フレンド
快晴の青空の下、風に揺られる緑色に恋をした。
「パンチート!放課後空いてるか?」
「わり!今日は無理!」
授業の終了を告げるチャイムが鳴り終わると同時に教室を飛び出す。後ろから聞こえてきた親しい友人の誘いを断るのもそこそこに、急ぎ足で階段を駆け上った。途中廊下を走るなという教師の決まり文句も聞こえたが、そんなものに構って立ち止まっている暇はない。一分一秒でも早く、屋上へ。授業を抜け出したい衝動さえ抑えて我慢していたのだから。
本来なら鍵がかかっているはずの屋上への扉を躊躇なく乱暴に開け放つ。扉を開けた先、フェンスを背もたれに待ち焦がれた緑が視界に映った。
「ホセ!」
「…やぁパンチート 、随分早かったね」
緑色、ホセは俺を見つけるなり咥えていた煙草の火を消した。
「授業終わって急いで来たからな!」
「そんなに急がなくたっていいのに」
「そりゃあ……だって、まぁ」
狼狽える俺を、ホセは楽しそうに笑った。
俺がこんな風に急いで屋上を訪れる理由を、ホセに話したことはない。そもそも俺とホセがこうやって親しくなったのは、俺がこの学校に入学してすぐだった。
堅苦しい入学式やレクリエーションを終えて、ちょうど家へ帰ろうと学校の門を出ようとしたその瞬間、俺の視界を鮮やかな緑が彩った。桜の桃色よりも、木々の枝よりも、何よりも俺の目をひいたその色は、その日は結局正体も分からないまま終わってしまった。
その日からずっとその緑色を探した。夏になってしまう前に。あの緑が木々の色に溶けてしまわないうちに。やがて焦燥感にかられ始めたある日、ふと快晴の青空を見上げた先で、その色を見つけた。教師の制止も聞かず屋上へ駆け上がり、扉を開け放った先に、探し続けた緑色をようやく見つけたのだ。
『……君』
『い、いた!!!』
それが俺とホセのファーストコンタクト。ホセは俺の様子に随分驚いていたけど、最初から当たり前のように快く俺を迎えてくれた。あくまでも可愛い後輩、仲のいい友人という域は出ないけど。
(例えば俺が、本当のことを言ったら)
ホセは一体どんな反応をするのだろう。
ホセは高校3年生ではあるが、年は俺と3つ離れている。年上だからといって敬語で話しかけたことは一度もないが。ホセに敬語で話しかけるのは、なんとなく違和感があったから。ホセの場合、所謂留年というやつらしい。最初に聞いたとき、触れてはいけない話題だったかと俺は戸惑ったが、ホセは特に気にしていない様子だった。単位が足りないだとか、進学や就職だとか、そういう単純な理由で留年したわけではないらしい。ホセの故郷はブラジルで、そこに帰っていて一年休学していたから、なんて話を聞いたことはあるが、実際のところなぜなのか俺はいまだに知らない。ホセは全く話してくれないし、痺れを切らして教師に問い詰めても誰も詳細を語らなかった。よく考えてみれば、俺はホセのことをほとんど何も知らない。好物だって聞いたことがないくらいだ。もう夏も折り返し地点で、夏休みが始まってしまう。
「パンチートはテスト勉強はしなくていいのかい?」
「う、まだ…多分大丈夫…」
「つまり、こんなところで油を売ってる場合じゃないんだな」
「そういうホセはどうなんだよ!」
図星をつかれて思わず唸る。勉強は嫌いだ。音楽の授業は好きだけど。
「僕はテストで赤点取ったことないからねぇ」
「…そういやそうだったな」
授業もサボりがち、放課後もこうやって屋上で過ごすくせに、ホセは頭がいい。いったいいつ勉強しているのか気になって仕方がないし、中間試験で俺が赤点を取った時は、どうすればと嘆く俺を見兼ねてわかりやすく教えてくれたのが記憶に新しい。おまけにこいつはモテる。関係ない話だけど、本当にモテる。わかる、俺も好きだ。
「あーぁ、俺のホセが先生だったらなぁ」
「…家庭教師くらいやってあげてもいいぞ?給料制になるけど」
「……えっ!?ほんとか!?」
素直に大きい声が出た。まさか、ホセが俺の家庭教師だって!?いつも片付けろと怒られる部屋が毎日綺麗になる未来が見える。本当に来てくれるんだろうか。俺はホセの家さえ知らないのに。まだ屋上でこうやって話すだけの関係でしかないのに。
「給料制だぞ、いいのかい?」
「全然!!むしろ嬉しい、だって、」
「だって?」
口を噤む。勢いに任せて思わず言ってしまうところだった。けれど俺の失言を簡単に見逃してくれるほど、目の前の男は優しくないことを知っている。
「だって…何を言おうとしたんだい?」
「え、いやぁ……ええと…はは…」
「……ま、言う気がないなら聞かないでおこう。ほらパンチート 、そろそろ帰ったほうがいいよ」
「え、もうそんな時間か」
言われてようやく空を見れば、もう日が暮れそうだった。長いこと話し込んでいたらしい。流石にそろそろ帰らなければ、明日までの課題にまったく手をつけていない。まだまだホセと話していたいのに、なんだって課題なんてものがあるんだろうか。教師を恨む。
「じゃあホセ!家庭教師の話、ちゃんと考えてくれよ!」
「ああ、わかったわかった」
「じゃあまた明日!」
手を振ればホセも笑って振り返してくれる。浮き足立って階段を駆け下りた。今日は残ってる課題もすぐに終わらせてしまえる気がする。とにかkjまずは親に事情を話して、というか俺の成績の酷さについては親も知っているが、ホセを招く準備を始めなければ。ホセの好きなコーヒーも買って、途中休憩の間に食べられるようなものも補充しておかなければいけない。
「楽しみだ!」
何も進展がないまま夏が過ぎるところだったが、もしかしたら俺のこの想いも、多少は報われる日が来てくれるだろうか。
「…また明日、か」
ポツリと呟く言葉は誰にも聞かれないまま空気に溶ける。ホセは振り返した手を下ろすと力強く握りしめた。
「……パンチート」
いったいいつになれば、この夢は覚めてくれるんだ。
「パンチート!放課後空いてるか?」
「わり!今日は無理!」
授業の終了を告げるチャイムが鳴り終わると同時に教室を飛び出す。後ろから聞こえてきた親しい友人の誘いを断るのもそこそこに、急ぎ足で階段を駆け上った。途中廊下を走るなという教師の決まり文句も聞こえたが、そんなものに構って立ち止まっている暇はない。一分一秒でも早く、屋上へ。授業を抜け出したい衝動さえ抑えて我慢していたのだから。
本来なら鍵がかかっているはずの屋上への扉を躊躇なく乱暴に開け放つ。扉を開けた先、フェンスを背もたれに待ち焦がれた緑が視界に映った。
「ホセ!」
「…やぁパンチート 、随分早かったね」
緑色、ホセは俺を見つけるなり咥えていた煙草の火を消した。
「授業終わって急いで来たからな!」
「そんなに急がなくたっていいのに」
「そりゃあ……だって、まぁ」
狼狽える俺を、ホセは楽しそうに笑った。
俺がこんな風に急いで屋上を訪れる理由を、ホセに話したことはない。そもそも俺とホセがこうやって親しくなったのは、俺がこの学校に入学してすぐだった。
堅苦しい入学式やレクリエーションを終えて、ちょうど家へ帰ろうと学校の門を出ようとしたその瞬間、俺の視界を鮮やかな緑が彩った。桜の桃色よりも、木々の枝よりも、何よりも俺の目をひいたその色は、その日は結局正体も分からないまま終わってしまった。
その日からずっとその緑色を探した。夏になってしまう前に。あの緑が木々の色に溶けてしまわないうちに。やがて焦燥感にかられ始めたある日、ふと快晴の青空を見上げた先で、その色を見つけた。教師の制止も聞かず屋上へ駆け上がり、扉を開け放った先に、探し続けた緑色をようやく見つけたのだ。
『……君』
『い、いた!!!』
それが俺とホセのファーストコンタクト。ホセは俺の様子に随分驚いていたけど、最初から当たり前のように快く俺を迎えてくれた。あくまでも可愛い後輩、仲のいい友人という域は出ないけど。
(例えば俺が、本当のことを言ったら)
ホセは一体どんな反応をするのだろう。
ホセは高校3年生ではあるが、年は俺と3つ離れている。年上だからといって敬語で話しかけたことは一度もないが。ホセに敬語で話しかけるのは、なんとなく違和感があったから。ホセの場合、所謂留年というやつらしい。最初に聞いたとき、触れてはいけない話題だったかと俺は戸惑ったが、ホセは特に気にしていない様子だった。単位が足りないだとか、進学や就職だとか、そういう単純な理由で留年したわけではないらしい。ホセの故郷はブラジルで、そこに帰っていて一年休学していたから、なんて話を聞いたことはあるが、実際のところなぜなのか俺はいまだに知らない。ホセは全く話してくれないし、痺れを切らして教師に問い詰めても誰も詳細を語らなかった。よく考えてみれば、俺はホセのことをほとんど何も知らない。好物だって聞いたことがないくらいだ。もう夏も折り返し地点で、夏休みが始まってしまう。
「パンチートはテスト勉強はしなくていいのかい?」
「う、まだ…多分大丈夫…」
「つまり、こんなところで油を売ってる場合じゃないんだな」
「そういうホセはどうなんだよ!」
図星をつかれて思わず唸る。勉強は嫌いだ。音楽の授業は好きだけど。
「僕はテストで赤点取ったことないからねぇ」
「…そういやそうだったな」
授業もサボりがち、放課後もこうやって屋上で過ごすくせに、ホセは頭がいい。いったいいつ勉強しているのか気になって仕方がないし、中間試験で俺が赤点を取った時は、どうすればと嘆く俺を見兼ねてわかりやすく教えてくれたのが記憶に新しい。おまけにこいつはモテる。関係ない話だけど、本当にモテる。わかる、俺も好きだ。
「あーぁ、俺のホセが先生だったらなぁ」
「…家庭教師くらいやってあげてもいいぞ?給料制になるけど」
「……えっ!?ほんとか!?」
素直に大きい声が出た。まさか、ホセが俺の家庭教師だって!?いつも片付けろと怒られる部屋が毎日綺麗になる未来が見える。本当に来てくれるんだろうか。俺はホセの家さえ知らないのに。まだ屋上でこうやって話すだけの関係でしかないのに。
「給料制だぞ、いいのかい?」
「全然!!むしろ嬉しい、だって、」
「だって?」
口を噤む。勢いに任せて思わず言ってしまうところだった。けれど俺の失言を簡単に見逃してくれるほど、目の前の男は優しくないことを知っている。
「だって…何を言おうとしたんだい?」
「え、いやぁ……ええと…はは…」
「……ま、言う気がないなら聞かないでおこう。ほらパンチート 、そろそろ帰ったほうがいいよ」
「え、もうそんな時間か」
言われてようやく空を見れば、もう日が暮れそうだった。長いこと話し込んでいたらしい。流石にそろそろ帰らなければ、明日までの課題にまったく手をつけていない。まだまだホセと話していたいのに、なんだって課題なんてものがあるんだろうか。教師を恨む。
「じゃあホセ!家庭教師の話、ちゃんと考えてくれよ!」
「ああ、わかったわかった」
「じゃあまた明日!」
手を振ればホセも笑って振り返してくれる。浮き足立って階段を駆け下りた。今日は残ってる課題もすぐに終わらせてしまえる気がする。とにかkjまずは親に事情を話して、というか俺の成績の酷さについては親も知っているが、ホセを招く準備を始めなければ。ホセの好きなコーヒーも買って、途中休憩の間に食べられるようなものも補充しておかなければいけない。
「楽しみだ!」
何も進展がないまま夏が過ぎるところだったが、もしかしたら俺のこの想いも、多少は報われる日が来てくれるだろうか。
「…また明日、か」
ポツリと呟く言葉は誰にも聞かれないまま空気に溶ける。ホセは振り返した手を下ろすと力強く握りしめた。
「……パンチート」
いったいいつになれば、この夢は覚めてくれるんだ。