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フレンド

スターとはいったいどういうものだろう。

そんなことを親友に言ったら、彼はきっと怒ってしまうだろう。僕もお前もスターだろって。彼のことをライバル視しているから。息子に言えば、もしかしたら呆れられてしまうかもしれない。
僕だって自分がスターじゃない、というほどまでは思っていない。知名度を考えたら、そういう部類に入るんだろうな、くらいには自覚している。だけど僕のここはトップじゃない、頂点じゃない。なら頂点に位置しているその子は、彼は。

ミッキーは誰に聞いたって紛れも無いスターだ。世界の恋人なんて呼ばれていることもある。誰も彼もというわけではないけど、彼に会いたいと願う人は大勢いるし、実際会いにくる人も多い。みんなが彼に夢と希望を求めて会いに来る。まぁ、そればかりでもないけれど。ただのファンだって十分に多いのだけれど。でもその多くは、ミッキーの姿に必ず夢を探している。希望を探している。どこかで失ってしまった冒険を求めている。光を探しに来ている。ミッキーは誰一人拒まない。求められれば求められた分同じだけの愛と希望でもって抱きしめる。ゲストの話を聞き、同調し、時には驚き、悲しみ喜んで見せる。それが仕事だ。それが、僕たちの義務であり責任であり使命であって、そして望みなのだ。
だけど時には羽目を外したい時もあって、息が詰まりそうになることも当たり前にあって。だって僕らは生きているから。ただそこに描かれただけの存在じゃ無い。そこに命を吹き込まれ、ここで生きているから。
僕は普段から気を遣ったり気を張ってたりすることはない。いつだって自然に、僕のままありのままで過ごす。それがみんなの思い描く僕だったし、僕は何もかもを全部同時にこなせるほど器用じゃ無いから。ドナルドもそうだ。彼は自分の短気を決して隠そうとしない。いや、隠そうとはしているのかもしれないけど、みんなそれがドナルドだと知っている。それにドナルドにはそれを支えてくれる可愛らしい彼女もいる。チップとデールだって誰にでもいたずらを仕掛けるし。誰だってそうだ。ストレスは発散させなきゃ、どこかで爆発してしまう。

『また会おうね!』

そう言って笑う、ミッキーは。いつだって笑顔でいつだって求められる姿でいて。あれは本当に、本当の笑顔なんだろうか。
ミッキーの笑顔が全部嘘だなんて、そんなことは思っていないし言うつもりもない。ゲストを喜ばせたいというミッキーの思いはどうしようもなく本当の気持ちで、その気持ちは誰にも負けないくらい大きい。だけど、それはいつだって常に笑顔でいる理由にはなり得ない。
ミッキーが世界から求められる責任は大きい。この世界で彼こそがトップであり先駆者だからだ。彼はそれを寂しそうな顔をしていつも否定するけれど、僕たちが今ここにいるのだって、ミッキーがいたからだ。僕たちはみんなミッキーが大好きで、心から尊敬している。それは表舞台に立っている僕たちだけじゃ無い。裏から支えてくれる人たちだってそうだ。だけど、だからこそ、その思いこそがきっと重荷にもなるんだって、僕たちは誰も気づかなかったし思いもしなかった。


ミッキーが泣いている姿を、もう何年も見ていない。


楽屋で声を殺すこともなく、ただ静かに涙を流すミッキーを、一度だけ見た。昔はもっとよく泣いていた。声を上げて子供みたいに泣いていた。あんな風に綺麗に涙を流す姿を、僕は見たことがなかった。驚いて、一瞬息が止まった。綺麗だと思ってしまったあの時の僕を怒ってやりたい。僕が驚いている場合ではなかったのに。あの時、ちゃんと泣かせてあげるべきだったと、今更ずっと後悔している。
結局声すらかけられなかった僕は逃げるように楽屋を後にして、そのあと何事もなかったように笑うミッキーと仕事をした。
多分、僕ですら無意識に求めていた姿があった。きっとミッキーはこうであってほしいという願いがあった。自覚がなかっただけで。ミッキーはいつも笑顔で、楽しそうで明るくて、みんなに夢を与えてくれる存在。誰もが当たり前のようにそれを願う。
だからミッキーは、もう今では、誰にも涙を見せない。

あれから、僕は未だにミッキーが泣いている姿を見ていない。もう何年も経っているのに。
スターとはどういうものなんだろうか。
その席では、涙を流すことも許されていないのだろうか。いつも笑顔でいなきゃいけないのだろうか。誰にもその責任を分けず、ただ一人きりで全てを背負って笑うことが、スターなのだろうか。

「……それなら、君はスターなんかじゃなくていいのに」

小さな背には重すぎるその席から、いっそ引き摺り落としてしまえたら。君がちゃんと笑顔で隠さず泣いてくれるのなら、僕はなんだってするのに。

「もう絶対、逃げたりしないよ」

逃げないと、笑う君に誓ったんだ。
何もかも取っ払って、そして君を守ってあげられるなら。いつまでも君のそばにいられるのなら。


僕はきっと、世界だって犠牲にできるのだから。









「…ありがとう、グーフィー」

何もかもなくなって、もし、この席を降りてもいい時が来たなら。
君がここから僕を引きずり落としてくれるのを、ずっと待っているから。


だからまだ、僕は今日だって笑顔で涙に蓋をする。
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