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隠密の最愛の双子の兄である武者は、武士というにはあまりに純粋で優しく、疑うということを知らない。嘘というものを知らない。穢れを知らない。忍として生きる隠密とは、何もかもが正反対だ。生きる道を違ったことに、後悔はない。それで兄を守れるというなら猶更。けれどいつか自分の正体を明かした時、兄は許してくれるだろうかという不安が付きまとう。きっと許してくれるのだろう。今までどこにいたのだと、最初に少しだけ怒って見せて、けれど最後にはまた会えてよかったと笑うのだ。隠密の知る兄は、そういう人だった。
「戦など無ければよかったと、思わずにはいられないのでござるよ」
自身のアニマルスピリットへ、小さく消え入るような声で呟く。兄のような優しい人は、戦うべきではない。戦などない時代を、あのまま汚れることなく生きることができればどれほどよかったか。もしくは戦う力を持ちさえしなければ。たらればの話をしたところで意味はない。隠密がどれほどその事実に愁いを抱こうとも、武者が七人衆の頭であることに変わりはなく、誰よりも強さを持つ事実も変わらない。そうだ、八人衆が、七人衆へとなってしまったことだって。
「忘れればいい、あのような奴」
勝手に反発し反抗し、勝手にどこかへと消えてしまったかつての仲間。隠密はもはや彼を仲間などとは思っていなかった。強さを求めることも反発することも大いに結構。しかし彼は兄を傷つけた。それだけは許すわけにはいかなかった。消えない傷を残して、絶対に癒えることのない傷を植え付けて。今でも時折何かを探すように遠くを見る武者を、隠密は知っている。それが自分にはどうしようもないことだって分かっている。そもそも正体すら明かしていないのだから、何もできやしないのだけれど。
「…やり切れぬなぁ」
何もできない自分に苛立ちは募る。せめて、せめてあの背中だけは。傍らで寂し気に鳴いて見せるアニマルスピリットの頭を優しく撫でて、隠密は決意を固めるかのように瞳を閉じた。
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