このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

フレンド

僕は年に一度、数日使い物にならない日がある。

「ミッキー、ココア入れたよ」
「…あ、りがとう、グーフィー」

別にわざわざ説明する必要もないけど、ここは僕の家じゃなくてグーフィーの家だ。グーフィーに入れてもらったココアを冷ましながら飲む。温かくて心がぽかぽかするのに、僕の瞳からはさっきからずっと壊れた蛇口のように水が溢れっぱなしだ。

「止まらないねぇ」
「ごめんね、いつも」
「僕がしたくてしてるんだからいいんだよ」

そう言ってグーフィーは優しく涙を拭う。その手つきがあまりにも優しくて余計に涙が溢れた。
僕がこうやってグーフィーの家にお世話になるのは、何も今回が初めてじゃない。初めてこうなったのは、もう何年か前の話。その時はただグーフィーの家に遊びに来てて、たまたまマックスが友達の家に泊まりに行って2人きりだった時。いつものように仕事の話や何気ない世間話、楽しかったことや面白かったことを話していただけだった。本当にそれだけだったのに、何がどう作用したのか、僕はなんの前触れもなく泣き出した。泣いた、というよりも勝手に涙ばかりが溢れてきた。まずグーフィーがびっくりして、指摘されて僕も続いて驚いた。自分のことなのに。
涙は結局2日間止まらなかった。もちろんゲストの前に出ている間は止まってくれていたけど、家に戻って1人になった時、あまりにも寂しくて怖くなって、耐えきれずグーフィーの家に駆け込んだ。グーフィーはその日僕の様子を見ていたのかそれとも前日のことがあったからか、あまり驚かずに家に入れてくれた。マックスは僕のただならぬ様子に、すぐにグーフィーと視線を合わせて家を出た。後から聞いた話、あの日マックスはドナルドの家に泊まったらしい。本当に申し訳ないことをしたと思う。その後僕はまた唐突に泣き出して、僕の意思では止められずどうしようもなかった。グーフィーも止めようといろいろしてくれたけどどれも効果がなかったから、涙は溢れるまま放っておいた。
そんなことが、年に一度ある。どうもこの現象はグーフィーと2人きりの時にしか起きなくて、一応最近では前兆があるから、グーフィーに話してマックスにも説明して、2人だけの時間を作ってもらうようにしている。グーフィーももう慣れたのか、僕が言うよりも先に気付いてマックスに説明しているものだから驚いてしまった。

結論から言えば、グーフィー曰く、涙は流れるだけ流したほうがいいらしい。きっと疲れてるんだよ、なんて言って笑ったグーフィーの言葉には優しさが目一杯詰まっていた。僕は迷惑をかけてしまうからと自分一人でどうにかしてみようとしたのだけれど、それはグーフィーが許してくれなかった。

「僕は迷惑なんて思ってないし、頼ってくれて嬉しいんだから、このままにして、ね」

そんな風に言われてしまったら僕も断れなくて、だから今日だってこうしてグーフィーの家を訪ねている。正直もうグーフィーに対しての申し訳なさよりもマックスに対する申し訳なさばかりだけれど。マックスもいつも気にしないでって言ってくれるから、親子だなぁなんて呑気に思う。

「ミッキーはいつも頑張ってるもんねぇ」
「…そんなことないよ。頑張ってるのは僕だけじゃないし」
「でも君が一番すごいって、僕は知ってるから」

グーフィーはいつも優しいけれど、泣いている間は輪をかけて優しくなる。普段より全然喋ろうとしない僕の代わりにたくさん喋ってくれる。些細なことで僕をすごいえらいと褒めて頭を撫でてくれる。それがなんだかむず痒くて誤魔化すようにぽすんと体を預ければ、グーフィーはそのまま僕の肩を抱いて、あっためてくれる。もういいというほどにデロデロに甘やかしてくるものだから、僕も少し我儘になってしまうのを抑えきれない。これで涙が止まるなら納得だけど、止まったことは一度もないし。ほんとに、この涙はなんなのだろう。

「いつも誰にも甘えないんだから、その口実だって思えばいいんじゃない?」
「…でもいつまでもこのままってわけには、」
「僕はこのままでもいいよぉ」
「……え」

驚いて顔を上げれば、グーフィーはなんてことないみたいにココアを飲んでいた。どういう意味だろう。治さなくていいって、ことだろうか。わからない。

(…でも、そう言うなら)

あとほんの少しだけ、たった少しだけ、このままでもいいかもしれないなんて。
こんなことを思うのはわがまま過ぎるだろうか。




***




ミッキーが涙を流す理由を、きっと本人以外だけが知っている。いろんなことを背負っていろんなものを抱えて生きているから。そうやっていつも涙を流す暇さえ与えられないミッキーだから。
涙は我慢するものじゃない、流すべき時にちゃんと流すものだ。ミッキーは多分それを自分で自分のためにわかってあげられていないんだ。みんな、君がどれだけ泣いたって気にしないのに。
だけど、その涙を見せる相手に僕を選んでくれて嬉しいとも思うのだ。他のだれよりも一番に僕を頼ってくれて、僕にだけ見せてくれるから。マックスには申し訳ないけど、このタイミングばかりはミッキーを優先せざるを得ない。まぁ、マックスもわかってるから文句も言わずドナルドの家に行ってくれてるんだけど。むしろ文句を言っているのはドナルドの方かな。

泣き疲れたのか僕に体を預けてスヤスヤと眠るミッキーを見下ろす。涙で赤く腫れたまぶたは、明日もまだ残っているだろうか。明日にはこの涙は止まってしまうんだろうか。

「もっと、たくさん頼っていいんだよ」

僕はいつだって腕を広げて待っているから。いつだってここに飛び込んでおいで。いつだって逃げ込んでおいで。それは、僕が手っ取り早く君を甘やかす口実にだってなるんだから。

「おやすみミッキー、いい夢を」

腫れたまぶたに、そっと触れるだけのキスをした。
17/21ページ
スキ