離してくれなかったのだ。急ごうにもパーク内でレースカーが本来のスピードなど出してしまえば事故を起こしてしまうから、マックィーンは焦る気持ちを抑えほんの少しだけ急いでここへ来たのだった。
「最後のレースお疲れさま」
「ありがとう、2人も最後のショーお疲れさま」
最後なのはなにもマックィーンだけではない。プレイタイムという期間限定のイベントは、今日が最終日だ。イベントに合わせたスペシャルショーも今日最後の公演を終えた。ウッディとサリーも、最後の公演を終えたのだ。
「まぁ俺はずっといるんだけどなぁ」
「はは、俺も向こうではずっといるしな」
「いいよねぇ2人とも。僕もアトラクションとかエリアとかあったらいいんだけど」
それぞれに自身のアトラクションを持つウッディやサリーと違い、マックィーンはこの地にアトラクションを持たない。幸いにも新しいレースの企画が出ているが、それまではしばらくここから離れなければいけない。マックィーンも久し振りに故郷へと帰りゆっくりしたいとは思うが、この気の合う友人達と離れるのは少し寂しかった。
この3人がこうして閉園した後のパークで集まるようになったのは、マックィーンが初めてここでのレースが決まってからだ。プレイタイムのイベントが決まり、マックィーンが来日して数日後、ウッディがそこへやって来たところから始まる。初めて会った時はウッディがあんまり小さいものだからマックィーンはその姿をすぐに見つけることができず、ウッディがマックィーンのボンネットによじ登って、そこで話をしていた。そして後に、そこにサリーが加わり、今ではサリーの右の手のひらはすっかりウッディの定位置だ。
ちなみに他の仲間も何度か来たのだが、レミーはサリーとマックィーンが誤って潰しかけその度にリングイニがパニックになるので今はあまり来ていない。ニモはだいたい夜まで起きていないし、マーリンはニモの側を離れることはしないから、ニモが来ない限りは会わない。ヒーローたちは家族で過ごすことの方が多い。だから集まるのは、ウッディとサリー、そしてマックィーンの3人であることが一番多かった。
「ま、僕もまたすぐ戻ってくるけどね!」
「ああ、そしたらまたこうして集まろう」
「そうだな、マックィーンの故郷の話とかレースの話、またいっぱい聞かせてくれよ!俺もバズたちの話持ってくるからさ」
「任せといて!」
笑う2人に、マックィーンは次また会うときまでにとびきりの思い出を作っておこうと一人心に決める。
そうやって3人でしばらく談笑していると、ふとウッディがパークを見渡した。残りの2人もつられてパークを見渡す。プレイタイムの装飾に、それから、35周年の祝祭の影も見て取れた。
「…終わったんだなぁ」
ウッディはあまりイベント事の終わる瞬間が好きではなかった。終わりという事実に、どうしようもなく胸に刻まれている古い傷が顔を見せるから。それにウッディは、今回の祝祭を一等気に入っていたのだ。夢と魔法の国も、冒険とイマジネーションの海も、全てが一つになって全員でこの祝祭を祝っている姿が、ウッディは好きだった。
そしてそれは、かのスーパースターとて同じ気持ちだ。
「ここからまた、始まるんだよ」
3人の後ろから、聞きなれた声が響く。驚いて振り向けば、そこにはまだ祝祭の衣装を纏ったミッキーが立っていた。
「やぁウッディ、サリー、それにマックィーン」
「ミッキー、どうしたんだ?」
「今ね、この1年いっしょに35周年をお祝いしてくれたみんなのところを回ってるんだ。たった今イースターのグローリアのところに行ってきたところ」
そしたらちょうど3人の姿が見えたから。ミッキーはそう言うと徐に帽子を取る。祝祭の青い帽子は、1年ずっと大事にされてきたのだろう、目立った汚れも糸のほつれなども見えない。
「プレイタイムも今日までだったね。3人とも、ありがとう」
「こちらこそいっぱい楽しませてもらったぜ。それに俺たちのは、なんていうかちょっと別だしな」
「ううん、そんなことないよ。だってウッディ、君一度オンザシーを見に来てたんだろう?」
「え、そうなの?」
ミッキーの言葉にサリーとマックィーンが驚いてウッディを見れば、当の本人はまさかバレていると思っていなかったのか同じように驚いた表情だ。
「なん、なんで知って」
「ハロウィンの時にエイトフットのジョーから聞いたよ。君に一度だけ人に気づかれないようにする魔法をかけたって」
「あー…うん、そう」
ばつが悪そうに、ウッディは少しずつうつむいていく。ミッキーの言っていることは全部事実だった。ウッディはどうしても、一度だけでもいいから祝祭のショーを見たくて、ハロウィンの時に自分のエリアのすぐ隣のハイタワーホテルを訪れ、ジョーに「ショーの間だけでいいから人間になれないか」と頼みに行ったのだ。ちょうどその時は、ジョーの従兄弟のオーシャンもいた。
『お前…俺は別に構わねぇけどよ、代償とか、わかってんのか?俺のマスターはアースラ様だぞ?』
『えー!ジョーお代とるの?ショーの間だけって、たった30分くらいじゃん!それくらいなんとかしてあげなよー』
『他人事だと思って……はぁ、まあいいか。お代はいらねぇよ。その代わり俺の魔力じゃ人間にはできねぇから、人間に気づかれないようにしてやる。それでいいか?』
『ジョーってアースラの手下のくせに優しいよね』
『うるせーぞオーシャン!ていうか帰れよ!!』
おそらく相当無理を言っただろうことはウッディも理解していた。それでもああやって望みを無償で叶えてくれたのだから、オーシャンの言う通り彼は根はとても優しいのだろう。まあ、小さい上に気づかれないせいで、数度潰されかけたが。
「…ダメだったか?」
「え?ハハッ、全然!むしろ嬉しいよ!」
ミッキーが笑って許すから、ウッディも少し力を抜く。相談くらいはすればよかったなと今更に思った。
「けど、やっぱり見てよかったよ。凄かった」
「ありがとう、ウッディ」
そう、凄かった。ウッディは心からそう思ったし、ウッディが知り得る限りの言葉では、これより適切な言葉が見つかりそうになかった。
ウッディはショーを“見せる”側しかやったことがない。一番記憶に新しいのは確か30周年の時のパレードのはずだ。ウッディはそこからたくさんの人の笑顔を見た。たくさんの子供達の笑顔を見た。だから一度、それを外から見てみたかったのだ。そして何より、その笑顔の先にいる、先頭のミッキーたちを、見てみたかったのだ。見る前から知ってはいたけれど、ちゃんとその目で見て確信する。ミッキーの周りには、いつも笑顔が溢れている。そしてそれは、彼自身が笑顔だからに他ならない。こうやって会話しているのが不思議なくらいだった。
彼はどこまでもこの世界のスーパースターだった。
「その衣装も、俺はすごい好きだったなぁ」
「リボンがモチーフだったっけ?」
「うん、そうだよ」
「今日はずっと着てるのか?」
「えへへ、もう最後だからね。日付が変わる瞬間までは、着ててもいいかなって」
言いながら、ミッキーは手に持つ帽子を愛おしそうに撫でる。一年間の思い出が全て詰まった帽子。それだけじゃない、これまでの35年全ての思い出を詰めた、そんな大切で掛け替えのない帽子。本当はまだずっと被っていたいけれど、どんな夢も魔法も、この時間も。いつか終わりは来てしまうものだから。だから35周年の祝祭の夢や魔法、そして冒険もイマジネーションも、今日で終わりだ。そして、ここからまた、新しい夢が始まっていく。
「おぉ〜い、ミッキー!」
「グーフィ?」
「探したんだよぉ。みんなで最後に写真を撮ろうって!みんな待ってるよ」
「わかった、今行くよ。それじゃあ3人とも、またね!」
グーフィに連れられ、ミッキーはハイタワーの方へと走っていった。きっとその先で、その衣装を纏う最後の写真を撮るのだろう。もしかしたらまだ最後ではないかもしれないけれど。
「いいなぁ、僕も1回でいいから見たかったー!」
「それにしても、よく頼めたな。ヴィランの手下だろう?」
「んー、でも優しかったぜ。本人に言ったら怒りそうだけどさ」
ウッディはすぐ耳元で、「俺は優しくねぇ!」なんて怒鳴る声が聞こえたような気がした。
「…ここから始まる、か」
ウッディが小さく呟くと、それを聞いたサリーとマックィーンも、一度お互いに顔を見合わせて、笑って空を見上げた。
マックィーンは知っている。たとえ終わったとしても、そこから次の世代へと繋がっていくことを。
サリーは知っている。何かが終わっても、自分たちの力で次の道を見つけていけることを。
ウッディも、知っているのだ。たとえ終わったとしても、生きている限り、そこはゴールではないことを。新しい出会い、新しい道の始まりなのだということを。
「はは、本当に、ミッキーの言う通りだ!」
ここからまた、始まるのだ。
「さて、それじゃあ俺たちも行こうか」
「ミッキーが来た時はバレるんじゃないかってヒヤヒヤしちゃったよ僕」
「急いだ方がいいんじゃないか?」
「ああ、さぁ!行こうぜ!」
**
「ねぇミッキー、みんなのところを回るの、今日中には無理なんじゃない?」
「うーん…やっぱりそうかなぁ。ここを回ったら今度はパーティグラとかの方も行きたいんだけど」
みんなが待つ方へと足を進めながらミッキーは少し頭を抱える。この小さな体で2つのパークを回るなど到底無理な話だということはミッキー自身がよくわかっていた。それでも、この特別な祝祭の最後に、全員に感謝を伝えたかった。
「明日になっちゃうねぇ」
「そうだね…」
「うん、だからねミッキー、みんなで集まればいいんじゃないかなぁって」
寂しそうに俯くミッキーにグーフィはそう言うと一度立ち止まる。
「グーフィ?」
「あのね、ミッキーがみんなにありがとうって言いたいように、みんなも君に、ありがとうって言いたいんだよ」
だからみんな集まった。
こんなに遅い時間、明日に支障が出るかもしれない者もいるだろう。けれどグーフィやドナルド、ミニーたちの提案に反対した者も不参加の者もいなかった。
だって、この1年誰よりもたくさん頑張ったその姿を、みんな知っているから。
「グーフィ、それって」
「ほら、早く行こう!みんなシンデレラ城の前で待ってるよ!」
早く、とグーフィがミッキーを抱えて走り出す。突然のことに一瞬体を硬ばらせるが、ミッキーはなんだかどうしようもなく胸が熱くなっていくのを感じて、熱が集まっているだろう頬を隠すように帽子を深くかぶった。
「ハピエスト、ウィッシュ、イズ、ヒア」
その呟きはあまりにも小さくて、耳元で聞こえるはずだろうグーフィも気づかない。ミッキーは1人笑みを隠しきれず微笑んで、ゆっくりと瞳を閉じこの35年間の思い出たちに想いを馳せた。
最高の幸せも、願いも、ここにあるよ。
ここは夢と魔法の国、そして冒険とイマジネーションの海。夢は終わらない、願いはずっと輝き続ける。
だからこれは終わりなんかじゃない。彼の夢も彼女の夢も、みんな、ここからまた、始まり続いていくのだ。
「だって夢は、どこまでも僕たちを連れて行ってくれるから」