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「あれだけお立場を弁えるようにと申し上げたのに!」
「いやぁ、はは…すまん…」
三代目頑駄無大将軍、武者の自室から大きな声が響く。顔色を悪くして床に伏せっているのは鎧を全て外した武者で、その傍らには大げさなまでに怒り心頭の隠密が控えていた。隠密がこんなにも怒るのにも無理はない。というのも武者が様子見がてら城下町へと降りた際、武者を慕う農民からぜひと渡された猪肉を食べたらしいのだが、その猪肉がたまたま十分に処理がなされていなかったらしく、見事に武者はそれによって体調を一気に崩したのだ。隠密も共に食事の席にいたはずだが、彼はそういったことには訓練によって耐性がついているため問題はなかったらしい。
そもそも大将軍ともあろう者が農民から施しを受けるなど、ということについて隠密は怒っているのであるが、かつて僅かでも農民として過ごしたことがある武者にはどれだけ説明しようと伝わっていなかったようだ。まぁ、そこが兄の美徳であるのだと、隠密だってわかっているのだが。とはいえ突然目の前で兄が倒れるなどといった光景を見た隠密は、とてもじゃないが心中穏やかでいられないのだ。
「まったく、兄上は危機感が足りなすぎる!」
「めんぼくない…」
「とにかく、回復するまでは絶対安静でござるよ」
「…じゃあ、治るまでは農丸を独り占めできるでござるなぁ」
突然の兄のその言葉に、隠密はわかりやすく固まって見せる。武者のことだから他意はないのだろうが、隠密の思考を止めるには十分すぎる言葉だった。
「…兄上」
「なに、んむ」
口元を手で覆われ隠密の顔が近づくのをぼうっと眺めていれば、額にこつん、と触れる音がする。さすがの武者も驚いて隠密を凝視すれば、その頬はすっかり赤く染まっていた。
「…冗談でも、そういうことを言われると勘違いするでござるよ」
ああ、これはなんだか、つけてはいけない火を灯してしまったのではないか。
武者は自分の頬にも熱が集まるのを感じながら、自らの失態をほんの少し悔いた。
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