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沖田は、少しだけ興奮していた。
こんな気持ちになったのは何年ぶりのことだろうか。
わからない。
偶然である。
偶然の集積が、どうやら沖田を突き動かしているようだ。
あの日、沖田はテロリストの容疑者を尋問していた。
危ない目に遭ったけれども、沖田はその時、恋に落ちた。
それで――どういうわけだろう。
それ以前の沖田と、それ以降の沖田は、随分と違ってしまったのだ。
その日以降の沖田、つまり現在の沖田は、どうも思うのだ。
響古と出会ったのは、僅か数年のことである。
沖田の、18年の人生の中で計るならば、それはそれは短い期間であるだろう。
ほんの一瞬でもある。
その一瞬は特別だった。
色恋沙汰にも縁がない。
囚われるものも固執するものも何もなかったから、悩むこともなかった。
沖田はその頃、ただ生きていた。
無為だった。
飄々としていて怠け者で、副長の座を狙っていた。
響古と出会ったのは、その頃のこと。
――彼女の顔は美しかった。まるで人ではないかのようだ。
――それだけ彼女の容姿は整っていた。人ではないのならば何かと問われれば……。
沖田は思い出す。
忘れもしない。
初めて会った時、彼女は高級ホテルにいた。
沖田はそうして、現場に立ち会った。
彼女は所詮、沖田とは違う世間に足場を持っていた。
ある春の朝。
響古は近藤から呼び出されて真選組屯所を訪れていた。
「真選組と鬼兵隊の戦い……あれからもう二週間も経つのね……」
遠い目をしながら、ぽつりと響古が言った。
「ああ。早いもんだな」
しみじみと土方は答えた。
今日はここで土方、そして近藤と話し合う約束をしていた。
待ち合わせ場所に着いた時、そこにいたのは土方だけであった。
何やら作業をしている近藤を待つのも退屈なので、二人はしばらく談笑した。
しかし、二人の会話はあまり明るくなかった。
「なんていうか、真選組の動乱に、関係のないお前達を巻き込んでしまって本当に申し訳ない……」
「トシ。あたしに謝っても意味ないわよ」
「だよなァ……悪い」
困ったように響古から言われて、土方はさらに落ち込んだ。
だが、すぐ思いを新たにする。
今、落ち込んでいるもはあの動乱で迷惑をこうむった人々だけだ。
元凶の一人である自分がすべきなのは反省と自戒だろう。
二度とこんなことが起こさないよう、固く心の中に誓うのだ。
土方はキッと顔を上げ、力強く響古に言った。
「響古、頼みがある。いつもの調子で俺をなじったり、俺のダメなところを言ったりしてくれないか!」
「えっ?」
「頼む。俺がまたあやまちを犯さないために、心に残るようなヤツを思いきり!」
「ちょっと待ってよ…急に言われても…」
響古はおろおろと珍しく言葉を濁し、戸惑った。
「あたしがトシに言いたいことは先週から一通り伝えてるし、今さらそれを繰り返しても、と思うんだけど」
困り顔で意見する。
結局"紅天女"の正体を知る伊東が死んで、忌まわしい呼び名を知る者はいなくなった。
もう噓をつくだけの生き方は嫌だと決めて、全てを救うとのたうち回って……ここまできた。
それなのに、何も成果は出ていない。
今だって、安穏とした日常に身をゆだねている。
――晋助……本当は今からでもアンタに会って文句を言いたい。
――だけど、今のあたしじゃ、きっとまた甘いって言われてしまうだろうから……。
わかっている。
何が足りないのか。
何が必要なのかくらい。
圧倒的に、強さが足りないのだ。
強くならなければならないのだ、あらゆるものに対して。
頼るべき万事屋と共に。
――だから、文句を言わせないほどに強くなって、いつかきっと、晋助を救い出してみせる。
響古の固く握りしめた拳が、微かに震える。
高杉にとって、響古のしたことは裏切りなのかもしれないけど、仲間といることと諦めないという選択をしたことに、後悔はない。
「…………」
「……な、何よ、変な目つきして」
土方の詮索するような視線にさらされて、響古はたじろいだ。
クールな土方の面差しに暗い翳 が落ちた。
疑惑と憂慮と不安が渾然一体となった。複雑な表情だ。
「他の男のこと、考えてるだろ」
「さ、さすが篠木氏。18歳未満には許されない、同時攻略の逆ハーレムルートを驀進中とは」
「万事屋、うちの総悟……あと二、三人は増えそうだな」
口々に土方とトッシーが言う。
これはなんの根拠もない邪推に過ぎない。
だというのに、今回に限っては結構当たっている!
いやいや、確かに別の男のことを考えてはいるが、相手がまずい。
「ふふ、あのヘタレだったトシが嫉妬してる~。可愛い」
響古は少し感心したように微笑んでみせた。
「ええ、あたしは心から望んでトシと何度も唇を合わせて、身体を重ねて――」
「すまん、それをここで言うのは勘弁してくれ。あと、ヘタレでもねーし可愛くもねェ」
「しいて付け加えるなら、ヘタレかつあたしに惚れてるから、からかった時のリアクションがたまらなく可愛い」
響古の瞳に宿る悪戯めいた輝きを、土方は見逃さなかった。
わざわざ二回言う辺り、やはり自分をいじめて愉しむためか。
「……悪意の塊だろ、今の言葉」
「愛でしょ」
思わぬ即答に、土方はまばたきをした。
響古は胸を張って、土方へぱちりとウィンクをする。
「もうお前の言葉じゃ、ぜってー照れねェからな。ノーリアクション決めこんでやる」
土方は微かに赤くなって唇を尖らせた。
目を逸らして言いにくそうに何やらごにょごにょと口ごもる。
「ホントお前、性格悪い……」
「――トシ」
「あ?」
「ごめんなさい。からかったりなんかしていない。トシは本当にイイ男で、あなたのこと好きになって本当によかった」
「……⁉」
土方が照れくさそうに揺れる切れ長の瞳を向けてくる。
響古は温かな、どこまでも愛情と慈しみに溢れた眼差しを、土方に注いだ。
「――待たせてしまってすまない、二人とも!!」
遅いタイミングで登場したのは、書きかけの報告書の束を抱えた近藤であった。
不意に真選組を襲った一連の騒動は幕を閉じた……が、近藤の監督不行き届けということで、責任を取らされている。
「いやぁ、まいったまいった!!局長の監督不行き届けの始末書執筆活動が、売れっ子作家並みにエンドレスループで――……って、アレ?トシ、どしたの?」
首を捻って呑気な声で呼びかけてきた。
それでも土方は真っ赤な顔でうつむいたままだった。
そして響古はくすくすと満足そうに笑うばかりであった。
土方、近藤の順に並んで正座し、響古と向き合う形になる。
今度は笑顔だった表情を真剣なものに変えた。
そして突然、頭を下げた。
「響古さん、今回の件では本当に迷惑をかけた。本当に申し訳ない」
近藤の顔は見えない。
けれど彼が自責の念を感じているのはひしひしと伝わってきた。
響古の胸が締めつけられる。
「……頭なんか下げないでください。あたしは――」
「――ありがとう」
響古は息を吞んだ。
膝の上に置かれた近藤の手は、震えていた。
「響古さんは俺なんかよりずっとトシのことを信じていた。なんてお礼を言ったらいいかわからないけど、本当にありがとう」
「やめてください……!」
礼を言われることに耐えられなくなって、響古は声を張り上げた。
「謝罪はトシから十分してもらいました。そもそも、トシを連れてきたのはあの三人です。礼を言われるようなことはしていません……!」
それでも近藤は響古に頭を下げ続ける。
ぽたり、と彼の手の甲に涙の雫が落ちた。
「それでも……ありがとう。トシが戻ってくると信じてくれて。俺を命がけで護ってくれて」
近藤は顔を上げて、涙を流しながらそう言った。
土方は真剣な表情で背筋を伸ばした。
「少なくともお前は、近藤さんと俺を救ってくれたんだ」
響古は自分を恥じる。
自分のしてきたことに責任を負わずに逃げるのは卑怯者のすることだ。
高杉を救えなかったのも、理由はどうあれ二人を救う結果になったことも、全て自分が判断したことだ。
なのに勝手に自責の念に潰されそうになりながら、救ったという事実から目を背けるなんて、愚か者の極みだ。
涙を拭い、人なつっこい笑顔を浮かべた近藤が報告書の束を抱えながら部屋を出ていく。
望まむ手伝いに駆り出され、土方もそれに続いた。
連れ立っていなくなる二人を、響古は見送った。
「響古」
しばらくして、二人が出ていった襖が再び開いた。
開かれた襖の向こうに立っていたのは沖田だった。
「あら総悟。お邪魔してるわ」
沖田は一人で座っている響古を一瞥してから、隣に座る。
「近藤さんと土方さんの話は終わりましたか?」
「ついさっきね」
彼女と話しながらも、沖田は気を引き締めていた。
精一杯、内心を悟られずに続ける。
「……一つ、俺と斬り合いませんか」
「そんなことしてどうするの?」
沖田は響古の顔をまっすぐ見た。
「だってアンタは――攘夷戦争で両陣営から恐れられた"紅天女"だ。強いんでしょう?」
動揺などしていない、どこまでも澄んだ黒い瞳で、美しく微笑んでいる。
だが、悪寒を覚えるほどの不気味さを持ち合わせているのも事実だった。
「誉めてくれて嬉しいわ」
「否定しないんですかィ」
「否定して何になるの……やっぱり伊東 が教えてたのね。呼び出された時に聞いてしまったの。あたしが血染めの天女だって総悟に告げた会話を」
響古はためらいなく答える。
それは鬼兵隊と手を組んだ伊東と同様の、あるいはそれ以上に残酷で恥ずべき事実だ。
「じゃあ、響古は攘夷戦争で……?」
――そうよ。
この世であってこの世ではない。
明かりはともれど明るくない。
夜であって夜ではなく、暗いけれど闇はない。
そこは彼方側と此方側の、夢幻と現実 の、幽世 と現世 のあわいとなった。
「あーあ、よりによって総悟にバレちゃったかァ………」
「女が戦争に行くなんて、どう考えてもおかしいですぜ」
「そう?」
美しく微笑む姿は、誰よりも人を苦しめて殺した、残虐で凄惨な過去のかげりは少しもない。
あれは流行りだったのだ、と響古は言う。
「流行り……?」
「戦争へ行くのが流行ってたの」
そんな理由で戦って、あげく斬られた方はたまったもんじゃない。
自分が斬られる時はむさくるしい男より響古のような美人に斬られた方が幾分マシだ。
しかし……斬られるのは、やはりごめんだ。
「あたしが参加した頃は、この江戸は戦場だった……こんな平和な場所で、凄惨な光景が生み出され、人が無惨に殺されたの」
その頃、部屋はかなり歪んでいたように思う。
ひずんだ、目に見えぬ力のようなものが圧迫してくる。
空気が張りつめているのか、それとも闇の密度が濃くなっているのか。
もしかしたら己が希薄になってきているのか、僅かな動きがピリピリと敏感に感じられる。
座っているだけで軋んでしまうような気分だ。
「恨まれるのも復讐にあうのも結構。それでもあたしは生きなきゃいけない」
「なんのため?」
「決まってるでしょ。彼のため。彼を喪いたくないためにあたしは武器を取ったの。彼のいない世界なんて壊れてしまえばよかった。殺された人を取り戻すためとか、そんな境遇で立ち上がって地獄を見た人は多かったわよ?フフ、大流行だったもの」
響古の滑らかな語りに攪拌 されて、部屋の中のピリピリとした闇は、いっそう歪 になっていった。
なんとも耐え難い圧迫感が、言葉を重ねるごとに強くなっていく。
「あたしは彼を喪いたくないために、奪えるものを戦場で奪ってきた。それなのに、あたしは崖から落ちて――あたしは彼を護るためなら、人殺しになってもかまわない」
既に闇は響古の大半を飲み込んでいる。
部屋の境界が消えている。
もう、それは明確に形を結ぶ。
ああ、いけないものを見てしまったと思い、沖田は目を閉じた。
あれ は、人ならざるものだ。
「――なーんてね!まさか本気にしたの?」
腰を上げ、にっこりと笑いかけてくる響古の表情に少し安堵したし、同時に異常も感じられた。
この女の魂はまだ戦場に残ったままだ。
だから憎い、呪われよ、と戦場の亡霊達が咆哮しているのだ。
彼女の闇は沖田が思っているよりも深かった。
もう二度とこの話はしない、と心に誓う。
「んっふふ、ごめんなさいね」
つとめていつも通りを装うように、沖田も笑った。
「冗談でしたか。相変わらず、掴みどころのねェ女 だ」
「反応が可愛いから、少し恐がらせてみたのよ」
銀時の恋人にして、沖田が想いを寄せる――千の兵を屠り、万の兵を薙ぎ去ったとされる"紅天女"の名前をもつ彼女――篠木 響古は、自然な口調でのたまうのである。
「あぁ、そうそう。総悟、あなたにも見えるのね――"アレ"が」
彼女から強い死と血と炎の臭いが感じるようになったのは、この日がきっかけだった。
こんな気持ちになったのは何年ぶりのことだろうか。
わからない。
偶然である。
偶然の集積が、どうやら沖田を突き動かしているようだ。
あの日、沖田はテロリストの容疑者を尋問していた。
危ない目に遭ったけれども、沖田はその時、恋に落ちた。
それで――どういうわけだろう。
それ以前の沖田と、それ以降の沖田は、随分と違ってしまったのだ。
その日以降の沖田、つまり現在の沖田は、どうも思うのだ。
響古と出会ったのは、僅か数年のことである。
沖田の、18年の人生の中で計るならば、それはそれは短い期間であるだろう。
ほんの一瞬でもある。
その一瞬は特別だった。
色恋沙汰にも縁がない。
囚われるものも固執するものも何もなかったから、悩むこともなかった。
沖田はその頃、ただ生きていた。
無為だった。
飄々としていて怠け者で、副長の座を狙っていた。
響古と出会ったのは、その頃のこと。
――彼女の顔は美しかった。まるで人ではないかのようだ。
――それだけ彼女の容姿は整っていた。人ではないのならば何かと問われれば……。
沖田は思い出す。
忘れもしない。
初めて会った時、彼女は高級ホテルにいた。
沖田はそうして、現場に立ち会った。
彼女は所詮、沖田とは違う世間に足場を持っていた。
ある春の朝。
響古は近藤から呼び出されて真選組屯所を訪れていた。
「真選組と鬼兵隊の戦い……あれからもう二週間も経つのね……」
遠い目をしながら、ぽつりと響古が言った。
「ああ。早いもんだな」
しみじみと土方は答えた。
今日はここで土方、そして近藤と話し合う約束をしていた。
待ち合わせ場所に着いた時、そこにいたのは土方だけであった。
何やら作業をしている近藤を待つのも退屈なので、二人はしばらく談笑した。
しかし、二人の会話はあまり明るくなかった。
「なんていうか、真選組の動乱に、関係のないお前達を巻き込んでしまって本当に申し訳ない……」
「トシ。あたしに謝っても意味ないわよ」
「だよなァ……悪い」
困ったように響古から言われて、土方はさらに落ち込んだ。
だが、すぐ思いを新たにする。
今、落ち込んでいるもはあの動乱で迷惑をこうむった人々だけだ。
元凶の一人である自分がすべきなのは反省と自戒だろう。
二度とこんなことが起こさないよう、固く心の中に誓うのだ。
土方はキッと顔を上げ、力強く響古に言った。
「響古、頼みがある。いつもの調子で俺をなじったり、俺のダメなところを言ったりしてくれないか!」
「えっ?」
「頼む。俺がまたあやまちを犯さないために、心に残るようなヤツを思いきり!」
「ちょっと待ってよ…急に言われても…」
響古はおろおろと珍しく言葉を濁し、戸惑った。
「あたしがトシに言いたいことは先週から一通り伝えてるし、今さらそれを繰り返しても、と思うんだけど」
困り顔で意見する。
結局"紅天女"の正体を知る伊東が死んで、忌まわしい呼び名を知る者はいなくなった。
もう噓をつくだけの生き方は嫌だと決めて、全てを救うとのたうち回って……ここまできた。
それなのに、何も成果は出ていない。
今だって、安穏とした日常に身をゆだねている。
――晋助……本当は今からでもアンタに会って文句を言いたい。
――だけど、今のあたしじゃ、きっとまた甘いって言われてしまうだろうから……。
わかっている。
何が足りないのか。
何が必要なのかくらい。
圧倒的に、強さが足りないのだ。
強くならなければならないのだ、あらゆるものに対して。
頼るべき万事屋と共に。
――だから、文句を言わせないほどに強くなって、いつかきっと、晋助を救い出してみせる。
響古の固く握りしめた拳が、微かに震える。
高杉にとって、響古のしたことは裏切りなのかもしれないけど、仲間といることと諦めないという選択をしたことに、後悔はない。
「…………」
「……な、何よ、変な目つきして」
土方の詮索するような視線にさらされて、響古はたじろいだ。
クールな土方の面差しに暗い
疑惑と憂慮と不安が渾然一体となった。複雑な表情だ。
「他の男のこと、考えてるだろ」
「さ、さすが篠木氏。18歳未満には許されない、同時攻略の逆ハーレムルートを驀進中とは」
「万事屋、うちの総悟……あと二、三人は増えそうだな」
口々に土方とトッシーが言う。
これはなんの根拠もない邪推に過ぎない。
だというのに、今回に限っては結構当たっている!
いやいや、確かに別の男のことを考えてはいるが、相手がまずい。
「ふふ、あのヘタレだったトシが嫉妬してる~。可愛い」
響古は少し感心したように微笑んでみせた。
「ええ、あたしは心から望んでトシと何度も唇を合わせて、身体を重ねて――」
「すまん、それをここで言うのは勘弁してくれ。あと、ヘタレでもねーし可愛くもねェ」
「しいて付け加えるなら、ヘタレかつあたしに惚れてるから、からかった時のリアクションがたまらなく可愛い」
響古の瞳に宿る悪戯めいた輝きを、土方は見逃さなかった。
わざわざ二回言う辺り、やはり自分をいじめて愉しむためか。
「……悪意の塊だろ、今の言葉」
「愛でしょ」
思わぬ即答に、土方はまばたきをした。
響古は胸を張って、土方へぱちりとウィンクをする。
「もうお前の言葉じゃ、ぜってー照れねェからな。ノーリアクション決めこんでやる」
土方は微かに赤くなって唇を尖らせた。
目を逸らして言いにくそうに何やらごにょごにょと口ごもる。
「ホントお前、性格悪い……」
「――トシ」
「あ?」
「ごめんなさい。からかったりなんかしていない。トシは本当にイイ男で、あなたのこと好きになって本当によかった」
「……⁉」
土方が照れくさそうに揺れる切れ長の瞳を向けてくる。
響古は温かな、どこまでも愛情と慈しみに溢れた眼差しを、土方に注いだ。
「――待たせてしまってすまない、二人とも!!」
遅いタイミングで登場したのは、書きかけの報告書の束を抱えた近藤であった。
不意に真選組を襲った一連の騒動は幕を閉じた……が、近藤の監督不行き届けということで、責任を取らされている。
「いやぁ、まいったまいった!!局長の監督不行き届けの始末書執筆活動が、売れっ子作家並みにエンドレスループで――……って、アレ?トシ、どしたの?」
首を捻って呑気な声で呼びかけてきた。
それでも土方は真っ赤な顔でうつむいたままだった。
そして響古はくすくすと満足そうに笑うばかりであった。
土方、近藤の順に並んで正座し、響古と向き合う形になる。
今度は笑顔だった表情を真剣なものに変えた。
そして突然、頭を下げた。
「響古さん、今回の件では本当に迷惑をかけた。本当に申し訳ない」
近藤の顔は見えない。
けれど彼が自責の念を感じているのはひしひしと伝わってきた。
響古の胸が締めつけられる。
「……頭なんか下げないでください。あたしは――」
「――ありがとう」
響古は息を吞んだ。
膝の上に置かれた近藤の手は、震えていた。
「響古さんは俺なんかよりずっとトシのことを信じていた。なんてお礼を言ったらいいかわからないけど、本当にありがとう」
「やめてください……!」
礼を言われることに耐えられなくなって、響古は声を張り上げた。
「謝罪はトシから十分してもらいました。そもそも、トシを連れてきたのはあの三人です。礼を言われるようなことはしていません……!」
それでも近藤は響古に頭を下げ続ける。
ぽたり、と彼の手の甲に涙の雫が落ちた。
「それでも……ありがとう。トシが戻ってくると信じてくれて。俺を命がけで護ってくれて」
近藤は顔を上げて、涙を流しながらそう言った。
土方は真剣な表情で背筋を伸ばした。
「少なくともお前は、近藤さんと俺を救ってくれたんだ」
響古は自分を恥じる。
自分のしてきたことに責任を負わずに逃げるのは卑怯者のすることだ。
高杉を救えなかったのも、理由はどうあれ二人を救う結果になったことも、全て自分が判断したことだ。
なのに勝手に自責の念に潰されそうになりながら、救ったという事実から目を背けるなんて、愚か者の極みだ。
涙を拭い、人なつっこい笑顔を浮かべた近藤が報告書の束を抱えながら部屋を出ていく。
望まむ手伝いに駆り出され、土方もそれに続いた。
連れ立っていなくなる二人を、響古は見送った。
「響古」
しばらくして、二人が出ていった襖が再び開いた。
開かれた襖の向こうに立っていたのは沖田だった。
「あら総悟。お邪魔してるわ」
沖田は一人で座っている響古を一瞥してから、隣に座る。
「近藤さんと土方さんの話は終わりましたか?」
「ついさっきね」
彼女と話しながらも、沖田は気を引き締めていた。
精一杯、内心を悟られずに続ける。
「……一つ、俺と斬り合いませんか」
「そんなことしてどうするの?」
沖田は響古の顔をまっすぐ見た。
「だってアンタは――攘夷戦争で両陣営から恐れられた"紅天女"だ。強いんでしょう?」
動揺などしていない、どこまでも澄んだ黒い瞳で、美しく微笑んでいる。
だが、悪寒を覚えるほどの不気味さを持ち合わせているのも事実だった。
「誉めてくれて嬉しいわ」
「否定しないんですかィ」
「否定して何になるの……やっぱり
響古はためらいなく答える。
それは鬼兵隊と手を組んだ伊東と同様の、あるいはそれ以上に残酷で恥ずべき事実だ。
「じゃあ、響古は攘夷戦争で……?」
――そうよ。
この世であってこの世ではない。
明かりはともれど明るくない。
夜であって夜ではなく、暗いけれど闇はない。
そこは彼方側と此方側の、夢幻と
「あーあ、よりによって総悟にバレちゃったかァ………」
「女が戦争に行くなんて、どう考えてもおかしいですぜ」
「そう?」
美しく微笑む姿は、誰よりも人を苦しめて殺した、残虐で凄惨な過去のかげりは少しもない。
あれは流行りだったのだ、と響古は言う。
「流行り……?」
「戦争へ行くのが流行ってたの」
そんな理由で戦って、あげく斬られた方はたまったもんじゃない。
自分が斬られる時はむさくるしい男より響古のような美人に斬られた方が幾分マシだ。
しかし……斬られるのは、やはりごめんだ。
「あたしが参加した頃は、この江戸は戦場だった……こんな平和な場所で、凄惨な光景が生み出され、人が無惨に殺されたの」
その頃、部屋はかなり歪んでいたように思う。
ひずんだ、目に見えぬ力のようなものが圧迫してくる。
空気が張りつめているのか、それとも闇の密度が濃くなっているのか。
もしかしたら己が希薄になってきているのか、僅かな動きがピリピリと敏感に感じられる。
座っているだけで軋んでしまうような気分だ。
「恨まれるのも復讐にあうのも結構。それでもあたしは生きなきゃいけない」
「なんのため?」
「決まってるでしょ。彼のため。彼を喪いたくないためにあたしは武器を取ったの。彼のいない世界なんて壊れてしまえばよかった。殺された人を取り戻すためとか、そんな境遇で立ち上がって地獄を見た人は多かったわよ?フフ、大流行だったもの」
響古の滑らかな語りに
なんとも耐え難い圧迫感が、言葉を重ねるごとに強くなっていく。
「あたしは彼を喪いたくないために、奪えるものを戦場で奪ってきた。それなのに、あたしは崖から落ちて――あたしは彼を護るためなら、人殺しになってもかまわない」
既に闇は響古の大半を飲み込んでいる。
部屋の境界が消えている。
もう、それは明確に形を結ぶ。
ああ、いけないものを見てしまったと思い、沖田は目を閉じた。
「――なーんてね!まさか本気にしたの?」
腰を上げ、にっこりと笑いかけてくる響古の表情に少し安堵したし、同時に異常も感じられた。
この女の魂はまだ戦場に残ったままだ。
だから憎い、呪われよ、と戦場の亡霊達が咆哮しているのだ。
彼女の闇は沖田が思っているよりも深かった。
もう二度とこの話はしない、と心に誓う。
「んっふふ、ごめんなさいね」
つとめていつも通りを装うように、沖田も笑った。
「冗談でしたか。相変わらず、掴みどころのねェ
「反応が可愛いから、少し恐がらせてみたのよ」
銀時の恋人にして、沖田が想いを寄せる――千の兵を屠り、万の兵を薙ぎ去ったとされる"紅天女"の名前をもつ彼女――篠木 響古は、自然な口調でのたまうのである。
「あぁ、そうそう。総悟、あなたにも見えるのね――"アレ"が」
彼女から強い死と血と炎の臭いが感じるようになったのは、この日がきっかけだった。
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