フレンド
「桜を見に行こう」
その言葉に普段との僅かな違いがあることに、聞いていた者のほとんどは気づかない。唯一1人、その言い回しにミッキーだけは、おや、と思ったのだった。
大きな変化があったわけではない。むしろ変化なんてほぼないと言ってもいい。けれどミッキーは、違和感に気づいて以来パンチートの言葉をなるべく注意して聞いていたら、やはりそこには誰も言われなければ気づかないような変化があった。特にそれは、声が聞こえる範囲にホセがいることが条件らしい。
“行きたい”ではなく、“行こう”。今までのパンチートであれば、花見だとか花火や海だとか、どこか行きたい場所があればあくまで希望系で行きたいなと言っていた。しかし最近はどうだろう。ミッキーが覚えている限りでは、パンチートは希望系で言葉を発することが少し減っているように思う。ほぼ断定系で言うのだ。しかもホセを見ながら。ホセもまるで当然のようにいいね、なんて笑って返すものだから誰も気づかなかった。パンチートのそういう言葉は、その大半がホセに向けられたものだ。そう思案してミッキーは1つの仮説に辿り着く。
「……付き合ってる?」
なんとなくただ思いついたことを口に出せば、仮説は一気に現実味を帯びる。いやまさか、でも。ミッキーは恋愛に関しては多少なりとも知識も経験も持ち合わせているつもりだが、しかしだからといって今回は簡単にああそうなのかと受け入れるのは難しかった。パンチートとホセが特別仲がいいことはミッキーだって知っている。しかしそこに恋愛感情の有無を聞かれると、果たしてどうだっただろうと悩んでしまう。けれどその前提で記憶を辿れば、ホセはこれといって思い当たる節はないが、パンチートはそうでもなかったかもしれない。記憶の中で、パンチートがホセに向ける視線に少しずつ熱が生まれる。いつだったかホセに対してとても余所余所しくなった時があった。そうだ、確かその翌日はパンチートの機嫌がえらく良くはなかったか。ミッキーはそこまで思い出して、やはり自分の立てた仮説はまさしくその通りなのかもしれないと思った。確証はないけれど。
自宅でココアを飲みながらミッキーがパンチートとホセについてそう考えている中、前触れも無しにインターホンが鳴り響く。はて、こんな遅い時間に一体誰がわざわざ訪ねてきたのかと少し急いで玄関に向かいその扉を開けた途端、お腹に突然の衝撃を感じミッキーはそのまま後ろへ倒れた。
「うわっ、ったた……ドナルド?」
「う゛ぅううミッキー…!!!」
視界いっぱいに広がる白と青。ドナルドはボロボロと泣きながらミッキーの腹に頭をグリグリと押し付ける。ミッキーは親友の只ならぬ様子にギョッとすると、起き上がってその背を摩った。
「あー…ドナルド?ココア飲む?」
「の゛む゛う…!!」
いつも以上に何を言っているかわからないが、強く頷いたのを見てミッキーはドナルドを立たせイスに座らせた。
ミッキーが出したココアをちょびちょびと飲みながら、ドナルドはようやく泣き止む。いつもはミッキーをライバル視してここまで泣いた姿を見せることはないのだが、一体何があったというのだろう。少しは落ち着いただろうドナルドに、ミッキーはその口を開く。
「ドナルド、何があったの?」
「……ほ、ホセと、パンチートが」
「…ホセとパンチートだって?」
まさに今自分が考えていた渦中の2人の名前に目を見開く。そうだった、ミッキーは失念していた。あの2人のことをおそらく誰より知っているのはこのドナルドのはずだ。わざわざ悩まずとも、ドナルドなら少し煽れば簡単に情報を吐いてくれるのだからそうすればよかった。しかしこの様子だと、もしかして2人はとっくに付き合っていて、今しがたドナルドの前で破局の危機でも迎えていたのだろうか。しかしミッキーの記憶の中の最近の2人にそのような雰囲気は全く見られなかったと思うのだが。
「僕のこと誘わないで、2人で…!!」
「は?」
「さ、さっき、パンチートが、ホセの家にっ、すごい楽しそうで!僕誘われてない…!!」
「……ドナルド、それは」
泣きながら言うものだからかろうじてしか聞き取れなかったが、ミッキーが聞き取れた話をまとめればつまり、パンチートがホセの家に行っていて、そこで2人が楽しそうにしていて、ドナルドはそこに誘われていないと。ミッキーは頭を抱える。これだけの情報が揃っていてドナルドはなぜ気付かないのか不思議でならなかった。ミッキーはこれで確信する。
「ドナルド、ちょっと言っていいかい?」
「ぐす…なに?」
「あのね、それは多分、所謂愛瀬ってやつじゃないかなあ」
「…………?」
ミッキーの言葉を聞いた途端、ドナルドは涙を止める。キョトンとするドナルドはまだ理解しきれていない様子だ。
「だからね、多分あの2人は付き合ってるんだよ。だから今夜君を誘わなかったんじゃないかな」
「……えっ」
ドナルドは驚いて、何かを思案するように俯く。
「……パンチート 、花束持ってた」
「うん」
「2人で女の子でもナンパに行くのかと思ってたけど、こんな時間に行かないよね」
「そうだね、こんなに暗いんじゃ女性は外にいないんじゃないかな」
花束は初耳だった。
ドナルドはしばらく俯いたままでいると、唐突に勢いよく頭をテーブルに押し付けた。驚いてミッキーが肩を揺らす。
「……ドナルド、大丈夫かい?」
「……なんだ、僕を仲間はずれにしたわけじゃなかったんだ」
ああ、ドナルドにとって大事なのはそこなんだなあとミッキーは苦笑する。親友2人が付き合っているという事実はあまり興味がないらしい。
「……待ってホセとパンチートが付き合ってるって!?!?」
「遅いよドナルド」
前言撤回、これはドナルドとゆっくり話し合う必要がありそうだなと、ミッキーは長くなるであろう夜に重く溜息を吐いた。
「なぁホセ、桜見に行こうぜ」
「君、外では勝手に行く前提で話すくせになんで2人になってからわざわざ聞き直すんだい」
「いや、だってなんか……慣れないというか」
「まったく、バカだなぁ君は。俺は君とならどこへだって付き合ってあげるつもりなんだから、もっと自信を持ちなよ」
「ホセ…!!」
「ほら、桜をいつ見に行くか決めようじゃないか」
「ああ!」
その言葉に普段との僅かな違いがあることに、聞いていた者のほとんどは気づかない。唯一1人、その言い回しにミッキーだけは、おや、と思ったのだった。
大きな変化があったわけではない。むしろ変化なんてほぼないと言ってもいい。けれどミッキーは、違和感に気づいて以来パンチートの言葉をなるべく注意して聞いていたら、やはりそこには誰も言われなければ気づかないような変化があった。特にそれは、声が聞こえる範囲にホセがいることが条件らしい。
“行きたい”ではなく、“行こう”。今までのパンチートであれば、花見だとか花火や海だとか、どこか行きたい場所があればあくまで希望系で行きたいなと言っていた。しかし最近はどうだろう。ミッキーが覚えている限りでは、パンチートは希望系で言葉を発することが少し減っているように思う。ほぼ断定系で言うのだ。しかもホセを見ながら。ホセもまるで当然のようにいいね、なんて笑って返すものだから誰も気づかなかった。パンチートのそういう言葉は、その大半がホセに向けられたものだ。そう思案してミッキーは1つの仮説に辿り着く。
「……付き合ってる?」
なんとなくただ思いついたことを口に出せば、仮説は一気に現実味を帯びる。いやまさか、でも。ミッキーは恋愛に関しては多少なりとも知識も経験も持ち合わせているつもりだが、しかしだからといって今回は簡単にああそうなのかと受け入れるのは難しかった。パンチートとホセが特別仲がいいことはミッキーだって知っている。しかしそこに恋愛感情の有無を聞かれると、果たしてどうだっただろうと悩んでしまう。けれどその前提で記憶を辿れば、ホセはこれといって思い当たる節はないが、パンチートはそうでもなかったかもしれない。記憶の中で、パンチートがホセに向ける視線に少しずつ熱が生まれる。いつだったかホセに対してとても余所余所しくなった時があった。そうだ、確かその翌日はパンチートの機嫌がえらく良くはなかったか。ミッキーはそこまで思い出して、やはり自分の立てた仮説はまさしくその通りなのかもしれないと思った。確証はないけれど。
自宅でココアを飲みながらミッキーがパンチートとホセについてそう考えている中、前触れも無しにインターホンが鳴り響く。はて、こんな遅い時間に一体誰がわざわざ訪ねてきたのかと少し急いで玄関に向かいその扉を開けた途端、お腹に突然の衝撃を感じミッキーはそのまま後ろへ倒れた。
「うわっ、ったた……ドナルド?」
「う゛ぅううミッキー…!!!」
視界いっぱいに広がる白と青。ドナルドはボロボロと泣きながらミッキーの腹に頭をグリグリと押し付ける。ミッキーは親友の只ならぬ様子にギョッとすると、起き上がってその背を摩った。
「あー…ドナルド?ココア飲む?」
「の゛む゛う…!!」
いつも以上に何を言っているかわからないが、強く頷いたのを見てミッキーはドナルドを立たせイスに座らせた。
ミッキーが出したココアをちょびちょびと飲みながら、ドナルドはようやく泣き止む。いつもはミッキーをライバル視してここまで泣いた姿を見せることはないのだが、一体何があったというのだろう。少しは落ち着いただろうドナルドに、ミッキーはその口を開く。
「ドナルド、何があったの?」
「……ほ、ホセと、パンチートが」
「…ホセとパンチートだって?」
まさに今自分が考えていた渦中の2人の名前に目を見開く。そうだった、ミッキーは失念していた。あの2人のことをおそらく誰より知っているのはこのドナルドのはずだ。わざわざ悩まずとも、ドナルドなら少し煽れば簡単に情報を吐いてくれるのだからそうすればよかった。しかしこの様子だと、もしかして2人はとっくに付き合っていて、今しがたドナルドの前で破局の危機でも迎えていたのだろうか。しかしミッキーの記憶の中の最近の2人にそのような雰囲気は全く見られなかったと思うのだが。
「僕のこと誘わないで、2人で…!!」
「は?」
「さ、さっき、パンチートが、ホセの家にっ、すごい楽しそうで!僕誘われてない…!!」
「……ドナルド、それは」
泣きながら言うものだからかろうじてしか聞き取れなかったが、ミッキーが聞き取れた話をまとめればつまり、パンチートがホセの家に行っていて、そこで2人が楽しそうにしていて、ドナルドはそこに誘われていないと。ミッキーは頭を抱える。これだけの情報が揃っていてドナルドはなぜ気付かないのか不思議でならなかった。ミッキーはこれで確信する。
「ドナルド、ちょっと言っていいかい?」
「ぐす…なに?」
「あのね、それは多分、所謂愛瀬ってやつじゃないかなあ」
「…………?」
ミッキーの言葉を聞いた途端、ドナルドは涙を止める。キョトンとするドナルドはまだ理解しきれていない様子だ。
「だからね、多分あの2人は付き合ってるんだよ。だから今夜君を誘わなかったんじゃないかな」
「……えっ」
ドナルドは驚いて、何かを思案するように俯く。
「……パンチート 、花束持ってた」
「うん」
「2人で女の子でもナンパに行くのかと思ってたけど、こんな時間に行かないよね」
「そうだね、こんなに暗いんじゃ女性は外にいないんじゃないかな」
花束は初耳だった。
ドナルドはしばらく俯いたままでいると、唐突に勢いよく頭をテーブルに押し付けた。驚いてミッキーが肩を揺らす。
「……ドナルド、大丈夫かい?」
「……なんだ、僕を仲間はずれにしたわけじゃなかったんだ」
ああ、ドナルドにとって大事なのはそこなんだなあとミッキーは苦笑する。親友2人が付き合っているという事実はあまり興味がないらしい。
「……待ってホセとパンチートが付き合ってるって!?!?」
「遅いよドナルド」
前言撤回、これはドナルドとゆっくり話し合う必要がありそうだなと、ミッキーは長くなるであろう夜に重く溜息を吐いた。
「なぁホセ、桜見に行こうぜ」
「君、外では勝手に行く前提で話すくせになんで2人になってからわざわざ聞き直すんだい」
「いや、だってなんか……慣れないというか」
「まったく、バカだなぁ君は。俺は君とならどこへだって付き合ってあげるつもりなんだから、もっと自信を持ちなよ」
「ホセ…!!」
「ほら、桜をいつ見に行くか決めようじゃないか」
「ああ!」