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フレンド

パンチートが僕の家に来るようになったのはもうだいぶ前の話。気の許せる親友だからと見せた、外と家でのギャップというか、僕の変わりようにも驚きはしつつも簡単に受け入れてくれてからは、パンチートはよく家に遊びに来る。2人でドナルドの家にお邪魔するのが1番多いが、その次に多いんじゃないだろうか。ドナルドに何か外せない用事があって家にいない時とかは、パンチートはいつも了承も得ずに突然来る。最初こそ急に来られると何も準備できないからと怒っていたが、本人が別に準備なんてしなくてもいいと言ってからは好きにさせている。そして最近ではなぜか泊まっていくことも増えて、気づけばルームシェアのようになっていた。

朝起きた時、階段を降りながらいつものように美味しそうな朝食の匂いがすれば自然と顔がほころぶ。何せパンチートが作るご飯はどれも美味しいのだ。初めて彼が僕に夕食を作ってくれた時はそれこそ驚いたものだ。料理と彼がいまいち結びつかなくて、ちゃんと食べられるんだろうかと恐る恐る一口食べれば、口に広がったその味は確かにとても美味しいもので、思わず「君は料理ができたのか…」なんて言ってしまったものだ。よくよく考えてみれば、彼は時たま愛馬と共に野宿をすることもあったと聞くし、それならば料理の1つや2つできて当然だった。
それ以来、彼は僕の家に来ると結構な頻度で料理をしてくれる。家では怠惰とはいえ、食事だけはちゃんとしたものをと思っていた僕からすれば、こんなにいい話はない。おまけに泊まった日には、朝に弱い僕に代わって朝食まで作ってくれるのだから大したものだ。
今日も何も言わずとも朝食は用意されていて、僕がすることといえばコーヒーを淹れることくらい。夕食はだいたい交互に作るが、そもそも客人の彼がちゃんと交代で作ってくれるというのも、よく考えればおかしな話だ。

「君、別に毎回作ってくれなくてもいいんだぞ?」
「いいんだって。どうせ俺も食べるし、ならいっしょに作った方がいいだろ」
「…まぁ、君がいいならいいんだけどね」

パンチートが作る料理はどれも美味しい。だから別に僕だって何も文句はない。客人だとしても、彼が作りたいというならそうすればいいと思う。のだが、ただ一つ気になるといえば、食事中に時折視線を感じることくらいか。初めは気のせいかとも思ったが、何度も感じるそれを無視することもできなくてふと視線を上げれば、毎回パンチートと目が合うのだ。

「……どうかした?」
「え?あぁ、いや、美味しそうに食べてくれるなぁって」
「ふぅん…?」

ニコニコと笑うその顔に嘘は見えなくて、あまり腑に落ちないながらもそれ以上は聞かなかった。自分が作った料理を人が美味しそうに食べる姿を見るのは確かに幸せだ。僕だって何度か女の子に料理を振る舞ったことがあるから、それくらいはわかる。それに僕が作った時、目の前でパンチートがそれを美味しそうに食べる姿は、僕だってつい見てしまう。だから彼が来た時は、1人の時より少し腕をふるってしまう、というのは彼には絶対に言わないけれど。
それでも、なんだかそれだけだとは思えないから、こうして考えるのだけれど。もしかして交代ではなくもっと作りたいのだろうか。別に構わないが、けど僕だって多少は料理はしたい。面倒ではあるが、料理は嫌いじゃない。

(…まぁでも、彼が作るなら)

「…毎日、もいいかもしれないな」
「…え?」

もし本当にパンチートがもっと作りたいというなら、それはそれでいいかもしれない。僕はパンチートの作る料理が好きだし、毎日たべれるならそれは幸せなことだろう。何より気心の知れた友人となら、いくらでも一緒にいれる。特にパンチートは特別だった。
そう思って、本当に小さな声でそう呟いた言葉は運悪く目の前の本人に届いてしまったらしい。食べる手を止めて、面食らったような顔をしている。なんだその顔、いったいどれに対してのその顔なんだ。

「ホセ、今なんて」
「は、いや…だ、から」

彼があまりに真剣に聞くものだから、なんだか照れ臭い。君の料理なら、毎日食べれるなら食べたい、なんて、どこの告白なんだろう。

「…君の、料理なら…毎日食べれたら、幸せだろうな…と」
「……ほんとか?」
「ほんとって、」
「ホセ、俺の料理なら、毎日食えるのか」

パンチートが身を乗り出す。おい、あんまり前に出るとスープが溢れるぞ。

「……食べ、れるけど」
「なら、一緒に住もう」
「……は!?」

言われた言葉を頭の中で反復する。待ってくれ、パンチートは今、一緒に住もうとそう言ったのか?どこでそんな話になったんだ。僕が彼の料理を毎日食べたいと言ったからか?おい、僕は食べたいとは言ってないぞ。毎日でも食べられると言ったんだ。

「パンチート、何言って」
「ホセ、俺は君と住みたいんだ」

そう言って更に身を乗り出すと、突然胸ぐらを引っ張られ、そのまま少し乱暴にキスをされる。あまりに急すぎて、何も反応ができないまま離れると、見えたパンチートはとてもふざけているような表情ではなかった。

「パン、チート、?」
「ホセ、君が好きなんだ。君が好きだから、一緒に住みたい。君が好きだから、君に俺の料理を毎日食べて欲しい」

その言葉は、その顔はどこまでも真っ直ぐだ。

「なぁホセ、好きなんだ。俺は君が好きだ…………ダメか?」
「……だめ、って」

ダメかどうかなんて、今すぐ答えろという方が無理じゃないか。突然友人に情熱的な告白をされて、戸惑うなという方が無理だ。
もし、もし断ったらどうなる?パンチートはきっと、それでも今まで通り振る舞うだろう。当然僕も。けれど、今までのように、こうやって僕の家に来てくれるだろうか。僕の家に来て、また料理を作ってくれるだろうか。なぜだか、それはないような気がした。今まで通り振る舞っても、それだけは、終わってしまうような気がした。そして不思議なことに、それを嫌だと思う自分がいるのだ。わからない、僕のこれは、パンチートと同じだろうか。全てが同じというわけではなくとも、ほんの少しくらいは、同じ気持ちなのだろうか。

(…それに、そんな顔されたら)

いつも馬鹿みたいに明るくて元気で、自信に溢れている顔をしているくせに、あんなに情熱的に告白してみせたくせに、何も言わない僕に、そんな不安そうな、迷子のような顔をされてしまったら、僕にはもう逃げ道なんて残されていないじゃないか。

「……僕は、料理が嫌いなわけではないから、たまには作らせて欲しい」
「…え、ホセ、それって…!」
「………しょうがないから、付き合ってあげるよ」

途端、喜びを抑えきれず初めて会った時のようにパンチートが大きな声を上げる姿に、微笑するしかない。

胃袋を掴まれた、とでも言うべきかな。

しょうがないと言いつつも、これから一緒に住むという事実がなんだか無性に嬉しくて。表情が緩み切ってしまいそうになるのを堪えながら、少し冷めてしまった、まさに僕の胃袋を掴んだ1つの、パンチートの作ったスープを一口飲んだ。
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