フレンド
自惚れていたわけではない、ないけど、俺は自分のことを怖いもの知らずだと思っていたし、何に関しても強気だと思っていた。大抵のことには動じないし、別に特別怖いものもない。いつだって俺は楽しく笑って、そして周りを巻き込んでいった。いや、これはもしかしたら自惚れていたのかもしれない。俺に怖いものなんてないと。怖いと思ったって、自分のペースに巻き込んで仕舞えばきっと怖くなんてなくなると。けど違った。実際に本当に怖いものが目の前に現れたら、俺には成すすべもなかった。これを自惚れていたと言わないで何と言うのだろう。思わず大きなため息を吐いてしまう。
「…なに、急におっきいため息なんて、どうかしたの?」
「んーー、いやぁ……はぁ」
「パンチートがそんなに元気ないなんて、明日は槍が降るな…」
俺の隣で一緒に昼飯を食べているドナルドから随分と失礼な発言が聞こえた気がしたが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。今ここにいるのは、俺と、ドナルドだけ。いつもならここにホセもいるが、今日は約束があるとか言ってだらしない笑顔を見せていたから、どこかで女の子でも引っ掛けたんだろう。だからため息を吐きたくなるのだ。誰にも言っていないけれど、俺はホセのことを特別だと思っている。大事な親友で、誰より気の合う相手で、そして俺が好意を寄せる相手。ここまで言ったらわかってもらえるだろう。好きな子が別の異性と自分を放っておいて楽しんでいるなんて、そんなのため息の1つや2つ吐きたくなるものだ。だけど俺に関しては、悩みはそれだけではない。
「なぁドナルド、好きな子が別の人といい感じになってたら、どうする?」
「は?」
「あー…もしデイジーが別の男とデートとかしてたらどうおも、」
「デイジーが!?ちょっとどういうこと!?」
「例えばの話だって言ってるだろ!?」
途端に勘違いしたドナルドが癇癪を起こす。慌てて例えばの話だと落ち着かせようとするが、納得いかないのか眉間に寄ったしわがすごいことになっていた。例えでもデイジーの名前を出したのはまずかったかもしれない。けど他にいい例えなんてあるだろうか。俺の気持ちをわかってもらおうと思ったら、必然的にデイジーの名前に行き着いてしまうじゃないか。まぁ、ドナルドが瞬間湯沸かし器並みに怒りっぽいことなどとっくに知っているから、ここは見誤った俺が悪いということにしておこう。
「むぅ……僕は絶対やだよ、デイジーがその、僕以外の男と……なんて…」
「そりゃあ、そうだよなぁ」
そうだ、ドナルドの反応が世間一般から見ても正解のはずなのだ。だのになんで俺がそれでも納得いかないのか問われれば、俺の気持ちがその正解とかけ離れているからだ。
確かにホセのことは好きだし、俺のことを好きになってほしいとも思う。だけどホセと一緒に女の子に声をかけたりデートに誘ったりするのが、嫌なわけではないのだ。むしろとても楽しい。俺1人でするよりも、俺と同じようにだらしない顔で女の子を追いかけるホセとそうやって歩く方が、俺は好きなのだ。おかしな話だと思う。好きになってほしいのに、一緒に女の子を好きでいたいだなんて。きっと俺とホセは、あまりにも距離が近すぎたのだ。何をするにしても2人で一緒ということばかりだし、そうしてお互いに一番気を許せる相手だと認識している。一緒にいるのがあんなに心地いい相手はホセしかいなくて、だからその心地いい関係に、俺はヒビを入れたくないのだ。
「でも、だけどさぁ……やっぱ楽しいんだよなぁ」
「……パンチートって、意外と臆病だよね」
ドナルドの呟きに、どういうことだと顔を上げる。まるで全部わかっているかのような言葉に、首を傾げるしかなかった。だいたい俺が臆病だって?そうさ、そうだよ。俺はみんなが思っているより、自分が思っているよりずっとずっと臆病だった。だってあんなに女の子には簡単に声をかけるのに、本当に好きな子には怖くて何も言えないんだ。今の関係を、ぬるま湯に浸かったようなこの関係がこの手からこぼれ落ちてしまうのが怖いんだ。
「パンチートはさ、いっつも女の子にはなんにも考えないで突っ込んでいくんだから、そうすればいいじゃん」
「……は?なに、どういう」
「そんな簡単に、壊れたりしないよ」
その言葉は、俺の悩みを理解してなきゃ言えない言葉で。だって、誰にも言ったことはないはずなのに、なんで、いつから。
「僕が気づいてないって?だってパンチート 、君すぐ顔に出るんだもん」
思わず息が一瞬止まる。ドナルドだけには気づかれないとどこかで軽く見ていた。けどそうだ。俺たちの中でドナルドだけはちゃんと可愛い彼女がいる。そう考えたら、気づいても当然なのかもしれない。まったく盲点だった。恥ずかしい。
「カランバ、マジかよ……」
「ホセは隠すのうまいからわかりにくかったけど……言えばいいんじゃない?」
水を飲みながらドナルドはあっけらかんと言って見せる。確かに、俺が気持ちを伝えたところで今更ホセとの関係が壊れるかと言われれば、きっとそんなことは絶対ないと断言できる。自負だけど、俺はホセとそんな浅い付き合いはしていないつもりだ。だけどそう言われても、俺には決心がつきそうにない。言っただろう、俺はまだ、このぬるま湯に浸かっていたいのだ。
「…ちゃんと決心がついたらな。今はまだ、このままがいいよ」
「…ふぅん?パンチートがそう言うのなら、僕はいいけど、…」
「なに?なんて言ったんだ?」
「ううん、こっちの話」
ドナルドが聞こえないくらいの声で何事かを呟く。なんて言ったのか聞き返せば、ドナルドはそうやって綺麗に笑って見せた。ドナルドがそう言うなら、別に追求はしないけれど。
「ま、もうしばらく、俺はこのままがいいかな」
一緒にだらしなく女の子を追いかけて成功して振られて、そうやって馬鹿みたいに、俺はまだホセと遊んでいたいから。決心するのは、もっと、今を満喫した後でも、バチは当たらないだろう。
そしてこの後、ドナルドの呟きを追求しなかったことをほんの少し後悔する日が来るのだが、それはまた、いつか。
「これじゃあホセの方が我慢できずにキレちゃいそうだなぁ」
「…なに、急におっきいため息なんて、どうかしたの?」
「んーー、いやぁ……はぁ」
「パンチートがそんなに元気ないなんて、明日は槍が降るな…」
俺の隣で一緒に昼飯を食べているドナルドから随分と失礼な発言が聞こえた気がしたが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。今ここにいるのは、俺と、ドナルドだけ。いつもならここにホセもいるが、今日は約束があるとか言ってだらしない笑顔を見せていたから、どこかで女の子でも引っ掛けたんだろう。だからため息を吐きたくなるのだ。誰にも言っていないけれど、俺はホセのことを特別だと思っている。大事な親友で、誰より気の合う相手で、そして俺が好意を寄せる相手。ここまで言ったらわかってもらえるだろう。好きな子が別の異性と自分を放っておいて楽しんでいるなんて、そんなのため息の1つや2つ吐きたくなるものだ。だけど俺に関しては、悩みはそれだけではない。
「なぁドナルド、好きな子が別の人といい感じになってたら、どうする?」
「は?」
「あー…もしデイジーが別の男とデートとかしてたらどうおも、」
「デイジーが!?ちょっとどういうこと!?」
「例えばの話だって言ってるだろ!?」
途端に勘違いしたドナルドが癇癪を起こす。慌てて例えばの話だと落ち着かせようとするが、納得いかないのか眉間に寄ったしわがすごいことになっていた。例えでもデイジーの名前を出したのはまずかったかもしれない。けど他にいい例えなんてあるだろうか。俺の気持ちをわかってもらおうと思ったら、必然的にデイジーの名前に行き着いてしまうじゃないか。まぁ、ドナルドが瞬間湯沸かし器並みに怒りっぽいことなどとっくに知っているから、ここは見誤った俺が悪いということにしておこう。
「むぅ……僕は絶対やだよ、デイジーがその、僕以外の男と……なんて…」
「そりゃあ、そうだよなぁ」
そうだ、ドナルドの反応が世間一般から見ても正解のはずなのだ。だのになんで俺がそれでも納得いかないのか問われれば、俺の気持ちがその正解とかけ離れているからだ。
確かにホセのことは好きだし、俺のことを好きになってほしいとも思う。だけどホセと一緒に女の子に声をかけたりデートに誘ったりするのが、嫌なわけではないのだ。むしろとても楽しい。俺1人でするよりも、俺と同じようにだらしない顔で女の子を追いかけるホセとそうやって歩く方が、俺は好きなのだ。おかしな話だと思う。好きになってほしいのに、一緒に女の子を好きでいたいだなんて。きっと俺とホセは、あまりにも距離が近すぎたのだ。何をするにしても2人で一緒ということばかりだし、そうしてお互いに一番気を許せる相手だと認識している。一緒にいるのがあんなに心地いい相手はホセしかいなくて、だからその心地いい関係に、俺はヒビを入れたくないのだ。
「でも、だけどさぁ……やっぱ楽しいんだよなぁ」
「……パンチートって、意外と臆病だよね」
ドナルドの呟きに、どういうことだと顔を上げる。まるで全部わかっているかのような言葉に、首を傾げるしかなかった。だいたい俺が臆病だって?そうさ、そうだよ。俺はみんなが思っているより、自分が思っているよりずっとずっと臆病だった。だってあんなに女の子には簡単に声をかけるのに、本当に好きな子には怖くて何も言えないんだ。今の関係を、ぬるま湯に浸かったようなこの関係がこの手からこぼれ落ちてしまうのが怖いんだ。
「パンチートはさ、いっつも女の子にはなんにも考えないで突っ込んでいくんだから、そうすればいいじゃん」
「……は?なに、どういう」
「そんな簡単に、壊れたりしないよ」
その言葉は、俺の悩みを理解してなきゃ言えない言葉で。だって、誰にも言ったことはないはずなのに、なんで、いつから。
「僕が気づいてないって?だってパンチート 、君すぐ顔に出るんだもん」
思わず息が一瞬止まる。ドナルドだけには気づかれないとどこかで軽く見ていた。けどそうだ。俺たちの中でドナルドだけはちゃんと可愛い彼女がいる。そう考えたら、気づいても当然なのかもしれない。まったく盲点だった。恥ずかしい。
「カランバ、マジかよ……」
「ホセは隠すのうまいからわかりにくかったけど……言えばいいんじゃない?」
水を飲みながらドナルドはあっけらかんと言って見せる。確かに、俺が気持ちを伝えたところで今更ホセとの関係が壊れるかと言われれば、きっとそんなことは絶対ないと断言できる。自負だけど、俺はホセとそんな浅い付き合いはしていないつもりだ。だけどそう言われても、俺には決心がつきそうにない。言っただろう、俺はまだ、このぬるま湯に浸かっていたいのだ。
「…ちゃんと決心がついたらな。今はまだ、このままがいいよ」
「…ふぅん?パンチートがそう言うのなら、僕はいいけど、…」
「なに?なんて言ったんだ?」
「ううん、こっちの話」
ドナルドが聞こえないくらいの声で何事かを呟く。なんて言ったのか聞き返せば、ドナルドはそうやって綺麗に笑って見せた。ドナルドがそう言うなら、別に追求はしないけれど。
「ま、もうしばらく、俺はこのままがいいかな」
一緒にだらしなく女の子を追いかけて成功して振られて、そうやって馬鹿みたいに、俺はまだホセと遊んでいたいから。決心するのは、もっと、今を満喫した後でも、バチは当たらないだろう。
そしてこの後、ドナルドの呟きを追求しなかったことをほんの少し後悔する日が来るのだが、それはまた、いつか。
「これじゃあホセの方が我慢できずにキレちゃいそうだなぁ」