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フレンド

誰かにとっての当たり前は、もしかしたら誰かにとっての努力の賜物かもしれない。
誰かにとっての普通は、もしかしたら誰かにとっては血反吐を吐いて手に入れたものかもしれない。
なら、誰かにとっての当たり前でもなく普通でもない現状は、その誰かにとって、どれだけ残酷なものなのだろう。



グリザイユを映す






スターと呼ばれる定義は曖昧だと思う。その定義は人によって違うものだし、万人から愛されるものなんて存在しない。肯定する人がいれば、同じだけ否定する人もいる。そういう批判を必死に乗り越えて、死ぬほど努力して夢を掴み取った極一部の人だけが、世界中からスターと呼ばれるのではないだろうか。これはあくまで自論だ。自論というより、見てきたものがそうだったからと言う方が正しいかもしれない。どれだけ有名な人を見ても、どれだけスター性に溢れる人を見ても、僕の中で世界のスターだと思うのはたった一人しかいなくて、それは他の人たちを認めていないというわけではなく、スターと聞くとまず思い浮かぶのがその人だというだけなのだけれど。
彼はいろんな才能に溢れてる。世界中から知られ、そして愛される存在だ。彼に会うための列は毎日長蛇になるし、彼の出るショーに観客が入らないなんてことは世界中どこを見てもない。紛れもなく大スター、スーパースターという言葉が相応しい。
だけど僕は知っている。彼が今いるその場所は、彼のたゆまぬ努力の結果に成り立っている。どれだけ有名で人気のある人だと言っても、最初からそうだったという人はまずいない。彼もそうだ。最初は名前も知られず見向きもされず、ある時は馬鹿にされ、ある時は後ろ指指されて。だけど彼は諦めなかった。諦められなかった。僕も同じだからよくわかる。僕も彼も、それしかなかった。僕たちには夢しかなかった。その道で生きていくことしかできなかった。そう生み出されたから。
初めて人目に晒された瞬間、きっと怖かったことだろう。彼にとっては兄とも言えるあの人の前例があった。プレッシャーは初めから大きく、僕よりも何周りも小さいその背中が背負っている重荷は計り知れないものだった。時々その背中を後ろから覗いては、いつか壊れそうだなと怖かった。けれど結果的に、その重荷は彼を強く逞しく成長させ、そして今や世界中に知らない人はいないほどにスターへと成り上がった。
そう、彼は自分自身の血反吐を吐くような努力を経て、今の場所にいるのだ。
彼と共演した人たちは、みんな口を揃えて彼のことを「やっぱり世界のスターだ」と言う。その言葉を聞くたび、いったい何が「やっぱり」なのだろうと思ってしまうのは、僕だけだろうか。彼がスターになり、僕や僕の友達、それに息子も世界中に名前を知られるようになってもう何年経っただろう。僕らがいるこの場所は、彼が最初に作り上げてくれたものだ。僕らが全く努力をしていないというわけではなくて、彼の努力が桁違いなのだ。比べ物にならないほど。だから僕たちはみんな彼を尊敬しているし大事に思う。普段はライバルだと言って喧嘩腰のあの彼だって、尊敬していないなんてことは全くないのだ。


「だから、やっぱり、なんてこと、ないのにね」


物事は簡単に人々の間で当たり前になってしまう。例えば長かった髪を短くしても、例えば新しい橋ができていても、初めは違和感を感じてもあっという間にそれが普通になってしまうのだ。そんな些細なことでさえそうであるのに、もう何十年とトップに立つ彼の現状が、世界にとっての当たり前になっていないわけがなかった。誰も違和感を感じない。誰も考えもしない、彼が現状にたどり着くまでにどれだけの努力を重ねてきたのか。だってもう、今の小さな子供たちにとって彼は、生まれた瞬間から当たり前に身近に存在しているものなのだ。それが普通で当たり前。なんて残酷なんだろう。その背景を知ろうとしてくれる人は、ほんの一握りの人達だけだ。その背中が誰よりも大きい、なんて。


「僕よりもずっとずーっと、小さいのになぁ」


それでも彼は何も言わない。何も感じていないはずがないのに、彼はこの現状を理想だとしていて、満足してしまっている。わかっている。現状は彼がずっと望んできたものだということも、心配することが彼にとっては恐らく余計なお世話だということも。
だけど誰かが。誰かが後ろから見ていてあげなきゃ、その背中は確かに側から見れば大きいものかもしれないが、それだけ無防備でもあるのだ。隣じゃなくてもいい。僕は誰より背が高いから、彼よりずっと視界が広い。僕のこの背の高さは、きっと迫ってくる悪意から彼を守るために与えられたものだと、僕は勝手に思っている。なんでもいい、理由なんてものは後付けでいいんだ。


「…いつの間に、その背中が大きいってみんな勘違いしちゃったんだろうね」


ねぇ。

僕はその背中がちゃんと大きいことも、だけど本当は誰よりも小さいことだってよく知っているよ。最初からずっと見てきたわけじゃないけど、最初からその重荷に気づいてあげれたわけじゃないけど。でも今はちゃんとわかっているから。きっと僕が一緒に背負おうとしたら、君は怒るんだろうね。それが逆に負担になってしまうことだって、僕はちゃんとわかってる。だから、僕は後ろから、その背中が誰かに汚されないように、悪意が触れないように、見ているから。




ミッキー、本当に困った時は、本当に辛い時は。
僕がいることを忘れないで。






見守る背中に瞳を閉じれば、脳裏で微かに灰色が揺れた。
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